天ヶ瀬司4
私の家の最寄り駅に着くと、電車から降りてすぐに自販機へ駆けつけました。そして冷たい缶コーヒーを購入し、彼の手に押し付ける。
「本当にごめんなさい、私がぼーっとしてたから」
自分の危険な体質を甘く見ていたと後悔した。巻き込むつもりは無かったのに、失敗したと反省する。
「もういいよ、別に」
「これ握ってて。私がカバン持つから」
電車の外はやはり寒くて、缶コーヒーはかなり冷たい。
「平気だって言ったろ?それに冷たすぎる」
でも受け取ってくれた。
「大事な手なんだよ?腱に異常があったらどうしよう」
せっかくバイオリニストとして頑張っているのに、些細な事で問題が起きてしまったら…。彼の将来を思うと、不安になってしまう。
「今度見かけても、私なら大丈夫だからね」
「何が」
「だから、痴漢には慣れてるから」
「お前、触られて平気なのか?」
「平気じゃないよ。触られても、そのまま我慢しないから」
「当たり前だ!」
怒らせてしまった。
「でも相手も酔っ払いだったから、からかいついでに触ろうとしただけよ。そんな本格的に中坊を触ったりしないだろうし」
問題は高校生からだろうか。大人になってまで続くのなら嫌なんだけどな。高校卒業で通常業務に、じゃなかった、通常生活に戻れる保証がほしい。
「そんなの、本人じゃないから分からないだろ」
「それは、そうだけど」
そういう事にしておいた方が楽なのよ、色々と。
「それに慣れてるってなんだよ、そんなに酷い目に遭ってンのかよ」
「ははは、みんなに助けられてるから、大丈夫。次は油断しな…い、から」
しまった、つい本音が。司くんが苦虫を噛んだような顔で見つめてくる。
「…ごめんなさい、でも助けてくれてありがとう」
相手は14歳。メンタルケアをしなきゃ、嫌な気持ちを残さないようにきちんとフォローをしよう。
「お礼を言うのが遅くなってごめんなさい」
「そんなのは…」
彼に喋る暇を与えずに終わらせなくては。上手く気持ちを導いて誤魔化していこう。
「結果として私とあのおじさんが救われたわ」
「な!あのオヤジが」
「酔っ払っていたおじさんは気の迷いで痴漢しそうになったけど、司くんが止めたから警察のお世話にならなくて済んだ」
「お世話って」
「私は、司くんのお蔭で不快な思いをせずに済んだ。双方救われた結果になったんだから」
「だけど」
「本当にありがとう」
軽く頭を下げて、きちんとお礼を述べる。彼の顔を見れば、不満そうだったので宥めるような気分で笑ってみた。
「ものすごく助かったよ」
彼が面倒くさそうにため息をつく。
「分かった」
よし、折れた。ならさっさと空気を変えなくては。
「それじゃ何かお礼をしなきゃね。うちでおもてなし出来るかしら」
改札に向かうべくホームから階段へ進む。
「別に礼なんか」
「そお?ならお言葉に甘えよう。準備もなしにお礼できないもんね」
お怒りが収まったようで、ホッと安心する。
「それじゃ、お前んちは北口、南口どっち?」
「南口だよ」
「ならこっちだな」
私を追い越し、スタスタと歩いていく。そっか、彼はこの駅が初めてじゃないんだ。おばあさんが住んでいたと言っていたし、慣れているのか。
「駅が整備されるんだな。4年も経つとこうも変わるのか…」
改札を出ると、彼が少し感慨深く呟く。まだ工事中の場所が多いので、駅の所々にカバーが掛けてある。これからもっと発展していくんだよー、海堂グループがほぼ町全体を改造していくみたいに。そういやキミはどっかのマンションに1人暮らしする予定だったんだよ、と言ったら驚くんだろうな。
「なに笑ってんだよ」
「あ、ごめん。思い出し笑い」
歩こうと顔を上げれば女の子と目が合いそうになった。いや、私とは合わないだろう。なぜなら、視線の先は私などではなく天ヶ瀬司に向いているからだ。良く見れば周りの人が彼を見ている。けれど、彼は気にする事無く堂々と歩いていく。
「はぁー」
「ん?何?」
あまりの目立ちっぷりに感嘆の息を吐くと、不機嫌そうに振り返った。
「いや、みんなの視線集めてるんだね」
「まぁな。俺の顔整ってるし」
「うわお」
真顔で言われた。回りにそんなキャラ居なかったから、どう扱えばいいか戸惑ってしまう。
「こればっかりは仕方ないだろ。持って産まれた顔なんだから」
「それはそうだけど…」
謙遜しろとは言わないけど、傲岸な態度に見えるぞ。
「毅然としてないと、お前も襲われるぞ」
「へ?」
今、なんと?お前『も』?
