第12話 魔王の影を辿って
ニャーン……ニャーン……ニャーン……
ニャニャ……ニャニャ……
ルティアです。
アーシャ=ヤームに来てから、あっという間に二ヶ月が経ちました。そしてついに、本格的な夏がやってきました! あっつーい!
布教活動は当面控えるようにってお達しがあるから、私たちは今、教会での司牧と、慈善活動に専念しています。はじめは警戒していた子ども達も、一緒に遊んだらすぐに仲良し! ね、言ったでしょ? やさしくするのは、間違いじゃないって♪
ニャーオ……ニャーオ……ニャーオ……
さて、他のみんなの様子というと……
グラハムさんは、いつも暑そうにしてて、外で働くときは「溶ける溶ける……」ってぼやいてます。でも、子どもと遊ぶときは元気です! 不思議!
ナギさん?
……何してるんでしょうね? いつも、ふらっと出かけては、ふらっと戻ってきます。たまに街の猫と一緒に歩いてるし……もしかして異国のニンジャ? なのでしょうか。
ライデル様は、というと──
本……本……本……
今日も机に本を積み上げては眉間に皺。神学書や何やら難しい本を読んでは、ウンウン唸っています。
ニャンニャンニャニャーン……
そうそう、さっきから聞こえてるこの「ニャンニャン」は、西大陸に生息するネコ蝉の鳴き声。最初はうるさーい! って思ったけど、今ではすっかり慣れちゃいました。毎日、元気に『にゃんにゃん♪ にゃんにゃん♪』
「ルティアちゃーん! こっち、荷物お願いー!」
「あ、はぁい! いま行きまーす!」
……というわけで、毎日忙しくも、穏やかな日々が過ぎていきます。
† † †
──魔王レーヴァタス。
アクィターナ公爵。
そして、レヴィ……
ライデルが本をめくる。静かな部屋の中で、蝉の声が『にゃんにゃん♪』とかすかに聞こえる。
レーヴァタスの記録で最も古いものは、彼が十五歳のとき。
──奴隷剣闘士レヴィ。
世にも珍しい、エルフ族とラオ族の混血……
ただでさえ、エルフ族とラオ族との間に、子どもができることは稀。しかも西大陸で神聖視されるアルビノだ……
華麗な剣技。陶磁器のような肌。真紅の瞳……
闘技場でデビューすると、その強さと美貌で瞬く間にスターとなった。
「ライデル様〜。ご飯、できてますよー!」
「うん、ありがとう、ルティ! すぐ行くよ!」
† † †
──レーヴァタスに転機が訪れるのは、彼が十七歳のとき。
その強さと美貌を気に入った貴族に見初められ、養子として迎えられる。その後、軍学校でエリート教育を受ける。すぐに頭角を現したレーヴァタスは、親衛隊へ。当時の公爵の側近にまで上り詰めた。
そんな矢先── アーシャ=ヤームが、遊牧民の軍勢に襲われる。
「リディーー! 出かける時間だよぉ!」
「ごめん! サーナ! ちょっと待っててー」
† † †
──城が敵軍に包囲される最中、公爵が急死する。公妃とレーヴァタスは、公爵の死を隠したまま戦争を指揮し、敵軍を退ける。
しかし、公爵家に残されたのは、幼い王子と、公妃一人。統治に混乱が走るなか、公妃はレーヴァタスに助けを求めた。
そして二人は婚姻を結び、レーヴァタスは“アクィターナ公爵”として、政務と軍を掌握する。
子を成せぬ、人類とシャーシャ人。血縁ではない者の叙爵。仮初の婚姻により、事実上、レーヴァタスは公爵位を簒奪した。いや、むしろ子を成せないからこそ、混乱の中、一代限りの公爵として認められたのだろうか?
その後、西部のヴィシアム連合王国も掌握し、西大陸を統一した“魔王”は、人類の領域に侵攻を開始した。
ライデルは静かに本を閉じ、天を仰ぐ。
英雄。簒奪者。統治者。破壊者。
そのどれでもあり、どれでもない。
近づけば近づくほど、遠ざかっていく。
知れば知るほど、分からなくなる。
レーヴァタス・エル・アクィターナ。
貴方は、なぜ──。
「リディ! もう遅いぞ! 寝ろ!!」
「わっ、ごめん、グラハム! すぐ寝るよー!」
静かな夜に、蝉の声だけが『にゃんにゃん♪』と木霊する……