強制対談、気づけば肯定
今一度、カイルさんが発した言葉の意味を理解しようと数秒前の発言を思い返す。
しかし、何度も脳内に反芻するのはカイルさんに向ける好意が隠しきれていない私に対する嫌悪感など無いという意味の言葉だった。
目を逸らそうにも、既に目の前に跪き、下から覗き込んでくるその真剣な眼差しを逸らす程私も無礼な人間ではない。
居た堪れず、眼球だけが慌ただしく動いているのが映る視界によって分かっていた。
「好ましい………ですか」
「はい。非常に、です」
先程告げられた言葉の意味を確認しようと復唱すれば"非常に"という部分を再度強調された。
やはり聞き間違いではないという確信が持てたのと同時に、私がカイルさんに向けていた感情に対しての良き返事を聞けた事による嬉しさが募る。
だが、残念ながらこれで潔く振られこのドギマギとした雰囲気をぶち壊す算段が無くなった事は言うまでもない。
「……ナツメ様少し、失礼します」
「えぁ、はい」
そう言って、目の前で跪いていたカイルさんは奥にある扉を開け中に入っていったと思えば、もう一枚大きめのブランケットを手に抱えてやって来た。
そのブランケットはフワリと大きく広げられそのまま私のネグリジェが見えなくなる様、膝の上へと丁寧に被せられた。
私の今の状態はシンプルなネグリジェを着用し、カイルさんの気遣いと言うか、目隠し的な役割として肩から掛けられたブランケットと膝から掛けられたブランケットで覆われた。
よくよく考えてみれば、下着と同義なネグリジェのまま男性であるカイルさんと室内で二人きりなど、信頼のおける相手でなければきっと醜聞になる可能性がある。
本当に何かすみません。
いい加減、私も中々にやばいことをやらかしまくっているという自覚を持たなければならない。
とにかくまずは、現在行われている淑女教育にてこの世界の一般常識を会得することが先決だ。
なのでまだこの粗相は許して欲しい。
「紅茶を入れましょうか」
私にブランケットを掛け、にこやかに笑ったカイルさんは、場の空気を一旦切り替えようと気を回し机上に並ぶティーセットに視線を落とし私に問いかける。
色々とお義父様達と会話をし若干の乾きと、状況把握の為に頭を使った事による脳からの糖分摂取の知らせを感じ取り素直に頷く。
カイルさんは赤い魔石が取り付けられたままの通信機を少しずらし、紅茶の入ったポットを触る。
カチリと音がした後、すっかり空になってしまっていたティーカップにコポコポとアッサムティーが注がれる。
時間が経ち、冷めていたはずの紅茶はティーポットに取り付けられた魔石により熱を吹き返し、再び湯気の漂う美味しい紅茶となった。
純白のミルクをクルクルと注がれるのを目で追いかけて馴染んでゆくのを静かに待つ。
「前、失礼します」
「は、はい!」
ギッと木材が擦れる音が鳴れば、机を挟んだ目の前の椅子にカイルさんが着席する。
閉じられたカーテンからはまだまだ朝日の光は差して来ない。
先程まで間近で見ていたカイルさんの瞳が少し遠ざかった事に安堵しつつも、何処か寂しさを感じる。
カイルさんが改めて椅子に座ったということは、いよいよ本題の話し合い、もとい、心情の暴露大会とでも言うのか。
きっと、お互いがお互いどの様な感情を持ち合わせ、今後どのような関係性になりたいのかを話し合う事となる。
まるで結婚の挨拶に行く前の入念な打ち合わせをする恋人達の前日会議のよう。
緊張が走り、一旦心を落ち着かせる為、カイルさんがいれてくれたアッサムミルクティーで口内を甘く染め上げる。
音を鳴らさぬようソーサーの上にカップを置き、一つ息を吐き出し、目の前に座るカイルさんの方を真っ直ぐに見つめる。
それが合図かのように私と目が合ったカイルさんは、一つ瞬きをし頷いた。
「私は、ナツメ様。貴方の事をとても好ましく思っております」
