村野さんと設楽さん
朝のHRで、何か匂いを感じた。どこかで嗅いだ事のあるような…。
「?」
ふと顔を右に向けると村野さんの席なんだが、鼻が近くなった分より匂いが強くなった気がする。これはボディミルクの匂いでしょうか?それともコロン?不快とまではいかないけれど、接触したら移りそうな匂いです。
ついジッと見ていたら、私の視線に気が付いたのか彼女は髪をかき上げながら、ほんの少しだけ笑った。その時見えたのが、耳のピアス。
「!」
村野さんの髪型はボブなので、通常なら見えない耳が髪をかき上げることで見えてしまった。彼女の耳を飾っていたのは透明ピアス。どうしよう、見てしまった。一応うちの校則で貴金属や装飾品は禁止されている。せめて卒業してから開けた方がいいと思うよー、でもそれは余計なお世話か。年上として何か言った方がいいのかもしれないけど、見なかったことにした。
うん、14歳なのだから自分で考えてやった事でしょう。強制や無理強いされたんならともかく、透明ピアスをつけるという事は穴が塞がらないようにする為。ピアスの為の穴を持続させたいから、本人が望んでしていると分かる。ならば、私が言う事は何も無い。
朝のHRが終わったので、1時限目の教科書を机から出していると村野さんから話しかけられた。
「おはよう、伊賀崎さん」
お、花音ちゃん呼び止めたんだ。嬉しい気持ちになり、ちょっとホッとしてしまう。あのまま不自然に続行されたら、嫌だもんね。
「おはよう、村野さん」
正面から彼女の顔を見ると、やはり今日もまつげが見事にカールされている。あれって痛くないかな?昔まぶたを挿んだ記憶があったな。
「今日はいい天気ね」
また髪の毛をかき上げる。あーあ、耳たぶ目立っちゃいますよ?危なっかしいな…いつもの癖って出ちゃうから心配しちゃいます。だって今日から部活があるのだから、先生に見つかる率上がっちゃうよ。あまり校則や多少の化粧に煩くない学校ですが、ピアスは呼び止められる可能性が高い。
「そうだね、天気いいね」
それにしても日々派手になっていくなぁ、村野さん。やはりギャルというやつを目指していたりするのだろうか。あれ?ギャルってもう死語かな?
「…気付いてるんでしょ」
「え?」
「ピアスよ、ピアス。感想を言ってくれてもいいんじゃない?」
私は村野さんに少し近づくと、囁くように話した。
「あの、目立ったら大変なので髪を耳に掛けないほうがいいと思う」
心配してそう告げると、眉を顰める。
「違う、似合うとか、すごいとか、あるでしょ」
えー、それを自分で言う…若さってスゴイ。制服にはちぐはぐ過ぎて似合わないかな、なんて言ったら怒るんだろうな。
「痛かったんだろうな?」
つい疑問系で返してしまう。
「別に。痛くなんかなかったわ」
「中学生で開けるには、道具を買うか病院へ行くかでしょ?親は村野さんに同意しているの?」
念の為に聞いてみた。
「まさか、私が決めて私で開けたのよ」
自信満々に言われる。そっか、やっぱり親の同意無しですか。
「自分で開けるなんて勇気あるね」
「まぁね。可愛いピアスをつける為だもの、これくらい平気よ」
「そっか。おしゃれの為とはいえ、すごいね」
「別におしゃれだから開けたんじゃないわ。似合いそうだったからついでに開けたのよ」
「そうなんだ」
彼女のこだわりは良く分からないけど、本人がそう言うならそうなんだろうね。部外者の私は感心するだけにしておくよ。
「ほんとはプチ整形もしたいんだけどね…部活もあるし、来年の夏休みぐらいしか時間がなさそうだし…ねぇ」
いや、同意を求められても私は整形しないからね?
