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恋愛ゲーム、ですよね?  作者: 雪屋なぎ
中学生 編
66/503

江里口奏太2

 彼女は口をパクパクさせて、青くなってました。


「あの、それ、いや、その」


 遥ちゃんは何から話していいのか、分からないんだろう。何せ、転校していった明智くんが目の前にいて、私の頬に大きなガーゼが添えられているのだから。


「まず。私さ、先週階段から転んだんだ。明智くんはまた日本で暮らすんだって」

「そ、そうなんだ」


 困惑する彼女が可愛く見えてしまう。遥ちゃん、なんか、色々と動揺させてごめんね。


「花音ちゃんの怪我は大丈夫なの? 痛くない?」

「うん。平気」

「うう、なんだか痛そう」

「へへ。青あざが酷いから隠してみたんだけど。やっぱり痛そうに見えちゃうかな」

「えっと、少し?」


 首を傾げながら答えてくれるけど、目があさっての方向を見ているので、痛そうに見えるようだ。


「あの、明智くん久しぶり」


 話題を変えるように、彼女が挨拶をする。


「ああ。おはよう、久しぶりだな、一条」


 口調は変わらないが、前と比べて彼の身長が違うので違和感がすごいよね。


「転校してまた転校してくるってなんだか大変ね」

「そうだよね。しかも明智くん、帰国子女だよ」

「海外で生活に英語は必要でしょ? 話せたの?」

「多少は」


 多少って言えるのがすごい。どうやったらあの英文字の列を憶えられるのか、今でも身に付かず疑問だらけなのに。あ、そうだ、遥ちゃんにクッキーを渡さないと。


「だいぶ遅くなったけど、これ」


 お菓子の包みをカバンから出すと彼女へ渡す。


「なに?」

「バレンタインの時にたくさんお菓子貰ったのに、私は何もしなかったしホワイトデーもお返ししなかったから……お詫び?」

「もう、気を遣わなくていいのに。それにホワイトデーだなんて」


 クスクスと笑われてしまった。へへ、ウケた?


「開けてもいい?」

「もちろん」


 たいした物は入ってないんだけどね。


「クッキー焼いたんだ」

「遥ちゃんみたいに凝った物じゃなくてごめんね」

「ううん、嬉しい。それに美味しそう」


 彼女ならただのクッキーじゃなくて、いろんなものを作るんだろうな。遥ちゃんは私の作った渦巻き模様の丸いクッキーを取り出すと、小さな口を開いて齧る。


「さくさくして美味しいよ」


 食べ方が小動物的で愛らしい! なんで所々に可愛さがにじみ出ているんだ、さすがは攻略対象のライバル女子! 女子力がパない。


「俺もくれ」


 明智くんが入ってきて手を伸ばす。


「え、でもこれってチョコ系だよ」

「平気だ」

「そ、そう?」


 遥ちゃんが混乱していたが、私を見ると少し嬉しそうに頷き微笑んだ。


「そうよね。うん、どうぞ」


 何をどう納得したか聞きたいけど、変なやぶへびになりかねないので黙っておこう。


「ありがとう」


 ありがとうって、明智くん、君は昨日うちから持って行ったはずだぞ! しかもお皿に残ってた私の分まで完食したくせにまだ食べるのか。久しぶりに食べたら甘いものが美味しくてはまったの? 少しは遠慮してね。


「では」


 丸いクッキーを2つ取り、口に入れた。おいおい、一口で2枚食べるなんて君はちゃんと朝ごはんを食べているのか? 実はお腹が空いてるの? まだ授業が始まっていないし給食まで持つのか?


「一つ貰ったから、明智くん全部食べていいよ」

「それは悪い」


 悪いなら全部遠慮しなよ。今度既製品のクッキーをプレゼントするからさ。


「そう? なら最後の2枚は私が食べちゃうね」


 ああ、私も食べたい。愛梨ちゃんの切ったクッキー。市松模様なんて、実は面倒で普通なら作らない貴重なものなんだぞ?それを途中冷凍せずに綺麗に作る愛梨ちゃんはすごく器用だ。


「美味しいね、このクッキー」


 明智くんは口に入れたクッキーを噛み砕いているので、遥ちゃんの話し掛けに頷いて返している。クッキーを食べ終わると、遥ちゃんは丁寧に包み紙を畳んだ。そんなところがまた可愛らしい。またまた女子力を感じるよ。私なら無意識にぐしゃっと握り潰すね。


