70話
光は、いつの間にか消えていた。
あれほどまでに世界を満たしていた白は、まるで最初から存在しなかったかのように引いている。
残されたのは、音を失ったような静寂だった。
ゆるやかな風が、崩れた石の隙間をすり抜ける。
焼け焦げた匂いと、まだ微かに残る浄化が、朝の空気に溶けて、謁見の間へと、朝の陽射しと共に流れ込んでいる。
淡く、やわらかな光。
レオニスは、動かなかった。
すでに足は癒えている。それでも、立ち上がることはできなかった。
ただ、指先だけが、わずかに震えていた。
届かなかった手。
触れられなかった背中。
最後に見た、あの表情は、まぶたの裏に焼き付いて離れない。
「……セレナ」
名を呼ぶ。
返事がないことなど、分かっている。
それでも、呼ばずにはいられなかった。
声にならない何かが、喉の奥に溜まっていく。
吐き出すことも、飲み込むこともできないまま、ただそこに留まり続ける。
やがて、レオニスは立ち上がった。
視界が、わずかに揺れる。
足に力を込める。
一歩、一歩と、踏み出す。
セレナが、立っていた場所へと。
その場所に立ったとき、視界が開けた。
王都が、見える。
倒れていた人々が、ひとり、またひとりと目を覚ましていく。
戸惑い、周囲を見回し、やがて誰かの名を呼ぶ。
泣き声が上がる。
抱きしめ合う影が、そこかしこに生まれていく。
生きている音が、満ちていた。
「セレナは、これを……」
「救った。しっかりね」
言葉を遮るように、リースペイトが告げる。
淡々とした声音。
確かに、この国は、救われたのだ。
「……ああ」
小さく、息が漏れる。
「……すごいな、セレナは」
空を見上げる。
星は、もうほとんど見えない。
朝の光が、ひとつ、またひとつと覆い隠していく。
まるですべてが、最初からなかったことにされていくように。
レオニスは目を閉じた。
思い出すのは、あの一瞬。
触れた温もり。
重なった唇。
見つめた瞳。
すべてを、失わないように。
心の奥へ、深く刻みつける。
目を開く。
空はすっかり、青に染まっていた。
「……うぅ」
くぐもった声とともに、瓦礫が揺れる。
クリスが、石の山の中から顔を出した。
寝起きのようにぼんやりとした目で、状況を理解しきれていない。
「帰るぞ」
「え……?」
間の抜けた声。
「終わったんですね! セレナ様は」
「帰るぞ」
言葉を遮る。
その声音は静かだったが、揺るがない重みを帯びていた。
それ以上、何も言わせない強さがあった。
レオニスは、朝日に背を向ける。
もう、振り返らない。
視線の端で、ユークリッドを捉える。
一瞬だけ。
怒りにも似た感情が、胸の奥で燻る。
だが、それもすぐに沈む。
ユークリッドもまた、背負っている。
後悔という名の、消えない傷を。
そこに、愚王の名残なぞ、一つもなかった。
レオニスは、何も言わずに歩き出す。
その背中は、もう止まらなかった。
◇◇◇◇
『アメリア』
その名が、
世界から、セレナを切り離した。
星篝の大魔法。
空を覆い尽くす星のカーテンを生み出し、ヴァルディウス王国全土に満ちた瘴気を祓った奇跡。
その偉業は語り継がれ、星篝の魔女の名声は、天を貫くほどまで高められていった。
白の魔女の名を口にする者は、誰一人としていない。
まるで、最初から存在しなかったかのように。
ただ一人だけは毎日欠かさずに信じてる。
また会えると。
どこかで。
きっと。
ヴァルディウス王国の王都、路地裏。
「街に落ちてるビー玉、こんなもの集めて何するんだ?」
「それ、ビー玉じゃないわ。浄化の魔力が濃縮されたものよ」
「……は?」
「バリスハリスに恩を売っておくのも悪くないと思ってね」
どこかの青年と、どこかの白髪の魔女が、そんなやり取りを交わしていた。
それが、どんな意味を持つのか。
今は、まだ誰も知らない。
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