友情
試練とはなんぞや。
そんな問答をつい頭に浮かべてしまいます。
「はぁ…」
「ほらほら、ちゃんと説明したでしょ」
「はい…でもまかり通りますかね?」
「通るわよ。花音ちゃんは十分大人なんでしょうから」
耳がとても痛いです。
「出来る限り頑張りますので、援護をお願いしますね」
加納さんが苦笑しながら車を発進させる。
「幾つになっても『親』にはなかなか逆らえないものよね」
「それは経験からですか?」
「あら、花音ちゃんが一番実感しているんじゃないの?」
「うう」
未成年は辛いんですよ…そういや冥加さんも未成年だった。あら?19でお父さんの会社を手伝っている、でいいんだよね?大学卒業まで待てなかったのかな?
この車は冥加さんと通信できるようになっている。けれど、あの発信機の話から彼は沈黙を忠実に守っていた。やはり加納さんの命令には逆らえないのかな…。それより、大学とかそこらへんどうなっているのか聞きたい。4年で実績を、って言っていたけど大学大丈夫なのかな。
「どうしたの?」
「え、あ、その」
「大丈夫だって、なんとかなるわよ」
勝手に自分の心配事と勘違いされてしまった。冥加さんの事だとはっきり言えば良かったのに…いや、彼のプライベートな件の話だから止めておくか。なんで学生なのに会社を手伝わなくてはいけないのか、仕事は危なくないのか気になるけれど、聞いたところで私は何も出来ない。興味本位でなんて失礼だしね。うん、今の私は中学生なんだから、何も考えず好意に甘えておこう。
「じゃ、準備はいい?」
「はい」
私の家の前に車を止めると、颯爽と加納さんが降り立つ。私もそれに倣うけれど玄関の前で怖気づき、固まってしまう。
「うう」
「ほら、ファイト」
自分の家なのに、どうも敷居が高いよう…。
「た、ただいま」
玄関の扉も重い気がする。いつだったか、藤間さんが音も無く開けたな。どうやったらそんな事が出来るんだろう。今度試してみようか?
「おかえりなさい、花音」
お母さんが居間から出てきて、驚く。
「どうしたの?その格好」
「へ、へへ…似合うかな…」
「似合うもなにも…珍しい」
うっ、確かに今までシンプルな服ばかり着てきたので、こんなピンクの柔らかふんわりワンピースなんてコスプレクラスに入りますよね。
「お邪魔します。遅れてしまってすみません」
加納さんが完璧スマイルで玄関に入ってきた。
「あ、加納さん。今日はありがとうございます」
「いえ、ただ申し訳ないことが」
「どうかされたんですか?」
加納さんの困った顔に、お母さんも不安がる。
「実は花音さんの服が汚れてしまって…」
「そうなの?花音」
「実は…」
「そこで私の妹の服を急遽花音さんに」
「え、では後でクリーニングしてお返しします」
「いいえ、良かったら花音さんに着てもらえたら嬉しいです」
「そんな…こんな上等なものを、新品じゃないですか?」
うん、生地がすごくいいもん、絶対これ高いって。…冥加さんが選んだんだよね?どうやって選んだんだろう、聞いてみたい気がする。加納さんのようにおちょくりたくは無いけど、つついて見たい…なんて。
「もう着れませんから。妹の成長は早く体格もかなり良くなりまして、サイズが合わなくなってしまったんです」
実際妹さんは高校生なので、サイズが合わなくて当たり前なのだが、病院で同じ歳と言ってしまったから…そういわないといけないもんね。
「妹のお下がりになってしまって、失礼になってしまうのですが…良かったら受け取ってもらえると嬉しいです」
「でも」
「家に置いておいても誰も着ませんから」
お母さんが悩んでいる。そうだよね、親戚や友人じゃない人から『お下がり』は難しいよ。
「恥ずかしながら私の趣味と妹の趣味は違っているようで、着てもらえなかった服がたくさんあるんです」
「そうなんですか」
「似合う服を用意したつもりなんですが、全部クローゼットに入れっぱなしで…一度も着てもらえなかったんです」
とても悲しそうに話すので、お母さんが同情したようだ。
「分かりますわ」
思い当たるような顔で頷き、私の方をチラリと見る。わー、なんだかお母さんの目を見ることが出来ずに逸らしてしまう。
「花音も私が買ってきた服を…」
やっぱりきたか!…中学生がどういう感性なのかわからないけど、平均の服は苦手だったりする。流行の服や派手な色とかは避けて通りたい。