「向こうで老若男女に係わらず貞操狙われてみろ、ゾッとするぜ」
王子様系の甘そうな顔なのに、その態度はそれが原因なのかしら?老若男女までに狙われるなんて…なんで?
「スポンサーになってやるから、愛人になれってやつ」
「え?」
「疑問に思っただろうから、答えただけ」
「そ、そうなんだ…音楽の世界も大変だねぇ」
駅を抜けて商店街に入ると、視線があからさまに集まる。ふおおお、私も関係ない立場なら、イケメンが通ってるなぁと見てるかも。
「お蔭で護身術を習うはめになるし…。今は先生の庇護下にいるからあまり露骨な奴らは居ないけど、先輩すらもヤバイ人がいるからな」
私と似たような境遇かと思いきや、何かのしがらみに近いようだ。
「苦労しているんだね」
「お前も習えば?」
「是非とも、と言いたいけど周りがね」
「ん?止められてるのか?」
「戦う暇があるなら、逃げろの一点張りで…」
私も撃退できる力がほしいよ…。ふと要のスタンガンを思い出して、首を振る。武器を手に撃退は避けたいな。でも最近彼から、色んな暗器を渡されるので困っている。指輪に模した武器とか、仕込みボールペンとか…靴に刃物を仕込もうと言われた時は、もう泣きそうになったなぁ。
「花音ー!」
商店街を抜けると、声を掛けられた。振り返ると、心配していた彼がいるので驚く。噂をすればなんとやら。
「今帰り?」
「うん。要はケーキのお使い?」
本当に偶然だなぁ、今まさにキミの事を考えていたんだよ。どうやったら健全な少年に戻すことが出来るだろうかと、日々真剣に考えているんだぞ。
「え」
要が白いケーキボックスを持って驚いている。視線から、隣にいる司くんを見てビックリしたようだ。
「びっくりした、茶髪が隣にいるから明智が髪染めたのかと思った。花音の友達?」
「え、まさかこいつが目に入れても痛くない奴?」
司くんが怪訝な顔で要を見る。態度悪いぞ、少しは改めないか?
「こちらうちのお隣さんの要。ものすごくいい子だよ」
「どうも、大河要です」
良い子の要がきちんと挨拶をする。
「要、こちら天ヶ瀬司くんです」
「げ」
要の反応に、司くんが眉を顰めて睨む。なので急いで要に近づくと小さな声で注意した。念のため、腕を引っ張って少し彼から離れる。
「ちょっと、要。『げ』はないでしょ、『げ』は」
「だって、あの『天ヶ瀬司』だろ」
「まぁ…ね」
「なんで高校前に遭遇してんだよ」
「こっちもいきなりの登場で困惑中よ」
「あいつ攻略すんの?」
「まさか!」
「ならなんでここに?まさか花音の家に」
「司くんの家か私の家かと言われたら、うちと言うしかないよ」
「もう下の名前で呼んでるの?」
「だって名字は嫌だと」
「それってやばくね?ゲームで親密最高ってヤツだろ」
「まだ中学生だし、高校は外国で過ごすようだし、ただ、友達になりたいからみたいだし、きっと今だけだよ」
「おいおいおい、しっかりしろよ。友達って係わってどうすんだよ」
「なってもただの友達だよ」
「フェードアウトさせるつもりだったんじゃないのかよ」
「キーホルダーさえ持ち出さなきゃ分からないと思ってたんだけど、なぜか私って覚えてて…」
「だから言ったろ?わざと忘れているフリしてた可能性が高いって」
「うう、そんな言わないでよ」
「このままじゃ花音が天ヶ瀬司とエンディング進むかもな」
「進まない、それは絶対に無い。誰とも進む気ないもん」
「いや、可能性あるね」
「え、なんで」
「俺なら、花音の弱いトコ突いて攻略する自信あるもん」
「自信って…それは身内だから」
「明智だってそうだよ、今の所ヤツが一番可能性高いぜ?」
サポート役である要からそういわれると、確定近くて少し怖くなるから嘘でも言わないでほしい。早めに否定しないと。
「それはない。だって今日デートだったみたいだし」
「明智が!?」
「二年五組の巻淵美咲さんとコンサート行ってたよ」
「ありえねー。絶対無いね」
「確かに女と一緒にいたな」
「うん、見たし…寄り添うところも?」
あの藤間さんにやり込められて、項垂れていたら彼女が近づいていったから、きっと背中でも支えてあげたよね?多分。
「疑問系って事は実際に見てないんだろ?ヤツの執念を軽く見てると危ないぞ。あいつが本気になったら、俺なんにも出来ないぞ?怖くて近づけない」
「ほほぉ」
執念って…まさか。
「後でミーティングでもするか。花音は危機管理が全く出来ていない」
「ならば俺も参加だな」
「そんな…って。え?」
いつの間にか司くんも側にいて、会話に参入していた。要と一緒に彼を凝視すれば、にやりと笑い返された。
「そのミーティングってやつ」
「えっと…その?」
緊急事態に参謀を見れば、口を一文字にして固まっている。要、キミだけが頼りなのに!
