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EDEN's Order(エデンズオーダー)  作者: 後出 書
ディアブロ・カルテル 篇
110/195

鳥人レスラー、ガルーダマスク

 豪奢な観音開きのドアを両サイドに立つスーツ姿のドアマン二人が開くと、薄暗く長い通路が真っ直ぐ伸びている。


 デュランを先頭にセコンドとして付き添いを任されているウィリアムの二人は光の見える方へと進んでいく。


 光へ近付くに連れて歓声が大きくなっていく。出口に差し掛かった時は耳を劈き、体内にまで響くほどの声援が二人を出迎えた。そして真上からすぐさまスポットライトが当たる。


「うわっ、眩しっ! あとうるさいなぁ。耳が痛いよ」


 ウィリアムのぼやきはデュランの耳には入っていない。何故ならリングアナウンサーがマイクを握りしめ高らかに西ゲートから出てきたデュランの紹介を始めたからだ。


『地獄の釜は開かれた! あの悪名高いジェイルタウンを牛耳る一匹の狼。中国拳法の達人にしてならず者たちの王! これまで謎に包まれていた伝説の男が今宵このリングに立つ! ジェイルタウンのオオカミ、デュラン・フローズヴィトニル!』


 派手な入場コールと演出に更に熱気を帯びる会場。金網の中に入るとロープをくぐりリングへと上がるデュランのテンションは周囲に反して著しく下がっていた。


「まるで悪人みてーな紹介の仕方じゃねーか。あんにゃろう、一発どついてくるか」


 セコンドとしてリングの外に待機しているウィリアムが暴挙に出ようとするデュランを必死に止める。


「ちょっと! 恥ずかしいからやめてよデュラン! それよりホラ、対戦相手が入場してくるよ!」


 ウィリアムに諭された直後、会場内に珍妙な音楽が鳴り響く。古い日本のアニメソングだろうか。何を言ってるかはわからないがマッスルを連呼していることだけは理解出来た。


『遥か極東の島国から舞い降りた赤き鳥人! 四方八方から繰り出される変幻自在かつ多彩なプロレス技の数々はまさに四次元殺法! 予選から我々を魅了し三位に入選した天才的な格闘センスを持つ謎の覆面レスラー! ガルーダマスクの入場です!』


 真っ赤な鳥の羽を模したマントに身を包み、金網に入ると同時に驚異的な跳躍でリングに入場。着地と同時にマントを脱ぎ捨てるというド派手なパフォーマンスを魅せた赤い覆面とレスラーパンツ姿の大男。ライガンほど背は高くは無いがよく鍛え込まれた高密度の筋肉を搭載していることがよくわかる上半身。階段を使わずリングに飛び込む下半身のバネを見るに、決して見せかけの筋肉ではないということを見せつけてきた。


「おい、もっと恥ずかしいヤツが出て来たぞ」


「そ、そうだね。でも油断は禁物だよ。予選三位とはいえこのリングに上がれるってことはかなり強いってことだろうから」


 ウィリアムの言う通り、ふざけた身なりをしてはいるが、そこそこ実力のある相手と見て間違いないだろう。


「君が対戦相手か。よろしく頼む」


 覆面の男はデュランにそう言うと、右手を差し出してきた。


「せっかく派手に登場したとこワリィんだが、サッサと終わらせてもらうぜ」


 不敵な態度を取るデュランは差し出された男の手を握る。その瞬間、デュランは相手の実力の片鱗を感じ取った。


「両者、元の位置へ」


 握手が終わり、一旦離れ互いに構えを取る。

 その時、リングの外で見守るウィリアムはデュランの異変に気づいた。


(あれってデュランの本気の構えじゃないか。ということは、あの人かなり強いってこと!?)


 対するガルーダマスクは両手を開いた状態で掌を頭と同じ位置で固定。それはまるで防御を一切考えておらず、掴んで投げると明確に伝えているかのよう。側から見れば隙だらけ。相手が先程のエドだったならこれ幸いと即座にラッシュを仕掛けるだろう。命のやり取りを行なう場でこのような構えを取るなど余程の阿呆か己の実力に絶対の自信があるかのどちらかだ。


 しかしデュランは相手を後者と判断。

 そのキッカケになったのが最初の握手の際だった。


(野郎、俺と同じくらいの握力してやがるな。隠そうとしてやがったが握った瞬間ハッキリわかったぜ。多分、ヤツもこっちの握力を察しただろうよ)


 デュランの読みは当たっていた。ガルーダマスクの方もデュランの実力を先程の握手である程度把握していた。だからこそ攻めあぐねているのだろう。


 睨み合いが続き二十秒が経過。先に痺れを切らしたのはデュランの方だった。


「小細工なしだ。握力勝負といこうぜ」


 拳法の構えを解いたデュランはガルーダマスクの両掌を掴み手四つの体勢を取る。


「いくぞオラァ!!」


 デュランは久方ぶりに本気で握力を解放する。それに対し、ガルーダマスクの方も全身の筋肉をパンプアップさせそれに答える。


 ギリギリギリと音が聞こえるほど激しい握り合い。周りの観客は盛り上がっているが、そのテンションに反比例するかのように顔面蒼白していたのはセコンドのウィリアムだった。


(本気のデュランが組み伏せられないなんて初めて見た。これってひょっとしたらマズイんじゃ……)


 ガルーダマスクの方は覆面で隠れているため表情が読みづらいが、デュランの方は明らかに本気で掴み掛かっている。にも拘らず、相手との力は拮抗したまま。


(マジかよコイツ……なんつー握力してやがる。ライガンよりパワーあるじゃねーか)


