Rise of Luminous
ギシギシと軋む古い木の階段、鼻を突く腐った水の様な匂い、裸電球の淡い光。この先に年端もいかぬ少女が1人座敷牢に閉じ込められていると思うと、それだけで心持ちが悪くなる。村長を名乗る女から聞く限り、くだんの少女は悪魔憑きの忌み子などではなく、ただのアルビノだ。もうすぐ、22世紀を迎えようとするこの地球でまだこんな事をする時代錯誤な地域があるとは驚きだ。外界から隔絶された村社会というのはかくも恐ろしい。
古びた階段を下り、腐りかけた扉の錠に手を掛けた瞬間、中から猫のような鳴き声が聞こえた。一匹ではない。複数の猫の声だ。私はなんとなく猫たちとじぇれ合う少女の姿を頭に浮かべた。それはとても微笑ましく思えた。
私は渡された鍵で錠を開け、扉を軽く2回ほど叩いた。
しかし、猫の声がするだけで返事はなかった。
「君に危害を加えるつもりはない。部屋に入れてくれないか」
私は扉越しに言った。それでも返事がない。
嫌な予感がした。
慌てるように扉を開くと、猫が一斉に通気口のような場所に逃げて行ったのが辛うじて確認できた。そして、目の前には想像遥かに超えた光景があった。
白い髪を足元まで伸ばしたくだんの少女が私に向けて土下座して、一切、頭を上げることなくずっとその体勢のまま固まっている。彼女の白い身体は引っ掻き傷や噛まれた痕だらけで、彼女が猫とじぇれていたのではない事がすぐに分かった。彼女はあの通気口から猫に夜な夜なちょっかいを出されていたのだろう。猫はじゃれ合いに来ているのかもしれないが、健康状態も衛生環境も最悪な彼女にとっては死活問題だ。
「もう心配ない。顔を上げてくれ」
私はそう言ったが、彼女は一切反応せず、ずっと頭を垂れているだけだった。
それは余りにも憐れな姿だった。
きっと、そうするように『躾』られているのだろう。
「私はこの村の人間じゃない。この村の人間から君を引き取ってくれと頼まれてここへ来た。もうここでの暮らしは終わりだ。一緒に行こう」
私はそう言った。しかし、何も反応がない。枯れ枝の様な細い腕が小刻みに揺れているので、死んでいる訳ではないだろう。なら、考えられるのは、彼女は言葉すら、分からないと云う事だ。
私は出来るだけ刺激しないように、慎重に彼女の両手を取り、半ば無理やり頭を上げさせた。そうして見えた彼女の顔はまるで年頃の少女とは思えない、痩せこけた老婆そのもののようだった。そして、白い肌のせいで際立つ朱くギラギラした眼、もし現代の知識がなければ、確かに悪魔憑き、忌み子として扱われても仕方ないと思う程、その姿は不気味なものだった。しかし、この程度で動じる事はない。朱い眼はメラニン欠乏により、あるべき瞳の色が失われ底部の血管が透けているだけだ。
私が彼女を抱き上げようとすると、彼女は四つん這いで慌てて部屋の隅に逃げて行ってしまった。
「あーいにゃーいーいーーーーーしーにゃやーーーーー!!」
そして、部屋の隅の暗がりで私に向かって、そう叫んだ。とても、それは人間の言葉とは思えなかった。彼女は本当に言葉すら知らないのかもしれない。
これは大変な仕事を引き受けてしまった。
彼女には失礼ながら、まず浮かんだのはそのことだった。
とりあえず、私は膝をつき両手を広げ、身振りでこちらに来るように促してみた。
「にゃにゃーいいーーにゃーいーーいー」
彼女はそう言って、部屋の隅から動こうとしない。これではらちが明かない。何か彼女の気を引く良い方法はないだろうか。
それから、私が思いついたのはお菓子で彼女を釣ろうと云う案だ。問題があるとすれば、私が持っているのは、お菓子はお菓子でものど飴だということだ。まあ、でも、やらないよりはマシだろう。出来る事なら手荒な真似はしたくない。
私は鞄からのど飴の小袋を2個取り出し、それを両方とも開けた。と云うのも、彼女が飴の個包装を開けられない姿は目に見えていたからだ。そして、彼女に見せつける様に飴玉をひとつ自分の口の中に放り込み、もう1つを床に置いた。
