代償を伴う治療1
「…………少し前置きが長かったが……これはかなり重要なことなんだ。朧については……後で話すよ」
「「「…………」」」
下手な隠し事、無意識に真実を隠してしまう事を避けるため、龍弥は直接関係のない事まで全てを話した。
英梨、愛衣、茜。三人の娘は、それぞれがそれぞれの思いで口を閉ざし考え込んでいる。
愛衣と茜は、英梨の病──魔力回路成長遅延症について思考を巡らせ、そして英梨は自分の知らない女──朧について嫉妬心のようなものを抱いている。
だが、英梨のその感情に龍弥が気付くことはない。
「…………師匠は、魔法型だったんですか?」
愛衣が、何よりもまず気になった事を龍弥に問うた。
茜もそれは気になっていたようで、龍弥をジッと見つめている。
「……ああ、神童だとか、龍神の生まれ変わりだとか、色々言われていたよ」
「それでは……何故魔法を使わないのですか?」
「それは…………」
「いい、龍弥、私が話す」
龍弥が再び話を始めようとしたその時、何事かを考え込んでいた英梨が顔を上げて言った。
「それじゃ、頼むぞ、英梨」
「うん。任せて」
英梨は一つ深呼吸をし──
「龍弥が居なくなって二ヶ月。私の余命最後の日の事だった────」
♦︎♦︎♦︎
龍弥が行方不明になって二月経った日の夜。
私は、ふと目が覚めて外を見た。
そして、空に浮かぶ月を見て、歯をくいしばる。
月が、満月なのだ。
満月なのだ。あの日、彼が行方不明になった日と同じ。
魔力は、月のサイクルと、深い関わりがあるの言われている、
私は、次の満月の日に、魔力が暴走する予定だっだ。
そして今日、その日が、やってきてしまった。
「あっ…………」
窓の外を何かが通った。
死神だ。
死神がやってきたのだ。
聞いたことがあった。
その黒衣の死神は、細い二本の刀を振るい、光のような速さで命を奪っていくのだとか。
ああ、私はここで死ぬんだな。
そう子供ながらに感じた。
「ごめんね、龍弥…………」
「呼んだ?」
だから、彼の声が聞こえてきたとき、私は思わず泣いてしまったのだ。
「お、おい。なんで泣く? 俺、何かしたか?」
「ううん、違うの、嬉しいの」
「あ〜〜もしかして、俺が死んでいたと思っていた口か?」
「口? 私って口なの?」
「あ、いや、そういうことじゃなくて……」
どうしたものかと思案顔の彼が、面白くて、意味は分からないけど、きっと彼のことだ。私を励まそうとしていたのだと、そのくらいは分かった。
「どうして、来たの?」
「そうだね……」
少し考えた後、彼はニヤッと笑って言った。
「俺の気が済まないから、かな。目をつぶって英梨。里の奴らが治せないのなら、俺が直してあげるよ」
「治すって……どうやって……」
「俺の魔力回路をお前に渡す。まあ、正確には違うけど」
「そ、そんなこと出来ないよ! それにそんなことをしたら、龍弥は魔法が使えなくなっちゃう! あんなに魔法が上手なのに!」
龍弥は、魔術師だった。
里一番とも、歴代最高とも噂されるくらいの。
「そんなに強いのに……駄目だよ」
「……」
「魔法が使えなくなっちゃう……」
「英梨」
強い眼差し。
そして。
「だからどうした。女の子一人守れないようじゃ、こんな力はいらない。それに……いや、なんでもない」
急に言葉が変わった。
いつになく真剣な表情。
彼に任せていれば、きっと全て上手く行くのだと、私は頷いた、
「速さが、速さが一番ここでは重要……」
「速さ?」
「ああ、お前を守るのに、俺は速さと技術だけを磨くと決めたんだ」
「ふふ、変な人」
「知らなかったのか? 夜叉堂龍弥は里一番の変人なんだぜ?」
龍弥は安心させるようにニコリと笑って……そこで、私は異変に気が付いた。
お父さんとお母さんが、居ないのだ。
最後の日くらい、と一緒に居てくれたお父さんとお母さん。私が眠る前、確かに手を繋いでいた筈の二人が、何故か居ない。
「お父さんとお母さんは?」
「少し、ある物を取りに行ってもらって……ああ帰ってきた」
