夢の中の、その中へ。part2
瞬間、炸裂するように輝いた真っ白な光に思わず閉じた目を開けてみると、そこは既に家の中だった。蓮と琴音の二人は、そのどこかの部屋の中に立っていた。
「懐かしい……。ここ、わたしの部屋……」
そう言って、琴音が輝くような微笑を浮かべながら部屋を見回した。
言われてみると確かに、ここは子供の部屋らしかった。まだ使われたこともなさそうな傷ひとつない学習机や、大きなクマのぬいぐるみ、ままごとのセットが、綺麗に片付けられた全体的に淡いピンク色の部屋に置かれている。窓からはうららかな青空が見え、陽のよく入る部屋の中は暖かい。その温かさの中に、お菓子のような甘い匂いが微かに漂っている。
「ああ、よくこれで遊んでたなぁ……。ふふっ」
絨毯の床に置かれていたママゴトセットの前に屈み込んで、琴音は楽しそうに笑う。
「おい、琴音――」
俺たちは遊びに来たわけじゃないんだぞ――と、言おうとした蓮の言葉を、琴音は不意に低調な声で断ち切った。
「そう……。あの時、わたしはおままごとをしていた」
言って、琴音は手に持ったプラスチックのニンジンを深い瞳でじっと見つめた。
「あの時もこうやって遊んでいたら、急にララが鳴き始めて……それからなんとなく煙の臭いがしてきて、すぐにたくさん煙がこの部屋に入ってきて……」
琴音が独り言を呟くようにそう言うと、扉の外から甲高く吠え立てる犬の鳴き声が聞こえてき始めた。そして、微かに開けられていた扉の隙間から部屋の中へうっすらと黒い煙が流れ込んでくる。どうやら琴音が自らのトラウマ記憶を辿り始めたらしい。
来たか、と蓮はその煙を吸ってしまわないために少し身を屈めながら尋ねた。
「確か、慌てて一階を見に行こうとしたんだよな」
「そう……。すぐに火事かもしれないって気付いて、わたしは部屋を出て一階に向かったの」
すっと腰を上げて、琴音は無表情に部屋を出て行く。
「おい、琴音」
と呼び止めたが、琴音は止まらない。
声が届かなくなっている。夢に呑まれている。蓮はすぐさまそう気付き、琴音を追いながら、
「落ち着け、琴音。ここは現実じゃない、夢なんだ。夢に呑まれるな。落ち着いて、冷静に考えながら行動するんだ」
「大丈夫。わたしは冷静よ」
蓮を見ることもなく答えて、琴音はやや身を屈めながら躊躇いもない足取りで煙の漂う廊下を歩き、そして、ほどなくして行き当たった階段をゆっくりと下りながら、
「わたしは慌てて、急いで階段を下りた。そうしたら、階段を踏み外して転んでしまった。確か、下りて二段目か三段目で踏み外して――ここまで、転げ落ちた」
そう言って、一階まであと五段を残した、階段が直角に右へと曲がる地点で足を止めた。
蓮は琴音の頭の上から、壁に手をつきながら階下の廊下を見る。すると、廊下の左側から見たこともないほど黒い煙が大量に天井を沿って湧き出してきていた。直接の確認はできないが、この煙の熱さと濃さからして、もうかなり火は回っていると見て間違いない。
悲鳴に近いような犬の鳴き声が家中に響いている。蓮は、木を割るような独特な火の音を掻き消すほど大きな声で鳴きたてる犬の声に片耳を塞ぎながら、
「お前は、ここで動けなくなったんだな?」
「うん。そう……」
「だから、子犬を助けに行けなかった」
「……そう。どうしても起き上がれなくて……」
「ああ。でも、今なら行ける。さあ、犬を助けに行くぞ。どこにいるんだ、その犬は」
「ダメ――」
呟いて階段に座り込み、琴音は細かく震える両手で頭を抱えた。
「無理、わたしにはできないよ……! だって、足が痛いんだもん、頭が痛いんだもん……!」
琴音がそう言うのとほぼ同時、火の光ではない、赤黒い光が辺りを包んだ。煙の量が今まで以上に増え、苦いほどの焦げ臭さが喉の奥を焼く。
「おい! 落ち着け、琴音! ここは夢だ! お前は今ケガなんてしていない!」
ひっきりなしに鳴く犬の声に被せるように、蓮ほとんど叫ぶように言う。しかし琴音は、その綺麗な黒髪を掻きむしるように両手で頭を掴み、駄々を捏ねるように叫んだ。
「してるよ! いたいんだもん! いたくてあるけないんだもん! わたしには――わたしにはもうなにもできないの! わたしはもうしんじゃうの! もういえも、ララも、わたしも、ぜんぶもえちゃうのよ!」
琴音の言葉に呼応するように、まるで放たれたような勢いで廊下を炎が駆け抜けた。さらに、火のないはずの階上からも炎が黒煙を上げて迫ってき始めた。
「やめろ、琴音! 不安になるな! ここでは不安は現実になる! 落ち着けっ、気を確かに持つんだ!」
「っ……! 無理……そんなの無理っ……! みえない、なにもみえない――あついよっ! たすけてっ、おとうさん、おかあさん!」
琴音は声を張り上げて叫び、耳を力の限り塞ぐように頭を抱える。
「おい、琴音……! くっ!」
もう無理か――
琴音の精神状態が危ない。このままでは琴音の心についた傷をよりいっそう深くしてしまう可能性がある。これ以上、この夢を進めるのは危険だ。
蓮はそう判断すると、琴音を置いてひとり先に夢から離脱した。