「はぁ…プチですぐ二重に出来るのに、時間がねぇ…肌ももっと白くしたいし、黒子だって消したいわ」
14歳ピチピチのあなたは何を言っている!贅沢だな。
「村野さんはそのままで十分綺麗だよ」
ちょっと匂いがキツイけど香りをつけて、睫毛にカーラーして爪に透明マネキュアをして制服のスカートを短くして…おしゃれな学生そのものだよ。うん、綺麗になろうとする努力は見習いたいくらいだ。飽くまで心意気の話だけど。
「まだまだよ。もっと目が大きくなりたいし、唇ももっと肉厚になりたいし」
こういった気持ちがあるから綺麗になるのかも。成人してから同窓会ででも会いたいな。めちゃくちゃ洗練された女性の姿を見せてほしい。
「あ、先生だ。とりあえず耳が出ないよう髪をかき上げないで頑張ってね」
クラスメイトとして忠告して、授業へ臨む。タバコや薬…例の飴玉とかじゃないから、別にいいでしょ。学業や周りのみんなに差し支えなければ、問題はないと思うよ。
1時限目が終わると村野さんは席を立った。彼女は休み時間になるとよくトイレへ行く。身嗜みに対してこんなに情熱があるなんて…彼女といれば流行とか簡単にレベルアップするんじゃないかと少し考えてしまうよ。
「はぁ…」
先程私を労ってくれた設楽さんが大きなため息をつく。あまりに大きかったので、振り返ってみた。
「どうしたの?設楽さん」
「伊賀崎さん…実は村野なんだけど」
「村野さんの事?」
「見たでしょ?と言うよりも見せられたでしょ」
見せられた…ああ、ピアスか。
「まぁ、うん」
「昨日村野の家に遊びに行ってたんだけど、目の前で普通に会話しながら開けてるのよ」
「え、突然開けたの?」
「ガチャってすごい音がしなきゃ、ピアス穴を開けたなんて気が付かないくらい、平然と開けたの」
「ためらい無しで開けるなんて、度胸あるね」
「アレは度胸とは違う気がするわ」
「そうなの」
設楽さんがこめかみを抑える。
「どうしてこうなったんだろう。ちょっと前まではそんな事なかったのに」
「確かに、最近派手になったなとは思ったけど」
「伊賀崎さん、誰か良い人紹介できない?知り合いに誰かいない?」
「へ」
突然何を?紹介できる人?今のところ難しいです。相手がいる人ばかりなので、他の人と言われても難しいですよ。
「ごめん、やっぱり忘れて」
「う、うん」
村野さんがトイレから帰ってきた。手荷物のポーチが女子っぽいな。
「どうしたの?」
私と設楽さんが話していたので、気になったようだ。
「設楽さんが頭痛いかもって」
誤魔化すためにいった言葉だけれど、こめかみを押さえているので、本当に頭が痛いのかも。
「あれ?大丈夫?」
「うん、平気よ」
「設楽さん保健室に行ってみる?」
そうだ、彼女は保健委員だ。なら、付き添いした方がいいのかも。
「私か村野さんで保健室に行くよ」
ここで村野さんが行くといえば、引き下がろう。だって友達同士の方が気が楽になるよね。
「なら武智くんがいいんじゃない?」
村野さんがにやりと笑った。
「え?なんで?」
「1人で十分よ」
設楽さんの眉間にしわがよる。
「武智くん、設楽が頭痛で辛いそうよ」
これは私でも分かるぞ、村野さんの悪意が見える言い方だ。良くない言い方だぞ。
「佐原くん、班員としてどう思う?」
とりあえず、武智くんと一緒に振り返った佐原くんも巻き込んでみた。
「えっと…」
困惑させてしまってごめんね。
「佐原くんは関係な」
「やはり保健委員が設楽さんなので、ここは私が行くべきじゃないのかなと思うんですが、班員の皆様方いかがでしょうか?」
村野さんがどうして悪意を持っているのか、ムカついているのか分からないけど、とりあえずしこりを作らないようにしたい。
「いいと、思う」
佐原くんからOKを貰ったので、早速設楽さんの側へ行く。
「では二票獲得したので、2時限目の先生へ報告を宜しく」
「ありがとう」
設楽さんからお礼を言われて、笑顔で頷く。一体何についてお礼を言われたのか分からないが、感謝されるのは嬉しいからね。
「いってらっしゃい」
武智くんがボソリと呟くのを聞いて、教室を出た。
「頭痛大丈夫?」
休み時間が終わるので、廊下に人が少ない。
「うん…いま生理中だから、一緒に頭痛が来るの」
「あ、そっか…病院で見てもらった?」
「そんな大袈裟な」
医療費を考えたら、今のうちだよ?といいたかったけど止めた。なんかおばさんくさく感じたので、少し言動に気をつけなきゃ。
「でも村野さん、何かあったの?」
「ん、少し」
「そっか」
少しあったんだ。早く仲直り出来るといいね。
「………」
そういえば保健室はあの打撲事件で逃げ出した場所でもあったな…保健の先生にあまり会いたくないので、入り口で逃げられないかな。でも設楽さんを連れて行くと決めたんだから、最後まできちんとしたい。
「聞かないのね」
「え?何が?」
「村野との事」
「言いたくないのなら言わない方がいいと思うし、言いたいなら言うだろうし…」
「なんだか伊賀崎さんらしいね」
「そうかな」
設楽さんは一階へ降りる階段で立ち止まる。
「最近、英語に興味はあってね」
「へぇ、いい事じゃない」
「ありがと。それで色んな映画とかドラマを見ながらリスニングしているの」
「うわ、私は字幕追ってしまいそう」
「だよね。それでやっぱり外国の人と知り合って話したいと思ってたら」
「うん」
「ちょうど武智くんの家に、アメリカの留学生の人がいて」
なんとなく分かってきたぞ。
「最初は、村野も一緒に武智くんの家に行ってたのよ?でも…」
「そっか」
「明智くんの件もごめんなさい」
「ううん。大丈夫、設楽さんは何も」
「違うの」
「え」
「実はね、私は5月20日生まれで、村野は8月20日生まれなの」
20日揃いって事かな?
