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怪談集  作者: 武内 修司
22/23

揺れる影

随分と久し振りの新作になりましたが、楽しんで頂けたなら幸いです。

 ある若者が、社会人となってさほど経たない頃のお話です。

 彼は自宅から電車で三十分程の会社に勤め始めました。駅と会社の間を、毎日線路沿いの道を通って往復します。その途中、ちょっとした丘を上り下りするのですが、その道に面してマンションが建っていました。正面玄関は何段もの階段の上にありますが、蹴込み板のない金属製の、その階段の下には細長い曇りガラスがずらり、と並んでいる様が見えました。マンションは丘を一部削り建てられていたのでした。建物の裏側と一階部分は駐車場となっており、道との高低差は四メートル近くありました。窓は、駐車場の採光用の物でした。

その夜も遅くなり、若者は駅への道を急いでいました。丘を登り、マンションの前に差し掛かりました。駐車場からの明りが、彼の足元を照らします。と、その光の中に妙な影があるのに、彼は気付きました。何か細長い物が、ゆらゆらと揺れている様です。それが何か、彼には思い当たるフシはありませんでした。位置から考えて、駐車場の天井からぶら下がっている物でしょうが、まさか電球ではないでしょう。では他に天井からぶら下がる物とは?一旦足を止めた若者でしたが、考えても判らないのですから諦め、再び駅へと急ぎ足に歩き始めました。

 それから日が経ち、若者はその近辺を歩いていました。社宅住まいの会社の先輩に誘われ、家庭料理を振る舞って貰える事になったのでした。駅を降りてから、一本いつもとは違う道を行きます。それはマンションの裏手を通る道でした。なだらかな下り坂の途中に、件のマンションがありました。一階部分はシャッターが開けられ、駐車場内がよく見えます。ふと、彼はあの揺れる影を思い出しました。しかしあれを見た辺りに、何か天井から垂れ下がっている様子はありません。あるいは、工事か何かであの日だけ何か吊り下げていたのか?暫し考え、考えても仕方がないと、やはり社宅への道を急ぎ始めました。勤続十年以上の先輩に、マンションについてそれとなく訊くと、どうやらそこには八年ほど前まで結構な敷地を持つ一軒家と、その隣に町工場があったそうです。住人が亡くなり、一軒家と町工場も含めて更地にされた土地が開発会社に買収され、今のマンションが建ったのが六年ほど前とか。売り物が出ていたので先輩も一時購入を検討したそうですが、築年数に対して異様に安いので、欠陥でもあるのかと取りやめたそうです。

 その数日後、また若者は夜の通勤路を駅へ向かっていました。マンションの前に差し掛かり、ふと、駐車場の採光窓が目の端に入ります…何かの揺れる影が、見えました。あの、細長い影です。咄嗟に、彼は走り出しました。深い考えがあった訳ではありません。マンションの敷地の端に、裏の道とを結ぶ狭い階段がありました。十数段のそれを駆け下ります。マンションの裏側に回ってみると、シャッターは開かれたまま、蛍光灯に照らされた駐車場内が見えました。そこには、彼が目にした様な物は何もありませんでした。

 後日知った事ですが、マンションが建つ前にあった一軒家には、老人が一人住まいをしていたそうです。町工場はその老人が経営しており、老人は病身をはかなんで首吊り自殺を図ったそうです。知人が発見するまで一週間以上経っていたとか。マンション建設後、駐車場から妙な物音がする、宙吊りの人を見た、二階の住人が苦しげな人の声を聞いた、等の噂が立ち、購入者が売りに出すケースが幾つかあったそうです。考えてみれば、あの細長い物が見えた採光窓はちょうど二階の窓ぐらいの高さだったのかな、等と若者は想像してみたのでした。自分は、その老人の最期を窓越しに、間接的に看取ったのかな、と。


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