40 忘レ乃里
翌朝。
四人は再び村を歩いていた。
昨日と変わらない景色だった。
田んぼを風が抜け、山々が静かに村を囲んでいる。
笛も。
太鼓も。
もう聞こえない。
*
鼎は田んぼ道で足を止めた。
昨日、花嫁行列を見た場所。
あの大きな木も、変わらずそこに立っている。
木陰には誰もいない。
風だけが、静かに枝葉を揺らしていた。
「終わった……んですかね」
誰に向けたわけでもなかった。
朝日は木を見つめたまま答える。
「境界は終わるものじゃない」
鼎が振り向く。
「私たちが、境界から離れただけ」
それ以上、朝日は何も言わなかった。
*
辰野は村を見渡した。
「俺……」
少し照れたように笑う。
「帰ってきたはずなのに、知らない故郷を歩いた気分です」
もう一度、田んぼの向こうを見る。
「でも……」
言葉が止まった。
何かを言おうとして、辰野は小さく首を振る。
「いや。何でもないです」
誰も続きを聞かなかった。
*
五和は鳥居の前で立ち止まった。
「伝承は」
三人が五和を見る。
「残すためにある」
静かな声だった。
「何をですか」
鼎が尋ねる。
五和は鳥居を見つめたまま答えた。
「人だ」
鼎の中に、木陰の青年が浮かんだ。
名前も知らない。
何を思っていたのかも分からない。
それでも。
あの人がそこにいたことを、鼎たちは見た。
*
四人は鳥居をくぐった。
山の風が頬を撫でる。
「……」
鼎は足を止めた。
昨日は、ここをくぐった瞬間に風が止まった。
笛の音が近くなった。
今は。
ただの風が吹いている。
鼎は一度だけ振り返った。
鳥居の向こうに、昨日の景色はない。
太鼓も。
笛も。
花嫁行列も。
木陰の青年も。
もう見えない。
それでも。
あの景色は、鼎の中に残っている。
鼎は前を向いた。
辰野たちの後を追う。
風が吹く。
田んぼの稲が、静かに揺れていた。
忘レ乃里編長い間お付き合い頂き
ありがとうございました。
次回新章【伝承編・千永花】
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