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過保護な龍王と魔界の姫  作者: 猫まんま
仮面の男と、紅の姫
8/23

常日頃から……

すみません、遅くなりました……


「お帰り、龍弥」

「ああ……ただい、ま?」


 気絶してしまった茜を養護教諭に任せ、再び教室に戻って来た龍弥だったが、教室に入るなり困惑してしまう。

 それは勿論、英治に挨拶されたからではない。

 龍弥が英梨達を抱えて教室に入った時でさえ、始業のチャイムまであと少しという時間だった。そこから茜を保健室まで運んでいれば、流石の龍弥でも遅刻は免れない。事実として、時計は授業の終わりまで後五分を示している。


 いっそサボろうと思い開き直ってサボった……のではなく、養護教諭が来るまでベッドに寝かせた茜を見守っていたのだ。

 偶々そこに生徒が来て、運悪く寝ている茜を見て仕舞えば……微かに上下する大きな胸とか、長い睫毛とか……色々と危険なので、茜の貞操やらを守るために居たのだが……養護教諭のニヤニヤ笑いと温かい眼差しがウザかった。

 


「温暖化……土方は?」


 普段、遅刻間近の時刻にになると教室の前にゴツい男が立っているのだが、龍弥が彼に会うことはなかった。

 職員室に行くにしろ、自分に与えられている準備室に行くにしろ、Gクラスのある二階から伸びている新校舎への連絡通路を使った方が断然早い。

 

「そもそも、一時間目が始まってんのに、なんで先生すらいないんだ?」


 先生がいないから皆自習……つまり遊んでいるのだが、土方は兎も角、授業の教師が来ていないのは流石に不味いだろう。

 

「全ての答えがここにあるのさ」


 英治が答えを焦らす。

 そういうの良いからさっさと教えろとは言わない。

 あくまで思うだけ。


 手で出席簿を弄りながら、行儀悪く教卓に座るその姿は、はっきり言ってフツメン以下の者達に喧嘩を売っているとしか思えない。

 榊原英治。全ての男の敵。


「これが答えだよ」


 そう言って見せてきたのは、同じくグッタリとした男。


「朝からゲテモノを見せるなよ……って、こいつは……!」


 同じグッタリでも龍弥が抱えていた美少女二人とは根本的に違う、形容してはいけないタイプのグッタリの仕方だ。

 彼は、遅刻強化期間という独自の謎ルールを考案した生活指導部の先生。

 補習室の守護神として、中に入った者の脱走を防ぐ教師。龍弥や英治が入学するまでは、なんと防衛率百%の圧倒的な防衛力。

 柔道、空手、剣道となんでもござれで、最近だとワンダーフォーゲル部の顧問を始めたらしい。体格は現役軍人かと見間違うほどの巨漢で、龍弥達人外が住む異界でも中々いないレベルだ。

 見るからに地球温暖化の原因である熱血教師。趣味がトライアスロンとかよく分からない。


 国連、こいつです。


 ただし、なんの因果か家庭科の教師。

 エプロン姿が体罰ではないか、ということで生徒に秘密裏でアンケートを取ったところ、考えたくもないが七割、何故か吐血のような血痕が付いていた用紙が一割強を超えた伝説の教師。人呼んで…………温暖化!


 ちなみに、体育教師も体育教師でロープ一本で校舎の壁を移動している。なんでも、それが移動の最短距離らしい。

 その体育教師も人間だが、中々怪物みたいである。そんな人達がいるこの学校は、どこかおかしい。

 おかしいと言えば、龍弥のような普通の人間でない生徒が()()いる時点でおかしいが。


「源蔵、お前のことは忘れない……。俺を目の敵にしたこと、永遠に恨み続けるぞ……」


 土方源蔵、三十四歳。

 龍弥達一年G組の副担任にして、今この世から消えたひとつの尊き命の、その容れ物。


「ああ、このゲテモノは龍弥が遅刻するからとか言ってさ。教室前の扉にいて邪魔だったからこうしておいたよ」

「こうする方法が知りたいんだが⁉︎」


 やはり、魔法や能力を使ったのだろうか。いやしかし、それでは決まりに抵触する恐れがある。そうなれば、上人族の規則や原則を司る勇者の一族が黙っているとは思えない。運が悪ければ、聖剣の一族も敵に回すことになる。

