#2
「(ここまでが第三者による壮大な釣り、とかだったら割とマジで辛いよな。もしそうなったら……)」
予備校や来年の再受験を気に掛けながら歩いていると、駅前のバス停が見えてきた。
長旅の疲れもあるためベンチに腰を下ろしたかった猛だが、
「(……うわ)」
関わりたくない外見の先客がいた。
ヤンキーないし一部ではDQNと称される人種の2人組が、雨避けの真下のベンチで何やらお楽しみ中のようだ。
そっちの方々なら一便見逃す事も考えたが、どうやらそうではないらしい。
そうであったほうがまだマシだったのかもしれない。
何故なら、よく見ると1人の女性が、2人の間に挟まれるようにして佇んでいたから。
迷惑そうに小柄な体を更に縮めているお下げの少女と、お構い無しに身を寄せて肩なんか抱いちゃってる金髪ロン毛、その様子をニヤケ面で眺めている剃り込み坊主の図は、どう見ても知り合いや友人、ましてや恋人のそれではない。
「あの、は、離してください……」
「ツレない事言うなよぉ~寂しいじゃん♪」
「てかナニ? そのカッコ。どこかのお嬢様? ちょー高そうなんだけど」
「うわ、じゃあ今俺、どっかのお嬢様と肩組んじゃってるわけ? ひゃ~やべぇ、お父様に殺されちゃうぅ~ってか!」
「ね~そんなションボリしてないでもっと顔見せてよ~。お、こっちのほうも結構イケてるじゃん?」
「やっ、……そのっ、あっ……」
3人のやりとり、バスを待っているであろう周りの人間の我関せずな態度。
その全てが地獄絵図と呼べるものだった。
「(……あー、くっそ)」
吐き気がした。
そりゃあ誰だって面倒事にはなるべく首を突っ込みたくないだろうし、そうならないように心掛けるのは何も悪い事ではない。自分もその例外ではない。
けれど、こうして今目の前でそれが起こっているのに、痛そう、怖そう、ヤバそうだと理由を付けて救いの手を差し伸べないのはおかしくはないか?
いいや、おかしい。絶対に。
それが、穂村猛の持論である。
「へへっ、なんかすげぇイイ匂いするし、しばらくこのまま座っとこっか♪」
「えーずりぃよ俺にも貸して~?」
「痛っ、だ、誰かっ」
外道の手がワンピースの裾に触れた所で、Goサインが点灯した。
「その辺にしとけよお前ら」
空気が壊れる、というのはまさにこの事なのだろう。
不思議な事に、人は大きな事をやらかすと、興奮しながらも冷静を保てるものである。一帯全ての視線が自分に向けられるのがわかる。驚嘆、憐憫、期待、そして……敵意。
「……は? 何だテメー」
所謂"ガン付け"を発動させる金髪にも、猛は動じない。まずは会話で交渉を図る。
「どう見ても嫌がってるだろうが。さっさと離してやれって言ってんだよ」
ぶふーっ、とわざとらし過ぎるくらいに吹き出した剃り込みがリアクション芸人のように頭を抱える。
「うわ~、もしかして俺達ワルモノ? はぁ~、すっげー醒めるわこーゆーの」
ほぼ同時に立ち上がり、表情と声のトーンを一変させて詰め寄ってくるヤンキー2人組。歳は近いのかもしれないが、背丈や体格は分が悪かった。殴り合いだと結構厳しい。というより、痛いから嫌だった。
「人様の事いきなりお前呼ばわりたぁ随分良い御身分だなぁオイ?」
だが、金髪はお構い無しに何やらパキパキと鳴らしていらっしゃる。どうやら、根っからの肉体言語派のようである。
「あー、わかったわかった。俺の言い方が悪かった」
後に引けないのだとしても、最後の最後まで希望を捨ててはならない。何事も。
そこで、申し訳程度の示談を申し込んでみた。
「今なら見逃してやる。ここで怒った事もお巡りさんにはチクらない。だから、黙って何処かに消えてくれ」
「死ねボケ」
暴言と同時に金髪が拳を振るう。頬の辺りの衝撃が走り、続いて剃り込みの蹴りが腹部に直撃した。
「がっ……!」
後ろに吹っ飛び、バス停の立て看板に背中から突っ込む。短い悲鳴が聞こえたような気がしたが、そんな事よりも腹が痛い。思ったよりモロに入ったらしい。呼吸に多少の障害が発生する。
うん。やっぱり、話し合いで全てが解決するなら警察とか戦争とか要らないよなぁ。