「それで、何かにつけて村野は、私たち似てるねって」
他の20日産まれの人はどうなるんだろう…。
「前から明智くんが気になってたらしいんだけど、私が武智くんと知り合うと」
「知り合うと?」
「明智くんと付き合うのが運命だった、と言い出したの」
「それはどういう」
「武智と明智で下の漢字が一緒でしょ?」
「ええ、まぁ」
「それで私たちの名前が美香と真美だから、同じ漢字がある」
ちょっと待て、ならあの村野さんの頑張りようはもしや…。
「お互い似た漢字の人と付き合うなんて、これって運命、って奴ですか?」
設楽さんは申し訳なさそうに頷く。
えー…そんなんで誰かを好きになれちゃったりするの?おかしくないですか?
「もし、那智さんや美智さんやら出てきたら」
「ターゲットにするでしょうね…」
友達ってこういうものだったかな。
「一応この前、武智くんと一緒に誤解を解いたんだけど仲がぎくしゃくしちゃって」
「今だけだよ。きっと今に村野さんにとって大事にしてくれる好きな人が現れるって」
「そうだといいんだけど」
そっか、村野さんは変な所にこだわりが出来てしまったのか。3年生になる前に明智くんと仲良くなろうと考えていたのは、私とクラスが変わったら会いにくいと判断してか。飽くまで私が橋渡しの存在だけだった、それが悲しい。別にいいけど…むなしくなってしまうぞ?
「設楽さん、あんまり村野さんの事を気にしないで生きた方がいいよ」
「え」
「ごめん。なんだか村野さんを気にしすぎて自分を後回しにしそうなイメージがあるから」
「そうかな」
武智くんといい関係になろうとしても、村野さんを気にして壊れてしまいそう。これが定着してしまうと高校、大学まで響くんじゃなかろうか。
「まぁ村野さんにはこれから数字や言葉のキーワード関係なく、人生を考えてほしいね」
「それは思う」
和やかに話しながら保健室前まで行く。
「武智くんの事、仲良くなれるといいね」
「やめてよ、もう」
設楽さんの頬が赤くなる。中学生の恋っていいねぇ、甘酸っぱい!
「先生、いますか?」
保健室の扉を開けると、先生が出迎えてくれた。
「じゃ、設楽さんお大事に」
授業が始まっているので、その場で先生とバトンタッチする。健康な生徒は授業へ急いで返されるので、言われる前に引き返した。ちょっとやってみたい事があるのだ。静かな廊下を進み、誰もいないことを確認すると例の場所に立つ。
例の場所とは、江里口くんが消えた場所。
「まだですか?」
少し声掛けをしてみた。もちろん、江里口くんに向かって。
「まだだよね」
やはりそこには何もなく、何の返答もない。寂しいなと思いつつ階段に足をかけようとしたら、目の前に何かが降りてきた。
―――グワシャン。
大きな音が響き渡り、冷たい水が足を襲う。
「えっと?」
私は呆然としてしまった。階段の中腹に落とされたバケツに水が入っていて、その水が足へと飛び散り濡れたのだ。
「何の音!?」
保健室の扉が開き、先生がこちらへ走ってくる。設楽さんにお薬は渡したのだろうか?
私は思考が追いつかず、しばらく動けない。一体何が起きたのか、脳内の処理がなかなか進まないのだ。
「伊賀崎さん、何が起きたの?」
「バケツが、上から落ちてきました」
「バケツ?」
先生が側を転がっているアルミ製のバケツを掴む。
「誰ですか!こんな事をするのは!」
びしゃびしゃになった階段を上っていきながら、声をあげて怒っている。
「どうして、こんな…」
もしかしてどこか次元の裂け目みたいなものがあって、そこから現れたんだろうか?それとも江里口くんの消えた現象と関係があって?
「それか」
一番考えたくない可能性を否定したいが、確率的に大きい。
「私を嫌っている誰か?が」
中学二年生が終わろうとしているところに、まさかの問題が降りかかるとは…。これから先を考えると憂いが止められない。
「誰もいなかったわ」
先生が階段を下りてきた。
「そうですか」
出来れば江里口くん関連で何かのメッセージがいいな。この現象の理由は不明なので、まだ希望はある。
「とりあえず危ないので掃除しときます」
「一緒にするわ」
「え、設楽さんは?」
「しばらくベッドで休むそうよ」
「お薬は…」
「あまり必要ないでしょ」
「はぁ」
「それに、もし伊賀崎さんが狙われているとしたら、一人でいない方がいいわ」
先生の心配に、まさかと思う。
「水の入ったバケツが直撃していたら、あなた死んでいたかもしれないのよ?」
「は、ははは」
もし人為的なものならば、命を狙うほど嫌われているという事になる。
「ちょっと凹むなぁ」
「心当たりは?」
「特には」
まさか和田くん関連じゃないよね?和田くんの周りの女子が朝の会話を聞いていたとか?…もしや彼がガールズに『放課後は伊賀崎さんと帰るので一緒に帰れません』発言をしたとかだったら更に嫌だぞ。
氷室ガールズは5人だったけど、和田ガールズは人数不明だから予測できない。
「どこか異次元から落ちてきたバケツならいいのに…」
「何を言ってるの。学校のバケツだからそんな事ないです」
「はい。すみません」
痴漢変態以外に殺意持ちが混ざりませんように、そう願いつつ濡れた廊下を先生と掃除した。




