面会謝絶。
○ ○ ○
大槻総合病院――
街中に立つその大きな病院をそのフルフェイスヘルメットの中から見上げてから、アクセルをふかしてその駐車場へバイクで乗り入れる。
午後になり来院客の数も落ち着いたのか、さほど混んでいない駐車場の一角にあった駐輪場にバイクを停車させて、脱いだヘルメットをそのハンドルへ引っ掛けると、椿は肩からたすきがけにしたバッグを背負い直しつつ玄関へ足を向けた。
薄暗くひっそりとした雰囲気の建物内へ入ると、廊下の先に見えた女子トイレへと真っ直ぐに入り、そこでライダースジャケットと服を脱ぎ、持参してきたナース服へと着替える。
着替え終わり、必要な物は取り出したバッグを窓から外へ置くと、ナースサンダルの音を廊下と階段に高らかに響かせながら七階を目指した。
そしてやがて七階へ着き、その廊下突き当たりにあった『709』号室の前に立つと、そっと扉を開けて中の様子を窺ってから、おそらく間違いない、とノックもせずに扉を開け放った。
「え……?」
テレビに映されていた映画へは目も向けず、ベッドの上に座って自分の足あたりを凝視していた長い黒髪の少女は、瞬時にその表情に怯えを浮かべながらこちらを向く。
「ど、ど、どなた、ですか……?」
椿はその問いに答えず少女へと歩み寄り、ポケットから取り出した盗聴器を素早くそのベッドの下に仕掛ける。そして、ベッドの上へ膝を載せ、さらにまたポケットから取り出した折りたたみの小型ナイフの刃を出して、その背を少女の細い首筋へ当てた。
「動くな。声も出すな。さもないと殺す」
「――――」
少女は顎を上げながら小さく息を呑み、そのまま黙る。どうやら蓮の言ったとおり、この少女は本当に目と足が不自由らしい。椿はそれを認めつつ続けた。
「お前は、自分がこれから何をしようとしているのか正しく理解しているのか? そして、それに全く無関係である人物を巻き込もうとしていることも」
「え……?」
「お前は自分が助かるために他人を利用し、さらにはその他人に自らの盾として命を懸けさせているようなものだ。いいか、よく聞け。黒瀬琴音」
「……?」
「死にたくなければ、金輪際、呼倉蓮には近付くな。近付けば――覚悟しておけ」
雪のように白い喉もとからナイフを離し、椿は病室を後にした。そして、階段を下りている途中ですれ違った中年のナースに尋ね、
「黒瀬先生? 院長なら、たぶん精神科で診療に当たってるんじゃ……」
と返ってきた回答にやはりと思いつつ、また胸にあった微かな懸念を深めつつ帰途に就いた。
○ ○ ○
え――
と、蓮は思わず手から鞄を落としそうになるほど愕然とする。
ここ数日の習慣に従って、今日も学校を終えて琴音の病室へと行くと、その病室の扉には『面会謝絶』の札がかけられていた。
わけが解らず扉の前で呆然と立ち尽くしていると、やや離れた位置にある病室から一人のナースが出てきて階段を下りていったので、蓮は慌ててそれを追い、階段を下りていっているところを呼び止めた。
「あの、すみません」
「……? はい」
とこちらを見上げてから、若いナースはあっ、と驚くように一瞬、だが確かに驚きの表情を顔に表した。それを訝りながらも、とりあえず蓮は尋ねる。
「709号室が面会謝絶になってるんですが、彼女に何かあったんですか?」
「あ……い、いえ、えーと、そういうわけでは……」
「なら、どうして……?」
なぜかまるで早くここから逃げたいとでも言いたげな様子で気まずそうに視線を逸らすナースに、何もかも意味が解らず蓮は追って尋ねる。
ナースはその質問に、数秒、何かを躊躇い行きつ戻りつするように目を泳がせてから、
「実は、わたしもよく解ってないんですけど……」
と、ゆっくりと口を開いた。しかし、再び蓮のほうへちらりと視線を上げた直後、ハッとしたように声を途切らせ、すみませんと一言、言い残して階段を早足に下りていった。
「全く……いけない人だね。患者の状況はみだりに口にしちゃいけないっていつも注意しているのに」
不意に背後から声がして、蓮は驚き振り返った。すると、
「やあ、呼倉蓮くん」
白衣の男――雪彦が、いつの間にか背後の廊下に立っていた。
この人物なら詳しく事情を知っているに違いない。蓮は気を取り直して尋ねた。
「あの、琴音に何かあったのでしょうか。病室に『面会謝絶』と……」
「君とは、もう会いたくないそうだ」
先日、言葉を交わした時とは全く異なる、笑みの消え、目を冷淡に鋭くさせた暗い表情で、雪彦は蓮の声を断ち切った。え? と絶句する蓮に雪彦は続ける。
「呼倉くん。君は僕との約束を守ってくれなかったみたいだね。『絶対に彼女を傷つけないでほしい』。僕はそう言ったはずなのに、君はそれを破った。だから――いや、違うね。僕からじゃなくむしろ琴音ちゃんからの申し出で、もう誰との面会も断らせてもらうことにしたよ」
「は……? 俺が、琴音を傷つけた……?」
全く心覚えのない雪彦の言葉に、蓮はいっそう困惑する。そうして声も出せずにいると、
「もう、君は琴音ちゃんに会えないよ。よく理解はできないが、何をどうやってか琴音ちゃんの足と目を治そうとしてくれていたみたいだけど、それももう終わりだ」
「どうして、そのことを……?」
「琴音ちゃんに聞かせてもらったよ。まあ差し詰め、君のお姉さんから習った催眠療法でもやってみようとしていたんだろうが――でも、そんなことはさせないよ。絶対にね」
「…………」
頭にあるのはただ困惑ばかりで、雪彦への上手い反論を見つけられず、蓮はひとまず引き下がることにした。ここで琴音に会えなくとも構わない。手段はまだ他にもある。
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