王子様(♀)が来てる
ソルシェールを訪れた翌日。
千咲は今朝も母からの自主休暇要請を回避して、無理くりに家を出た。代り映えのしない住宅街を通り抜け、繁華街に通じる交差点に出たところで、凛々しいかんばせの幼馴染、愛善雪華が待っていた。
雪華は千咲に気づくと、ジトッとした半目になる。千咲は小走りで駆け寄った。
「おはよ、千咲」
「おはよう、雪華ちゃん。わざわざどしたの? 遠回りになるのに」
雪華の自宅は千咲の家より高校に近く、わざわざ大通りに出る必要もない。その為、高校に進学してからは一緒に登校する事もなくなったのだが。
「昨日、おばさんからウチの親に電話があったわ。予備校サボったんだって?」
藪から棒のアンサーに、千咲の表情が少しひきつる。そういえば口裏を合わせて貰うはずが、色々ありすぎて忘れていた。いやそれよりも母の電話だ。昨晩帰宅したときは何も言ってこなかったが、友人を使って絡め手で探りに来たのか? 千咲が一人狼狽えていると、ようやく雪華が半目をやめる。代わりに、チェシャ猫みたいな笑みを浮かび上がった。
「そんな顔すんなし。話は適当に合わせておいたから」
雪華の右手が伸びてきて、セットしたばかりの髪をぐしゃぐしゃとかき回した。お年頃の女子には、なかなかに手ひどい仕打ちだ。
「もー。また教室でなんか言われるじゃん」
「うるさい。無茶ぶりした罰じゃ」
ぷんすかする千咲の反撃を、雪華はひょいひょいと軽快にかわす。
それに飽きると、どちらからともなく歩き出した。雪華の方が頭一つぶん背が高い。ボーイッシュなショートカット、その襟足を目で追っていると、雪華が伺うように切り出した。
「珍しいじゃん。受験の鬼のアンタがさ」
「いやーその、いろいろアクシデントが重なりまして……」
さてどこから切り出そうか──昨日から説明ばかりしている。それに半ば辟易していたのだが、どうも雪華は違う受け取り方をしたらしい。形のいい眉をハの字に下げ、気弱気な苦笑を浮かべる。
「そんなに頼りになんないか? あたしは」
そんな事はない。むしろ一番頼りにしている。
地味で質素な生命体の千咲とは違い、雪華は校内でも有名な生徒だ。成績優秀、運動神経も良好。教師からの覚えもめでたく、すでに都心の有名大学へ推薦が決まっている。演劇部の元看板役者であり、その中世的な美貌から女子、とくに下級生の人気が高い。
そんな強キャラが同じクラスにいて、なおかつ味方してくれる。これ以上の援護があるはずがない。
勿論、四六時中傍にいてくれるわけではない。彼女にも都合はあるし、千咲にも一人になりたいときもある。
そういう雰囲気をなんとなく感じ取り、さらりとやってのけてしまうのだ。王子かよ、と何度心の中で突っ込んだことか。
「あんまり私と一緒にいると、迷惑かけちゃうしさ」
「かんけーないでしょ。単なるクラスメイトと幼馴染、どっちとるっつったらアンタでしょ」
男前なことを当たり前にいう。クラスでの立ち位置とか保身とか、そういう世渡り的をぶん投げちゃうのがこの少女だ。この点では千咲の同族ともいえるが、彼女の場合自覚的にそうしている。無自覚に世間からずれていく千咲とはその辺りが違うのだ。だから、こういう場合どうするべきかも知っている。
「日頃から人に頼ることをしないから、いざという時ボロが出るの。早めに助けを求めるのは立派な自衛の手段だよ」
いやはや、耳の痛いお話である。いつもさっぱり塩味な雪華にしては妙に絡んだ調子だが、それだけ心配されているのだろう。
申し訳なく思いながらも嬉しさが勝って、ちょっと口元がにやけてしまう。
はた目にもアヤしいので左手で口元を隠すと、そこにぶら下げたアクセサリが揺れた。昨日押し付けられた不良在庫だ。
「それ、どったの?」
「ああうん、昨日貰った」
「誰? 男の人?」
「うんまあ、昨日お世話になった人。いらないって言ったんだけど強引に渡されてさぁ」
千咲の脳裏に、あのメレンゲイケメンの無駄に朗らかな笑顔が浮かんだ。心底ウンザリなのだが、この口ぶりではのろけに聞こえてやしないだろうか。だが雪華は急に歩調を落として、沈んだトーンの声を出す。
「……それってさ、全身真っ白な服着た人?」
「ううん、逆に真っ黒だった。あと、すごい可愛くてちっちゃい女の子がいてね」
正直に答えると、雪華は一瞬、露骨にほっとしたようだった。どうしたのかと訊く間もなく、元の王子様モードに戻る。
「ま、いんじゃない? たまにはそういうJKっぽいのもさ」
あたし的には微妙だけど──手厳しいダメ出しを付け加え、雪華は半歩先を行く。かなり道が混んできて、雪華は千咲を人ごみから守るように自分の体を盾にした。当たり前のように手をつなぐ。小学生の時から変わらぬ立ち位置。彼女のファンに見られたら、また反感を買いそうだ。
もっとも、今更それを恐れる千咲でもない。つないだ手を少し強く握り返して、心を込めて告げた。
「ありがとね、雪華ちゃん。頼りにしてる」
「おうよ。お姉さんに任せなさい」
やすやすと請け負う幼馴染が、千咲にはとてもまぶしかった。




