第二章 乱流 9
「戦の行方が定まりそうですな」
「ああ。ミラト王国軍は、あのまま粘るべきだった。有利な戦況の中、ボルニアがそのまま退かせる筈もない」
AIサポート参謀担当官を務める白髪の老人フォルマンの言葉に、グラディアート機乗服姿の零は頷いた。
軽巡航艦ローレライ二の艦橋エリア・発令所。母艦に収容された零は、大隊長クラス以上の主立ったメンバーと共に総合指揮卓についていた。AIサポート給養担当官の元メイドのネリーが、発令所要員の間を縫ってコーヒーを乗せたカートを押してくる。少しは休めそうだと、零はモトジャケット風の上着の襟を緩めた。
副官のヴァレリーを挟み近くに座る副兵団長のサブリナが、零の言葉に応じる。
「初撃で打撃を与え、ミラト王国軍は挽回の目処が立っていない。この好機を逃す手はないわ」
「そうね。これを逃してしまったら、ミラト王国軍は立て直してしまう。前皇帝派貴族と呼応するかも知れないわ」
「まさしく、今が攻め時。オルデン・エクエス上級軍団群一万と兵団群が抑えているとはいえ、前皇帝派貴族軍の数は侮れません」
サブリナの後をヴァレリーが継ぎ、分隊指揮官のエディトが身を乗り出した。
綺麗に切り揃えられた白い髭を撫でつつ、フォルマンがマルチファンクション・テーブルとなった総合指揮卓に星系の戦略図をフォログラム表示させる。
「二正面作戦は、避けねばの」
中央に表示された前皇帝派貴族軍の拠点たるヴァーネット公爵領公星リールに、敵を示す赤い輝点が無数に表示された。
大隊長の一人、ストロベリーブロンドをショートカットにした若い女性レア・ミルボーが口を開く。
「数が多いな。こいつにミラト王国軍を相手取っている間に絡まれたら、戦力の強弱は兎も角流石に厄介だ」
「こいつに呼応されたら、流石に女帝軍も無事では済まない」
大隊長の一人、綺麗な口ひげが特徴の中年男性エドガールが憮然とした。
ネリーが運んでくれたコーヒーの苦みを愉しみながら、零はできるなら最初から敵はやっていると思う。戦略図から、オルデン・エクエス上級軍団群と兵団群が上手く押さえ役を務めていることが分かった。動きたくても動けない。さぞや前皇帝派貴族軍は、焦れていることだろう。
発令所の要員から十分に意見が出たことを確認し、零は締めくくる。
「勝ちに乗ってる。我が六合兵団は、無理をして被害を出さないことだな。普通に戦えば、十分に戦果を叩き出せる」
そう言いながらも、零はヴァレリーとサブリナに視線を走らせた。
◇◇◇
「六合兵団、出撃」
軽巡航艦ローレライ二AIの声が、艦内放送とオルタナ・デバイスのヴァーチャルサウンドで響くと同時、グラディアートが自立式整備ハンガーごと移動し高速射出機構によって高速射出される。
デュポン兵団群艦隊が敵艦隊に追い付き、グラディアートに出撃命令が下ったのだ。ミラト王国軍の艦隊からも、ルプスが出撃する。
六合兵団は、敵兵団500と交戦を開始した。零は敵主力グラディアート・ルプスを撃破しつつ、敵兵団の脆さを感じていた。数はほぼ互角。如何に第2エクエス・クラス以上のキャヴァリアーを数十人擁するとはいえ、戦いは本来優勢と言ったところだ。だが、敵軍は呆気なく砕けていく。明らかに敵兵団は、浮き足立っていた。
麾下の年少組に、零は呼びかける。
【バルチアン、オルタンス、ランベール、シャルロット。背を見せる敵は、無視しろ。逃げる深追いは厳禁だ。戦う気のない奴らと戦っても、面白くないだろう?】
【分かってる。敵に手応えがない】
【逃げることで、頭が一杯みたいね】
【追撃を押さえないと。これじゃ、他の味方が逃げ切れない】
【ここは敵地だもの。味方から置いて行かれたら、終わりだわ。誰だって孤立無援は、嫌なものよ】
やや嘆息気味にバルチアンが、冷淡にオルタンスが、避難気味にランベールが、哀れむようにシャルロットが答えた。
情報を精査していたヴァレリーが、高速情報伝達に割って入る。
【零、他も似たような状態みたいよ。敵の兵団群が崩れてく。浮き足立ってるわね】
ヴァレリーの言うとおりデュポン兵団群が相手した兵団群は、すぐに潰走状態となった。
戦場全体を架空頭脳空間内の空間認識戦術マップで、零は確認する。他の兵団群と当たった敵兵団群も次々と潰走尾を始めていた。その様子に、最早戦闘ではないと零は思う。一方の女帝軍は、勢いに乗った。前皇帝派貴族軍も残る中、帝国内でミラト王国軍に自由に動かれたくない女帝軍は敵軍を粉砕する構えだ。敵主力グラディアート・ルプスを屠りながら零の心には、女帝ヴァージニアの危機を救ったとはいえヴァレリー等に十分な戦功を上げさせられなかったことで棘に刺されるような後悔が残った。
グラディアートを蹂躙され恒星戦闘艦を殲滅の光弾の死の赤光に貫かれ一方的に狩られる敗軍の嘆きを聞きながら、零は敵を屠るため心を殺した。
このソレイユ恒星系で残る敵は、前皇帝派貴族軍。