 

 ……英治なら、逃げ切れる気もするが。

 

「どうする? やっぱり落とすかい?」

「…………いや、それくらいじゃ……死なんだろ」

「正直、扱いに困るよね……」

「新種の生物として発表するか?」

「全国放送で、緊急搬送される子供が増えそうだね。幼い子供達の為にも出来ないよ」


 聞こえは良いが、その裏にある性癖を知っているせいで素直に感心できない。


「女装は?」

「語るまでもないし、それ、そもそも関係あるかい?」

「「…………」」

「「縛って放置しておこう」」

「……それでいいのか……?」


 友人、端暮日陰の戸惑いの声。

 虚しいチャイムの音が、本日最初の授業の終わりを告げた。


  ♢


 突然だが、ここでこのクラスの説明をしなければならない。

 そのためには、まずこの学校の説明が必要なのだが……まあ、正直言ってぐだぐだになると思う。

 何故なら、龍弥達の通う学園の学園長は、成るように成る精神で動いているからだ。

 それの最たる例が、この特殊クラスだ。

 種族解放。

 龍族や魔族などが、自身の種族の力を解放して強大な力を得ることを、俗にそう呼ぶ。

 ここからは龍弥の想像も含まれているが、龍弥はそこまで間違っていないと自負している。

 解放に目をつけた学園長(龍族)が、なら人間だって種族解放出来るよね! 的なノリで数年前から学園の方針を秘密裏で大幅に変更。

 安全性を確かめるための実験校として、今年からこの学園では生徒の能力を伸ばそうとしていた。


 …………そう、過去形。


 生徒達は、意図を説明されずに行われた試験の結果と学力テストの結果によって、能力のレベルが高い順にAからFまで六クラスに分けられる。勿論、種族解放の適性がなかった者も含めて。

 そして、点数や順位は一切開示されない。

 つまり、生徒達は自分に適性があるのか、相手が果たして希少な人間なのかが分からず、そもそも適性が何を意味するのかすら知らない状態。

 教えようにも、種族解放をあまり世間に広めたくはない。

 そして学園は諦め、生徒達からサバイバルなどの実戦形式の試験の記憶や、極僅かにいる勘付いてしまった者達のそれに関する記憶を消した。


 結局、お前考えなしだろう、そう言われてもしかたがないが、龍族とはそういうものだ。

 生物として上位者だからか、なんとかなるは合言葉。明日の自分に任せることなど、日常茶飯事。

 どうしようもなくなれば、その頃には連絡がつかなくなっている。

 そんな龍族の学園長は、実験のことを上手く生徒に伝えることが出来ないのだ。

 人の口に戸が立てられない。彼らから機密情報が漏れる可能性も十分にあった。親にバレるなど以ての外。親にしてみれば、自分の子供を生物実験のモルモットとして提供するのと似ている。


 基本五能力、つまり速・力・技・魔・種に加えて学力の合計六つの観点でそれぞれ、最高のSから最低のEまでで、生徒のステータスが表されるのだが、それを生徒に公表することなく破棄。

 同郷のよしみとして、本人から聞いた話によると、基本五能力は、Aクラスともなれば、全てBランクを超えていて、そこからさらにAランクがあったりなかったりするらしい。

 Fクラスなら基本でもCはあり、中にはEやDがある者もいるが、そこにBに近いCがあったりする。

 AクラスとFクラスでそこまで差がないように感じるが、そこに学力や、実戦形式の試験の結果が加わってくるためこのようになっていた。

 結局、使われることはなかったが。


(まあ、学園長が本当に咲夜とは思えないけど)


 咲夜というのは、その学園長のことなのだが……龍弥の考えでは、彼女は学園長でない。理由を問われると困るが……答えはなんとなくだ。

 では、龍族の咲夜が学園長でないとすれば先程の話も間違いになるかと言えば、そうでもない。龍属が特に奔放なだけであり、例えば悪魔族などは龍族に勝るとも劣らないレベルで考えない。

 快楽主義の悪魔と、自由気儘な龍族。

 咲夜が学園長でないとすれば、十中八九、学園長は悪魔族だろう。


(まあ、悪魔族とは限らないんだけど……)