「は、はい。えっ、と。それは、とても……なんて言うか、光栄な事でございまして………」
再三告げられるカイルさんからの告白まがいの"好ましい"と言うワード。
これがまだ私と同じく恋情を孕んでいるかどうかと言うのかは、明確には分からない。
ドギマギと、告げられた言葉をありがたく受け取り発した感謝の気持ちは、恥ずかしさにより段々と語尾が濁って行く。
「ふふ。そんなに顔を赤らめてはなりませんよナツメ様」
「だ、って、恥ずかしい事全部……バラされてしまったんですもん………しかもあんな皆の前で…………」
皆の前で公開処刑が行われ、加えてその事がカイルさん本人の前で、しかも真隣にいる時に盛大に暴露されたのだ。
あの至近距離で聞こえていなかったなどという言い訳は通用する筈も無い。
確実にマリエッタちゃんの口から告げられた私の告白まがいの心情はカイルさんにも認知されてしまった。
つまりは私がカイルさんを好きだと言うことをカイルさん本人が知っている今の状況で、カイルさんからも嫌いではないよというお返事を貰っているのだ。
照れない訳がない。寧ろこの状況で何の反応も示さず真顔で居れる人がいるなら名乗り出て交代して欲しい。
「実はですね、私。ナツメ様が私に好意を持ってくださっているのは随分前から察していたのですよ?」
「………………え゛!?!?!?!?!」
これでもかと言う程自らの目を見開き、目の前に座るカイルさんを凝視する。
喉から出た驚きの悲鳴も、聞いた事のない程の濁点のついた潰れた悲鳴となった。
待て待て待て待て待て。
今、カイルさんはなんと言った???私がカイルさんを好きだったのがずっと前からカイルさんには分かっていた????
ん????私がカイルさんに好意を持ち始めたと自覚したのはつい数日前。
それなのにどうして????
「最初は私の思い過ごしかとも思ったのですが、あまりにも、他の方達に向ける態度とは違ったものでしたので…………」
そう言われ、私の行動の一端を振り返ってみる。
この世界に来て早々に行われた国王陛下への謁見。
あまりの緊張により私の意味の分からない行動により同乗してもらった執事長であるカイルさん。
その道中の馬車内では心を落ち着かせようと、まるでぐずった赤子をあやす様に、優しい香りのポプリを自らの手と私の手の中で握った。
国王陛下との謁見後、緊張感からの解放によって気が緩んだ事で日本人の外見と然程変わらないカイルさんの容姿と立ち居振る舞いに安堵し駆け寄る。
他にも、私が意識していなかっただけで、確かにこの邸宅内でカイルさんを見かければ何かと駆け寄って行っていた記憶が蘇る。
それでも一つ、勘違いしないでもらいたいことがある。
私だけがカイルさんに駆け寄っていたわけではない。
まぁ、正しくはカイルさんが駆け寄ってきていた訳でもないのだが、しかし!
カイルさんの方が何かと私に対して距離が近かったと記憶しているのはどう説明してもらおうか!!
そもそもの話、私がこの世界に転移した瞬間にカイルさんに見つかり、逃げ回る私を捕まえあろう事か邸宅内に連れて行くためにお姫様抱っこをしたんだ!!!
つまりは、男性との接触経験が殆ど無かった私にそんな異性を意識するなとは言えない行為を行ったカイルさんの行動を受けた瞬間から無意識の内に私はカイルさんの事が好きだったのかもしれない!!!
そう!断じてカイルさんが原因とまでは言いたくないが、少しばかり原因の一端を担っていると言う事にはさせて欲しい!!!
「そっ、それって………いつから分かって………!?」
「えぇっと………分かったのは出会ってから少し経った頃でしたが、思い返せば全て辻褄が合うな………と思いまして」
と言う事は、今までの殆ど全ての私の無意識下での行動がどのような心境の元行われたのかがカイルさんには筒抜けだったと言うこと………!?!?!?!
