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蒼山碧海に龍は遊ぶ  作者: 望月かける
天乱
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時には根性もひねくれる

生きていれば腹が立つことも、うっかり敵を応援したくなることもある。

 芳児は厨房に顔を出し、二妃と蘭俊、それに七皇子菖俊(しょうしゅん)の膳を見てから自分の膳を見た。

(相変わらず二妃たちに比べて質素だな)

 そんなことを思うが、厨師に「芳児」と声をかけられて顔を上げた。

「六殿下から何か要望はあったか?」

「ああ、はい、ええと」

 芳児は自分の要望を伝えようと言葉を選ぶ。

「暁寧殿に運ぶまでに食事が冷えるから、できればここで食べてしまいたい」

「俺が訊いてるのはおまえの要望じゃなく殿下の要望だ」

 芳児は「はい」と言って目を反らした。

(私の要望なんだけどな)

 なにかあるだろうか、と考えてから芳児は、要望かどうかはわからないが厨師に感想を伝えておこうと思い立つ。

「厨師の丹氏」

「呼んだか?」

 厨房の奥から細身で背の高い男が芳児を振り返る。

「丹氏が作る魚のスープが好き」

 芳児はそれから付け加えた。

「と言ってた」

「へえ? 六殿下は川魚お好きなんだな。あれは苹州の特色料理なんだ」

 芳児の表情が一瞬引きつる。

「苹州の?」

「そう。苹州は潤江という幅広の川が流れていて、その潤江で採れる川魚を使う」

「貴陽の望江楼から見える大きな川?」

「よく貴陽の望江楼を知ってるな」

 芳児は丹氏に感心されて「話だけ」と取り繕った。

「新しく来た武術指南の熊様が苹州の人で、望江楼の桃花亭から見える潤江の景色がいいと教えてくれた」

 丹氏が呆けたように、手に持ったおたまを止める。

「望江楼の桃花亭から潤江を見るなんていうのは、相当なお大尽だぞ」

 話せば話すほど蟻地獄のような深みにはまって行くのを感じて、芳児は頭を抱え、他の厨師が横から「ほかにお好きだと言ってたものはあるか?」と聞いてくれたことに助けられた。

「貫氏のちまき」

 その芳児の言葉に貫氏が顔を綻ばせる。

「ばら肉を甘辛にして入れてある、あのちまき?」

「それ!」

 芳児は貫氏に満面の笑顔を向ける。

「それからべん氏の揚げ饅頭、しん氏の芋煮、ゆう氏の海鮮料理」

「けっこうあるんだな」

 厨師たちが笑うなかで、厨師長だけが笑顔を消した。

「おまえはこの料理を誰が作ったか、全部を六殿下に説明しているのか?」

「そう」

 芳児は返すが、本当のところは厨房で膳を受け取るときに、どれが誰の作った何かを説明されるので覚えただけだ。覚えると、膳を食べるときに厨師の顔を思い浮かべて楽しくなる。

 話をしているうちに人が増えて、他の宮から膳を取りに来た女たちが芳児を見て小さく目を見開く。

「暁寧殿の」

「はい」

「六殿下の加冠の儀は二妃が取り仕切るって本当?」

「本当です」

「少なくとも五殿下よりは立派にするのだと二妃が張り切ってるそうよ」

 五殿下というからにはこの侍女は五殿下慶俊のところの侍女なのだろうと芳俊は見当をつけた。別の女がやはり膳を手に取りながら呆れる。

「そりゃ六殿下は序列だけなら継承権一位だけど、頼る相手に事欠いて二妃に頼るなんて、六殿下はなに考えていらっしゃるのか、春燕殿しゅんえんでんでも玄妃様が困惑していらっしゃるのよ。異腹の姉と妹だったけど、同じ玄から来た伯母でなく炎二妃を頼ったと言うのだもの」

 これは伯母のところの侍女だったか、と芳児は呆れながら、芳俊のために用意された膳に並んだ皿から漬物をつまんで口に入れた。

「あ、こら! 殿下のところに持っていけ! つまみ食いするんじゃない!」

「ごめんなさい」

 芳児は慌てて膳を手に厨房を出て、厨房から暁寧殿に向かう道を鬱々とした気分で足元を見ながら歩く。

 いま玄妃と呼ばれるのは母の姉だった。

(伯母だと言ったところで、その伯母が今までなにをしてくれたと言うんだ。加冠の儀を二妃が仕切るのは父上のところに二妃がいたからでしかないが、それを聞いて不機嫌になるぐらいなら、その前に暁寧殿を気にしてくれればよかったのだ)