「どうだ、食べてみないか?」
彼女に言った。どうせ、意味は理解できていないだろうが。
「しーーみぃーーみーーーにぃーー」
私の想いがなんとか伝わったようで、彼女は警戒しながらも四つん這いでゆっくりと飴玉の方に向かってきた。彼女が目の前に来ると、私はもう一度、飴玉を口に入れる動作をした。
彼女はそれを見て、目の前の飴玉を掴み自分の口に入れた。
「ヴぇっ!!」
そして、数秒で口からそれを吹き出した。なんとなく、その姿が、可愛く、面白く見えてしまい、私は少し笑ってしまった。やはり、漢方のど飴では駄目か。
お菓子作戦は全くの失敗だったが、思わぬ成果が出た。
私の笑った顔を見て、彼女がクスっと笑ったのだ。その瞬間、一瞬だけ老婆から年齢にふさわしい少女の顔が見えた。
そのクスっと笑った姿がまた可愛く、再び私の頬が緩んだ。
すると、彼女の頬も再び自然と緩んだ。
「可愛い奴め」
私はそう言って彼女の頭を撫でようとしたが、後ろに飛び退き避けられてしまった。
少し事を急ぎ過ぎたようだ。
「どぉああーーーにゃーみーーーーー!!」
彼女は少し距離を取った場所から、歯を剥きだしにして再び私を威嚇した。剥きだしの歯はところどころか抜けていて、残っている歯も黄色く汚れきっており、酷い有様だった。当然、歯磨きなどと云う行為も彼女は知らないのだろう。何も教えられなければ人もこうなってしまうのだと悲哀を感じずにはいられなかった。
それにしても、迂闊な行動で振り出しに戻ってしまった。
しかし、魔女たちとの戦闘と違い。幸い時間はある。少し考えよう。
私はその場で座禅を組み、瞳を閉じた。
瞳を閉じてから数分が経った頃、周りからぬかるんだ古い木の床がキィキィと鳴る音が聞こえ始めた。どうやら、彼女が私の周りを歩いているようだ。それが興味が故の行動なのか、警戒からなのかは分からない。
「ミオあー」
それから、また数分が経った頃、欠伸に似た謎の鳴き声が聞こえ、床が鳴る音が止んだ。ちなみに、私は未だ何の策も思いついていない。やはり、この仕事は私には不向きだ。なぜ、これまで何人もの虐待児を親から離し、スカウトしてきた七嶺がこの仕事に選ばれなかったのか不思議でならない。なぜ、口下手で戦う事しか能のない私が選ばれた。
最早、私は関係ない事に想いを巡らせていた。
駄目だ、本当に何も浮かばない。そもそも、回収を頼まれただけで、私が彼女を育てる訳ではない。ならば、彼女に嫌われようと、どうでもいい事じゃないか。出来れば、やりたくないのは確かだが、穏便に済ませる有効な手立てが浮かばなかったのだから仕方ない。気絶させて、無理やり連れて帰ろう。
そう決め、瞳を開け雑に当たりを見回すと、彼女の姿が消えていた。
そんな、馬鹿な。そう思い、立ち上がろうとすると、コートの裾に何かが乗っているようで立ち上がる事が出来なかった。重さを感じる方を見ると、彼女がコートの裾の上で猫の様に身体を小さくして寝息を立てていた。
可愛い・・・・・。いや、それより、これはチャンスだ。彼女に危害を加えず、彼女をここから出すには最早今しかないだろう。
私は細心の注意を払い、少しずつ、ゆっくりと、彼女の身体を抱き上げた。まだ起きる様子はない。それにしても、軽い。彼女の身体は恐ろしいほどに軽かった。まるで、猫を抱いているような軽さだ。本当にこれが22世紀を迎えようとする人間の所業かと、疑いたくなる。
私は彼女の身体を左腕に抱えたまま、部屋の扉に手を掛けた。そして、部屋を出る前にもう一度彼女がいた部屋を見た。和式便所があるだけで他は何もない。本当に酷い場所だ。今から私が彼女を連れて行く場所はベッドもあるし、美味しい食べ物もある。ここりは数倍マシなのは確かだろう。
だが、断じてこれは救いではない。これから彼女は私と同じいつ死ぬか分からず、誰にも感謝されない、陰で戦う騎士になるのだ。一度教会に行けば普通の生活を送れることはない。もし、彼女を連れ出すのが、私でなければ、彼女は普通の少女として生き、普通の女性として社会に出て、普通の女性として誰かと結ばれ、いつの間にか昔のことなど忘れ幸せに生きれただろう。しかし、教会が彼女を見つけてしまった。
