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境界に眠る光 ━はじまりの外の世界へ━  作者: くいたん


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第80話 裂けた境界

空間が、内側から悲鳴を上げるように裂けていく。


音にならない圧力が押し寄せ、見えない膜が外側からねじ曲げられる。


精霊の光が乱れ、呼吸を忘れたみたいに明滅を繰り返す。



ザーラの胸の奥で、あの熱が再び膨れ上がる。


怖いとわかる速さで、でも止め方はもう知っている熱。


裂け目の向こうに、影が現れる。



ひとり、ふたり、そして数が増え、整然とした足取りで境界を踏み越えてくる。


迷いはない、ためらいもない、ただ目的だけがまっすぐに向いている。


リオンが一歩前に出て、ガイルが無言で側面へ流れる。



言葉はないのに、配置だけで役割が決まる。



「ここから先は通さない」



低く落ちるリオンの声は、空気そのものを縛るみたいに静かで重い。


先頭の男が足を止め、わずかに顎を引いて周囲を測る。


黒い装束、整いすぎた立ち姿、先行班とは明らかに違う圧。



本隊。




「確認する。“鍵”の引き渡しを要求する」




「断る」



間を置かない即答。


その一言に、迷いも交渉の余地も残さない。



「では、回収を開始する」



合図もいらず、全員が同時に動く。


刃がぶつかり、火花が短く散り、衝突の連鎖が一気に広がる。


ガイルはすでに影の中に入り、気配ごとひとりを沈める。


速い、静か、そして確実。



「散開!」



敵の声が飛び、隊列がほどけて複数の軌道がザーラの方へ向く。


その一瞬で、狙いがどこか全員に伝わる。


ザーラがルティを抱き寄せる。


胸の熱が、今度は恐怖ではなく“守るための形”に変わろうとしている。


怖い、それでも腕は緩めない。



「こぼさない」



訓練で繰り返した言葉が、今は祈りじゃなく技術として体に残っている。


ルティの手の感触が、現実に引き戻す。



「いっしょ」



その小さな言葉が、芯になる。


ザーラが手を伸ばすと、光が従うように集まり始める。


暴れない、逃げない、ただそこに留まる。


量が違う、それでも崩れない。



空間がわずかに歪み、精霊の光が一斉に反応して円を描く。


ザーラの周囲に、もうひとつの境界が生まれる。


内側を守るためだけに作られた、やわらかくて強い殻。


突っ込んできた敵が、その見えない壁に弾かれる。



「なんだ、これは……!」



驚きの声が上がるが、ザーラは聞いていない。


ただ、支えている。


守ると決めたものが、腕の中にあるから。


リオンの声が飛ぶ。



「崩すな!」



短く、鋭く、でも信頼が乗っている。


ザーラは歯を食いしばり、呼吸を整え、心臓の鼓動に合わせて光を留める。


そのとき、ルティが顔を上げる。



「いや……」



小さな声なのに、空気の質が変わる。


ルティの目が揺れている。


さっきまでの無邪気さとは違う、どこか遠くを見るような焦点。


光が強くなる。



ザーラの手の中の光が、外へ引かれるように軋む。


裂けた境界の向こうへ、呼ばれるみたいに。



「だめ!」



ザーラが強く引き寄せるが、ルティの体がわずかに浮く。



「ザーラ……」



その声の奥に、知らない響きが混じる。



「ひらく……」



その一言で、戦いが止まる。


敵も、リオンも、ガイルも、一瞬だけ動きを失う。


裂け目がさらに広がり、光が変質する。


あたたかさを失った光が、刃のように鋭く空間を切り裂く。



「止めろ!」



リオンの声が重く落ちる。


ザーラの視界が揺れ、頭の奥にあの声がよみがえる。


対価が要る。


選び直せ。


逃げれば、すべて失う。



怖い。


でも、もう決めている。



ザーラは息を吸い、ルティを見つめる。



「ルティ!」



叫びは震えているのに、芯は折れていない。



「こっち見て!」



ルティの目が揺れ、ほんの一瞬だけ“今”に戻る。



「ひらくじゃない」



ゆっくり、でも確実に言葉を重ねる。



「いっしょにいる」



その一言に、全部を込める。


守る、離さない、置いていかない。


ルティの表情が崩れ、迷いがほどける。



「ざーら……」



呼び返す声が、やっと同じ場所に戻る。


ザーラが手を握る。



「こぼさない」



約束みたいに、繰り返す。


ルティも、小さく握り返す。


その瞬間、光の質が変わる。



鋭さがほどけ、温度が戻り、境界が呼吸を取り戻す。



裂け目が収束し、ゆっくりと閉じていく。


外側と内側が、もう一度分かれる。


敵が後退する。



押し込む力を失い、距離を取るしかなくなる。



静寂が戻る。



ザーラの膝が揺れ、崩れそうになるのをミーナが支える。



「大丈夫!?」



「……うん」



声は小さいが、腕はまだルティを離さない。


胸の奥に、何かが確かに削れた感覚が残る。


リオンが静かに言う。



「今のが、代償の前触れだ」



重い現実。



でも、ザーラはもう目を逸らさない。


ただ、ルティを抱きしめる。


守ると決めた、その中心を。


ガイルは境界の外を見ている。


敵は引いたが、終わりではないと知っている目。



「次は、来るな」



低く、確信を込めてつぶやく。


風はまだ戻らない。



だからこそ、今この瞬間だけが静かに燃えている。



ザーラの腕の中で、ルティの体温が確かにある。



それだけで、戦う理由は十分だった。


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