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過保護な龍王と魔界の姫  作者: 猫まんま
仮面の男と、紅の姫
15/23

彼の里の思い出[3]

 

「いい、龍弥絶対こっち見ないで」

「分かった分かった。……フリだろ?」

「ち、違うよ!?」


 一般的な広さの脱衣所だ。二人一緒、お互いを見ないように服を脱ぐのは難しいのだが……目を瞑っていればいいか。

 目を瞑りながら服を脱ぎ、腰にタオルを巻いて待つことしばし、英梨からお声がかかった。


「ん、準備できたよ、龍弥」

「よし、それならお湯を張るから、お前はガスを入れてくれ」

「ガスって、入れるものなのかな……?」


 ……ガスは、入れるものじゃない。よし、覚えた。

 俺は魔力をお湯に変換し、英梨はガスを入れ……じゃなくて起動? するボタンを押した。

 労力の差が気になるが、病人と健康人。特に不満はない。


「…………」

「…………」


 気まずい。……気まずい。

 二回言ってしまうほど、話すことがない。正確に言えば、恥ずかしくて話せない。

 熱があった英梨はともかく、何故俺は風呂に入るだなんて選択を選んだんだろうか。

 お互い一言も喋らないで、浴槽に親が溜まっていくのを見ていた。


「ねえ、龍弥」


 英梨がふと思い出したように言った。

 胸元でタオルを押さえていることに触れてはいけない。手を離しても大丈夫だとは思うが、少しの拍子にハラリ……なんてことになったら洒落にならない。


「どうした。英梨」

「呼んでみただけ」

「お、おう」


 …………うちの英梨が可愛い。


「なあ英梨」

「どうしたの?」

「呼んでみただけ」

「…………」


 ……俺がやっても可愛くないな。

 浴槽のお湯は、まだ半分程。お湯が溜まり切るのには、まだまだ時間がかかりそうだった。

 お湯を作り出すのは、水を作り出すのと違って炎系統の魔法を同時に使わなければいけない。炎の威力が強いと蒸発してしまうし、弱ければ緩くなってしまう。

 その調節に、中々時間がかかってしまう。


「英梨、先に身体洗っとけば?」

「それもそう、だね」


 こうして隣で眺めている必要もないだろう。

 英梨に先にシャワーを使って身体を洗うよう促すと、少し名残惜しそうにしていたけども、風呂の椅子にチョコンと座って身体にお湯をかけ始めた。

 …………あれ? シャワーでお湯を貯めた方が早かったんじゃないと思わなくもないが、シャワーは一つ。英梨が使っている間、俺は使えない。お湯を貯めたとしても、どちらが先に洗うかで揉めるだろう。

