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EDEN's Order(エデンズオーダー)  作者: 後出 書
ディアブロ・カルテル 篇
67/194

最後の夜

「ふぅー、ただいまぁー」


 夜の九時を回る辺りでウィリアムは帰宅した。その声を聞きパジャマ姿のアイラが真っ先に出迎える。


「おかえり、ウィル」


「これはこれはプリンセス。御自らお出迎え頂けるとは。労いのお言葉ついでにこの従者めのほっぺに姫君のキスなど頂ければ恐悦至極に存じます」


 芝居掛かったウィリアムが片膝を突き、アイラを抱き抱える。アイラはそっとウィリアムの頬に口付けをした。なんてことはない、家庭における一般的なスキンシップだ。アイラを抱っこしたまま立ち上がったウィリアムがリビングを見渡すと、テーブル以外の家具や小物の大半が既に荷詰が済んでいた。自分が留守の間、自主的にここまで作業を済ませてくれていたことに若干の感動を覚えていると風呂上がりのデュランがリビングへとやって来た。


「おー、やっと帰ってきたか。見ての通り荷造りの大半はやっといたぞ。あとはテメーの部屋だけだ。下手に触ってまたなんか壊して小言言われたら堪んねーからな」


「あぁ、ありがとう。この後すぐやっちゃうよ」


「それよりメシはどうした? まだなら簡単なもので良ければ何か作るぞ」


「お気遣いなく。外で済ませてきたよ……ってあれ? アイラ、ペンダントなんてしてたっけ?」


 抱き抱えていたアイラを下ろす際にシルバーのチェーンに気づいたウィリアムがそれを手に取ると、プラチナ製で小さなダイヤがあしらわれた見るからに高価そうな指輪がペンダントトップに施されたものが首から下げられていた。それを見たウィリアムはすぐにその指輪が何なのかに気づいた。


「デュラン、これって……」


「ん? あぁ、部屋を片してたら出てきたんだよ。もういらねーから捨てようとしたんだが、アイラが欲しいって言いやがってな。サイズが大きすぎるからテキトーなチェーンを通してやったんだよ」


 デュランとウィリアムはお互いに自分たちの過去を語らないし、敢えて詮索もしない。しかし、たまたま酒の席で珍しく酔ったデュランが自ら話してくれたことがあった。


 自分はここジェイルタウンに来る前は中東にいて、そこで傭兵稼業をしていたこと。そこで政府軍の副司令官の次女と縁談があり、落ち着いたら結婚も考えていたということ。その時買った指輪は結局渡せず終いだったということ。


「そっか。それが君なりのケジメなら、それでいいんじゃないかな」


 デュラン本人に聞こえないくらい小さなウィリアムの呟き。しかし、側にいたアイラには聞こえていたようで首を傾げている。


 それに気づいたウィリアムはいつもの飄々とした調子に戻り、アイラの頭を撫でながら茶化すようにこう告げた。


「アイラもいつか大きくなって結婚する時がくるだろうけど、デュランみたいな奴はやめときなよ? 絶対苦労するから」


「ちっ、勝手に言ってろ。無駄口叩いてねーでさっさとテメーの荷物を纏めやがれ」

 

「そうするよ。でもその前に、今日決まったことを伝えておきたいんだ。少し話いいかな?」


 ウィリアムに促されてテーブルに着いたデュランとアイラ。朝早くから出かけていたウィリアムは今日の出来事を全て話した。


 朝からエデン署に行き、署長のサマセットと会ってきたこと。一時的とはいえデュランクラスの大物がエデンに住むとなると警察もそれなりの警戒態勢を取らざるを得ない。また、ジェイルタウンの住人の出入りも今まで以上に多くなることも予想されるため、場合によっては機動隊とジェイルタウンの住人たちの全面抗争へ発展し兼ねない。それを避ける為、こちらの事情を話に行っていたということだった。


 また、エデン署に行った目的はもう一つ。獄中にいるかつての支配者、ディアブロ・カルテルのボスである麻薬王ドン・アントニオこと、アントニオ・エスコバルとの面会。新居獲得のために獄中の彼と司法取引をしてきたという。そこについては詳しく触れなかったが、ウィリアムは二枚の紙をデュランに差し出した。


「新居の地図と紹介状だ。新居には管理人がいるから、絶対にこの紹介状を渡してね。じゃないと確実にトラブルになるから」


 そう忠告するとウィリアムは続けた。次に向かったのは虎皇会東欧支部の事務所。つまり、虎城へメイファンに会いに行っていたのだという。サマセット同様、デュランのエデン住まいは虎皇会にも話を通さねばならない。街のパワーバランスを変え得る暴力を持つ男がエデンにいるだけで街の緊張は避けられない。情報の食い違い一つで大量の血が流れることは想像に難くない。無用な争いを回避するためにもこの二大組織には話を通しておく必要がどうしてもあったのだ。


 それともう一つ、建て直しの為に業者を斡旋してもらうこと。並の業者では近寄らないジェイルタウンに入れる業者となると、虎皇会の下請けしか現状いないからだ。野蛮で他人の命など空缶くらいにしか思わないジェイルタウンの住人でも自分の命は惜しむ。メイファンの手配した業者に手を出したとあれば、確実に消されるということは馬鹿でもわかる。


 以上の二点は比較的簡単に話はついたが、もう一つ追加でウィリアムがした〝お願い事〟に関してはかなり難色を示された。なんならメイファン直々に銃口さえ向けられたが、そこは交渉の達人であるウィリアム。真っ直ぐメイファンの目を見つめながら懇切丁寧に理路整然と説得し、何とかこうして生きて帰宅することが出来たというわけだ。


「というわけで、明日は建設業者をここまで迎え入れて施工の打ち合わせと契約書を交わさないといけないから、引越しは任せたよ」


「おう、既にここいらの奴らには荷運びを頼んであるから任せとけ」


「頼もしい限りだね。それじゃ僕は自分の部屋の荷造りをしたらお風呂に入るから、二人ともお休み。今日は充分に体を休めておくれ」


 こうして着々と引越しの準備は進み、この家での最後の夜は更けていった。

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