第十三話
模擬試合では、闘っている生徒以外はあまり騒いではいけないのだが、皆それを忘れてロイとエリックを力の限り応援していた。先ほどまでの静けさと打って変わって、耳が痛くなるほどの轟音だった。ここまでうるさいのは、エリックたちが学校に入って初めての模擬試合をしたとき以来かもしれない。
全体的にロイを応援している生徒のほうが多かったが、エリックを応援している生徒はいつもより多かった。
「はあああ!」
ロイはエリックの剣を受けてから、かなりの力で剣を振るようになっていた。その分大振りだったので、エリックにとっては避けやすくて楽だったのだが。
「おいおい、ロイのやつ本格的にやばくねーか?」
「ホントだホントだ」
「そろそろ、アレやるか…」
エリックは技を仕掛けるタイミングを見計らっていた。この試合に制限時間はないのだが、もうエリックの限界が近かったから、あまり時間がなかった。
「うおっと」
エリックの剣の切れが落ち始めた。さっきよりもロイに剣を避けられていた。
「リック!頑張ってーー!!」
もはや周りは応援合戦状態になっていたが、エリックはエルサの声が聞こえた気がした。エリックはロイの剣を受けながら、自分の顔を強くたたいた。
(自分が焦ってどうする!昨日ユウキにも言われただろ!)
エリックはロイの剣を受けることに徹して、自ら攻撃を仕掛けるのをやめた。この試合をユウキの技で終わらせたかったからだ。
ロイの動きはユウキよりも遅かった。エリックにはゆっくりと見えた。
右から、そのまま真っすぐ突く、上に切り上げる。しかし、エリックは技をかけれなかった。
(どこだ、どこに隙があるんだ!)
また少し焦りだしたエリックは、どうしてか昨日のことを思い出していた。
✖
「お前は攻撃するより、避ける方がうまいな」
もう日は沈みかけていた。赤い空に負けないくらい赤くなっているエリックは、体中汗でビショビショだった。反対に、ユウキの服はまだまだきれいだった。
「お前さあ、その少年Aにはいつもどうやって負けてんだ?」
ユウキはなんの脈絡もなく、突然エリックに聞いた。
エリックはあまり答えたくなかった。自分が無残に負けた試合なんて普通は言いたくないのだ。
ユウキはエリックを見つめていた。どうやらこれを答えないと開放してくれないようだ。
「…馬乗りされて、ぼこぼこにされた」
苦い顔をしながらエリックは言った。
「その前、馬乗りされる前は?」
ユウキはエリックを気にせずに再び聞いた。エリックは眉間を強く抑えた。その前のことなんて考えたことなんてなかったからだ。
「確か… 僕はロイに負けたくないから一生懸命剣を振っていたんだけど、それをことごとく避けられて、その後に簡単にこかされて…」
「最後に闘ったのは?」
「一年前だったはずだけど」
ユウキは顎に手を置いた。何かを考えている顔だ。
「じゃあ、明日は極力お前から攻撃はしないようにしよう」
そして、何の気なしにエリックにそう言った。エリックは抗議をする力もなかった。
「はぁ… なんで?」
「そいつに避けられるんだったら、今度はお前が避ければいい」
意味は理解できるのだが、その戦術は決定的な穴があることもエリックには解っていた。
「それって、僕勝てなくない?」
「はあ?お前馬鹿か?」
くそうざい顔でユウキは言った。自分は悪くないはずなのに、なんだか非難されている気がして気分を害した。
「どうやって?」
「そんなもの、そいつがボロ出すのを待って、その時だけ攻撃するんだよ。」
エリックは、ユウキがとても難しいことを言ったという事だけ感じれた。
「要するに… 相手の隙を突けっていうことだな」
十分に噛み砕いてからユウキの言ったことを要約すると、ユウキはそうだ、と言って頷いた。
「じゃあ、相手が隙を見せなかったらどうするの」
「人っていうのは、勝ったって確信する時が一番隙が生まれるんだよ。それでも駄目なら、そんときはお前が作ればいいんだよ」
自分の顔をエリックの顔の位置に持って行って、ニッコリと笑いながら簡単そうに言った。
✖
「あの無責任やろう!」
エリックはロイの剣をはじき返し、大きく距離をとった。
(あの虎猿も、僕を追い詰めた時はかなり油断していた…!)
