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EDEN's Order(エデンズオーダー)  作者: 後出 書
ディアブロ・カルテル 篇
127/197

彼が生きた証

 犯人の確保によってエデンでのマフィア殺し事件は取り敢えずの終息を見せた。


 ようやく訪れた平和とは決して言い難いエデンでの日常。マフィア連中が放っていたピリついた雰囲気はすっかり無くなり、街はいつもの活気を取り戻しつつあった。ただ、犯人の身柄の確保が公安ではなくアルメニアで最も凶悪な犯罪組織によって成されているという一点を除いてではあるが。


 この日、ウィリアム、デュラン、アイラの三名は市内の刑務所の前に来ていた。


 中から出てきたのはラテン系の初老男性。

 この男こそ、かつてのこの街の支配者だったアントニオ・エスコバルである。


 ウィリアムは亡きトルメンタとの約束を果たし、正式な裁判にてアントニオの出所を無事に勝ち取ったのだ。そしてその日が今日である。


「お迎えにあがりました、アントニオさん」


 ウィリアムはアントニオに向かって頭を下げる。


「何から何まで世話になったな、お若いの」


 麻薬王と異名を持っていた男とは思えぬ和かな笑顔をウィリアムに向けるアントニオ。それを見たウィリアムは心が痛んだ。


「とんでもありません。こちらこそ裁判が予定より長引いてしまって申し訳ありませんでした。それと、トルメンタさんのことも……」


「手紙は獄中で読ませてもらったよ。あいつはあいつの意思を貫いたんだ。俺がとやかく言うことじゃないさ」


 少しだけ寂しそうな顔でアントニオは答えた。


「んで、アンタはこれからどーすんだよ?」


 唐突に話に入ってきたデュランの質問に対し、アントニオは答える。


「取り敢えずマフィアから足を洗った身だ。地元に帰って農園を経営する予定だ。コーヒー豆やオレンジ、ライムなんかを……って、おぉ、この子がそうかい」


 アントニオはデュランのズボンの裾を掴んでいるアイラに目をやると、自ら屈んでアイラへ話かけた。


「お嬢ちゃんのことはトルメンタから聞いてたよ。あいつのことを慕ってくれていたみたいでありがとうよ」


「おじちゃん、トルちゃんのこと知ってるの? まだ病院にいるの?」


 アントニオには予め伝えてあったが、デュランとウィリアムはまだアイラにはトルメンタの死を伝えられずにいた。その言葉を聞いたアントニオはアイラの質問に対し笑顔を向けて答える。


「あいつなら昨日飛行機で一足先に農場へ向かったよ。お嬢ちゃんが好きだったオレンジを栽培するって張り切ってたよ。実が成ったらたんまり送るって言ってたから楽しみに待ってな」


 かつて最強最悪と謳われた組織のドンがこの街で行なった最初で最後の善業。その優しい嘘に対し、アイラはただ黙って小さく頷いた。


「さて、と。そろそろ空港に向かうとするか。飛行機に遅れちまう」


「おい、おっさん。あの屋敷はどうすんだよ?」


 去ろうとしたアントニオをデュランは引き止め尋ねた。


「あぁ、あの屋敷はナントカっていう慈善事業団体が買い取ってくれたよ。なんでも植物園を建てたいらしいぜ。まったく酔狂な連中もいたもんだよなぁ。この街を観光地にでもしたいのかねぇ」


 更にアントニオは続けた。


「屋敷は建て壊しになるが、庭園の植栽なんかはそのまま使うらしい。無料で一般公開される予定で敷地の真ん中には〝記念碑〟が建つことになってるから、出来たらお嬢ちゃん連れて遊びに行ってみるといいやな」


 アントニオが慈善団体にあの屋敷を売る条件として提示したものこそ、その記念碑である。


 その碑にはラテン語でこう記すよう追加の要望を出していた。


 Hic requiescit fortis bellator(偉大な戦士、ここに眠る)


 アイラがいずれラテン語を学び、その言葉の意味を知る頃にはきっと大人になっていて、彼の死を受け入れることが出来るかも知れない。例えその言葉の意味を生涯知らずに生きるとしても、それはそれで構わない。


 命を賭して一人の少女を守った軌跡をどんな形であれ残してやりたいというアントニオが忠義に生きたトルメンタにしてやれる最期の親心であった。

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