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境界に眠る光 ━はじまりの外の世界へ━  作者: くいたん


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第1話 あたたかい場所

はじめての投稿です。よろしくお願いします。

自分の好きを詰め込んだ感じです。


明日も、今日と同じ一日が続いていくのだと思っていた。


特別な予定があるわけでもない。

誰かと約束をしていたわけでもない。


ただ、朝が来て、夜になって、また次の日が来る。

そんな当たり前の繰り返し。


退屈なくらい普通で、だからこそ、終わるなんて考えたこともなかった。


あの夜も、そうだった。


眠る前に何を考えていたのか、もうはっきりとは思い出せない。

けれど、きっと些細なことだったのだと思う。


明日の予定とか。

買い忘れていたものとか。

そんな、“明日が来る前提”でしか浮かばないようなこと。


だから。


あの瞬間まで、自分の世界が終わるなんて、少しも疑っていなかった。


最初に聞こえたのは、小さな音だった。


どこか遠くで、何かが軋む音。


夢の続きみたいに曖昧で、意識の外へ流れていきそうなほど小さな違和感。

けれど、その音は消えなかった。


もう一度、鳴る。


何かが落ちる音。

何かが割れる音。


静かだったはずの夜が、少しずつ形を崩していく。


「……っ」


息を呑んだ、その直後だった。


視界いっぱいに、天井が落ちてきた。


何が起きたのか理解する暇なんてなかった。

逃げる間も、叫ぶ間もない。


暗闇が、一瞬ですべてを飲み込んでいく。


音も、光も、感覚も。


全部が遠ざかっていくその中で。


どうしてか、最後に浮かんだのは恐怖じゃなかった。


――ああ、明日が来ると思ってたのに。


そんな、あまりにも小さくて、どうしようもなく人間らしい後悔だった。


そして。


意識は、静かに途切れた。






次に目を開けたとき、世界はしんと静まり返っていた。


さっきまで聞こえていた音が、全部なくなっている。


何もない。


なのに、怖かった。


知らない天井。

知らない匂い。


ぼんやりした頭のまま、自分の手を見る。


小さい。


指も、腕も、全部。


「……あ」


声を出そうとしても、うまく出なかった。


かすれた空気みたいな音しか漏れない。


ここがどこなのか、わからない。

どうしてこうなったのかも、わからない。


でも。


ひとつだけ、はっきりしていることがあった。



――ここ、こわい。



その感覚だけが、胸の奥に重く残っていた。


それからの日々は、ずっと息苦しかった。


うまく喋れない。

うまく歩けない。


何をするにも遅くて、思うように体が動かない。


けれど、一番つらかったのは、そこじゃない。


誰も優しくなかった。


食事は少なくて、冷たくて。


名前を呼ばれることもない。


同じ場所にいるのに、まるで最初から存在していないみたいに。


大きな音がすると、体が勝手に震える。


どうしてなのか、自分でもわからない。


なのに、怖い。



夜になるたび、胸の奥がざわざわした。


何かを思い出しそうなのに、思い出せない。


暗いものが、すぐそこまで来ている気がする。


でも、その正体だけがわからない。


ただ、怖かった。



だから。


少しずつ、その気持ちだけが大きくなっていく。


――にげなきゃ。


こわい。


いやだ。


ここにいたくない。


にげなきゃ。


にげなきゃ。


にげなきゃ。


その言葉だけが、頭の中で何度も繰り返されていた。




気づけば、走っていた。


どうやって外へ出たのかも覚えていない。


けれど、戻りたくない。


その気持ちだけで、足が動いていた。


森の中を、夢中で走る。


枝が服に引っかかり、石につまずいて転ぶ。


お腹が空いて、喉が渇いて、息が苦しい。


それでも止まれなかった。


止まったら、捕まる。


そんな気がしたから。



「……ぁ」


声が、うまく出ない。


世界がぐらぐら揺れている。


足に力が入らない。


視界がぼやけて、木々の形が溶けていく。


そのまま、力が抜けるみたいに倒れこんだ。


冷たい土の匂い。


もう、動けない。


こわい。


でも、体が言うことをきかない。


ぼんやりした意識の中で、風の音。


葉っぱが揺れる音。


遠くで、枝が鳴る音。


静かな森の音。



その中に、まじる。


小さな音。


――かさ。


落ち葉を踏む音だった。