「それにしても明智くんのクラスはどこになるんだろうね」

「1組ならウチだけど、2組なら遥ちゃんの所で」


 4組の和田くんのクラスは口にしない、だって遥ちゃんの前で言いにくい。いくらもう好きじゃなくても、バレンタインまで渡しちゃったからね。


「人数の少ないクラスに入る事になるだろう」


 それは、そうだろう。クラスの人数は少しずつ違うので、はっきりとは分からないけど、5組になったらすごいかもしれない。つい笑いが口に出てしまいそうだ。明智ファンクラブに囲まれて、困惑する姿が楽しみなんて、絶対に言えないけどね。質問攻めにたじたじするといいよ!

 愛梨ちゃんもいるので、良かったら5組で、いや是非とも5組にお願いしたい。一緒に並べば、私と同じ思いを持つ人だって増えるかもしれないしね。三条さんが私と明智くんが不釣合いだと言ってたし、みんなから私より愛梨ちゃんの方が! になる事を切実に祈る。


「どちらにしろ、帰りは待ち合わせだな。伊賀崎」

「え」


 やっぱりそうなるの? でも、今まで1人で帰っても大丈夫だったし、たまたま油断して先週やられたけど、お蔭で気持ちも引き締まった。だから、このまま1人で帰りたいんだけど。


「待ち合わせだな」

「……そうだね」


 二回も言ってきた。やはり明智くんから独り立ちしなければ。またおんぶに抱っこで甘えていくわけにはいかない。彼がいなければ何も出来ない子供にはなりたくないから。


「同じクラスになって、時間が合えば一緒に帰ろうね」


 あ、ムッとされた。でもさ、いくら住んでいる方向が同じでも、いつまでも一緒になんて難しいから! お互いいい年なんだから、そろそろ少しずつ距離を置いていかないといけないと思うんだよね。変に付き合っていると勘違いされたら、今後に響いてしまうしさ、ね?


「ほら、だって待たせるのはすごく申し訳ないじゃない? 私だって用事があって急がなければいけない時もあると思うし、明智くんだってそういう時もあるでしょ」

「ほう」


 前もって用意していた言い訳を述べるけど、目が泳いでしまう。睨まれたら怯みそうなので、目をあわせられない。まぁ、もともと明智くんの目は見えにくいのであわせにくいんだけどね。気持ち、気持ちだけ。


「なら同じクラスになるといいね」


 不穏な空気を感じてか、遥ちゃんがフォローしてくれた。ありがとう! まずはここからだ。私が1人で帰っても平気だという所を見せないと、明智くんの意識も立ち位置も変わらない。


「それに明智くん気を遣いすぎるよ。自分の時間を持たなきゃ」

「自分の時間なら自分で決めている」

「いや、そんなんじゃなくて」

「伊賀崎は俺の隣にいればいい。余計な気をつかうな」


 子離れしてよう、お父さん。可愛い子には旅をさせろって良く言われてるよ? 朝の爽やかなはずの空気が極度に重くなった。遥ちゃん、気まずくさせてごめんなさい。どうやら明智くんに対して交渉失敗したみたい。くぅうう、融通が利かないのか、君は! このままじゃ駄目だというのに。


「じゃあ同じクラスになれたら」


 最後に無駄そうな抵抗をしてみたけど、大きくため息をつかれた。彼の為に話しているのに、なぜ私が聞き分けない子みたいになってるんでしょうか? ちょっと悔しい。私はね、君の為を思ってだね、色々考えてるんですよ! それに私は、君よりも人生経験が豊富なおばさんなんだよ? 年上なんだから、少しは敬ってください。

 居心地の悪い登校をしながら学校に着くと、校門の所で明智くんとお別れだ。転校最初の日なので、職員室へ向かわなければならないそうだ。クラスが決まらないと靴箱の置き場所も分からないからね。