 これが、龍弥達人外がこの学校に多く集まる理由である。


 そして、クラスが再編成された。

 表の理由は『改革』。最初の数週間を見て、それぞれの生徒に合ったクラスを作り直すことで、その先の学園生活を豊かにするとかなんとか。

 つまり、これまで裏でコソコソやっていたのは、実験ではなくこの新しい編成方法だと暗に言っているのだ。

 誰に向かって行っているのかは知らんが。

 相性最悪な者同士を離し、学力も何も関係のない、昔していたような元の学園に戻った。

 結局、変わったことといえば、元々種族解放が出来る奴らだけ。

 つまり、人間でない奴らだけだ。

 彼らは皆、種族解放及び戦闘が授業となることを聞きつけ(彼らには、学園から伝えられていた)、この学園に来ているのだ。

 そして、少なすぎる予備知識によって入学したことにより、彼らは自己紹介で事件を起こす。


『俺は魔法、特に属性混合系が得意だ!』

『背後に立たれると、思わず抜刀してしまうので背後に立つなよ? 絶対立つなよ?』

『ふふふ、ボク達の夢の城、ボク達で作ろうよ。床には血糊を、窓には逃げようとした手の跡を! そしてそして……』

『かき氷が好きです。シロップはなんでもいいですが、その氷の材料となった獲物の血をかけて食べるのが習わしです。勿論、普通のかき氷も好きです』

『炎ってスゴイよねぇ、僕は凍る炎を作りたいと思ってるんだぁ。最終的には魔法でぇ』

『えーと……皆さんよろしくお願いしますですぅ……あの……私が目隠ししていることは気にしないでくださいですぅ……。石にしたくないだけなのですぅ……』

『……………………神を、信じますか……?」


 これは一例だ。

 そう、彼らは厨二病、もしくは犯罪者予備軍だと思われてしまったのである。全員が自分と同じだと思ってしまったためなのであるが、サバイバル試験とかやったんだから勘違いするのも頷ける。

 夜叉堂龍弥など、出席番号の遅い生徒達は、おかしいと気づき、極普通にこなしたのだが、主席番号の早い人は堂々とした態度で致命的な発言を繰り返した。日本刀で教卓を切る奴までいたらしい。

 茜と英梨は龍弥によって、元々自分の情報を相手に与えるなと言われていたために、普通の人として受け取られている。

 同じく、榊原英治や端暮日陰なども、自分の情報を与えるバカはしないと、しっかり地雷は回避した。

 そして、回避したしてないに関わらず、彼らは一つのクラスに纏められる。それがGクラス。


 Gクラスは、今年に入って異常な生徒が沢山いたために急遽作られた特殊なクラスだと、そう生徒達には認識されている。

 A組からF組までに振り分けることが出来なかった、色々と特殊な者達の巣窟だとも。

 

 龍弥がこれまで見聞きした情報によると、彼らの認識の中では、元々頭がおかしい奴と、手違いや間違いで入ってしまった所謂被害者の二つに分かれているらしい。

 自分がどっちだと思われているかの判断方法は簡単。

 彼らに付けられた異名の有無だ。

 それがあれば、異常者。なければ被害者。


「そういえば、東堂さんはどうしたんだい?」


 例えば、このクラスのクラス委員である『完全自己完結』榊原英治は、頭の回転の速さからかつては神童とまで呼ばれたものの、何故この学校に入学できたのか不思議なほど勉強が出来ない。というか、頭は良いのに真面目に解く気がない。と、()()()()()()

  思われている、とそう表現したのは、中間考査の証明問題に『自分で考えろ』と答えることで、その噂をわざと広めたからだ。最小の被害に抑えたとも言える。実際は、普通に頭が良いしテストも常に上位だ。この学校は上位十人しか公開しないため、いつも十一位を取っている。狙って取るのは至難の技というのに……。


「マスター、今聞くのは酷ではないか?」


 村雨天音。とにかく美少女。最早美少女すぎる。英治をマスターと呼んでいるのに、それは異常ではないのかと龍弥はいつも思う。毒のある言葉を吐くことも多い。

 彼女に関しては、Gクラスに間違いで入ってしまった、数少ない常識人とされている。だが、少し一緒に過ごすと、常識人という言葉の意味について考えさせられる人物である。


「……大体の想像はつく。こうして、早く龍弥が帰って来たことからも」


 例えば、『寡黙なる暗殺者』端暮日陰。先程戸惑いの声を発した人物。基本五能力はDを下回るというのに、サバイバル試験ではその影の薄さからか誰にも狙われず、一歩も動かないで勝利した奇跡の男。