「絶対似合うのに着もせず分かってくれなかったりすると、悲しいですよねぇ」
「ええ。一度でもいいので袖を通してくれれば」
うう、2人で服を着てくれない苦悩を語り始めてきた。目を逸らしているのにチラチラと来る意味ありげな視線が痛いです。
「それに妹は行儀見習いで遠くに行ってしまったんです」
「まぁ、行儀見習いに」
「私がプレゼントした服は置いていかれて、…なので受け取ってもらえたら、花音ちゃんが着てくれたらとても嬉しいのです」
「それなら…」
「ありがとうございます!まだあるんですよ、今度ダンボールに入れてお持ちしますね」
「え」
加納さんが畳み掛けてきたので、お母さんが戸惑う。
「花音ちゃん、絶対に似合うから着てね?」
「へ」
今度はこちらへにっこりと微笑みを向ける。
「これからすぐに身長や体型が変わるから、そんなに着れる期間はないと思うけど宜しく」
「は、はい」
「それでは表に車を止めたままにしておりますので、これで失礼します」
「あ、その」
「花音ちゃんまたね」
加納さんは姿勢良く頭を軽く下げて玄関の扉を閉めた。玄関から出てお見送りをと急いでお母さんと靴を履くも、扉を開くと車が走り去ってしまっていた。
「…あっと言う間だったわね」
あまりに早い展開にお母さんはついていけなかったようだ。気持ち分かるよ、ママン。
「うん。なんだか良く分からないけど、妹さんの着てもらえなかった服を着てほしいって」
「気に入られたのね、花音」
「着せ替え人形みたいだったけどね」
「でもいいのかしら…本当に高そうよ、これ」
「汚さないように気をつける」
せめてこのワンピース代…あと下着代も冥加さんへ支払おう。かなりの金額だろうけど、…か、返さなきゃ。10万以上しませんようにと祈りたい。
「なんだか落ち着かないから、着替えてくるよ」
「あら、どうせならお父さんにも見せてあげなさいよ」
「ええー、本気で?」
「似合ってるわよ、その格好」
恥かしい、ものすごーく恥かしい。
「お父さん、お父さん!」
「やめてよ」
「どうした?」
居間から弟を抱えたお父さんが顔を出した。
「な、花音か」
弟は私に一生懸命手を伸ばす。そんな無邪気な顔とは正反対に、真剣な顔でお父さんが私を見つめる。
「もしかして、本当はデートだったんじゃないのか?」
「へ」
「そんなにめかしこんで…一体何時に帰ってきたんだと思ってる」
「おと」
「いいか、恋はした方がいいと言ったが、きちんとしたお付き合いをだな」
「お父さん!」
「いくら好きでもそれは熱病のようなもので」
「お母さん、タッチ」
私を諭そうと語り始めるお父さんをお母さんに頼み、私は部屋に移動した。お願いします、これ以上疲れさせないで。
部屋に戻ると、行く時に並べた服がそのまま置いてあった。何度も眺めて何を着ていくか考えていた午前中が懐かしい。
「なんだかどんどん面倒な事になってきている気がする」
私はワンピースを脱ぐと、綺麗にハンガーに掛けた。そして自分の下着を出すとすぐに着替える。
「このベビードールだけは汚せない気がする」
着慣れない下着を脱いで、普段の自分の下着を身に着けると何故かホッとできた。
「つくづく庶民だよね、私」
クローゼットに服を片付け、トレーナーとデニムのミニスカートを履くと机に座って一息つく。
「飴屋と香水屋か…今度和田くんに話を聞いてみよう」
氷室ノートを記憶している明智くんに聞きたいけれど、先週から姿を見ないし顔を合わせにくいので聞きにくい。机の引き出しに彼の携帯番号があったっけ…掛けてみるかな?
「そういえば、破壊させたんだった」
携帯を破壊させたけど、彼は再契約したのかな?そのままなんだろうか?
「そういえばクリスマス、一緒にコンサートに行こうと誘ってくれてたけど、反故になったんだろうな」
今考えたら、それってデートみたいだな。いや、彼は私に友情や家族での愛情を求めたんだ、それはないか。
「………はぁ…」
楽しいはずの加納さんとのお出かけが、最後のミスで最悪な事をしでかしてしまった。あの香水屋と呼ばれた人は、何者なんだろう。江里口くんのお守りが無ければ、あのまま眠っていた。氷室ゲームの怪しい店主って所かな…ならば香水を使って怪しげな事をする予定だったのかな?