だから、これは断じて救いなどではない。
私は複雑な心境のまま部屋の扉を押し開けた。
『神殿』を出た私たちを待っていたのは白いローブを着た数名の村人だった。真ん中にいてローブが他と少し違うのが長老だろう。
長老らしい白いローブは私に向かって頭を下げた。その後、手振りで灰色のミニバンに乗るように促してきた。どうやら、出来るだけ彼女を人目に付けたくないらしい。だが、こちらとしてはわざわざ送りの車を用意して貰っているようなものなので好都合だ。
本当に不気味なのは今私が抱いている彼女ではない。外界との接触を断ち、謎の宗教を盲信し、それに従って年端のゆかぬ少女を珍しい肌の色や目の色をしているという理由だけで忌み子とし座敷牢に監禁していたここの腐った村人たちだ。
もう二度とここの村に関わる事はないだろうが、願わくば彼女が成長し、この場所を見つける前に村ごと自然消滅していて頂きたいものだ。
それからミニバンに乗せられ山を2つ越え、やっと、寂れた駅舎まで戻り、そこで車を降ろされた。幸い車中で彼女が起きる事はなかった。
駅に向かおうとすると、駅舎の横に見覚えのある不細工な水色のワゴンが停まっていた。
七嶺のワゴンだ。迎えよこすと連絡が来ていたが、七嶺だったとは。ここまで来る暇があったのなら、尚更、この仕事は彼がやるべきだっただろう。全く。
まあ、車の中で彼女を彼に渡す話をしよう。
「んっ、にゃみ」
そんな事を思っていると、彼女が変な声を出した。顔を覗くとまだ眠っているようだ。寝言か・・・・。
「ここは空気が美味しいな、エイゴン」
私が車に近付くと、彼は窓を開け、開口一番に言った。
「最高の嫌味だな、七嶺」
私はそう返し、出来るだけ音を立てない様に車に乗った。
「どれ、どんな子だった」
七嶺がそう言って、前の座席から乗り出して彼女の顔を覗いた。
「これは酷いな」
「ああ、おまけに言葉も使えない。これはいくらお前でも骨が折れるな」
「何を馬鹿な事を言っているんだ。彼女を育てるのは君だぞ」
「それはこっちのセリフだ。『教育』はお前の得意分野だろう」
「確かに君より私の方が子供の面倒見はいいだろうな」
「そこは謙遜しないんだな」
「だが、私が思うにこれはお前への試練なのだ。教会は意味のない人選はしない。教会はお前の教育者としての器を測りたいんだ。出世のチャンスだぞ」
「俺は出世なんて興味はないし、教育者として一線から退いて生き延びたいとも思わない。だから、こいつはお前が育てるんだ。俺は本気だ」
私は言った。
「んみみ」
すると、突然彼女はそう言って、私のコートを無意識のままギュッと掴んだ。
「はっはっはっは、もう懐いてるじゃないか。これは恐れ入った。これでは私の出る幕はないな。いやぁ、残念、残念。はっはっはっは」
七嶺は心底嬉しそうに言った。
こいつ、何てタイミングで・・・・。
「冗談で言ってるんじゃない。俺は本気だ。こいつはお前が受け持つべきだ」
しかし、当然、俺は折れる気はない。
「まあそう言うな、エイゴン。それに考えを変えてみたらどうだ、お前の舞うような身のこなし、冴えたる技、どれもお前1人が抱え込んでいるだけでは惜しい。だから、バックアップを作るんだ。お前の身のこなし、技は常人が途中から訓練を始めて身につくものじゃないはずだ。だから、何もない、何のしがらみもない彼女にその全てを紡ぐんだ。そうすれば、死して尚、お前は戦い続ける事が出来る。戦うのが好きなんだろう?」
私はそれを聞いて目を丸くした。この男は、七嶺徹は、本当に恐ろしい男だ。そんな事は微塵も思いもしなかった。確かに、やつの言う通りだ。私が彼女に戦う全てを託せば、死して尚、私は戦う事が出来る。それは、戦う事しか能のない出世欲もない俺にとってとても魅力的な話だった。しかし、そんな個人のエゴのために彼女を使っていいものだろうか。いや、私が彼女を自分のバックアップにしようと、七嶺が優しく丁寧に育てても行きつく先は結局同じだ。