などと考えていると、追い打ちを掛けに来た金髪に胸倉を掴まれ、引き寄せられた。嫌な予感がしたので、顔だけ緊急回避を図る。案の定、放出された粘液の塊が猛の頬を掠める。
ブチン! と頭の中で変な音がした。
「雑魚のくせによ。女の前だからって調子づいて出しゃばるんじゃねーよカス」
勝敗は、既に決していた。
「………お前が」
「あ? 聞こえねーんだよ」
「お前が手で、あいつが足な」
「は?」
「ぎゃああああああ!!!」
絶叫の主は、剃り込み坊主。
金髪が驚いて振り返った先で、先程猛に蹴りを喰らわせたほうの足を抱えるようにしてのたうち回っていた。
「チッ」
猛から手を離し、相方の元へと駆け寄る金髪。
「どうした!? まさかあんなんで折れたのか!?」
「違っ! 熱ィ! アヂィんだよ!」
「はぁ、熱い!? 何言ってんだおま……」
意味のわからない事を叫ぶ剃り込みを引き起こそうと手を伸ばした瞬間――、
ボワッ!! っと。
伸ばした手の先がまるで手品のように炎に包まれた。
「うが、ああああああああああああッ!?」
同じように絶叫し、地面を転げ回る金髪。燃え盛る火を消そうと地面に叩き付けたり振り回したりするが、炎はそういう生き物みたいに吸いついて離れない。
「な、なんなんだよこれえええええ!?」
「ざけんなテメっ、何しやがっアあああああああ!!!」
「…………」
地を這って泣き叫ぶ不良達とは対照的に、そんな彼らを冷酷に見下すように睨みつける猛。
周りの人間も、目の前の光景にただ言葉を失うしかなかった。
他の一切の介入を許さず君臨する姿は、まさに独裁者。その圧倒的な存在感に、接近を試みる者などいる筈も無かった。
……ただ一人を除いては。
「も……い……す」
「……?」
「もう、いいんです。……やめてあげてください」
聞き逃しかねない程の小さな声を聞いて、猛は我に返った。
振り返った先にいたのは、先程まで助けを求めていた少女。
「私は、大丈夫だから」
次の瞬間、暴れ狂っていた2人組はまるで憑き物が落ちたかのように静かになり、金髪の拳を包んでいた炎もすっかり消え去っていた。
そして、揃って顔を上げる。彼らは、穂村猛という男など見てはいなかった。
その眼にあるのは先の高圧的なものとは程遠い、
「ばっ……」
得体の知れない異物に対する、恐怖。
「ば、バケモノぉおおおっ!」
「来るなぁあああああッ!!」
血相を変え、冷めた唇を震わせ、こちらを振り返る事も無く。無法者達は死に物狂いでその場から走り去った。
結果、取り残されたように猛は一人になった。
「(あーあ。またか)」
よく見ると、一部始終を傍観していた他の連中も散り散りになっている。巻き添えや二次被害を嫌ったのか、あるいは逃げ去った2人と同じ感情を抱いているのか。どちらにせよ、近寄って耳触りの良い言葉を掛けてくれる事はなさそうだった。
檻の外に出された猛獣。
我ながら素晴らしい例えだと、猛は苦笑し、誰もいなくなったベンチに腰を下ろした。会話なんて出来る気分ではなかったが、視線を落したままなんとか声を絞り出す。
「君も離れたほうが良いかもよ。さっきの奴等みたいな事になりたくないなら」
脅迫めいた台詞を口走ったが、勿論そんなつもりは毛頭無い。
ただ、放っておいて欲しいという、精一杯の意思表示だ。
少し黙って、命知らずの少女が口を開いた。
「あの、この後どちらまで?」
「…………」
気持ちを汲み取ってくれなかった事に憤慨しつつ、今度は顔を上げて答えた。聞き覚えのある人間なら誰もが煙たがる、おそらく自分と同類の連中が集まる目的地を。
「王源学園」
その名を聞いた瞬間、少女は驚いたように目を丸くした。予想通りの反応に口元だけ笑ってみせる。
そう。それでいい。これ以上、自分に関わらないでくれ。
直後、これ以上ない素晴らしいタイミングでバスが到着した。
立ち上がり、諸々の入ったキャリーバッグと共に乗車口から乗り込もうとしたその時、
「私も」
声と同時に軽く袖を引っ張られ、猛は立ち止まってしまう。
「私も、これからそこに戻るつもりですので。御一緒しますね?」
振り返った先で、笑顔と共に可愛らしいお下げが揺れていた。