かさ‥‥‥かさ。


ゆっくり、近づいてくる。


誰かいる。


その瞬間、体がびくっと震えた。



こわい。

つかまる。



そう思ったのに。


どうしてか、耳だけはその音を追いかけてしまう。



逃げたいのに。

こわいのに。



その足音が遠ざかってほしくないと、どこかで思ってしまった。




「……え?」


声がした。


おんなのひと。


「……子ども?」


近づいてくる。


逃げなきゃ。


でも、もう体が動かない。


「……はぁ」


小さなため息。


「よかった……生きてる」


その声は、怒っていなかった。


困ったみたいな、安心したみたいな声だった。


次の瞬間。


ふわりと、体が持ち上がる。


あたたかい。


「……こんなところで、なにしてるの」


責める声じゃない。


ただ、本当に困っているみたいだった。


胸の奥でずっと張りつめていたものが、少しだけゆるむ。


あったかい。


この人、こわくない。


そう思った瞬間。


ずっと耐えていた意識が、ふっと暗闇に沈んでいった。





次に目を開けたとき、やわらかい匂いがした。


木の匂い。

あたたかい布の感触。


知らない部屋だった。


けれど、前みたいな怖さはない。


「……起きた?」


声がして、びくっと肩が跳ねる。


森で会った、あの人。


ルティの反応を見て、彼女はそれ以上近づいてこなかった。


「……大丈夫」


ただ、それだけを言う。


無理に触れようともしない。

静かに、そこにいてくれる。


それだけで、少しだけ安心できた。


差し出された水を、少しずつ飲む。


乾いていた喉に、冷たさが落ちていく。


それから、小さな器が置かれた。


ふわりと、あったかい匂いが広がる。


ごはんだった。


恐る恐る、ひとくち食べる。


やわらかい。


あったかい。


……おいしい。


ぽろ、と涙が落ちた。


一度落ちたら、もう止まらなかった。


「……あ……っ」


うまく声にならない。


それでも、伝えたかった。


「……あり、……がと」


その瞬間だった。


頭の奥が、急に冷たくなる。


――なくなる。


早く食べなきゃ。


取られる。


慌てて口へ運ぶ。

こぼれても構わない。


器を、ぎゅっと抱え込む。


取られたくない。


守らなきゃ。


「……っ」


その様子を見て、ザーラの動きが止まった。


何も言っていない。

誰も取り上げようとしていない。


それなのに、この子は怯えている。


まるで、“奪われる前提”で生きてきたみたいに。


「……ちょっと」


思わず声が漏れる。


びくっ、と小さな体が震えた。


その反応で、理解してしまう。


――これ、普通じゃない。


「……誰も取らないから」


口にしてから、ザーラは気づいた。


そんな言葉を必要とする場所で、この子は生きていたのだと。


ルティの手が止まる。


ぽたり、と涙が落ちた。


ザーラは何も言えなかった。


ただ、そっと器を支えることしかできなかった。




しばらくしてから、ザーラが静かに聞く。


「そういえば、あんたの名前、聞いてなかった」


名前。


その言葉に、ルティの手が止まる。


「……る」


かすれた声。


「……る、て……」


うまく言えない。


するとザーラは、少しだけ柔らかい声で言った。


「いい。そこまでで」


しゃがみ込み、目線を合わせる。


「……ルティ、でいい?」


ぱっと顔を上げて、こくんとうなずく。


「じゃあ、ルティ」


名前を呼ばれる。


たったそれだけのことなのに、胸の奥がじんわり熱くなった。


「……ザーラ」


今度は、彼女が自分の名前を口にする。


「……ざーら」


ルティが小さく真似する。


少しの沈黙。


それからザーラは、ぶっきらぼうに言った。


「……呼び捨てでいい」


不器用だけど、優しい声だった。




その夜。


ザーラが部屋を出ようとしたときだった。


ぎゅ、と小さな手が服を掴む。


「……はぁ」


呆れたみたいなため息。


でも、振り払わない。


ザーラはそのまま、隣に横になった。


少し近い距離。


あたたかい。


怖くない。


「……ざーら」


眠たそうな、小さな声。


「……なに」


返ってきた声は、思ったよりずっと柔らかかった。


その声を聞きながら。


ルティは、ゆっくり目を閉じる。



その夜。


ルティははじめて。


“明日が来てもいい”と思いながら、眠った。

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