体に良くないものを使用してハーレムを作り、攻略対象者達と怠惰な日々を送るのが氷室ゲームの最高のエンディング。こちらは天ヶ瀬司と全イベントをこなすことで、オープニングと繋がった最高のエンディングとなる。貴公子と今は呼ばれているけれど、私の王子様役は天ヶ瀬司なのだ。
氷室くんは宇留間さんに会うために無意識に頑張っている。私はライバル女子の幸せな姿を見たいが為に頑張っている。
なのに、痴漢や変態が出るわ、薬入り飴が出るわ、香水屋なる人も現れるわ、障害が多すぎよ。江里口くんが消えた謎も、アクセス権の謎もある。
「誰か両方のゲームの完全攻略本持ってないかな…」
疲れの取れないまま日曜が終わりを告げる。
朝。いつものように要と走り、一緒に登校して学校に向かった。
「ああ…」
吐き出す息が白く、私の憂鬱が流れ出したような気分になる。
「そんなに痛いなら、取れば?」
いつも通りなのだが、髪型だけいつも通りじゃない。伸びた髪を二つに分けて結んでいる。加納さんの言う、形から変えるというやつだ。
「ううん、頑張る」
髪を結んでいる女の子はすごいと思う。かなり頭皮に負担をかけていると思うからだ。遥ちゃんは毎日長い髪を結んでいたな、あれは平気なんだろうか?
「ならさ、1つにまとめれば?二つに引っ張ってるから痛いんじゃないの?」
試しに1つ結びをしてみたら、だいぶ痛みが治まった。
「おお」
これならしばらくマシかも。
「でもいきなり髪を結んだり…おしゃれでも始めたの?」
「ちょっと外見を変えてみようかと思って…」
「あんまし変わってないと思うけど」
「…遠くから見て、違うかもと思ってくれればそれでいいのよ」
「さいですか」
こちとら命が掛かってますからね、ん?違うか、人生が掛かってますからね、だ。平穏な人生を楽しみつつ、幸せそうな人たちの将来を展開していく姿を見せてほしいだけなのよ。
「お、おはよう」
挨拶が聞こえたので振り返ると、地場くんが立っていた。
「おはよう!地場くん」
笑顔で挨拶をすると、大きな体を揺らしながら側に来る。
「土曜日は付き合ってくれてありがとうね」
「ううん。楽しかったから、また誘ってほしいな」
「いつでも付き合うよ、また本の話を聞かせてね」
白い息を吐きながら、彼はハンカチを出して顔の汗を拭う。
「花音、花音」
要が私の袖を引っ張った。
「そうだ、あの時話していた一緒に走っているお隣さんの大河要だよ」
「ウス」
要が軽く頭を下げる。
「地場結人です」
3人並ぶと、道を塞ぐので要が一歩下がった。
「伊賀崎さんはいつから走っているの?」
「んーっと、ほんの数年くらい」
「数年なんだ」
「?、うん」
なにやら考えている様子。もしや地場くんも朝走ってもいいかなと思い始めているのかも。
「誰もいない道を走るのは気持ちいいよ!」
「うん」
家がそこまで近くはないので、一緒にとは誘えないが出来れば同好の士になりたいな。
「僕、生徒会の仕事があるから先にいくね」
「そっか、頑張ってね」
「ありがとう」
地場くんは学校へ早足で向かう。
「あのさ、もしかして…」
後ろにいた要が横に来て、小さな声で囁く。
「なに?」
私も耳を近づけた。
「走ってるつもりじゃないのかな」
離れていく地場くんを見れば、せわしなく手を振っている。
「私の朝のジョギング話に感化されたのかも!」
「……そうかな」
「水を差さないでよ」
「はいはい」
学校へ着くとさりげなく明智くんの靴箱をチラミしてから教室へ行く。今日もまだ来ていない。遅く登校するように変えたようだ。帰りも私より遅いみたいで…本格的に避けられていると思うと、かなり切ない。
教室に着くとカバンを机に置いて4組に向かった。狙いは和田くんだ。彼は女子に人気なので、まだ登校していなかったら靴箱で少し待ってみるのもいいかもしれない。教室から呼び出しはあらぬ反感を抱かれてしまう。
別所さんの事件は、また起きる可能性があるのだ。今度は男性なだけに、確執はすごい事になりそう。細心の注意を払おう。
「……」
さり気に4組の前を通り、和田くんを扉の隙間から確認してみる。来てはいなさそうだった。
「そうだ、先に靴箱を確認すれば良かったんだ」
なんだか間抜けだなぁと靴箱へ向かおうとするも、愛梨ちゃんがこちらへ駆け寄ってくる。彼女は今登校したようだ。
「花音ちゃん、おはよう」
嬉しそうな笑みは花が綻んだよう…今日も可愛いです、愛梨ちゃん。
「おはよう」
「お買い物はどうでした?いいものが見つかりました?」