 拮抗状態が崩れ始めたのは握り合って一分後。


「ぐっ、ぐぉぉぉっ!」


 徐々にデュランの手の甲が上へと向き始め、ガルーダマスクは遂に片膝がマットを突いたのだ。


「そのまま寝てやがれ!」


 ガルーダマスクの頭がデュランのヘソの位置まで下がったところで側踢腿(そくてきたい)を放ちガルーダマスクの顎を蹴り上げる。バク転するかのように派手に宙を舞い、マットにうつ伏せで倒れる覆面レスラー。会場の熱気は更に跳ね上がる。


「今だー! やっちまえー!」


「相手はダウンしてるぞー! 畳みかけろー!」


 しかしデュランはその場から動かない。

 それどころか、反撃に備えるかの様に再び拳法の構えを取ったのだ。


「てめー、今わざとやられたろ。握り合いの時もわざと力緩めやがったな? 側踢腿を受けた時も蹴りが当たる前に自分から上に飛んで威力を殺しやがった。大方、俺が追撃に飛び掛かって来たところを刈り取るつもりだったんだろ。このタヌキ野郎が」


 デュランの言葉にガルーダマスクはゆっくり立ち上がる。


「タヌキではない。私は鳥だ。そしてレスラーだ。相手の攻撃は全て受けるのが信条なんでね。更に言えばプロレスラーとは如何に観客を熱狂させ楽しませるかが第一だ。別に手を抜いているわけではない。これが私なりの戦い方だ。気を悪くしたなら謝ろう」


 ガルーダマスクはそう言うと、再び両手を上げた防御を一切顧みない構えを取る。


「では、次はこちらからいくぞ!」


 ガルーダマスクがデュランの目の前から姿を消した。


「なっ、あの巨体で消えやがった」


 すぐさまセコンドのウィリアムがデュランに声を飛ばす。


「後ろだデュラン!」


 振り向こうとするよりも早くウエストをガッチリ掴む太い腕。直後、デュランの視界は天地逆さになった。


「ふんっ!!」


 後頭部と頚椎に走る衝撃で初めて自分がマットに叩きつけられたと知った。ガルーダマスクのバックドロップによる軽い脳震盪と頚椎へのダメージで一時的に動けなくなったデュラン。大の字で天井のスポットライトを見上げていると人型の影が突如現れた。それは徐々に近づいてきてやがてデュランの身体へ落下。デュランが倒れている隙にリングロープを利用してより高く跳躍。そのまま宙返りし、倒れているデュラン目掛けてフライングボディプレスを見舞ったのだ。


 高さ数メートルから百を超える体重の人間が降って来たのだ。防御もままならない状態のデュランはそれを受けると派手に吐血。すかさず起き上がったガルーダマスクは追撃として、もがき苦しむデュランの足を掴むと素早く編み込むように四の字固めを決めた。


「がぁぁぁっ!!」


 ギリギリと脛と前十字靱帯を締め付けられるデュラン。このまま掛け続けられる。或いはガルーダマスクが更に力を込めて締め上げれば靱帯断裂や膝関節の損傷は必至。


「負けを認めるんだ。そうすれば技を解こう」


 ガルーダマスクの提案に答えず、苦しみながらも手を伸ばすデュラン。それを見たガルーダマスクは咄嗟に自ら技を解いたのだ。


「ちっ、気づきやがったか。もう少し長く技を掛けてたらブーツ越しにアキレス腱を引きちぎってやろうと思ったのによォ」


 デュランはそう言いながらゆっくり立ち上がる。強がってはいるが満身創痍。脳震盪は回復したが依然と内臓、頚椎、足にダメージは残っている。


「見事な精神力だ。我が必殺のガルーダコンビネーションを受けて尚反撃を試みるとは。いいだろう。次は君の番だ。攻撃を仕掛けたまえ」


 ガルーダマスクはそう言うと再び両掌を上に上げ、デュランに正中線を向けた。


「あ? お前さっきから俺をナメてんのか?」


 僅かな怒りを露わにするデュランに対し、ガルーダマスクは大真面目な口調で答えた。


「先程も言ったがプロレスラーとは如何なる敵の技も必ず受けきるもの。それに一方的な攻撃は私の美学に反する。さぁ、遠慮は無用。どこからでも打ってくるがいい」


「ならさっきのアキレス腱引きちぎりも受けとけよ」と喉まで出掛かったが、それを敢えて飲み込む。それを避けてしまったことに対する自身に課したペナルティを踏まえての一発サービスなのだろう。それを察したデュランはガルーダマスクの提案に従うことにした。


 相手はライガン同様分厚い筋肉の鎧を搭載している。生半可な攻撃ではまずダメージは通らない。だとすれば、やれる攻撃は一つのみ。


 デュランはガルーダマスクに近寄ると、彼の左胸にゆっくり右手を添えた。


「そんじゃあ遠慮なく一発だけブチ込ませて貰うぜ」


 そのセリフを聞いた直後、ガルーダマスクの背中を冷たい汗が流れた。明確に脳裏に浮かんだ死の一文字。相手の狙いは浸透勁を利用した内部破壊。それを心臓に見舞おうとしている。如何に頑丈さがウリのレスラーとはいえ、臓器まで鍛えることなど不可能。受けると言ってしまった手前、今更避けることは出来ない。そんな馬鹿正直なプライドが足枷となりガルーダマスクはその場から動けなくなってしまっていた。


 相手の葛藤など意に介さず、デュランは万全の体勢からガルーダマスクの左胸へ向けて寸勁を放った。


「ブッ飛べ!!」


 デュランがマットを力強く踏み締めた時、まるで地雷が爆発したかのような大きな音が闘技場に響いた。同時に巻き上がる煙。


 煙に覆われたリングに立っている人影はたった一人。


「…………」


 煙が晴れ、リング上に立っていた男。それはまさかのガルーダマスクだった。

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