第十二話
エリックとロイ、二人は剣を取って向かい合った。周りにはいつも以上にギャラリーが多かった。
「二人が最後かー じゃあ、今から私が守備力増大をかけたら始めろよー」
先生はやる気のなさそうに二人に声をかけたが、エリックには聞こえなかった。
「リックー!頑張ってくださーい!」
エルサの声はエリックに届いた。エリックはハッとした。昨日ユウキから教わったことをもう忘れそうになっていたからだ。
(危ない… 一人の相手に集中しすぎたらいけないんだった)
エリックは顔を上げ、息を吐きながら周りを見回した。ギャラリーの生徒たちのざわめきを段々と感じられた。
(一番注意すべきなのは、今一番注意していないところ…っと)
エリックは高鳴る鼓動を抑えて、平静を保ちながら昨日のユウキとの特訓を思い出した。
✖
「戦いの中で一番注意すべきなのは、今一番注意していないところだぞ」
「それ前聞いたって!」
ユウキはエリックに当たらないように短剣を投げていた。当たらない短剣は、避けることより気を遣った。下手に動けば逆に当たってしまう。
「―――!」
その内の一本が、後ろの木に跳ね返ってエリックに向かってきた。エリックは素早く反応してそれを剣ではじき落とした。
「見たか!!」
エリックはドヤ顔でユウキの方を振り返った。
「ほお」
ユウキはいつの間にかエリックのすぐ近くまで迫っていた。そして、エリックの腕を掴んで投げた。エリックは特別抵抗できるわけではなく、今日何度目かわからないがまた同じ木にぶつかった。
「ぐべえ!」
情けない声を上げたエリックを、ユウキは片手で引っ張り上げた。
「もうずいぶんやってるし、一旦休むか」
ひと時の時間も惜しかったエリックはもっとやりたかったが、立ち上がる力も残っていなかったため素直に指示に従うことにした。
「全方向に注意を向け続けるなんて無茶だよ…」
息をついたエリックは、ユウキを非難するわけじゃないがそう抗議した。さっきから投げられてばかりなので抗議の一つもしたくなるものだ。
「全然技とか教えてくれないじゃないか…」
ユウキは特に疲れる様子もなく、エリックのそばに立っていた。ほんとにじいさんかよ……
60というのが嘘で、実は40歳なのだとユウキが言い出しても、エリックは信じないだろう。
「全方向に注意を向ける必要はないんだ。常に今一番注意を向けるべき場所に向ければいいんだ」
ユウキは簡単そうにいったが、エリックには理解しかねた。要するにと前置きしてから、ユウキはエリックに説明した。
「戦闘中にわざわざ相手の注意が向いている方向から仕掛けるやつなんていないだろう、いるとしたら馬鹿か戦ったことのない奴ぐらいだろう」
ユウキは剣を取って素早く振った。剣技の手本だったらしく、エリックにもギリギリだが見ることができた。
どうやらそれはフェイントだとエリックは解った。いつもよりゆっくり振っていたが、実際の戦闘だとエリックに避けることができないだろう。
「フェイントだって同じだ。一時的に相手の注意を向けさせて、その隙を突くんだ。戦闘中はいつ何時に何が起こるかわからない、だからそれにいち早く対応するために一か所に注意を向け続けるのことが必要なんだ」
「むー…」
やっぱり不満そうなエリックに、ユウキは体力回復の魔導をかけた。
「それは解ったから、技とか教えてくれよ」
「さっきからやってるじゃないか、早く立てよ」
水の入った水筒をポイッとエリックに渡し、放り投げられていたエリックの剣を取りに行った。
「え?」
「さっきから投げてやってるだろ」
「はあ?」
それこそわからない。組み手をするといって朝からずっとやっているのだが、投げられることが関係あるのだろうか。そんな回りくどいことをするなら、すんなり教えて欲しいとエリックは思った。
「お前はその剣技、誰に教わったものだ?」
ユウキは突然そんなことを聞いてきた。
「お前の剣技は粗削りだがなかなか強い、今の学校はそこまで教えてくれるわけじゃあないだろう」
「これは… 誰にも教わっていないよ、僕の独学だ」
エリックは昔、模擬試合があった日は度々学校を休んでおり、代わりに森や草原で一日中獣を狩っていた。エリックの剣技は、戦っている中で自然に身に着けたものだった。
「じゃあ、お前は今まで誰かから大事なことを教わったことはあるのか?」
「…ない」
学校で教えてくれることは、知識の範囲を超えたことはなかった。エリックの周りの大人は、ほとんどがエリックのことを見て見ぬふりをしていたから、特別何かを教わることはなかった。
「大事なことってのはな、自分で見つけたほうがいいんだよ」
格好つけながらユウキは言ったが、エリックはなんだかはぐらかされている気がした。
「…お前はたぶん、人に教わるより自分で覚える方が早く覚えれると思う。だから、口で教えるんじゃなくて、こうやって体で教えさせてんだよ」
「えー!」
「…早く立て」
業を煮やしたユウキは水筒を取り上げ、座っているエリックを軽々と向こうに投げた。
✖
エリックとロイの模擬試合は、五分五分のまま30分は経っていた。今までは速攻で決着がついて、その後ゆっくりといたぶられていたが、今回はだいぶ好戦していた。最近は模擬試合の頻度は下がっていて、三か月に一度くらいになっていたため、最後にロイと闘ったのはもう一年ほど前になるのだが。
「一年も経てばお前でも強くなれるんだな」
「…」
エリックは集中していた。ロイ一点に注意を向けるのではなく、他の方向にも向けていたのでいつもより精神力を消耗していた。だが、そのおかげでロイの剣を避けられていた。
(やばい… そろそろ決着をつけないと僕がもたない…!)
試合には魔導も使うことは許されていたが、ロイは元から得意ではなくエリックもそんな余裕はなかったので、他の生徒がやっていた時より明らかに静かで、木製の剣がぶつかり合う音だけが響いていた。
周りの生徒は皆、固唾を飲んで二人の試合を見守っていた。模擬試合でここまでやる生徒は他にいないのだ。それに、クラスの一番レベルが高い奴と一番レベルが低い奴がここまで渡り合ってることがあまりにも不思議で、それ故にクラス中の生徒が、先生までもが勝負の行方がわからなかった。
エルサはじっとエリックを見ていた。ぎゅっと握っていた手は、いつの間にか汗でじっとりとしていた。
「リック…」
生徒たちがざわついた。エリックの剣がロイに当たったのだ。防御の魔付があるからけがすることはなかったが、腹部にかなりの衝撃を与えただろう。
「くそが!」
ロイは叫んだが、エリックもかなりギリギリだった。そろそろ本当に気絶してしまいそうだった。
(仕方ない、あれを使うか…)
エリックはやっと決心をした。昨日一日中かけられた技を使うことを。実際に自分でやっていないので、成功するかどうかエリックにも、たぶんユウキにもわからなかった。
「なあ、あれロイやばくねーか?」
「ホントだホントだ」
「大丈夫かな?」
人だかりから離れていた三人が、ロイを見てそう話していた。
「そうだ、俺らがロイに友として力を貸してやろうよ」
「イイネイイネ」
「それじゃあ、バレないようにこっそりとだな。そうだ、こんなのどうだ…?」
三つの影が、怪しく隅に消えていった…




