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結晶の結界  作者: 茅原
32/47

不穏の火種。

  ○  ○  ○


 街を外れ、建物よりも畑が増えてきた辺りから更に山のほうへ――というような街外れであるせいか、いくら狭い街とは言え琴音の部屋に仕掛けた盗聴器の電波もここまでは届かない。


そのため二人のやり取りは全く聞くことができなさそうだが、きっともう蓮は琴音の病室に着いて、琴音をリラックスさせるような他愛もない会話を交わしているのだろう。


 街から丘の上のレストランへと向かう唯一の道である、まるで山道と言ってもいいような林の間を抜ける二車線道路を走りながら、椿は二人が笑みを交わしているような絵を想像して、思わずその口もとに微笑を浮かべた。


あの二人には、どことなく似たような雰囲気を感じる。それはおそらく、両者の持つ特異な孤独さが醸し出すものなのだろう。そしてきっとその雰囲気ゆえに、互いは強く魅かれあったのだろう。


 二人はとても似ている。そう気がついたせいか、あの二人が一緒にいることに嫌悪感を感じなくなってしまった。むしろ妹ができたような、愛すべき存在が一人増えてくれたというような喜びすら感じている。


何より、蓮が幸せならばそれはすなわち自分の幸せだ。できることなら自分を――という希望は正直いまでもあるが、それはとりあえず胸の奥にしまっておこう。


 暗闇の中を対向車もなくひとり走っていると、しばしば自分の体がバイクと一体化したような、全ての悩みが軽く風に流れていくような気分になる。自然、体も軽くなり、スムーズに左右へ体を傾けて滑るようにカーブを抜ける。


先に待っている黒瀬雪彦との会食も忘れるほど椿は気を楽に、言い換えればぼんやりとバイクを走らせていた。その時だった。


 唐突、目の前へ伸びる光の先に人影らしきものが映り込んだ。


 息を呑んでブレーキをかける。と、タイヤがロックし、俄にバイクのコントロールを失った。しかし尚も、正面に現れた人影は立ち尽くしている。


「クッ!」


 コントロールの喪失、そして目の前を横切ろうとしたらしいまま立ち止まる人の存在に、椿はすぐさま自ら重心をずらしてバイクを倒し横転した。


 金属を削る甲高い音を立てて前を滑っていくバイクとともに椿は為す術もなく数メートル転がり、コンクリートの堅い感触は感じながらもどちらが天でどちらが地かも解らなくなった頃にようやく俯せの状態で止まった。


 と、どこからともなく車のドアを閉めるような重たい音と、エンジンを起動させる音が聞こえてきた。


と思うと、やがて脇道か休憩所のような場所から道へとライトを灯した一台のセダンが入ってきて、こちらへテールライトを向けて闇の向こうへ走り去っていった。


「……っ!」


 椿は嫌な予感を覚え、肩からたすき掛けにしていた小さなバッグを最早どこが痛いのかも解らない痛みに堪えながら開け、携帯電話を取りだした。画面には『圏外』の文字が光っていた。


 ――やられた……!


 夜も深い街外れの道で人が飛び出してくる。その人はこちらの横転に間違いなく気づいているにも拘わらず走り去り、そして非常時に携帯電話の電波が圏外。普段なら滅多に起こらないであろうことがまるで示し合わせたように三つ重なって起きた。これは裏で何かしらの意図が動いているということでおそらく間違いない。そしてその意図とはおそらく黒瀬雪彦のものだ。


「蓮、さん……!」


 自分が黒瀬雪彦を食事に誘ったせいで、むしろ今晩こちらが行動を起こすということを予告してしまった。


黒瀬雪彦がこちらの計画に全く気がついていないものと漫然と安易な考えを持ってしまっていた自分のミスだ。自分のミスのせいで、蓮にいま危機が迫っている。


「っ、く……!」


 立ち上がろうとしても体に力が入らない。椿は歯を噛み締め、感覚のない手で地面を叩いた。


  ○  ○  ○

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