夢で待ってる。
「本当に何も書いてないのよね……」
「だから書いてないって、さっき一回、帰る時もそう言っただろ」
「……みんなで黙ってるのかもしれないでしょ。なんだか、なんとなく眉毛の間がすべすべする感じがするし……」
深夜。カーテンを透き通った白い月の光だけが頼りの暗い病室で、ベッドの上に座っている琴音は顔をしかめながらその眉の間を人差し指でこする。
じゃあ、今日の晩にもやるか――
結局、今日の夕方の訓練でも意識体のコントロールに失敗した琴音に、蓮はそう提案した。
別に一人でもできる訓練なのだが、もし成功したならその成功を無駄にするのはもったいない。意味はなくとも意欲はあるのだから、『箱』を介して他人の夢へ侵入するという体験を味合わせたい。
なので、蓮はこうしていったん帰ってから再び病院へとやってきていた。
しかし、そんなことなど勝手にしていろと言わんばかりに、琴音はいつまでも眉毛のことばかり気にし続けていた。蓮はいよいよ痺れを切らして、
「いい加減にしろ、眉毛なんて別にどうでもいいだろ。そんなことより、早く訓練をするぞ。俺が眠って夢を見るから、その夢に入ってくるんだぞ。いいな」
そう言って、眉間をさすっていた左手を掴んでそこに『箱』を持たせる。
琴音は渋った顔を蓮のほうへ向けて、
「でも、やっぱりできないのよ、わたしにはそんなこと。だってわたし、今日の夕方だけで三度も挑戦したのに、全く一度も、できるような気配すらなかったのよ? きっとわたしには才能――というか、もともと純粋な意味での能力がないのよ。わたしは目も見えないし歩けないから、きっとその『意識体』っていうのにも何か問題が――」
「そんなことはない。お前、この前、自分の夢の中でちゃんと自分の意識体を作れただろ。それに、完全な意識体を持っていることと、意識体を遊離させることができることはおそらく何も関係ないはずだ」
「でも……」
「そこまで深刻に考えるな。なんでも初めから上手くいく奴なんていないんだ。まだ始めたばかりなのに才能だとかそんなことを言ってないでとにかくやってみろ。流石に一晩中やっていれば、もうそろそろ自然と一回は成功するはずなんだ」
「うん……」
蓮の励ましにも、琴音はまだどこか不安げに俯く。
しかし、一度でも自分の意識体を意図的に構成したことのある琴音ならば、『幽体離脱』もそう難しいことではないはずなのだ。おそらく必要以上に難しく考えて、頭を働かせるようなことだけに意識を持って行っているためにできないのだ。
蓮はそう確信しつつベッド傍の壁に背をもたせかけて床へ座り、
「じゃあ、夢で待ってる。夢の中で眉毛にいたずらされたくなかったら、早く夢に入ってきて俺を止めるんだな」
そう言うと、琴音は飛び込むような勢いで横になり枕に頭を載せて、毛布を被った。
「うん。なんだか、今度こそできそうな気がしてきたわ」