「少し離れて話す位じゃ俺の耳、届くよ」
「えーっと」
背が私達より高い所為か、見下げるように見られると怯えてしまう。
「なんか面白そうだな。早くお前んち行こうぜ」
「は、ははははは」
もう笑うしかなかった。教訓、外で重要な事は話さない方がいいです。
「ごめん。花音」
ケーキを抱きしめ、落ち込む要に笑って返す。
「ううん。曖昧にするより、はっきりするべきだったのよ」
「花音、もしかして」
「もうぜーんぶ、言うわ」
「全部?」
「そして軽蔑してもらいましょ」
「どうかな」
前を歩く司くんが、少し振り返り悪そうな笑みを浮かべる。
「全部か。何が聞けるんだろうな」
「ふふん、余裕ぶっていられるのも今のうちよ」
もう怖くないぞ。猫を被るのはなしだもんね。
「花音、俺はずっと花音の味方だからな」
「ありがとう。後でノート持ってきてね」
「本気で言ってるの?」
「あの話を聞かされたら、私を頭のおかしいヤツ扱いか侮辱された気になるかもしれないでしょ」
「どんな話か楽しみだな」
「その余裕。どこまで持つか楽しみね」
もういいや、軽蔑してもらってキーホルダーを返して、とっととお話から退場をお願いしましょう。
「明智にも言ってないのに…」
要が落ち込む。
「明智くんは私達の願いどおり、自分の青春を謳歌してんの。邪魔したら駄目よ。もう忘れましょう」
陰ながら彼を応援してあげなくちゃ。
「さ、天ヶ瀬司くん。あれがウチよ」
「司でいい」
「なら、天ヶ瀬司」
「フルネームで呼ぶな」
「ウチで一時間耐え切れたら、何でも条件飲むわ」
「だから花音、そういう自分を追い込むような条件を言うなって」
要が注意してくる。
「でも、話したらきっと激怒して出て行くと思うし」
「予想で後悔するような事を言うなって。頼むからさぁ」
「分かった。と言うわけで『何でも条件飲む』じゃなくて、応相談で」
「なんかセコイな」
不満そうな彼に、要の注意した気持ちに気付く。無理難題押し付けられそうな気がしたからだ。もしかして、私間違ったことをしてる?
「じゃ、俺、すぐにノート持って行くから」
「分かった。部屋で待ってるね」
ケーキを持って自分の家に入る要を見送り、私も家に向かう。
「こっちがお前んちか」
「そうよ」
玄関を開けると、大きな声で帰宅を告げた。
「ただいまー」
靴を揃え、家に上がる。
「あ、ウチでは靴を脱いでね」
「バカにすんな。それくらい知ってる」
「外国暮らしが長そうだったから、つい思っただけよ」
「そ」
「馨ー、ただいまぁ」
居間の扉から弟が顔を出していた。扉に掴まり、立っている。
「すごいすごい、よく立ってお出迎えしてくれたねー」
「かー」
今すぐ抱きしめたいが、手を洗っていないので断腸の思いで耐えた。
「花音お帰りなさい。って…お客様?」
お母さんが代わりに後ろから弟を抱きあげる。
「初めまして、天ヶ瀬司です」
「え。あら、まぁ」
先程までの不遜な態度はどこへ消えたのか、礼儀正しい彼がそこにいた。
「こんな時刻に申し訳ありません。少しお話したくお邪魔させてもらいました」
「あらあら、こんな所にごめんなさいねぇ」
「いえ。そちらが花音さんご自慢の弟さんですか」
弟に微笑みかけるが、甘かった。
「あー、うー!」
ご機嫌斜めに顔を背けられる。出迎えてくれた愛らしい顔が不機嫌そう。
「おねむかしら。でも、花音一体…」
不思議がるお母さんに説明すべく、笑うように話す。血反吐が出そう。
「実は送られてきたチケット、天ヶ瀬司くんからだったんだ。それで」
「そうなの?まぁ、まぁ!」
うう、お母さん嬉しそう。何を考えているのか見えるだけに、止めてほしい。エセ王子だよ、その顔に騙されないで!
