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結晶の結界  作者: 茅原
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709号室の姫君。part3

蓮は思わず口もとに笑みを浮かべながら言う。


「ああ。お前、夢で言っただろ。『目が見えないことと歩けないことの原因は解らない』って。身体的な問題は全くないっていうなら、問題があるのは心の可能性がある。お前、カウンセリングを受けたことはあるか?」


「カウンセリング……? いいえ、ない――けれど、叔父さんが精神科が本職のお医者さんだっていう話は何度か聞いたことがあるから、ひょっとしたらわたしはただの会話と思っていたものがそれだったことは考えられるかも……。でも、それで何か改善があったっていうことはないみたい」


「そうか……。まあ、いい。俺はお前の話を聞いて思ったんだが、おそらくお前の目が見えないことと歩くことができないことの原因は、心に受けた傷にある。というか、おそらくだが、その傷がなんなのかももう解った気がする」

「え……? 解った……?」


琴音は驚きのあまり呆然とするように口を開ける。蓮は頷く。


「ああ。おそらくだが、お前の中で因果の逆転が起きているんじゃないかと思う」

「因果の、逆転……? どういうこと……?」

「要するに、自分に対して無意識のうちに罰を課しているような状況にあるんじゃないのかっていうことだ。お前のさっきの話から察するに、おそらくお前の飼っていた子犬は火事の時に死んでしまったんじゃないのか?」


「ええ、そうよ……。わたしは、あの子を助けて上げられなかった……」


「なら、やっぱりそうかもしれない。お前は自分に罰を課してるんだ。自分は、自分の不注意のせいで階段を踏み外してケガをしてしまい、歩いて子犬を探しに行くことができなかった。目で探して見つけてあげることができなかった。だから子犬は死んでしまった。お前はそれを悔いるあまり、結果が原因よりも先に来て、子犬を探してやることのできなかった自分は歩くことができない。子犬を見つけてやることのできなかった自分は目が見えない。――と、自分に暗示をかけている可能性がある」


「…………」


 琴音は息を呑んだような表情で蓮の顔あたりを見つめる。蓮は続ける。


「だから、だ。本当は、お前の目は現に今も見えているのかもしれない。見えている映像を脳が無意識のうちに否定してるから、お前は何も見えないと思い込んでいるのかもしれない。その証拠の一つが、夢の中でお前が初めて俺を見たときにすんなりあの声の主が俺であることを受け入れたことだ。つまり、まだ断言はできないが、全て見えてるし、足も動くんだよ、お前は。意識がそれを否定してはいるがな」


「そ、そんなはずはないわ。だって、今わたしには何も――」

「琴音」


 と、蓮は琴音の額、その寸前へ掌を寄せた。が、期待に反して琴音の目はそれを追ってくれなかった。あわよくばと思ったが手早く実証できなかったことに蓮は軽く失望しながらも、諦めずに話は続ける。


「暗示や催眠に深くかかってしまった人間は、いくら自分が催眠状態にあることを指摘されても、それが解除されるまではずっとかかったままなんだ。意識の下にある広大な無意識のレベルからそう思い込んでしまっているためにな。つまり、だからこそ、ここは俺の出番なんだが、どうする? お前が拒否するなら、それはどうしようもない。俺は大人しく帰るが」


 琴音は、その細い喉にごくりと唾を飲み下す。


「……つ、つまり、わたしの夢に入って、わたしの中にある子犬の記憶を消して、わたしの目が見えるように、わたしが歩けるようにするっていうこと……?」

「いや、そうじゃない。確かにそういう手段もあるかもしれないが、それはやり方として正しくない。そんな自分で自分を騙すようなことを俺はお前にやらせたくない」

「じゃあ、どうするの……?」


「その時をやり直すんだ。現実には子犬を助けることはもうできないが、記憶の中でなら可能だ。その火事の場面をやり直して子犬を助けて、『ちゃんと助けてやることができた』っていう思いを、お前を縛っている無意識に伝えてやるんだ。そうすれば問題が全て解決するかもしれない」


「問題が全て……? 目も足も元どおりになるっていうこと……? ほ、本当に……?」

「断言はできない。だが、可能性は充分にあると思う。だから、俺がなんとかしてみよう――とは言っても、主に働いてもらうことになるのは無論お前だ。お前が自分自身でやり直さなければ、何も意味がない」


 口の端を歪めながら蓮が言うと、琴音はその笑みが見えているかのように愕然とした表情で蓮を見つめ、やがて言った。


「わ、わたしは、何をすればいいの……?」


 蓮は笑みを深める。


「いや、特別には何もしなくていい。ただ昨日までと同じように、俺の夢を見ろ」

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