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蒼山碧海に龍は遊ぶ  作者: 望月かける
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証言に立てる者

 王の手元には斧鉞ふえつというものがある。

 斧鉞は王権の代行を示す。

 特にそれは、武力の行使を代行するときに使われる。

 貞俊がそれをとると言ったことに、泰俊は驚いた。

 一皇子貞俊は、これまでほとんど韋州で各州の様子を眺めながら、泰俊と芳俊が頴州軍に晒されても動かず、なんなら苹州に頴州軍が入ってもなお動かなかった男だった。

 それがなぜか「斧鉞を奪う」と言う。

「比轍、暁寧殿から苹州に抜けられるな?」

「通路が開いています。苹州でなにをなさいます」

「頴州兵がいることを確かめればよい。鵬安宮が機能していないことを確かめることができればなおよい。芳俊も一旦暁寧殿に連れて帰ろう」


 *** *** *** *** ***


 暁寧殿から通路を抜けて苹州貴陽に下り、貞俊、泰俊、比轍は通りを歩く。

 貞俊と泰俊は、顔を隠すために笠を買い求めて目深に被り込んだ。

「梅香さんやっと来た! おたくの芳児、頴州兵に追いかけられてんのよ!」

 比轍は梅香の名で呼ばれて「は?」と間抜けな声で訊き返してしまった。常梅香としては、ちょっと芦楓ろふうと段季に芳俊を預けた、言ってしまえば「目を離した隙」だった。

「それで芳児は?」

「大通りに向かって逃げた」

「ありがとうございます!」

 貞俊が常梅香の肩を掴み「都合がよい」と横から囁く。

「泰俊、頴州兵を捕らえて都に連れ帰るぞ」

「父上以外から命令されたのは初めてです」

「嫌なら私と随身で追う」

「追います」

 そう言った泰俊と貞俊に常梅香は膝をついてまた叩頭する。

「お願いいたします」

「その叩頭は見飽きた」

 貞俊が言い、泰俊も「確かに」と笑った。

 風が巻き上がり、色の違う二匹の龍が上空に舞う。

 泰俊が「濃藍の子供」と貞俊に場所を示す。

「それほど離れてはいなかったか」

「十字路の、枯れた葡萄の木の横です」

 なぜそこに枯れた葡萄の木があるのか泰俊は気になったが、まずは構わないことにした。


 芳児は青い龍が複数、十字路に下りるのを見た。

 青い龍だった男たちが複数名、人の姿に形を変えて頴州兵を絡めとろうと立ち回り、あるいは龍に形を変えて上空に逃げた頴州兵を追ってまた龍に形を戻して上に舞い上がっていく。

 その立ち回りは数分続き、逃げた者もなかにいるもののほとんどが後から来た男たちに羽交い絞めにされて取り押さえられた。

「芳俊」

 声をかけたのは泰俊で、頴州兵の首に剣を突き付けているのは貞俊だった。

 人込みのなかから常梅香が顔を覗かせる。

「梅香! 梅香が泰俊殿と貞俊殿を連れてきたのか?」

「おふたりがいらしたのは、私のためでなくあなたのためですよ」

 抱き着いてくる芳児の頭を撫でてから、常梅香は「熊震ゆうしん殿はどうしたのです」と顔をしかめた。

「芳児の格好で米を届けに行くだけだから問題ないと言って、施粥所せしゅくしょに置いて来た」

 常梅香はげんなりと肩を落とす。

「芳俊殿」

 泰俊に声をかけられ、芳児は顔を上げた。

「泰俊殿」

「頴州兵は貞俊殿が都の牢に連れて行くそうだ」

「貞俊殿が」

 芳児が常梅香を振り返る。

「懐柔」

 貞俊と泰俊が「ん?」と芳児を振り返る。

「梅香が言ったとおりだ。貞俊兄上を助けたら味方が増えていいことがあった」

「そういうことは言わなくていいんです!」

 常梅香は慌てた。

「梅香殿、いったいこの子になにを話したんだ?」

「二妃と二殿下が一殿下を切り捨てるのを放置するか、助けて味方になってもらう努力をするか、と選択肢を与えました」

 貞俊と泰俊がなんとも言えない表情で常梅香を眺める。

「子供には利益でなく倫理観を教えてほしい」

 常梅香はすいっと貞俊と泰俊の視線から自分の視線を逸らした。

「史官としては悲劇的な末路の皇子がいる時代というのはやはり後世の興味を引きやすいだろうと期待してしまったり、記録していて注釈をたくさんつけられるととても楽しいし嬉しいとか、そういう色々な私的感情はかなり控えめにしたつもりです」