「こんにちはー」
要が家に入ってきた。
「あ、要くん、今花音にはお客が」
「ううん、お母さんいいの。さっき三人で話が盛り上がってね。今から少し部屋で話そうと約束したの」
「あら、そうなの?」
「クリスマスの料理手伝えなくてごめんなさい」
「いいわよ、気にしないで」
「馨も…後でね」
「あーあー」
私に抱っこされようと弟が両手を伸ばす。が、今は駄目なのだ。
「さ、こっちよ」
部屋に案内すべく、階段を上る。
「おばさん、お邪魔します」
要が居てくれるのが、せめてもの救いかもしれない。
「あ」
突然私が立ち止まったので、背中に天ヶ瀬司がぶつかった。
「なんだよ、いきなり」
「少し待ってて」
廊下に彼らを待たせて、先に部屋に入る。
「まだ入らないでね」
「別に汚くても気にしないぜ」
「失礼な」
扉を閉めると、持っていたコートをハンガーに掛けてクローゼットからジーパンとトレーナーを取り出した。
「もう入っていいよ」
「おう」
要と一緒に天ヶ瀬司が入ってくる。
「別に汚く無いじゃん」
「着替えを取ってたのよ」
「俺を入れたと言うことは、目の前で着替えんの?」
「あんたと同じ事するわけ無いでしょ!」
「花音、天ヶ瀬司の着替え覗いたわけ?」
「覗くわけないでしょ!」
カーペットの電源を入れると、部屋の電気もつけた。冬は夕方になると、薄暗くなるので早めに着けないといけない。
「カーペットの電源入れたから、少し温まるの待って」
まだ部屋が寒いけど、しばらくすれば温かくなるだろう。
「それじゃ私、着替えてくるから」
それだけ言うと、扉を閉める。要には悪いけど、早く来たので仕方が無い、天ヶ瀬司と仲良く待ってって。急いで1階に下りると洗面所に入る。ワンピースを脱ぐと、持ってきたジーパンとトレーナーを着た。やはり着慣れた服が一番楽だな。手洗いうがいをして、顔も洗うと気持ちが少し落ち着いた。
「お母さん、いきなり友達呼んでごめん」
居間に入ると弟がとぼとぼ歩いてくる。
「馨もごめんねぇ。知らない人が来たからびっくりしたね」
「かー」
抱き上げるときゃっきゃと笑うから、思いっきり抱きついた。愛らしくて悶え死にそう!幸せすぎて、怖い。
「いきなりで驚いたけど、キーホルダーの彼が来るなんて…ステキねぇ」
やはりお母さんの頭には何かが咲いていたようだ。誤解だよ、と教えてあげたい。
「ただ少し話をするだけよ。すぐに帰るわ」
「そんな事言わないの。テレビに出るような人なんだから、忙しいんでしょ?時間を縫って会いに来たんだからちゃんとおもてなしをしなさい」
「はーい。でも疲れていると思うよ?今日演奏していたし」
「凄いわね!」
「だから早く帰さないと」
「もしご飯食べていくなら、どうぞって言うのよ」
「食べないよ、いいところの坊ちゃまみたいだし」
「花音、ほらお茶が沸いたわよ」
お母さん、あんまり私の話、頭に入ってきてないでしょ。
「あ、紅茶なんて、煎茶でいいよ」
「なら貰い物のお煎餅が…」
「堤さんちのミカンもっていく」
「花音」
「だっておせんべいで粉が部屋にこぼれたらヤダ」
「もぉ…」
お母さんがお茶を注いでくれたので、弟を下に降ろすと湯飲みをお盆に載せた。すぐに運ぼうとしたが、縋りつく弟で動けない。
「あ、ごめん、お母さん。馨が」
「はいはい。お姉ちゃんの邪魔をしちゃ駄目よ」
「うーだぁー」
いやいやする弟に後ろ髪引かれる思いで居間を出る。弟と一緒に居て現実逃避をしていたいけど、目の前の問題を片付けないとね。
「さー。さっさと済ませて楽しいクリスマスパーティをしよう」
気をつけて階段を上り、部屋に入る。
「はい、お茶」
机にお盆を載せると、端においてあった簡易テーブルを出す。3人囲むには少々狭いが仕方ない。要と天ヶ瀬司の間に置き、机の上のお茶を移動させた。
「あっと、そうだ」
机の引き出しから例のキーホルダーを取り出すと、天ヶ瀬司の前に置く。
「お前にやるって言ったろ」
「話しを聞いたら持って行ってほしいの」
「例のフェードアウトにさせる為に?」
「それも、あるかな」
彼は少し考えて手を伸ばしたが、お茶の方を取った。
「話を聞いてから決める」
そう言うと軽く啜る。
「分かった」
私は息を整えるように深呼吸すると、2人に向かって言い放った。
「では、恋する星のメロディーのミーティングを始めます」