 女子更衣室に忍び込む瞬間を見つかり、ボコボコにされた(自称)のがトラウマらしく、女子更衣室に近づけなくなっている。変態。

 コイツは自己紹介という罠を回避し、自分から進んで噂を広めたわけでもないのに、日頃の行動のせいで異名がついている(自称)。


「茜は……もう少し休んでから来るって」


 例えば、東堂茜。本当は龍弥達よりも一歳年上だが、去年獣人に関する事情があったらしく、一度も学校に行かずの留年。

 同級生は大丈夫なのかと聞くと、そもそもこの街に住み始めたのが今年からで、龍弥の三月ほど前だとか。Gクラスは全員事情を知っているが、それで揶揄うような奴はいない。なお、ドMだということは知られていない。

 生徒達は、両親の海外出張のせいで、入学した学校に行けなかった、可哀想な被害者だと思っている。


 ……果たして、常識とはなんなのだろうね?


 生粋のロリコンとか、ショタコンとか、教室を殺人現場のようにする奴とか、厨二が抜けてない奴とか、水泳の前日にプールの水を凍らせたりする奴とか、教室でかき氷を作って食べてる奴とか、問題児の寄せ集めみたいな教室だ。

 ちなみに、愛衣は生徒ではないのだが、何故かGクラスに居ても怒られない。勿論、愛衣も普段は中学に行っている。

 今日は中学校の方で昼頃に用事があるらしく、中学校は休みでもGクラスには来ていない。

 他クラスが四十五人ほどいるのに対し、Gクラスは三十人少し。

 それにも関わらず、他のクラスから侮蔑と尊敬と畏怖とやはり侮蔑の贈り物をもらっているのは、『触るな危険、いろんな意味で』というスローガンが掲げられていることからも明白だ。


「まともなのは英梨と俺だけか……」

「雪浜さんには同意だけど、龍弥は一番まともじゃないよね? 『無慈悲な執行人』の異名を持つ夜叉堂龍弥君?」


 そして、『無慈悲な執行人』とは龍弥の異名である。

 しかし、これはある意味仕方がないとも言える。

 サキュバスとして、魅了が使えるようになった英梨に近づくイケメンの男がいれば、それは龍弥にとって絶対の排除対象だからだ。英治がそれに含まれないのは、英治が英梨に下心を持ってないことが分かるからで、英梨を口説こうとすれば即座に排除対象になる。

 だが、その場合、龍弥が制裁を下す前に、きっと英治は罰を受けているのだろうが……。


 龍弥がそのイケメンのナンパから英梨を引き離したのは、別に龍弥が英梨のことを好きだからという理由ではない。

 龍弥は見たことがある。

 ナンパを装いながら近づき、敵対する暗殺者を一撃で仕留める狼牙という名前の戦士(獣人)を。

 その後、すっかり意気投合して、今でも食事に行ったり、二人で山籠りに行ったりしているのだが、それはまた別の話。


 そしてまた、龍弥は知っている。

 英梨がしつこいナンパ男を撃退するときに、龍弥を彼氏として紹介することも。

 その後、一人で夜道を歩いていると、仲間を引き連れた彼らに襲われることも。なんか、どこかの小さなヤンキーの集まりみたいらしく、次の日にほとんどが自首をしたのだが……一体何故なのだろうか。


