彼の里での思い出[3・5]
──魔力回路発達遅延症
英梨のかかっている病気は、恐らくそれだ。
里の塔龍図書館で二ヶ月くらい調べたけど、英梨の症状に当てはまるのはそれしかない。
どういう病気かと言えば、それは簡単。
文字通り、魔力回路が発達していないのだ。
これ自体は命に別状のある病気ではなく、魔力を操る特訓さえすれば簡単に治る病気だ。
では何故、英梨の両親が世界を飛び回って、治療法を探しているのか。
それは単純、英梨の魔力量が普通ではないからだ。
たとえ魔力回路発達遅延症になったとしても、普通なら体調不良以上のことはないが、英梨のように魔力が平均以上の子供の場合、身体の中の魔力が正常に外に出ず必要以上に蓄積されてしまう。
人の身体が保有できる魔力は限られている。蓄積され続けた魔力は、やがて身体の至る所で無理矢理外へ放出されようとし、病人はその圧力、エネルギーに耐え切れず死ぬ。
これは、英梨の魔法の才能が、ともすれば俺よりも上の才能が引き起こした最悪の奇跡なんだ。
「魔光石、魔熱石、包帯、ナイフ、魔力石……一通りの準備は終わったな」
背負っている鞄に必要な物を詰めたことを確認し、俺はベッドで静かに眠る英梨の元へ戻る。
一緒に寝ようと、そう言われた時は焦ったが、そのおかげで英梨が寝静まったことを確認してから出発できる。
まあ、同じベッドで寝るのにはかなりの精神力を削ったし、俺の頭に抱きついてきた英梨の腕を解くのにも苦労したけど……結果オーライだ。
俺に外の世界へ行くことはできないし、行ったところですぐに死ぬのがオチだ。
だから、俺は里の中、正確に言えば里の周辺を探す。
図書館にあった過去の記録を見ると、どうやら、この里の周辺には神龍を祀っている洞窟があるらしい。
神ならば、治す方法も知っているってことだ。
俺は、今からそれを探しに行く。
「……『魔力眼』開眼……」
これは、親父しか知らない俺の力。
魔力量が必要以上に高い時、身体の至る所で魔力が出るという話はしたよな?
魔眼もその一種で、これは魔力放出が正の方向に働いたものだ。
親父曰く俺も昔似たような症状になったらしく、俺は魔眼を手にすることで生き長らえたらしい。
「期限は、次の満月ってとこか」
俺の魔眼『魔力眼』に映ったのは、魔力の流れ。魔力の動きだ。
それによると、体内の各所に魔力の塊が出来始めている。
いくつかの文献によれば、これは残り僅かな状況。
今日が満月なので、あと一ヶ月。
一ヶ月後に、英梨は内側から侵食されて死ぬ。
俺のように、魔眼を手にする奇跡を待っている暇はない。そんな奇跡に頼っている場合じゃない。
「かなり、ギリギリだな……」
そもそも、既に洞窟を見つけたとはいえ、そこの魔物は異常に強そうだった。
神の魔力を浴びているからか、山の向こうの奴らも異常だが、それ以上に強そうだった。
と、その時、英梨の頭を撫でている俺の手に、英梨が自分から頭を擦り付けてきた。
まるで猫のように、ゴロゴロと喉を鳴らしながら、英梨がポツリと寝言を呟いた。
「んん……龍弥……だい……す……」
……言葉ってのは、本当に偉大なものなんだな。
あれほど感じていた一人で戦い抜くことへの恐怖も、既に感じない。
我ながら現金だが、好きな子に名前を呼ばれただけで身体の底から力が湧いてくる。そんな気がする。
「待ってろ英梨。俺が、必ず助けてやるから」




