2 二度目の邂逅
カイエは幾人かの令嬢に囲まれ叱責されていた。
「第一王子殿下に物を拾わせるなんてとんでもないことですのよ!その上リービア様に医務室まで案内させるなんて、あなた、何を考えておられますの・・・!」
カイエは入学式の後、ずっと楽しみにしていた学園の図書館で借りてきた本を一刻も早く読みたいがために寮への近道である前庭を横切った。その時、あの人込みに巻き込まれたうえに足を取られて転倒してしまったのだ。誰かに迷惑をかけるつもりなどこれっぽっちもなかった。
カイエは怯えたように令嬢たちを見るが、その身長差から潤んだ瞳で見上げる形となり令嬢たちを更に苛つかせることになっているとは気付かない。
「カイエ・リーエング男爵令嬢。とにかくこれ以上生徒会の皆様にご迷惑をおかけしないように気を付けてくださいまし!」
令嬢たちはそう言うとカイエに背を向け行ってしまった。
男爵領から出て来たばかりのカイエにとって転倒して怪我をしたかもしれない人を病院なり医務室に連れていくことも、人が物を落とせば拾ってあげることも当然のことであったため令嬢たちに色々言われ戸惑っていた。そういうことを、男爵領では親切とは呼ぶが、迷惑とは言わない。
(それに・・・)
あれは自分が「拾わせた」わけではない。第一王子殿下が拾ってくれたのだ。
カイエの頬が、レックスと視線が絡まった永遠にも感じた瞬間を想い出し朱に染まった。
「あ、教室に戻らなくちゃ」
まだ校舎や教室の位置をはっきり覚えていないのに令嬢たちに人目のない場所まで連れてこられたため、迷わずに教室に戻れるか不安がある。
案の定迷子になったカイエがキョロキョロしながら歩いていると、誰もいないと思っていた場所から不意に声がした。
「誰かいるのか・・・?」
「きゃっ!」
そこに立っていたのはレックスをはじめとする生徒会役員の面々であった。
カイエは偶然なのか運命なのか、レックスと二度目の邂逅を果たしたのであった。
あの後、迷子になったカイエは無事に淑女科のある校舎へ戻って来ることが出来た。
それは偶然会った生徒会役員の方々に校舎まで送ってもらったからなのだ・・・が、学園の三年生になると領主科、官僚科、執事・侍女科などそれぞれ将来の目標に合わせてクラス分けされるのだが、一、二年生はクラスも校舎も男女別──紳士科と淑女科のみに分かれているため、淑女科の校舎に男子生徒が近付くととても目立つ。それが生徒会役員ともなれば猶更だ。しかも女生徒を伴ってとなると──。
「生徒会役員の中でも第一王子殿下やラセジェス様、トレノ様。そして殿下の護衛を務めていらっしゃるリビーア様には婚約者様がおられるのです」
「そうでなくとも皆さま高位の方々なのですわ。男爵や子爵など末端貴族が共に歩いて良い存在ではありませんわ!」
カイエはまた複数の令嬢に囲まれ何度目かの叱責を受けていた。
物を落とした人がいれば拾ってあげるし、道に迷っている人がいれば一緒に歩き案内もする・・・困っている人を助ける。これまでカイエだって当たり前にしてきたこと。
それがいけないと言われると、王都でどうやって過ごしたらよいのかわからなくなる。
今まで読書に勤しむため領地から出ていなかったのだが、マナーのレッスンは受けている。だけど「学園では困っている人を助けてはいけない」なんて、そんなことは習わなかった。
何がいけないのか全くわからない。
なのに新学期早々このようなことが続き、友人も出来ないため聞けるような相手もいない。
カイエは令嬢から解放された後、気を紛らわすため大好きな図書館に向かうことにしたのだがまたそこで他の生徒に捕まってしまった。
自分が悪いとは思えないのに繰り返される複数人からの叱責。その理不尽な状況にカイエの心は折れかけていた。
(私には王都での生活なんて無理──)
「第一王子殿下にはフィオレ・グルーク様という婚約者がいらっしゃるのです!あなたのように一介の男爵令嬢ではなく、由緒正しき公爵家の方ですわ」
令嬢たちの言い分はこうだ。
生徒会役員にはそれぞれ婚約者がいる。
生徒会長であるレックス・センエンティ第一王子殿下にはフィオレ・グルーク公爵令嬢が。
副会長であるイベルノ・ラセジェス公爵令息にはシファ・バーロルス公爵令嬢が。
書記のエディ・トレノ公爵令息にはファミエ・メットゼル侯爵令嬢が。
殿下の護衛であるフリンツ・リビーア伯爵令息にはプレッサ・フォッセン公爵令嬢が。
会計であるジャザ・フォレスト辺境伯令息には未だ婚約者はいないが、男爵令嬢如きが近寄っていい相手ではないらしい。
一気に言われても名前は覚えられそうにはないが、これまでカイエに苦言を呈してきた令嬢も似たようなことを言っていた気がする。会計のジャザ以外には婚約者がいるのだと。
しかし婚約者のいないはずのジャザにも近寄ってはいけないのであれば、婚約者云々は関係ないことになる。
確かに第一王子殿下に憧れている自分を自覚してはいるが、それ以上でも以下でもない。いつも助けてもらってはいるがそれは偶然の出来事で、自分から近寄ったことなどないのだ。
「わかったら身分不相応な行いは止めることね」
そう言って令嬢たちが踵を返そうとしたとき──
「何を騒いでいる!」
カイエの背後から声がした。
振り返るとそこには生徒会役員の面々が立っていた。