「見殺しか助けるかの選択肢しかないのか」

 貞俊が呆れた。

「比轍」

「はい」

 常梅香は顔を上げる。

「苹州で、頴州軍の侵入を許したのがいつであったか、証言できるものはいるか」

 芳児の目がきりりと上がり、その手が貞俊の上着を掴んだ。

「貞俊兄上、阿達が証言できます」

「阿達とは誰だ?」

「天牢に捕まっていた地龍の皇子です」

 貞俊が泰俊と顔を見合わせる。

「地龍の皇子は天牢に捕まっていたのか? 誰がなぜそんなことをした」

 芳児が「それは」と言葉を濁す。

「蘭俊殿が地龍の公主を捕まえるために苹州の祭司官を捕まえて王城の天牢に入れておりました」

「誰が入れて誰が釈放した」

「蘭俊殿が入れて、見合いのために釈放されました」

「見合い?」

 泰俊が「貞俊殿だけ天牢にいたのでおいでになりませんでした」と気まずそうに付け加えた。


 *** *** *** *** ***


 圭徹は范雪とともに貞俊と泰俊が芳俊を助けているのを眺めて苹州を後にしたが、その心中は複雑だった。

(世の父親は、ああしたときに迷わず娘を助けに入るのだろう。范雪がおり、相手は蘭児の手勢であると知って、自分は芳児を助けに入らなかった。しかしあの場で助けに入り、自分が王だと言えば蘭児を追求することになる。それは二妃が望むまい)

 圭徹のなかで、二妃が比梅香に対して芦氏の子息が比氏の子息に宛てて窮状を訴えた手紙を受け取ったという理由で謀反を疑い私的に天牢を開いたことがわだかまりを生んでいた。

 比氏と芦氏に対する訴えは不敬罪であり、謀反で身分剥奪や九族連座を謳うような大仰なものではなかったと范雪は言う。しかし、十五年前の自分は二妃の言うがまま身分の剥奪と九族連座を認めて天牢に投獄し、天牢に入れなかったものは流罪で僻地にやったという。その記憶はたしかにあるが、本当に彼らが訴えられた罪状は不敬罪だけであって、自分は謀反の証拠もなしに彼らの処分を決めたというのか。

 端的に言って、それではまるで暗君ではないかと言うしかないのだが、范雪が言うには、自分がそれをやったらしい。

 もし、芦氏の子息が比氏の子息に送った苹州の窮状を訴える手紙を「謀反を企てた比芦二氏の残党を探す手がかりだ」というのであれば、当時の嫌疑が「不敬罪」ではなく「謀反」であったという証拠が必要であろうが、いま、どの書庫を探しても記録がないという。

 さて、誰に問うか。

(七番目の弟、施徹は貞俊の審問の間で蘭俊の言い分を擁護していた。審問の内容がなにかを特定させずに不敬罪だけを取り立てて強調しようとしたのだ。施徹に問うても意味はないだろう)

「三弟を呼べ」

 宦官が「三王爺でございますか?」と訊ねる。

「なんだ?」

「いえ」

 圭徹は息をついたが、理由はそれなりに理解できる。

(七弟は蘭俊を可愛がっているせいで近くにいることが多かった。引き換え三弟のほうは、歳も近く顔を合わせれば苦言を呈してくることがほとんどだったせいで、近くに呼ぶのを避けてきた。珍しいとでも思われたのだろう)


 三王爺は王に呼ばれていると聞いて顔をしかめた。

「王のお呼び? まことか?」

「はい」

 ひとつ奇妙なことを聞いたような表情で三王爺は首をひねったものの、ひとまず格好を整えて王城の外にある王府から、王城に向かった。

 兄から呼ばれるのは珍しい。

 王城まで馬車を走らせて下馬站げばたんで下り、先にある階段を目指して早足に歩く。

 焦るとだいたいろくなことはない。

「あれ、どうなさいました、三兄上」

「おまえの用事じゃない!」

 七弟の施徹とすれ違い、三王爺は袖を振って弟を追い払う。

「ふん」

 鼻を鳴らして階段を駆け上がり、三王爺は王の前に出た。


 *** *** *** *** ***


 芳児は施粥所せしゅくしょに貞俊と泰俊を連れて戻り、「ただいま!」と声をかける。その声に顔を上げた芦楓ろふうが貞俊と泰俊を見て目を眇めた。

「ご友人ですか?」

「兄上」

 芳児の顔を見てから貞俊と泰俊を見てからまた目を眇め、芦楓が「笠で顔がよく見えない」と鼻梁に皺を寄せて文句を言った。

「あなたには兄上が何人かおいでですが、どの殿下です?」

「貞俊兄上と泰俊兄上」

 芳児はそう言ってから施粥所の奥に貞俊と泰俊を連れ込む。

「こっちに、廟の祭司官たちがいるのです。阿達がまだ帰っていなくても蓮邑で頴州軍と戦闘したと証言できます」

 泰俊が「表にいたあの男は?」と言いながら、常梅香が芦楓と話をしているのを見た。

 芳児は泰俊を見てから、「ふむ」と頷く。

「あれは芦楓なので、比轍と一緒に話しをしていてもたぶんロクな内容ではないです。苹州の州宰相だと言われましたが、今は芦氏も身分剥奪されていて役立たずなんだそうです」