「それに私が育てた子どもと、お前が育てた子ども、どっちが長く生き残るか比べてみたくはないか??」
七嶺はそう言った。朝焼けが、そんな七嶺を照らす。本当にこの男は恐ろしい男だ。
「まあ冗談はさておきだ。試しにやってみろ。やってみて駄目ならその時に変わってやる。もう一度言うが、お前の『力』、一代で終わらせるのはあまりに惜しい」
七嶺はそう話してから私の反論を遮るように車のエンジンを掛けた。
こいつは人を丸め込むのが上手い。俺の人生には何もない。ならば、何かひとつ残せるものを生み出すのも悪くない。まんまとそう思わされた。いや、いい。どうせ何もない人生だ。今回も彼に踊らされてやろう。私は決意を固め、彼女の顔を見た。
「そうだ。彼女が言葉を覚えるまでに名前と通名を考えておくんだぞ。一生ものになるからな」
信号待ちの最中、七嶺がわざわざ後ろを見ながら言ってきた。
「それは任せる。それこそお前の得意分野じゃないか」
「そうはいかない。私は君がどんな不細工な通名・名前を彼女に与えてしまうのか、楽しみで、楽しみで、仕方がないんだ」
七嶺が言った。さっきも言ったが本当にこの男は恐ろしい男だ。言葉巧みに人をその気にさせるのが上手い。意地でも、彼女が一生誇れる様な通名を考え出してやる。
教会に着くと、そこから私と彼女の長い『戦い』の日々が始まった。まあ言葉は全然身につかない、その割に好奇心旺盛でいて活発で、様々な問題を引き起こしてくれた。七嶺が育てていた子供たちと全然違う。私の教育が悪いのか、彼女の元々の性質だったのかは分からないが、とにかく、苦労の連続だった。トイレだけ元から『躾』されていたのが、唯一の救いだった。
「みーーーーみーーーー」
彼女は未だ人語を使えない。今は空のペットボトルの蓋を齧って遊んでいる。まるで、犬のようだ。全く先が見えない。正直、もうギブアップしたい。
先が見えないと云えば、そろそろ髪の毛を切らせて貰えるだろうか。当初は野生動物と思えるほど全く落ち着きがなく、とても、散髪どころではなかったが、流石に半月ほどここで暮らしたのだから、少しは警戒心も溶けている頃だろう。長すぎる白髪はあまりにも邪魔そうだ。あれでは全く先が見えないだろう。
しかし、私にそんな散髪の技術など当然あるはずなく、仕方なく、頼み易そうな私や七嶺と同期であり、その知識もあるトリトンを頼った。
「あなたが教育係なんて、教会も面白い事を思いつくものね」
彼女は散髪の用意をしながら言った。私は何も答えなかった。
「とりあえず、椅子には座らせられるわよね?」
ある程度、準備を整えた所で彼女が言った。
「調子が良ければな」
「はぁ??????」
彼女は呆れと怒りが混じったような声色で私にそう言い放った。面目ない。しかし、事実だ。まだ彼女の気分の波で座っていられない時がしばしある。
とりあえず、彼女を抱き、鏡の前の椅子に座らせた。一応、鏡くらいは前に理解させたつもりだ。だから、鏡の前の自分に驚くことはないだろう。
「よしいい子だ。ここで大人しくしてるんだぞ」
私はそう言って、彼女の両肩を軽く押し込んだ。
「みにゃみみ」
彼女は返事をした。分かっているのか、分かっていないのか、全くの謎だ。
とりあえず、私は彼女から少し離れてみた。トリトンが彼女の後ろに立つ。
「みー。みぃーー」
彼女は後ろを向いて、私に何かうったえかけている。
「大丈夫だ」
私はとりあえずそう言ってみた、彼女が何を意図して私の方を見たのか分からないが。
「それじゃあ、始めるわよ」
トリトンはそう言って、まず一番邪魔そうな前髪に手を掛け、それを切り始めた。
「にゃにゃーい!!」
前髪が落ちた途端、彼女は絶叫して、椅子から飛び降り走って私に抱きついてきた。
「ふふっ、嫌がってる割に随分と懐かれてるじゃない。でも、このままじゃ髪が切れないから、髪が切り終わるまで手を握っててあげるのはどうかしら? パ、パ!!」
