朝食の流儀
「よう、お疲れ」
「お疲れじゃないよまったく。なんでトイレに行きたがってるアイラを僕の部屋に連れて来たのさ」
「間違えたんだよ。気にすんな」
「どんな思考回路してたら僕の部屋とトイレが直結すんのさ!」
「お前の部屋に金ピカのおまるみてーなのがあんだろうが」
「おまるじゃないよ! 白鳥の像だよ! 言っとくけど年代物のアンティークだからメチャメチャ高いんだよアレ!」
「あの趣味悪ぃのそんな高いのか。へー、そっか……ごめんな」
「趣味悪いって何さ!? それと最後のごめんって何さ!? 何かしたの? ねえ、あの像に何かしたの!? デュラン、僕の目を見て正直に話してよ!」
「なんでもねえよ。だから、絶対羽のトコは触るなよ?」
「折ったんだ! 絶対折ったんだ! あ、だから先月の買い物リストに瞬間接着剤なんて入ってたんだ! もー、あれほど僕の部屋のものには触っちゃダメって言ったのにぃ! ってか、よく接着剤なんかでくっ付いたよね。そこにもビックリだよ!」
言い争うデュランとウィリアムの間を気にも留めない様子でトイレから出たアイラがハンカチで手を拭きながら通り抜ける。アイラは何も言わず、冷蔵庫を開けて中から卵と牛乳を取り出す。その様子を二人はしばらく黙って見ていた。
デュランが普段使っている大きいサイズのフライパンを持ち上げ、よろけながら何とかコンロに乗せる。ボウルに卵を割り入れ牛乳で混ぜていく。不慣れな手つきで割っていたので中は卵の殻が入り放題になっているのが小さな後ろ姿から容易に想像できる。アイラはパンを数枚用意すると包丁を手に取り、両手で構えたところでようやくデュランが止めに入った。
「なーにやってんだ、ちびすけコラ」
アイラが両手で振り上げた包丁をデュランは右手の指二本で挟んで取り上げた。
「朝ごはん。フレンチトーストを作るの」
デュランはキッチンを見て溜息を吐く。材料や調理器具が散乱しておりヒドイ有様だ。
「勝手なことすんじゃねぇよ。メシなら俺が作るからあっち行ってろ」
「……わかった。ごめんなさい」
アイラは相変わらず表情を崩さぬまま、デュランの言いつけ通りにリビングへと戻った。
「ちょっと、デュラン。今のは冷たいんじゃない?」
「あ? 危ねえから注意しただけだろうが」
「そうだけどさ。それにしても言い方ってもんが――」
ウィリアムの言葉を遮ったのは陶器が割れたような音。慌ててリビングへ向かうと、水浸しになった床と割れた花瓶の破片。そして、花を片手に持ったアイラが立っていた。
「うわー、やっちゃったね。こりゃモップを持って来なきゃダメだね。大丈夫? アイラ。怪我とかしてない?」
「ごめんなさい。手を滑らせちゃったの」
「あー、いいよいいよ。破片で指を切ったら大変だからさ。ここは僕が片付けるから、アイラはここで大人しく座っててよ。ね?」
「わかった」
デュランが朝食を作り、ウィリアムがリビングの掃除をする。アイラはそれを黙って眺めていた。
「うっし、出来たぞ。さっさと食っちまえ」
デュランは毎朝、少なくとも必ず五品目以上の料理を作るようにしている。料理人は体力勝負。栄養バランスはもちろん、店で余った賞味期限の迫っている食材の片付けと何よりも仕事前の準備運動を兼ねている。
今朝のメニューは麻婆豆腐、チンゲン菜の炒め物、白身魚の姿蒸、冬瓜のスープ、そして法國土司という台湾風のフレンチトースト。甘くないので、各々砂糖やジャム、蜂蜜などを塗って食べる。
甘党のウィリアムはピーナッツバターとイチゴのジャム、そこにチョコソースをパンが見えなくなるまで塗る。否、浸す。甘さで喉が焼けるような見た目だが、ウィリアム曰く、これくらい甘くないと頭が働かないらしい。しかしデュランに言わせれば、朝からそんなものを食える奴はウィリアムかエルヴィス・プレスリーくらいだと言う。
それに対してデュランは甘いものが苦手であるため、辛味噌を塗った蒸した魚の身を乗せて食べる。ツナを挟んで提供する店も本場台湾でも多く、一般的な食べ方の一つだ。
二人の様子を見比べた後、アイラは蜂蜜のみをかけて食べる。食事中、アイラはずっと俯いたままだった。あまり表情が変化しないアイラだったが、この時は心なしか少しだけ落ち込んだ顔をしているように見えた。




