第三章 もう一人の皇帝 7
シックなジャズが流れる、落ち着いた雰囲気の空間。デュポン兵団群旗艦ポトホリのラウンジだ。そこに艦の主のモリス、零、エレノア、ブレイズ、ヘザーがそれぞれの契約ファントムと共に集まっていた。女帝の元へ帰路につく前、伯爵領の臨時内政府を整えた後、主立ったメンバーで話し合いの場を持ったのだ。
カウンターに零達とつくモリスは、グラスを掲げ労いを口にする。
「ひとまずお疲れ様。みんなのお陰で、強豪ヴァンシュラール伯爵を下すことができた。まともに遣り合えば、負けていたからね」
「ま、俺は、エレノアやブレイズ、ヘザーのいい引き立て役だった」
グラスに注がれたウィスキーを零は不機嫌そうに飲み干し、
「いやあれはあれで、十分役目を果たせていたと思うぜ」
「嫌味か?」
胡乱な目を向けてくる零へ、ブレイズは取りなすように言い訳がましい口調になる。
「違うって。零、リザーランド卿、ヘザー、サブリナ、俺が、ヴァンシュラール伯爵騎士団を引き付けていたから、特務隊が機体の損害は出たが最後まで引き付け役を熟せたんだ。でなきゃ一八そこそこの部隊で二〇〇の第一エクエスを釘付けにできず、兵団群に被害が出ていた」
「そうよ。敵ヴァンシュラール騎士団は、遊撃役の五体に釘付けだった」
カウンターから少し離れた場所に他のファントムと座るマーキュリーが、零相手にやや気圧されがちなブレイズに助け船を出した。
グラスを一つ煽ったエレノアが、後を継ぐ。
「ああ、そうだ。少数の特務隊を無視し兵団群に向かわれてしまえば、負けていたかも知れない。ヴァンシュラール騎士団を戦力から外せなければ、兵力差を逆転されていた」
「兵団群が敵兵団群の戦いに集中できたのは、特務隊がヴァンシュラール騎士団の注意を引き付けていたからです。ですから、零も十分に役目を果たしました。撃破数は、機体とファントムがありますから致し方なしですが」
零へやや生暖かい視線を注ぐヘザーは、淑女らしい物言いだった。
ラウンジで酒を飲みながら今後を踏まえ話し合いをしているとき、急報がもたらされる。
「女帝軍より、情報運搬超光速艇の伝令」
艦内放送とオルタナデバイスを通し、重戦艦ポトホリのAIが緊急通達を告げる。
「女帝軍全軍に告ぐ。至急、女帝ヴァージニアの元に戻られたし、デュポン兵団群は速やかに帰投せよ」
オルタナデバイスを通して、ホログラムウィンドウがそれぞれに映し出された。
零の知らぬ豪奢な礼服を着た壮年の男が、面に精力的な気迫を滲ませている。
「わたしアルノー大公オリビエは、前皇帝アイロス陛下に禅譲を納得して頂くため他国の兵を招いた。決して、前皇帝アイロス陛下を討つためではない」
言葉を切りアルノー大公を名乗る男が、続ける。
「前皇帝アイロス陛下を弑逆し皇帝を僭称するヴァージニアに代わり、わたしアルノー大公オリビエが帝位に就くことをここに宣言する」
アルノー大公オリビエは金髪をショートカットにした緑を基調とした礼服を着た美丈夫で、全体に温雅な雰囲気を纏った人物だ。声は朗々とよく通る。
そのホログラムでアルノー大公の全身が映し出された映像を見て、モリスが半ば呆然と呟く。
「これはまた……僕は少しアルノー大公を甘く見ていたようだ。トルキア帝国・ミラト王国連合軍を打ち破り、残るはアルノー大公国と手を組むヴァグーラ王国経済共同体諸国家盟約を討伐するだけだといつの間にか思っていた。内乱に勝ったつもりでね。よく考えれば、ヴァージニア陛下の治世は未だ盤石ではないというのに」
「ま、気持ちは分からなくもない。内乱を引き起こした二勢力の内、一つを降した。ヴァージニア陛下が皇帝を名乗っていたから、どこかでアルノー大公を賊徒と認識していた」
モリスの言葉に零が頷き、ヘザーが淑やかに感慨を言葉に乗せる。
「二国に二人の皇帝ですか。前皇帝をヴァージニア陛下は打ち倒し、皇帝を名乗っただけと言えなくもありません。別の視点からは、我らは前皇帝を弑逆した大罪の徒」
「それを、アルノー大公は言い立ててきたわけだ。帝位を奪うつもりでいたことは明らかだが、後からであれば何とでも言える。前皇帝に禅譲させるつもりだったと言い立てるとは……」
すっと赤い瞳をエレノアは細め、ブレイズが顎に手を遣る。
「なるほど。それも、一つの手だったわけっすね。ヴァージニア陛下は前皇帝を捕らえ処刑せず、脅して帝位を譲らせることも。そうすれば、前皇帝派貴族が刃向かうことはなかった」
「けれど、前皇帝を生かしておくことは危険だ。命がある限り領内に招いてしまったトルキア帝国・ミラト王国連合軍やヴァグーラ王国経済共同体諸国家盟約が異を唱え、逆賊から真の皇帝を救えとどちらにせよ戦になっていた」
嘆息気味に零は同じ結果になっただろうと言外に含め、モリスが同意する。
「だろうね。前皇帝派貴族やアルノー大公もやはり、ヴァージニア陛下の敵となっていただろうね。家の中に招いてしまった狼は、大人しく帰りはしなかっただろうね」
「ふむ。結局は、今と変わらなかったということか」
「抜いた刃は、血塗られねば鞘には戻れぬが道理」
綺麗な頤に人差し指の甲をエレノアは宛がい、手に持ったグラスをヘザーは見詰め、嫌そうにブレイズは天を仰ぐ。
「怖いな。どう転んでも、血で血を洗う争いになっちまうなんて。そんでも、ヴァージニア陛下が先に皇帝を名乗ったのは、ボルニアにとっては僥倖。他国に付け込まれることがないからな」
「確かにそうだな。それが、ボルニアにとっては、最善だったろう」
ヴァージニアはどこの国にも紐付いていないと零はブレイズに同意し、モリスがこの急報に方針を示す。
「ここで思案に暮れていても仕方がない。兎も角、女帝陛下の元へ戻ろう」