「?」
私を安心させる穏やかな笑みを浮かべて話す龍弥が、部屋の扉に目を向けた。
「龍弥君! 言われた通り持ってきたよ! 月の光を集めた鏡だ…………って英梨!? いつの間に起きて……!」
「まあまあ、龍弥君がいるんですから、そういう事でしょう? はい、龍弥君。拘束の魔法陣が描かれたスクロールでございますよ。でも、龍弥君が魔法を使えば良いのでは?」
驚愕に目を剥くお父さんの手から鏡の破片を、頰に手を当てて首を傾げるお母さんの手からスクロールを受け取った龍弥は、その質問に答えず二つの物を確認していた。
「もしかして……これじゃダメでございましたかしら……?」
「いえ、このレベルの拘束魔法でしたら十分だと思います」
龍弥は満足そうに頷くと、懐から小さな何かを取り出して、口に含んだ。
月の光と逆光になっていて、その塊が何かは分からなかったが、次の瞬間龍弥がビクンッと大きく痙攣した。
だが龍弥は何事もなかったかのように、呆気にとられる私の方を向いて、私の頰に手を当てた。
お父さんが「あっ」と叫ぶが、直後にお母さんに腹を殴られて悶絶している。
「龍弥……何を……?」
「ごめん、英梨」
「? …………ッ」
次の瞬間、龍弥の顔がすぐそこにあり、私の唇は彼の唇と触れ合っていた。
「…………????」
混乱する私。
自分達が何をしているか…………キスだ。
「…………ッ!!!」
キスをしていると理解した私は、咄嗟に龍弥を払い除けようとして……
(身体が……動かない……!?)
石化したかのように、身体がピクリとも動かなかった。
これは、お母さんが用意した拘束の魔法の仕業だ。
「…………ッ?」
私の口の中に、龍弥の口から何かが押し込まれた。
そして、その次の瞬間…………
「!!!」
身体が、燃えた。
いや、勿論実際に火を出したわけではないが、燃えたと言っても過言ではない熱が、身体中に広がった。
全身が強烈な痛みを発し、目には涙が滲み、吐きそうになる。
「…………上手くいきそうだ」
龍弥が、唇を離して行った。
長い時間息を止め、全身をナイフで突き刺されたような痛みが走っている私は、荒くはしたない息を止められない。
痛みとは違う原因、最愛の人の前でこんな自分を見せる羞恥に涙が出た。
「「…………」」
お父さんとお母さんは、唖然としているのか、それとも先に伝えられていたのか、私が龍弥とキスしたことに騒ぐ様子はない。
「それじゃあ、次だ」
そう言うと、龍弥は手に持つ鏡の破片で自分の首筋の辺りを切った。
血が溢れ出し、苦悶の表情を浮かべる龍弥。
「英梨……この血を舐めてくれ」
聞きようによっては変態的な要求だったが、私は迷わずそれに従った。
拘束の魔法は、先程の痛みに私が暴れないためのものだったのだろう。既に身体は動けるようになっていた。
「んっ…………」
龍弥の熱い血が口の中いっぱいに広がり、それを一度に飲み干すと、一瞬であの堪え難い痛みが引いていった。
それと同時に、全身が熱くなる。
体内の魔力が突然活性化し、その魔力の流れが身体の奥から体外に溢れ出そうとする。
「んんっ…………!」
自分が死んでしまうのだと理解し、最期に龍弥を感じようと手を伸ばした私の首筋。
そこに、何か鋭利で冷たい感触があった。
「龍弥……?」
「ごめん、英梨」
冷たさが、一瞬で熱さに変わった。
ドクドクと血が溢れ出した。
だが、あまりに大きすぎる痛覚に脳が麻痺しているようで、痛みは感じなかった。
「あ……え……?」
呆然とする私の首筋に、龍弥がさっきの私と同じように口付けをする。
「………………ッッ!!!」
そこで、今日一番の痛みが私を襲った。
あまりの痛みに暴れる私をそのまま後ろ──ベッドに押し倒し、龍弥は無理矢理首筋の血を吸う。
目をギュッと強く閉じ、下唇を噛み締めてその痛みに堪える続けること数分。
龍弥がゆっくりと離れ、私の感じていた痛みも徐々に引いていった。
「…………終わりました」
龍弥がそう呟いたのを最後に聞き、私は深い眠りに落ちていった。