 芳児にしてみれば、二十年以上も様子見にすら来なかった母の姉が不機嫌だと聞かされても、こちらまで不愉快になるだけだった。


 *** *** *** *** ***


 段達は苹州と頴州の州境で、芳児が柳州の暁寧殿に行ったという手紙を見て不機嫌にしていた。

「暁寧殿だと! 暁寧殿!」

 このところ食事の時間がよく重なる天公廟の祭司官は、李澄りちょうと言った。

「暁寧殿がどうした」

「芳児が六皇子の宮に行った」

「落ち着け」

 李澄が段達に向かって人差し指を立てる。

「まず、芳児とは誰だ」

「恋人」

 そう言いきってから、段達は「と、私は思ってる」と自信なさげに加えた。

「それが六皇子の宮に行った? なんで」

「芳児は昔から六皇子と仲がいい。私と会う前から六皇子の傍にいた」

「なんで」

「知るか。六皇子はずっと恋敵なんだ。それなのに芳児は暁寧殿に行く」

 突っ伏した段達を慰めながら、石禹斗と李澄が顔を見合わせる。

「天龍の王族に張り合おうなんて、なにやってんだか」

「その芳児が六殿下と半身契約を結べたら、ここは安泰だろうな」

「李澄殿!」

 石禹斗が慌てた。

「五心龍と契約できる祭司官なんてほとんどいないんだぞ」

 段達はしばらく考え込んでから「あー」と声をあげた。

「きっと契約しているんだと思う」

 李澄は段達の様子を見て「へえ?」と興味津々で身を乗り出す。

「その娘、王族と契約しているのか?」

「たぶん契約しているか、そうでなくてもそれに近い関係なんじゃないだろうか」

 段達の話を聞く李澄がさらに身を乗り出してくる。

「その娘、天公廟の祭司官に欲しいな。暁寧殿に取られたのは惜しい」

「李兄、人の恋人を物のように言うな」

「しかし段達、おまえがここにいる間に六殿下に取られるかもしれないんだろう?」

「やめろ不吉なことを言うな、禹斗」

 段達は腕を振って、からかってくる李澄と石禹斗を追い払った。

「六殿下と言えば」

 通りかかった天公廟の祭司官が李澄の頭をつつく。

「加冠の儀があるらしいぞ」

「加冠?」

「成人式だ」

 あ、と李澄は段達に身を寄せる。

「加冠の儀があるなら、六殿下の側室を選ぶことになるな。その芳児という娘は候補かもしれんぞ」

「ふざけるな! 文句を言ってくる!」

「どこに文句を言うんだ」

「公廟で儀典官に文句を言ってくる!」

 段達を抑え込んで、石禹斗と李澄は「すまん、悪かった!」と謝った。

「側室の候補は礼部卿か吏部卿の娘だろうと聞いてる」

 李澄をつついた祭司官が隣に膳を並べて座り込む。

「そうか」

 李澄と石禹斗に押さえ込まれた段達は、顔を上げて「なら」と勢いづいた。

「その側室候補が六殿下とうまく行けば芳児は帰ってくるかもしれない」

 李澄と石禹斗、それに膳を前にした天公廟の祭司官が、そろって段達を見つめて動きを止める。

「芳児とならなんでもうまく行く」

 段達はひとり頷く。

(段達として芳児とうまく行って、六皇子が側室のどちらかを正式に王妃にすれば、儀典官もきっと諦めるだろう。そうしたら婚約の話は一切なかったことにして、地公としての役目はしょうがないからやると言って六皇子に恩を売ってやろう)

「決めたぞ、私は苹州から全力で六皇子の加冠と結婚がうまく行くように祈る。敵の敵は味方だ、今、六皇子の結婚に関してだけは二妃を応援する」

「段達、根性悪いなおまえ。二妃は今ここで戦ってる相手の母親だぞ」

 石禹斗は呆れた。


 *** *** *** *** ***


 范延は蘭俊が飛ばした銀皿の直撃を受けて赤くなった額を押さえていた。

「あいつはなんなのだ! これまでいるのかいないのかもわからないぐらい存在感がなかったくせに父上の前で加冠を要求するなどおこがましい! 母上も母上ではないか! あいつの加冠を取り仕切るだと? 儀式のためにずいぶんと仕立ての良い装束を作らせて暁寧殿に贈ったらしいではないか!」

 控えめに言っても見苦しい蘭俊の癇癪を前にして、范延はじっと耐える。

「二妃殿下には二妃殿下のお考えがあるのでしょう」

 言ってみた范延の額を、今度は銀杯が直撃した。

「なにが、二妃殿下のお考え、だ! 芳俊は序列一位だ! あんなうだつの上がらない、金もない、目立たない、主張もない皇子のくせに、亡き母の位が一番高かったというだけで序列一位だ!」

 侍女たちが扉の横で「二妃殿下」と口々に言ってサッと道を開いたのを振り返り、范延はすぐに横に控えたが、蘭俊は母を前に「母上!」と大声を上げる。

「暁寧殿の芳俊殿の加冠に、相当豪華な装束や飾りを用意したと伺いました! あれが序列一位だからですか! あのなんの主張もない弟に、なぜそこまでしてやらねばならんのです!」

「見苦しい」

「しかし母上!」

「あの皇子の加冠に呼ぶ大臣たちは中立派や思うように動かない者たちにするつもりです」

「は?」

 一瞬だけ戸惑ってから、蘭俊は合点したように「ああ」と大きく笑顔を作って母を見た。

「孤立させるのですよ。少なくとも、私が加冠を取り仕切ったことで中立派や私たちに反発している大臣たちは、芳俊殿が私の領袖に入ったのだと認識するでしょう。彼らは芳俊殿を神輿に担ぐことを躊躇ためらう。こちらに近しい大臣が芳俊殿に近付けば近付くほど」

 二妃は笑う。

「この儀式を豪勢にすればするほど、芳俊殿は孤立し、力を持つことはできなくなるはずです」

 息子を宥めながら、母は「序列が高いからこそ、早めに手懐けないと」と呟いた。

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