 芳児が言い終える前に芦楓が常梅香の腕を掴んで施粥所の奥に来る。

「大変失礼いたしました、苹州芦氏の芦楓と申します。比轍から、芦比二氏の身分回復に動いてくださっていると伺いました」

 芦楓が膝をついて叩頭するのを見て、貞俊と泰俊がまた顔を見合わせた。

はばかりながら、柳芦当主の諫言が不敬罪として処罰に値すると判断されたと聞いておりますが、当時の言を見れば、三殿下の処分について審問が行われることなく処分が決められたことを異例と申し、それゆえの助命嘆願を陳情したのみで、王の品性について如何いかんを問うている事実はございません」

 貞俊と泰俊は「分かっている、分かっている」と頷くが、芦楓は頭を下げたままで言葉を続ける。

「十五年前の罪について審問を求めます」

「分かっているが、条件を付けてもよいだろうか?」

 貞俊の言葉に泰俊が目を細め、芳児が泰俊を見上げた。

「条件付きとは、一殿下はケチですね」

 言った芳児を見た泰俊が「そうじゃない」と苦笑する。

「頼みごとが大きければ大きいほど、一方的に頼むのは辛い」

 芳児は泰俊を見つめる横から常梅香が口を挟む。

「世の中、無料ただほど高い物はない、と言うんです」

「なんで? 庵では野菜や魚をもらっていた」

「あれは子供たちに手習いを教えていたからです!」

 泰俊が「皇子の躾役選びに失敗すると何が起きるのかよくわかった」と呆れながら、芳児の横に座る。

「芦楓が貞俊殿に頼んだのは、芦氏の審問だ。芦楓は、貞俊殿自身が不敬罪で審問を受けて蘭俊殿に弾劾されているときに、他人の不敬罪について審問してほしいと王に頼めと言っている。自分の命がかかっているときに他人を助けろと言っているんだ。貞俊殿はそれを拒否することもできるが、断らないから芦楓にもできることをしてほしいと言っているだけであって、ケチなわけじゃない」

 芳児は泰俊から貞俊と芦楓に視線を移して「ケチではない」と頷いた。

 貞俊が芦楓に言う。

「頴州軍がいつ苹州に入ったか、鵬安宮が頴州軍に占拠されたのはいつであったか、それを王の前で証言できる者たちを探してほしい」

「阿達が戻ってくれれば証言できる」

 そう言った芳俊の声に石禹斗が顔を覗かせた。

「阿達がいなくても私と李澄が証言できます」

「鵬安宮が占拠された状況も、苹州の天龍たちが証言できます」

 貞俊が「よし」と頷いて芳児を振り返る。

「兄を助けるといいことがあるだろう?」

「いいことがありました」

「これからもっといいことを起こす」

 貞俊の言葉に、芳児が目を見開く。

「なんですか?」

「頴州軍を撤退させるんだ」

 芳児が絶望的な表情で貞俊を見上げた。

「私には、一城もどうにもできませんでした」

「王を動かす。先ほど捕らえた頴州兵は州公を(かどわ)かそうとした罪に問う。そこから蘭俊殿の名前が出てくれば一番だが、名前が出てこなくとも頴州兵が鵬安宮を占拠したという事実があれば、まず頴州軍の者たちを一掃するために他州から頴州に向けて、出兵することができる」

 貞俊が泰俊と芳俊を前に、どこからか出した碁石を並べ始める。

「王は五軍を持ち、州公は三軍を持つ。一軍は一万二千五百人。これはいまの蘇で許される上限の人数であって、一軍には一万二千五百人いないこともある」

 泰俊が横から「玄は帳尻ちょうじり合わせに使い捨ての人馬を作って一万二千五百人を揃えることもある」と言い、貞俊が「嫌な国だな」と顔をしかめてから説明に戻る。

「頴州は人を作って帳尻を合わせるなんてことはできないから、一軍には一万二千五百人も人はいなかろう。苹州の鵬安宮を占拠している兵、周辺の城地を占拠している兵で恐らく一軍、泰俊殿の桑州と頴州の州境に一軍、頴州を守るのは一軍だが、頴州州内も一城では済まないだろうから戦力は相当分散されている」

 そう言いながら貞俊が黒の碁石を適当にばら撒いた。

「芦楓、苹州の戦力は散らばっているのだろうから、州境あたりで陽動に務めてもらえると良い」

 貞俊が白の碁石を、散らばった黒の碁石を分断するように置く。

「苹州内にいる頴州兵を、頴州に戻さないようにしてもらえるとなおよい」

 なにかやっているらしいと、物見高く碁石を覗き込んだ段季が目を細めて笑った。

関門捉賊かんもんそくぞく?」

 貞俊が段季の声に小さく笑う。

「泰俊殿は桑州州境で頴州軍を引き付けておいてもらえるだろうか。手段は問わない」

 段季がじっと貞俊を見て「声東撃西せいとうげきせい」と、白の碁石で黒の碁石を二方向から囲むようにしてから首を振った。

囲魏救趙いぎきゅうちょう?」

趁火打劫ちんかだこう

 しばらく碁石を眺めていた泰俊が「空城計くうじょうのけい」と桑州が担当するあたりの白石をつつくと、貞俊が「やりすぎだ」と笑った。

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