「っ!!?!!?!!」
その考えが脳内に浮かんだ瞬間、声にならない悲鳴と共に、落ち着いていた熱が再び再燃し、顔を両手で覆い机に突っ伏した。
「いやっあのっ………えぇっと、あれはなんて言うかそのっ………!!!」
ギュッと瞼を閉じた裏では 、次々とカイルさんに行ったあれこれの行動が走馬灯のように流れ、その全てが好意を持っていることからやって来る下心付きの行動だったのだと自覚して行く。
しどろもどろになりながら何と返事を返せばいいのか分からず、細々とした単語でしか会話が不可能となった。
それを見かねてか、カイルさんが私に落ち着くよう穏やかな声色で語りかけてくれるも、私には既にそれは逆効果だった。
せめて羞恥の最大値が収まるまでこの状態で居させて欲しいという意思を込めて突っ伏したままでいると、私の耳に何かが動く音が捉えられる。
その物音が徐々にこちらへと近付いて来たと思ったと同時に、私の右側へ何かの気配がやって来た。
コトッと言う物音がした後、ブワッと人の気配を感じる。
このままではまともに話ができないと判断したカイルさんが、とうとうこちらへと移動してきたのだと脳内で察する。
見えないながらも、じっと見つめられているような視線を感じ恐る恐る状態を起こし掌の隙間から横目にチラリと覗いてみる。
私の状態が起き上がったことにより、その腰付近には支えるようにカイルさんの手が添えられていた。
「………あの、えっと」
この間、少しでも言葉を考える時間があったというのにも関わらず、私のショートした脳内は最早そんなことをしている場合では無いと言うように言葉が生成されていなかった。
「すみません。淑女に対して言葉を強要するのはいけませんね」
そう言って落ち着かせるようにまた、私の背中を赤子をあやす様に優しく摩る。
「先に私の話から致しましょう」
「…………カイルさんの……?」
少し熱の落ち着いた頬を確認する為顔を覆っていた両手を頬にずらし、次いで隣に座るカイルさんの方へと視線を交わす。
馴染み深い艶やかな黒髪とダークブラウンの瞳は、それだけでも私にとって安心材料となっている。
「ナツメ様は、私との未来をお考えで?」
「!? んなっ………ちょっ、直球すぎません!?」
前言撤回。
安心していた矢先のこの発言に思わず自らが座る椅子の上で最大限にカイルさんからの距離を取る。
このお方。仕事が出来て真面目で周囲に気を配る完璧執事だと思っていたのに。
今この瞬間目の前に居るカイルさんは執事業務中のにこやかな微笑みをたたえた表情ではない。
少し意地悪げに目を細めるその表情は、執事という皮を投げ捨てた正真正銘の"異性"として意識せざるを得ないカイルさんの素の一部分だった。
このお方。私が確実に恋愛的に好意を持っていると確信しているからこそのこの強気な言葉選び。
何よもう!!ちょっと不覚にもドキッとしたじゃない!!?こちとらこう言うロマンスものには少し憧れがあったただの一般人!!
そんなギャップを見せられちゃったらもう後戻りできないじゃないですか!!!
「う、ぐぅぅ〜〜………………」
悶えに悶え、呻き声を上げていれば、トドメを刺すかのようにカイルさんは自らが座っていた椅子を更にこちら側へと近寄らせとうとう、椅子と椅子との距離は消し去られた。
「今後……のお話をするのならば、まずはお互いの事を知らなければなりません」
「こ、今後の………」
一度離れていたカイルさんの手が、今度は膝の上でひしと握っていた手の上へと重なる。
ゴクリと生唾を飲み込み、オウム返しのようにカイルさんの発した言葉を繰り返す。
何やかんやでカイルさんの手のひらの上で転がされている感が拭えないが、所詮私とは転がさられる側の人種だ。
元より、カイルさんには私では抗えないと淑女教育を受けてきた中で学んだ為、ここは大人しく身を固くしカイルさんのお話を聞こうと思う。
「ナツメ様は私との未来をお考えですか?」
今一度、私の瞳を覗き込みながら幼子を諭す様な優しい声色で幼子には言わない言葉を私に投げかける。
もう。これは、私には逃げ場がないという事を表す暗号かのようだ。
「……………世界が許してくれるのならば……!」
恥も外聞もかなぐり捨てた私の答えは、勿論YESだった。




