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1 永遠にも感じる時

 国民なら誰でも知っている「センエンティ王国史」。それを子供用に分かりやすく描いたのが「センエンティ王国物語」である。


 今から100年前。

 一本の木の枝を手に濡れ羽色の髪とオニキスの瞳を持つ一人の少女が現れました。

 その少女は天災に苦しむ地域を巡り、この世に存在しなかった浄化と治癒の魔法でたくさんの人々を救いました。

 少女が魔法を使う姿がまるで『神に祈りを捧げそれに神が応えているよう』であったため、国王はその魔法を『神聖魔法』と名付けその少女を王城へと迎え入れました。

 少女はそこでその国の王太子であるエルアミル・センエンティと出会い恋に落ち、二人は皆に祝福され結ばれることとなりました。

 婚姻の儀の後、少女は手にしていた木の枝を王城の庭に挿し木しました。その枝は少女の祈りを受けるとみるみる生長し、それはそれは美しいピンク色の花を咲かせたのです。

 その木は挿し木で次々と増やされ、国中に植樹されました。

 不思議なことにセンエンティ王国ではそれから大きな災害もなく農作物も安定して収穫出来るようになりました。

 そして100年経った今でも一本も枯れることなく、一年中そのピンク色の可愛らしい姿()を国民に見せてくれているその花木は、少女の名前をとって「サクラ」と呼ばれ、今も平和の象徴として親しまれています──。




 美しい歴史には裏がある。

 四季を通して国中に咲き誇るこの()の木の下で涙を流した一人の貴族令嬢がいることを私は知っている。

 彼女の名はヒレミア・フォッセン。当時王太子だったエルアミル・センエンティの婚約者であったにもかかわらず世論には勝てず、婚約を白紙に戻さざるを得ない状況に追い込まれた。

 白紙となった婚約は記録にすら残らない。

 そう、彼女は婚約者と過ごした思い出すらなかったことにされた忘れ去られた公爵令嬢なのである──。




----------




 正門から講堂の前庭まで、そして前庭を囲うように植えられたサクラの木にピンク色の花が咲き誇っている。

 今日はセンエンティ王立学園の入学式。

 新入生を迎える為、生徒会をはじめとする各役員はそれぞれが担当する持ち場で新入生の対応をしていた。

 本来、高位貴族の子女である彼らが執事や使用人の真似事をすることなど無いのだがここは学園。何人(なんびと)たりとも侍従や侍女を連れ歩くことを禁じられている。

 学園は貴族社会の縮図。人脈を築き、身分や上下関係をしっかり身に付ける場であるが、卒業してからでは出来ない事柄を学び、体験する為に用意された場でもあるからである。

 また学園は、社会に出てからでは近付くことも許されないであろう高位の存在を間近で見ることのできるチャンスの場でもある。


 入学式が行われた講堂の前庭で来賓の見送りを終えた生徒会役員の周囲は、今まさに彼らが卒業してしまうまでの限られたチャンスをものにしようとする生徒たちで溢れかえっていた。

 とは言っても皆生徒会役員を遠巻きにして静かに熱い視線を向けるだけで、直接声を掛けようなどという浅慮な者はいない──はずだった。


「お、押さないで!きゃぁっ!!」


 そんな声と共に人垣の中から本が飛んできた。それを追うように人込みから姿を現した人物が生徒会役員の前に飛び出し膝をついた。

 音を立てて地面を滑る本には学園の図書室で貸し出された証が付いており、彼女が持っていたものだと思われる。入学式当日から図書館通いとは熱心な新入生がいたものだと生徒会の面々は思った。


「いったぁい」


 そう言って顔を上げたのは、肩で切り揃えられ緩やかに巻かれたピンクブロンドの髪にローズクォーツの瞳を持つ小柄で愛らしい令嬢であった。令嬢は自身が人前で膝をついてしまっていることに羞恥を覚えたのか顔を赤らめ、その瞳は潤んでいる。


「大丈夫かい?」


 この学園の生徒会会長であり、この国の王太子、レックス・センエンティ第一王子が一歩前に出た。

 そして令嬢に向かって手を差し出そうとしたところで、「殿下」と短く告げる副会長のイベルノ・ラセジェスの声が耳に入りハッとする。レックスはそのまま自身の足元に落ちている本に手を伸ばした。まるで初めから本を拾うために身をかがめたかのような自然な所作だった。

 そこへすかさず学園内で第一王子の護衛を務めるフリンツ・リビーア伯爵令息が進み出て、膝をつく令嬢に手を差し伸べた。


「ありがとうございます」


 令嬢はその手を取り立ち上がるとフリンツにお礼を言いにっこりとほほ笑んだあと、自身の本を持つレックスに視線を向けた。

 レックスもまた令嬢に目を向ける。

 二人の視線が絡み、一瞬時が止まったかのような永遠にも感じる時を皆が息を呑んで見守った。


「殿下」

「あ、あぁ」


 再び告げられた自分を呼ぶ声に短く答え、レックスは令嬢に本を差し出した。


「気を付けて」

「はい、ありがとうございます」

「フリンツ。令嬢を頼む」

「はっ!」


 レックスは自身の護衛にそう告げ笑みを浮かべると、生徒会役員を引き連れその場を後にした。

 フリンツ・リビーア伯爵令息に伴われ、令嬢も去っていく。恐らく医務室に向かうのだろう。

 頬をピンク色に染め本を抱きしめる令嬢は何度も振り向き、立ち去る生徒会役員──レックスの背中を見つめていた。


 そんな二人の様子を、レックスの婚約者であるフィオレ・グルーク公爵令嬢もまた、離れた場所から静かに見ていた──。

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