この女、めちゃくちゃ煽ってくる。しかし、髪を切らなければ、先が見えない。彼女も、私も。
だから、出来る事はしよう。私は、もう一度、彼女を椅子に座らせ、今度は手を握ってやった。
トリトンが散髪を再開する。しかし、今度は動かなかった。だが、腕がプルプルと震えている。常人にはなんてことのない事だが、彼女にとって体の一部がなくなるのは確かに初めての事かもしれない。たとえ髪の一本でも。彼女は歯を食いしばって恐怖と戦っている。私はこの時、彼女に自分の『力』を受け継ぐだけの『心』があると確信した。闇夜を照らす、『光』を見た気がした。
「わお。あなた、こんなに美人だったのね」
散髪が終わり、人並みになった彼女の髪を撫でながらトリトンが言った。
多分、そんなトリトンより驚いたのは私の方だった。あの痩せこけた老婆のようだった彼女がこんな美少女だとは・・・・。髪が長すぎたせいで、ちゃんとご飯を与え、肉付きがよくなり、あるべき顔に戻っていた事に気付けなかったのだ。彼女は、私が今まで会ったどの女性よりも輝いて見えた。
彼女は『光』だ。
私は思わず、息を呑んでしまった
「にゃにゃーーみぃ!」
散髪が終わったのが分かったのか、椅子を降りた彼女は私に抱きついてきた。その瞬間、私は一瞬だけ思ってしまった。彼女を『騎士』にしたくないと、七嶺の実子の様に彼女だけ特別扱いできないものかと。
「ところで、通名と名前は決まってるの?」
トリトンがそう言ってきた。
「まだ考え中だ」
私は言った。
「へぇ、一応考えてはいるんだ。まあ、あんまり期待してないよ」
トリトンが言った。こいつもか・・・・。絶対、良い通名を付けてやろう。
その晩、私は本気で考えてみた。白く美しい彼女にふさわしい誇れる様な通名、名前・・・・・。ガラにもなくそんな事を真剣に考えていると、隣にもうひとつベッドがあるのになぜか私と同じベッドで寝ている彼女にカーテンから漏れた月の『光』が射し込んでいた。
『光』、・・・・『光』か。
翌朝、私はまだ眠気眼の彼女に昨晩思いついた通名と名前を伝える事にした。
「お前の通名が決まった。お前は今日から〝ルミナス〟だ。『ルミナス』は英語で『光る』という意味だ。この通名がおまえにふさわしいと思う。そして、名前は〝ルミール〟だ、これは少し〝ルミナス〟をもじっただけだから含まれている意味は同じだと思って欲しい」
私は言葉を理解できない彼女に対して、謎に熱く語ってしまった。
「これから頼むぞ、ルミナス!」
まだ言葉の意味を理解できないのは承知の上だ。それでも私は言った。
「にゃい!!」
彼女は何も分かってないクセにそれっぽくそんな返事をした。可笑しくも、とても可愛く思えた。
数年が経ち、日々の訓練から彼女は着実に『騎士』への道を進んでいた。皮肉にも訓練や鍛錬が進む度に彼女を怪物と戦わせたくないという思いが心の中で強くなっていた。彼女は、ルミナスは同期の子供たちと比べ頭は弱いが、戦いのセンスは抜群だった。それは一般人にしておくには勿体ないと思えるほど、だが、これは正しい事ではない。私の、そして、教会の、この国のエゴだ。
「お前、アイドルに興味があるのか?」
ある日、部屋に戻ると、ルミナスが食い入るようにアイドルのライブ映像を見ていた。
「あっ、お帰り。前もテレビで見たけど、アイドルってなんかかっこよくない? 皆に元気を与えてるって感じでさ。お客さん、皆楽しそうだし、いいよなぁ」
彼女は私の方をチラっと見て言った。一人称が『俺』になり、目上に対しても全く敬意を払う喋り方が出来ない。これは完全に私の落ち度だ。もっと見た目にふさわしい綺麗な言葉で接してやるべきだったと今更後悔している。
「だからさ、俺、これから、アイドル目指すから、よろしくな、父さん!」
そんな事を思っていると、ルミナスは突然立ち上がり高らかにそう宣言した。
正直に言えば、これほど、彼女に見合う職業はないと思えた。アイドルと云う個性がモノを云う世界で『アルビノ』と云う彼女の特徴は大きな武器になる。なにより、彼女は私に生き甲斐をくれた『光』だ。そんな彼女が皆の『光』になりたいと言っているのだ。今すぐにでもこんな教会を抜け出して、歌やダンスの練習でも始めて欲しい。それが今の私の本物の気持ちだ。