 英梨は魅了の能力を使わなくても、天性の才として異性を強烈に引きつける何かがある。じゃなければ、そのナンパ男はロリコンだとしか考えられない。

 イエスロリータノータッチの精神を忘れてしまったのだろうか。いや、英梨は年齢的にロリではないが。

 入学式直後にナンパとか、どちらにしろ私刑という名の粛清ものだと思うのだが、どうやらそのイケメンに助けて貰ったという認識はないらしい。

 龍弥の冷たい眼差しを見た生徒の数人が、龍弥を『無慈悲』や『執行人』などと言ったために異名を持ってしまった。

 まあ、たとえあそこで入らなくても、彼氏として紹介され、嫉妬心にかられたイケメン率いる軍団に、日々嫌がらせを受けていたかも知れないからそこは別に気にしていない。


「教師を縛って、学園長室の机に置く奴に言われたくないな」

「奇遇だね。僕もあんな一瞬で亀甲縛りができる人に言われたくないよ。『冷徹議長』の龍弥」

「…………」

「…………」

「『ロリコン野郎』」

「むしろ、それは褒め言葉だよ。『鬼畜』」


 それらも、それぞれの異名だ。

 この数の多さからも、一体誰が一番まともじゃないと思われいるのかが分かる。


「亀甲縛り……うっ、頭が!」

「あれは、ボンレスハムなんだ……ハムの方が百倍マシだった!」

「ゼ、ゼロの百倍はゼロだよ?」

「ぐわああああああ!」


「…………何してるの? あの二人?」

「英梨、即刻忘れろ」

「……見ない方がいい……」


「「…………お、お互い、あの時のことは忘れようじゃないか…………」」


 熱血中年の亀甲縛り……龍弥の頭に生物としての拒否反応か、とてつもない激痛が走る。

 堅い握手を交わす彼らの頰には、何故か涙が流れていた。


「……終わったか。そんなことよりも、良い品が手に入ったんだが、見るか……?」

「良い品?」


 ああ、と頷く日陰。

 教室の窓側後方。三人が会話を繰り広げているが、今は授業中。

 だが、注意されないのは会話くらいまだマシだからだろう。


「……幼馴染物と先輩物、どっちが」

「おいっ! 僕らだけなら良いけど、今その話をすると殺されるぞ⁉︎」

「いや待て…………殺されるって何だ?」


 端暮の顔が一瞬で気の毒なほど青ざめ、英治は必死に目を逸らしている。

 二人が意識を背ける地点、そこでは英梨がいた。


 ……ああ、なるほど。


 英梨は龍弥の幼馴染だし、茜は先輩とも言える。

 その二人のうち片方のいる前で龍弥達がこの話をすれば、それは確実に命に関わる。

 いや、そもそも女子の前でこういう話をする時点でどうかと思うが、龍弥は何も言わない。こちらを見ている村雨天音という人が、まるでマスター諸共自爆しそうな気配を出しているが気にしない。


「? どうして一歩離れるんだい? 二人とも」

「「いや、別に……」」


 英治には悪いが、ここで終わる訳には行かない。

 同じ考えに至ったのか、同じく一歩離れる端暮と共に目を逸らす。


『龍弥、後でゆっくりと聞かせて』


 すると、目を逸らした先で英梨の目が語っていた。

 ああ、アイコンタクトで意思疎通を図れると楽だよなぁ、と妖荘の三人に言ってしまった自分が憎い。そう、龍弥は自分を責める。

 何か逃げるものはないか。

 龍弥が目を巡らせると、


「マスター、お仕置きの時間だ」

「待ってくれ! 腕はそっちの方向には曲がら―」


 …………。


「特に何もないだと……!」

「……ないことにするしかない……」


 やはり始まった処刑なんて誰も見ていない。

 なかったことにして、他に出来ることもなく、現実逃避気味に茜の寝顔でも想いは浮かべていると、その時、中年の呻き声が聞こえた。

 遂に幻聴まで聞こえる程、龍弥の頭は恐怖でおかしくなったのか。


「ああ、僕の授業が……」


 今の時間は二時間目の保健体育だ。

 役に立たないことはないが、正直に言って、睡眠不足解消のためだけにある授業だ。

 保健体育は、健康の勉強を中心にやると言っても過言ではない。睡眠不足は健康の敵、保健体育の授業中に寝るのは、十分理にかなっている。保健体育の実技とは、即ち寝ること(他意はない)と見たり。


「来たな……」

「ああ、あいつが来たね……」


 龍弥が呟くと、腕をさすりながら英治が不敵に笑う。涙の端に浮かぶ……間違えた。目の端に浮かぶ汗には、言及してはいけない。

 廊下に響くのは、世界一エプロンの似合うといっても過言すぎる家庭科教師の声だ。

 いつもなら、暑苦しいだけでうざったい声。

 だが、今回ばかりはありがたい。


「今日という今日は許さねえぞ! 夜叉堂龍弥、榊原英治!」

「「待ってました!」」


 

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