「伊賀崎、帰りは一緒にだ。分かったな」

「……ハイ」

「よし」


 念の押し様にしぶしぶ頷く。

 それに納得したのか明智くんは学校の正面玄関へ向かっていった。威圧感のある命令に大人しく従ってしまうのは、やはり会社の部品だった頃の名残だろうか。


「はぁ……」

「疲れてるみたいだね。大丈夫?」

「うん。遥ちゃん、ありがとう」


 生徒用玄関に着くと靴を履きかえる。1組と2組なので遥ちゃんとは靴箱が近い、私は彼女に今度こそと笑いかけた。


「昼休みの約束、今度は守るからね!」

「でも無理はしないでね? ほら、明智くんも帰ってきたんだし一緒に過ごすんじゃないの?」

「うんにゃ、約束したもんね。遥ちゃんと」

「いいよ、私は大丈夫だから」

「だって女同士で一緒に遊べるの、今だけかもしれないんだから」

「え?」

「遥ちゃんに彼氏が出来たら、私は邪魔者じゃない。だから今のうちに一緒に遊ぶの」

「やだ、もう……花音ちゃんったら」


 照れる彼女は可愛い。これが水原くんのものに……ちょっと惜しいかも。


「それじゃあ、またね」

「うん」


 遥ちゃんと別れて教室へ向かう。


「おはよう」


 1組はまだみんな登校していないので、まばらだ。江里口くんを探すもまだ来ていないのか、見当たらない。明智くんが戻って来たことを伝えたいのにな。

 席に着いて授業の準備をしていると、鬼塚さんが入ってきた。


「おはよう、伊賀崎さん。わぁ……怪我痛そうだね」

「おはよう。へへ、ちょっと失敗しちゃった」

「怪我でお休みって聞いたからビックリしたよ。でもそそっかしいのね」

「まあ3年生じゃなかっただけヨシとしてよ」

「あまり聞きたくない単語だからね。そうだ金曜の授業分のノート見る?」

「ありがとう! 助かる」


 彼女にノートを借りて、自分のノートに写していく。


「伊賀崎さん、おはよう。怪我大丈夫?」

「おはよう、村野さん。大丈夫だよ」


 村野さんも席に着く。前の席の武智くんも来た。そこで先週の話題を思い出す。


「……!!」


 心の中で絶叫したけど、その気持ちを口を開いて表に出さなかった私は偉い。


「どうしたの? 傷が痛かったりするの?」


 固まった私を村野さんが心配してくれた。違う、違うよ、体の傷より心の傷が痛むのよ。何故なら先週噂した私の好きな人である『明智くん』が戻ってきてしまったんですから。

 彼も彼だ、戻るならちゃんと教えておいてくださいよ! 差し替えしちゃったから早速ヤバイ状態だ。高校で再会できるといいね状態だったのが、戻ってきて良かったね状態になったんですから。つい頭を抱えてしまう。


「本当に大丈夫? 頭とかもぶつけたんでしょ?」

「傷だけ見ると、まるで誰かに殴られたみたいだな。大丈夫?」

「村野さん、武智くんありがとう、大丈夫だよ。ちょっと悩んだだけ」

「悩み?」

「あ、ううん、痛みかな?」

「保健室にでも行く? 私付いていくよ」


 村野さん、ありがとう。うう、逃げるように行きたいけど金曜日休んだので授業をきちんと受けたい。どうしよう、本当にどうしよう。朝のHRでどこかのクラスに来る彼が憎いぞ。それにこんなんじゃ愛梨ちゃんとカップルにする難易度が超弩級並みになってしまう。今愛梨ちゃんを噂の表舞台には立てさせられないから容易に何もできない。彼女の心の準備が出来てからだと分かってはいるけど。


「いっがさきさーん!」


 名前を呼ばれたので声の方を向く、すると教室の入り口で5組の堤さんが手を振っていた。何事だろうか……頭に気になる事がたくさんあり過ぎて上手く思考が出来ない。心配する村野さんにことわりを入れて入り口へ急ぐ。そろそろHR始まっちゃうのに、一体どうしたんだろう。


「あのね、あのね」


 ウキウキと楽しげな彼女を見ていると、少し癒される。うう、こんな彼女がいたら、幸せになれそうな気がするなぁ。


「テレビで名前呼ばれてたよね!あれって伊賀崎さん?」


 一瞬眩暈が。いや、立ち直れ、私!


「そうなの? 良くある名前だから違うんじゃないかな」

「あれ? なんとなく伊賀崎さんのイメージだったんだけど」


 どんな直感なのよ……でも鋭い。


「本当に天ヶ瀬司くんの事知らないの?」

「全く。堤さんの知り合いかなにか?」

「ううん。テレビで知った」


 えへへと笑う。


「千尋ちゃんは将来が楽しみな人スクラップ作って、もう切り貼りしてるよ」


 なんだその楽しそうなスクラップは。いつか山崎さんのお宅にお邪魔したい。


「もしかして、山崎さんも疑ってたり」

「うん。これは絶対伊賀崎さんだなって確信してた」


 なんで決定付けるの? 他に「かのん」って名前の人いないの?