だが、手放すにはあまりにも惜しい人材と思うのも私の本物の気持ちだった。
それから、夢を諦め『騎士』となれとも言えず、ここを捨て『夢』を追えとも言えず無意に日々が過ぎ去っていった。
そうしていつの間にか、彼女に『魔女』の存在を明かさなければいけない日が近付いていた。だが、私の心は殆ど決まっていた。彼女はとても歌が上手かった。本当に最初から綺麗な言葉遣いで接してやるべきだったと思えるほどだ。だから、彼女を、ルミナスを、ルミールを教会から離そう。そうすれば、もう二度と私とは会えなくなる。だが、それでいい。誰も私の『力』など引き継がなくていい。
最早、彼女の平穏な未来こそ、私の望みになっていた。
そう心に決め、出張先から教会に戻ろうとしたところで『魔女発見装置』の反応を見つけた。この魔女を倒した報酬で何かルミナスに良い餞別でも渡してやろう。
私はそんな事を考えた。慢心がなかったと云えば嘘になるだろう。
『魔女発見装置』の反応を辿ると、すぐにそれらしい入り口を見つけた。
中に入ると、そこは大きな聖堂の中の様だった。
ただ空気が焼ける様に熱い。
そして、そこには『魔女』らしい異形の怪物の姿はなく、代わりに黒いドレスを着た自分と同い年くらいの女が立っていた。
「御機嫌よう。アポロ様」
女は私の顔を見ると仰々しくお辞儀をした。
「罹人か」
私は言った。
「いえ、そうではありません。こう見えてもわたくしは『魔女』なのですよ」
女がそう言うと、その身体が一気に燃え上がり、一瞬にして異形の『魔女』へと姿を変えた。そして、今度は異形の『魔女』の姿で私にお辞儀をした。
こいつは今まで『魔女』とはまるで違う。すぐに私は悟った。この女は、強い。
私は天装を強く握りしめた。
「はぁ、はぁ・・・・・・・折角、強キャラ感を出した対峙を演出したのに、これでは、はぁ・・・・格好がつきませんね」
女は息を切らしながら、そう言って、その後、黒い血を床に吐いた。
「流石、教会屈指の実力者アポロ様です。私がここまで追い詰められるとは」
女は苦しそうにそう言って、床の大理石に膝をついた。
そして、俺はその様子を床に這いつくばって見ていた。下半身と利き腕は焼けてなくなった。俺は負けたのだ。まさか、『魔女』にこんな上位個体がいるとは、せめて、この事を教会に知らせたいが、最早、それも叶わない。
もうすぐ最後を迎える俺の頭に浮かぶのはやはりルミナスのことだった。彼女にはこんな化け物たちのいる世界など知らず平穏な日常を生きて欲しい。『アイドルか、いいじゃないか』今更、彼女に直接言葉にしてそう言ってやらなかった事を後悔している。
「今、楽にして差し上げます。最後に言い残す事はありますか?」
無理矢理立ち上がり、ヨタヨタと歩いてきた女が私を見下ろしながら言った。ついさっきまで翼竜のような姿で炎を撒き散らし暴れまわっていたとは思えない丁寧さだ。この『魔女』には明らかに『知性』がある。しかし、それを教会に伝えるすべがないのは本当に無念だ。
だが、まあ最後だ。最後に脅し文句のひとつでも言ってやろう。
「どんなに、強い奴を倒したと思っても・・・・・終わりはない。必ずいつか、教会の誰かが、お前を滅ぼす。『光』は絶えないそ」
私はそう言った。
「胸に刻んでおきましょう」
女は私の最後の言葉を聞いてからそう言って、右手から紫の炎を出し、その手を私の頭に優しく添えた。
「なるほど。今までの訓練や実戦練習はそのためだったんだな。いくら俺が馬鹿でも少しおかしいと思ってたんだ・・・・・。そういう事だったんだな。俺の父さんは、最高の『騎士』だったんだな。なるさ、なるに決まってるだろ。俺も、『騎士』になる。そして、『魔女』も『罹人』も一匹残らず殺す!!!そんでもって、俺の代で『テンプル騎士団』を御役目御免にしてやる!!!俺は、『光』になる!」




