第13話 転生とシャタルナ
† † †
「──将軍、ウェミナール准司教の動きは?」
広い謁見の間。若き公爵の背後で、重厚な鎧をまとった将軍が低く答えた。
「閣下の要請どおり、布教は行わず司牧と慈善活動だけ。街での評判も良好です」
「そうか…… 何かあれば即座に報告を」
将軍が一礼して下がりかけたとき、ふと口を開く。
「ところで、准司教殿から申請が。──先公様の御前に参拝したい、と」
「……教会の特使が、“魔王”の墓参りか」
若い公爵は眉根を寄せ、しばし思案に沈んだ。
† † †
城の静かな回廊を抜けると、湖風の通る小さな広場に出た。中央に埋め込まれた黒曜石の石棺。その上に、剣と夜光樹をかたどった質素な碑が立つ。
「こちらでございます」
案内役の侍従が一歩下がる。
ライデルは胸元で呼吸を整えた。
「──祈りの作法は?」
「男性は右膝をつき、右手を心臓に。
女性は両膝をつき、胸の前で手を交差させます」
侍従が応える。
膝を折り、右手を胸に添え、語りかける。
(レーヴァタス・エル・アクィターナ……貴方は……)
そのとき──
「まぁ、レヴィのお墓参りだなんて珍しいわね」
涼やかな声に後ろを見やる。ひらりと夜色のマントを翻し、気品あるシャーシャ人の女性が歩み寄ってきた。先公妃、レーヴァタスの未亡人である。
侍従が慌てて頭を垂れた。
「先公妃様、急なご訪問とは存じ上げず──」
「構いませんよ」
先公妃は柔らかく笑み、ライデルへ視線を移す。
「はじめまして、ウェミナール准司教殿。遠路ご苦労さま。今日は随分と堅いご挨拶ね?」
「僭越ながら、王族に対する正式礼式を──」
「そんな石のような顔は、ここには似合わないわ」
先公妃が冗談めかして口角を上げると、緊張が風に溶けた。
「レヴィが逝って久しいから、訪れる者も少なくなったの。貴方が来てくれて嬉しいわ」
「……先公爵様は、どのような方だったのでしょう?」
先公妃は石棺に視線を落とす。
「強くて、気高くて、誰より賢くて…… でも、いつも遠い場所を見ているひと」
「何でも見透かすくせに、何も見ていないようでもあったわね」
先公妃の、気さくで、穏やかな雰囲気に、つい言葉が走る。
「先公爵様は──なぜ、戦いをはじめられたのですか? 何かお心当たりはありますか?」
侍従が息を呑む。不躾な問い。しかし先公妃は首を振るだけだった。
「わからないの…… でもね、そう…… たぶん、意味なんてなかったと思うわ」
「意味が、ない……?」語尾が震える。
「いつか彼が言ったわ。『それを成す力があり、その機会が巡ってきた。それだけだ。』って」
「レヴィは、幼い頃、日々の食事を手に入れることすら、命を賭けだったと。でもいつの間にか、命をかけなくても、食べることができるようになった。公爵になり、王になり、この世で手に入らないものはなくなった。 ──けれど、たぶん同時に、大切な何かを失ったのね」
──まったく理解できない…………わけではない。
ボクも、魔王の死で何かを失い、旅に出た。
そして今、その魔王の墓前に立っている……
先公妃がふと目元を細めた。
「噂は聞いているわよ。若くして准司教、数々の功績……良き魂が転生したのでしょう」
──ドクン
瞬間、心臓が強く跳ね、周囲の音が、消えた……
「あなたの身には、英霊の魂でも宿っているのかしら?」
ヨキタマシイ……? テン……セイ……
まるで走馬灯のように、全てが停止した世界で、穏やかなはずの先公妃の声色だけが、頭の中で不気味に響く。
何度も……何度も……何度も何度も何度も何度も……
「きっと、シャタルナ様が、良い魂を輪廻させたのね」
──シャタルナ……サマ?
「お……お聞きしたいことが──」
「ごめんなさい、これで失礼するわ。公務が山積みで」
先公妃はすっと背を向ける。
「……シャタルナ様、気になる?」
振り向きざま、彼女は目を細めた。
「この国ではまるで邪神扱い。でも西部では大事にされているわ。私はもともと『シャクティ=プラム』の生まれだから」
足音が遠ざかる。音を取り戻した世界で、広場に残るのはセミの猫じみた鳴き声だけ。
──異世界で初めて、他人の口から『転生』を聞いた。
静寂の中、ライデルは胸を押さえ、鳴り響く鼓動を押さえつけた。どこまでもどこまでも続く問いが、血潮に乗って身体中を駆けまわる。
そして、いま、新たな頁がめくられる──
魔王の遺志と、輪廻の神話と、己の来歴とを繋ぐ、薄くて厚い糸の手触りを確かめながら。