「それだけ。それじゃまたね!」

「うん、また……」


 カバンを持っているので、まだクラスに行っていないんだろうな。早く授業の準備をするんだよ?


「そうだ、あとね」

「な、何?」

「怪我、お大事に。元気出してねー」

「ありがとう」


 こちらへ手を振りながら5組へ向かっているので、誰かにぶつからないか心配になる。堤さん、前を見ましょうよ。


「本当にどうしよう」


 大きくため息を付くと、ほんの少しだけ体が楽になった。体に酸素でも足りないのかしら?


「また無茶をしてる?」


 顔を上げたら、江里口くんが立っていた。


「おはよう、もう体調は大丈夫?」

「おはよう。それは自分の事でしょう」


 青白い顔で軽く笑う。大丈夫か? どう見ても病みあがりじゃなく、療養中の人に見えるぞ! 実はかなり大変な病気だったんじゃないの?


「それは江里口くんでしょ。保健室に行く? 今にも倒れそうだよ」

「今日は君が大変そうだから、頑張って来たよ」

「ありがとう、でも無理するのは良くない」

「ははは。なら、少し保健室まで付き合ってもらおうかな」

「勿論!」


 私は彼からカバンを引っ手繰ると、机に置きに行く。


「どうしたの?」


 江里口くんの隣の席に座っていた設楽さんが驚く。


「おはよう、設楽さん。江里口くん倒れそうだから保健室へ連れて行ってくるよ」

「私が行こうか?」

「ついでに私も見てもらうから、大丈夫」


 そういや設楽さん保健委員でしたね、ごめんなさい、仕事取っちゃって。


「先生に伝えてて」

「え、でも」


 困惑する彼女を置いて江里口くんのところへ戻る。下手に付いて来られたら、込み入った話が出来ない。


「さ、急ごう」

「うん」


 教室棟を抜けて保健室のある棟まで移動する。保健室なのに、どうして一番教室棟から遠いのか……。それはその棟に入ってわかった。冬の廊下は寒いけれど、保健室の在る棟の廊下は完全密室だから風は吹き込まない。窓もすりガラスなので外からは見えにくい場所だ。


「静かね」

「そうだね」


 保健室があるのは被服科室や被服準備室の隣なので、授業がある時以外静かだろう。これなら静かに休む事ができる。


「でも江里口くん最近休みが多かったけど、大丈夫?」

「僕は未熟だから……」

「自己管理なんて大人になるまで難しいものよ」

「ははは。そうだね」

「何よ、違うとでも?」

「子供のまま大人になったようなものだから」


 よろめく彼を支えたけど、細い。ちゃんと食べてる?


「江里口くん?」

「君をずっと見ていたかったな」

「え」

「でも、無理かもしれない」

「何を」

「見つかった」


 ノイズが入った? 耳鳴りがする。


「でも出来うる限り、頑張って……みたよ?」

「江里口くん?」

「ああ、やっぱり防壁が効かない。やり方間違えた?」


 目が空ろになり、彼の足が崩れるように膝が曲がった。


「しっかりして」


 倒れないように抱きとめる。


「たくさん君の為に残したけど、何が役に立つのか……」

「何? どうしたの? しっかりして」

「戻れるよう頑張るけど、間に合わなかったらやだな」


 江里口くんの目は虚空を見ていて、会話も通じていない。


「接続が」

「一体何が起きてるの? 教えて?」

「こんな事なら出し惜しみせずに話せば良かった」


 彼に抱き寄せられ頬ずりされた、と思ったら目の前から消えた。江里口くんが瞬間移動でもしたんじゃないかと思うくらいに綺麗に消えた。まるで最初から誰も居なかったように。


「え。なんなの?」


 周りを何度も見回しても、誰もいなくて私1人だ。


「………」


 そっと胸元にあるお守りを握り締めると、存在感を表すようにきちんとあった。彼のように消えていない。それを良かったと思うべきなのか、どうなのか今は判断が付かなくて廊下にそのまま座り込んだ。



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