 どうやら英梨は、まず胸に水をかける人らしい。シャワーから溢れた水は英梨の胸元を濡らし、水を吸ったタオルが英梨の身体に貼りつく。

 首元を軽く洗い、頭に水をかけた。

 ……昔見たときと、身体の洗い方が違う。

 昔は滝行みたく頭から水を被っていたのだが、今は少しずつ丁寧に洗っている。かと言って水を必要以上に使うこともない。

 俺はしばらくの間、英梨が身体を洗うのを眺めていた。

 すると、身体を洗い終えた英梨がシャワーを止めて、溜めていた息を吐いた。


「……あの……見られていて洗いにくかった……」

「す、すまん!」


 仄かに紅く色付く頰は、決してお風呂に入っているからだけではないだろう。

 恥ずかしそうに少しだけ目を伏せた英梨に、俺は慌てて目を浴槽に向ける。

 浴槽のお湯は、既に十分に貯まっていた。


「龍弥、私洗い終わったから、次使って良いよ?」

「ん、こっちも丁度今終わった所だ」


 胸元を手で押さえ、髪を手櫛で整えながら、英梨が席を立つ。

 入れ代わるように、俺はそこに座り、シャワーからお湯を出した。

 水圧は、俺んとこと変わらない。昔から慣れしたんだ強さで、このシャワーヘッド自体も、昔はよく使っていた。

 なのに、何故か初めて使うような気分になる。

 落ち着かないのは、この浴室を使うのが久しぶりだからなのか。それとも英梨と一緒に入っているからか。

 それとも……


「入らないのか、英梨?」


 英梨にジッ……と見られているからか。

 ……多分、最後のだろうな。


「ううん。その……身体、洗ってあげようかなって」

「昔はよくしてたもんな、洗いっこ。でも、別に良いって。お前は休んでろ」

「…………やだ」

「やだって言ってもなぁ……」


 だが、英梨は謎の意地を張っているようで、今も俺から決して目を逸らさない。

 英梨と小さい頃からの付き合いである俺は、それを見て直感的に察した。この状態の英梨が譲るなんてことは、今の今まで見たことがない。


「仕方ない……。分かった、それならお願いするよ」

「うんっ」


 俺がそう言うが早いか、パアッと顔を輝かせて、笑顔で俺からシャワーヘッドを受け取った。

 ……これを見れるなら、俺の変な意地なんてどうでもいいように感じる。


「そういえば、龍弥の頭を洗うのは久しぶりだよね……」

「頭どころか、一緒に風呂入るのだって久しぶりだろ」

「あはは、確かに。……痒いところはないですか?」

「ない。というか眠くなってくる……」


 的確に俺のツボを押してくるのは、所謂天然のゴッドハンドだ。

 この英梨の高い技術も、俺しか知らないことだ。

 そう考えると、少しだけ優越感を感じる。


「ね、寝ちゃダメだよ!?」

「分かってる、分かってるって」

「分かってるならいいけど……それじゃあ、次は背中を流すね」


 英梨の手が頭から離れ、すぐに水で洗い流される。

 顔を泡の混じったお湯が流れ、少しくすぐったい。


「背中って……本当に全部やるのか……」

「今日、一日中部屋にいたせいで元気が有り余ってるから」

「だからって無理はするなよ……ヒャァ!?」


 変な声を出しながら、背中についたものから逃げるように背中を逸らす。


「英梨!? なんで手で洗うんだ!?」

「え? でもお母さんが、大きくなったら龍弥にやれって……」

「大きくなったら……?」


 でも、なんで手で洗うんだ? 

 タオルとかの方が洗いやすいんじゃ……いや、成長したら身体が大きくなるから、タオルだと洗い残しがあるとか?

 た、確かに手の方が力を調節しやすいから、洗うときも身体を傷付けないで効率的に洗えるのかもしれないな……。


「まあ、いいか」

「手でやっていいの?」

「うん……なんで手なのかは未だに分からんけど」


 が、すぐに俺は考えるのをやめた。

 というのも、英梨の小さな手が俺の背中の上をゆっくりと走り回るのが、なんだかとても変な気持ちになって、もうそれどころじゃなかったからだ。


「んっ、んっ……」


 さすがの英梨も手を使って洗うのは勝手が分からないようで、時々「これくらい?」と聞いてくる。

 だが、やっている内にどんどん力加減のコツを掴んだようで、最後の方は普通に気持ち良かった。

 昔に戻ったようで、気持ちもリラックスしてくる。最初は、どうして急にそんなことを言い出したのか戸惑ったけど、今はもう英梨に身を任せている。


「──あ……」


 時間にすれば本当に短い時間だったのだろうが、俺は英梨の手が離れていくのを感じて、思わず声が出てしまっていた。

 さっきまで反対していたというのに、今では、英梨がやめてしまうのが名残惜しい。


「り、龍弥……。もう少し……する?」


 少しだけ照れたような声音で、英梨が聞いてくるのを、俺は半ば無意識のうちに頷いていた。


「っああ、頼む……」

「じ、じゃあもう少しだけ……」


 英梨が、再び俺の背中に手を置く。

 少しこそばゆく、照れ臭いが、どんどん変わっていく中で、俺たちだけはずっと変わらない。

 

 ──今にして思えば、なんて子供じみた考えだったのだろう。


 ──変わらないものなどある筈もなく、時間が経てば、あの日のお湯の温度が緩くなっていたように、何もかもが変わってしまう。


 ──英梨と離れ離れになるなんて、あの時の俺は思ってなかった。


 ──でも、周囲の変化は、確かに感じていたんだ。


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