生物の闘いのなかで最も隙が出る瞬間は、相手を追い詰めて自分が勝ったと思ったときだということを、エリックは思い出した。
「無いものは、自分で作るしかないだろ!」
エリックはロイが離れていることを確認すると、土の魔導を素早く放った。
「こんなもの!」
ロイは土くれを剣の横で叩いた。だが、飛び散った土が彼の顔を覆った。
エリックは真っすぐにロイとの距離を詰めた。エリックが得意としている目つぶしだ。
「くそ!」
『ウオオオオ!!』
生徒たちが声を上げた。ロイがエリックの剣を吹き飛ばしたのだ。エリックはロイに近づき目の前で剣を振ったが、剣を持ってない方の腕で目の周りだけ拭き取り、ギリギリで剣をはじいた。
「勝った!」
ロイは衝動的に叫んでいた。
しかし、生徒たちはそこに声を上げたのではなかった。
エリックは、ロイの腕を固く掴んでいた。
そのことにようやく気付いたロイの襟元を逆の手で掴み、強引に投げる体勢に入った。
エリックはロイとの距離を、わざといつもより長く取っていた。ちょうど、ロイが顔の土を拭えれる時間ができるようにするために。
ロイは、エリックの予想通りに顔を拭って剣を弾き飛ばしてくれた。その一瞬、ロイは勝ちを確信した。だから隙が生まれた。
硬直した腕を掴むことは、ユウキの剣を避けるより簡単だった。
「うお!?」
ロイの体を、自分の背中の軸に勢いよく乗せた。エリックは一日中受けた技を、自分の体で忠実に再現していた。
ほんの数秒の出来事だったが、誰もがその光景を忘れないことになった。
ロイの体が空中に浮かび上がった。
(勝った…!)
エリックは勝ちを確信した。
『人っていうのは、勝ったって確信する時が一番隙が生まれるんだよ』
ユウキの声が聞こえた気がした。
「今だ!」
三つの影から、一つの光が上がった。
「!!?」
ロイは突然、体の底から力が湧いて来るのを感じた。無我夢中でエリックの腕を振りほどいた。
エリックはロイが暴れだすとは思っていなかったため、掴んでいた腕を放してしまった。
空中にいたロイは、支えるものを失ってそのまま真下に落下した。そして、下にいたエリックに覆いかぶさった。
また生徒が声を上げた。
「…くそが!」
しかし、ロイはその声には応えずに、エリックの顔の横に剣を突き立てた。先生はそこで終わりの合図を出した。
生徒たちは今度は困惑の声を出した。いつもならここでエリックをいたぶる時間に入るのだが、ロイは何もせずにそのまま立ち去ってしまった。
「ちょっとロイー!終わった後の握手をしなさいー!」
先生はロイを呼び止めようとしたが、気にせず取り巻きの生徒のもとへと歩いていった。
エリックは校庭の真ん中で寝転がっていた。立ち上がる気力はもうなかった。でも、不思議と悪い気分ではなかった。
「…!」
何故だか涙が出てきた。
「リック、もしかして泣いてるんですか?」
エルサが顔を覗き込んできた。エリックは、涙を隠すために急いで顔を拭いた。
「泣いてないよ…」
「ふふっ、そうですか」
エルサはニッコリと笑った。エルサの顔は、エリックを切なくさせた。
「エル… ごめんな」
「なんでリックが謝るんですか」
エリックは湧き上がる罪悪感に耐えられずにエルサにそう言った。何で謝っているか、エリックにもわからなかった。
「リック」
「ん?」
エルサは、エリックの目を覗き込むように聞いた。
「リックは今日、楽しかったですか?」
「……」
エリックはその問いにあまり驚かなかった。エリックも同じことを考えていたからだ。
「どうなんですか」
エリックは少しだけ待ってから、わかりきった答えを言った。
「…ちょっと、楽しかったな」
それは、一年前のエリックには考えられないことだった。
✖
「どうしたんだよロイ、なんでもっとやらなかったんだ」
取り巻きの一人がロイに聞いた。ロイは見てわかるほどにイラついていた。
「お前らか…?」
「は?」
「あの時ステームをかけたのはお前らかって聞いてるんだよ…」
ロイは静かに取り巻きたちを威圧した。その威圧に負けたのか、一人が口を開いた。
「だ、だってロイ、負けそうだったじゃないか。」
「そ、ソウダソウダ!」
「うるせえ!!」
ロイは取り巻きたちを一喝して、さっさとどこかに行ってしまった。
「な、なんなんだよ一体…」
ステームとは、ユウキがエリックにも使っていた体力回復の魔導のことだ。ロイは、それがエリックとの闘いの中で誰かが自分にかけたことが解っていた。そして今、それが取り巻きたちの仕業だということが判明した。
ロイにはそれが許せなかった。
「くそ!」
ロイは地面の石を強く蹴った。ロイにとってこれほどまでの屈辱はなかった。
「俺は、エリックに負けていた…!」
その言葉は、自分で言っておきながらさらにロイをイラつかせた。
「なんで、俺があんな奴に…」
しかし、エリックに負けそうだったことよりも、卑怯なことで勝ったことの方がロイには耐えられなかった。
ロイは、試合に勝った後にこんなに気分が悪くなるのは初めてだった。一人で歩く帰り道は、取り巻きと歩いた昨日より狭い気がした




