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彼の言葉

トリスタンは毅然とした態度で入場してきた。

けれど……誰かをエスコートしている様子はない。

彼の周囲には誰ひとり見当たらず、それでもなお堂々と前を見据えている。


そうか……彼の新たな婚約者は平民だった。

この夜会には出場できなかったから一人なのだろうか。

彼にはできるだけ近寄らないようにしよう。


「……」


リディオは……まだ婚約者のアレッシア嬢と話しているみたい。

わたしは目立たない振る舞いを心がけよう。



貴族が出そろって、順番に礼を取る。

主催者の大公令息閣下が式辞を終えた後、談話の時間となるが……わたしは相も変わらず無難に振る舞っているだけ。

ときおり挨拶してくる貴族と他愛のない話を交わし、時間をやり過ごす。


イシリア嬢は……もう帰ったのかな。

リディオは他の貴族子息と一緒に談笑しながら、会場の外に出て行った。

残されたアレッシア嬢は手持ち無沙汰に過ごしている。


……話をしてみようか?

ううん、わたしにそんな勇気はない。

このまま大人しく……


「……!」


耳に繊細な音色が届く。

楽団が奏でだしたクラシック。

主催の合図で舞踏の時間が始まったようだ。

事前の合図に気づいていなかった……しまった。


周りの令嬢たちが次々と誘われる中、わたしは壁際でじっと佇んでいた。

壁の花と言っても、誰にも好かれることはない花。

どんどん周りから人が消えていって、時間が経つにつれて惨めになって。


「――マリーズ。いや、ネシウス伯爵令嬢」


「はい……?」


鼓膜を叩いた怜悧な声。

視線を上げた先には、金髪碧眼の貴公子が佇んでいた。

でも……彼の顔なんて見たくないのに。


「トリスタン……」


「話しかけるのに勇気が必要だった。しかし、私と相対するのに勇気が必要なのは君の方だろうな。まずは私とひとつ、踊ってはくれないだろうか」


トリスタンは手を差し伸べる。

いったいどういう気持ちで舞踏に誘っているのか……!

恐怖と怒りが混じって居ても立ってもいられない。


「先日からどういう了見なの……!? わたしに嫌がらせをするのはやめてください! どうか放っておいて、お願い……!」


思わず駆け出した。

きっと孤独なわたしを馬鹿にしようとしているんだ。

誰からも相手にされないわたしのことを。


舞踏の音色に耳をふさいで。

トリスタンから逃げるように。

夜会の会場から抜け出していく。


「マリーズ――!」


やっぱり来るべきじゃなかったんだ……!

わたしはただ一人、味方をしてくれる"彼"の影を探した。


会場を飛び出して廊下に出る。

彼は……リディオはどこに行ったのだろう。

たしかこちらに向かっていたはずだけど……赤髪は目立つから見つけやすいはずだ。

これ以上トリスタンに付きまとわれる前に、彼に助けてもらわないと。



廊下の一室から男性たちの笑い声が聞こえた。

どことなくリディオの声色も混じっている気がする。

早く恐怖を拭いたくて、わたしはすぐに部屋に向かった。


「ははっ! イカサマだろそれ!」

「サイコロが怪しいなぁ?」

「待った! 次は俺の番だ」


扉が開いているので中の様子を盗み見てみる。

どうやら賭け事をしているようだ。

令息は賭け事を仲間内でする人も多い。

夜会で賭け事なんて……と思うけれど、意外とスタンダードな社交らしい。


そして中にはリディオの姿もあった。

婚約者を放っておいて遊んでいるなんて……やはりアレッシア嬢と仲が悪いからなのだろうか?

こういう雰囲気だと話しかけられない。


このまま待っていようか?

夜会が終わるまで人目のつかないところで。


「そういえばリディオ。お前、最近女はどうなんだよ?」


ふと貴族の一人が尋ねた。

女……アレッシア嬢のこと?


「ああ、マリーズ嬢のこと? 最近は屋敷に通うのが怠くなってきたんだよなぁ……貢いでくれるようになるまでは通うけど。顔は悪くないし、適当に付き合って一年後くらいに捨てようと思ってる」


「うわぁ……お前ってほんと酷いよな。婚約破棄された令嬢にその仕打ちって」


「婚約破棄されたから、だろ? あんなやりやすいカモはいないよ」


「ははっ! そこまでくると清々しいな!」


……何を、言っているの?

何を言っているの?

意味がわからない。


適当に……付き合って……?

ううん、そんなわけがない。

だってリディオはとても積極的に接してくれた。


「アレッシアにも浮気がバレないといいけどな。お前たち、上手く隠しておいてくれよ? できるだけマリーズ嬢から金は絞っておきたいんだから」


お金目当て?

嘘、嘘だ……こんなの。


「っ!」


嘘に決まってる……!

違う、わたしは捨てられたわけじゃない!

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