「え、うーん、全く買えなかった」
「そうですか…なら、今度は私と一緒にお買い物に行きませんか?」
「いいよ。でもいいの?」
「はい」
「なら自転車で行く?」
「はい」
笑顔で彼女が何度も頷く。
「おっはよー、何話してるの?」
堤さんが私たちの間に入ってきた。
「今度愛梨ちゃんと買い物に行こうって話してたの」
「買い物?何を買うの?」
「洋服を見てみたいなって。一度もそういう場所に行ったことないから」
「私もあんまり行かないって」
愛梨ちゃんをフォローする。実際あんまり行ってないんだけどね。
「ならさ、私すっごい安いお店知ってるよ」
「え、もしやそれって」
「それでね、自分で少し縫いなおすの!面白いよ!」
堤さんは器用女子でしたか、それは羨ましい。
「なになに?なんか面白い話でもあんの?」
山崎さんが堤さんの背中に圧し掛かってきた。
「あのね、今度伊賀崎さんと頼元さんがショッピングしたいって」
「へぇー。まぁ新しい店がたくさん出来てきたもんね」
「そっちのほう?高くない?」
「冷やかしにいくのも楽しいよ」
冷やかしですか…彼女がお店に行くと市場調査のような気がしてくるのは何故だろう。
「いいわよ、行ってあげても」
突然三条さんが入ってきた。
「明智くんは来るんでしょ?」
あ、そっち狙いでしたか。
「ううん、来ないよ」
「なぜ?伊賀崎さんがいるのに」
これはどう答えようか悩んでしまう。
「ちょっとね」
「振られたのね」
言葉を濁したのに、ばっさりと切られてしまう。三条さん、容赦ないです。
「まぁ、伊賀崎さんも磨けば少しはいい所があるかもしれないから、頑張れば」
「ありがとう、三条さん」
「誰も褒めてないわよ。自分を卑下してばかりで磨かない伊賀崎さんに呆れただけよ」
フンと顔を背けられるけど、不器用な優しさが癖になりそう。
「そうだ、一緒に行ってもいい?」
堤さんが思い出したように私たちに聞いてきた。私が愛梨ちゃんを伺うと頷いたので、快く了承する。
「うん、試験も終わったしみんなで出かけよう」
「なら美咲と別所も誘ってみるか」
山崎さんがにやりと笑う。
「百花ちゃん来るかなー」
「…最近教会にばかり行って」
三条さんが少し俯く。
「土日通ってるんだよね」
それは知らなかった。
「一応誘ってみるか」
頭を掻きながら山崎さんが唸る。
「もう前の別所とは違うから、きっと仲良くなれるよ」
「あ…百花ちゃん謝りたいって言ってたもんね、ちょうどいいね」
堤さんが笑顔になった。
「そろそろチャイムが鳴るわ、教室へ行きましょう」
「花音ちゃん、またね」
「うん。みんなまたね」
ウキウキ気分で教室へ歩いていると、和田くんがこちらへ歩いてきていた。
「あ、おはよう和田くん」
「おはよう」
「少し聞きたいことが」
時間がないので手短に話す。
「いいよ。お昼休みにでも話す?それとも放課後が都合がいいかい?」
「和田くんの支障がでない時間はどっち?」
「なら放課後一緒に帰ろうか」
「ありがとう!靴箱で待ち合わせしましょ」
「楽しみにしているね」
…和田くんスキーの女子に聞かれたら、刺されそうな気がして怖いよ。
「よ、宜しくお願いします」
「こちらこそ」
いつもの笑みを浮かべて彼が通り過ぎていく。
「は、はは」
あのさらりと言える言葉で女子を魅了しているのか、笑顔で魅了しているのか…将来が神父さんで良かった。ホストかジゴロになられたら天職過ぎて怖いよ。
「!」
目の端に視線を感じたので、そちらを向けば2組の教室の扉に明智くんがいた。今登校したのだろうか?ジッと見ていると、すぐに教室の中へ入っていった。
「……」
前髪と眼鏡でどんな視線を私に向けていたのか分からない。せめて侮蔑の視線でないといいな。
「いけない、いけない。いつも通りに振舞わなくてはね」
気にする事無く笑顔で1組に行き、教室に入る。
「伊賀崎さん、おはよう」
設楽さんが私に気付いて挨拶してくれたので、私も返す。
「おはよう」
「珍しいね、髪型変えたんだ」
「うん、ちょっと事情があって…」
そこで思い出した。
「…ちょっとしまったかも」
「ん?何が?」
冥加さんとしばらく自宅で大人しくしていると宣言したことをうっかり忘れて、お出かけする約束をしてしまった。私の記憶力は、猿以下かもしれない。うう…せめて地元でお買い物できるようにお願いしよう。
「へへ、自分の記憶力のなさに涙しそう」
「えっと、元気出して?」
設楽さんがとりあえず慰めてくれた。




