再会
好き宣言をして噂を蒔いたのは、昨日である。
しかし情報を抑えて、名前や年齢、外見を隠したのにこんなに早く見つかりますか……早急すぎません? この展開は。
前準備もなしにイベントが起きたら困りますよ。前準備は明智新吾が現れた時にどうするか? というものなんだけど、対策も案も何もないので相談して決めなくてはならない。
もちろん相談相手はお隣に住む要だけど、噂の件をすっかり忘れて話していなかった。痴漢の件でうっかりしてましたよ、今日帰ったら速攻で怒られそうな予感が……正座で説教は長くて辛いのに。
「……えっと」
これからの事を走馬灯の様に思い浮かべて悩むも、目の前の男性はこちらを伺っていて、私は何らかのアクションをしなければならない。
現実逃避しても、何も変わらないから悲しい……。
「こんにちは」
一先ずご挨拶をしてみる。礼儀礼節は大切ですから。
「こんにちは」
私の固い挨拶と違い、にこやかな営業スマイルでゆっくり返されました。初対面の時と違う、明らかな仕事仕様です。
良かった……お蔭で少し落ち着きを取り戻せましたよ。だってこの人は全く私に心を開いていません。私なんてどうでもいいと、目が語っています。手遅れになりそうな事はなさそうです。ルートが決まったら危険ですからね、先生のこれからの人生。
「……」
「……」
でもどうしてここに現れたのか? 学校と明智新吾は何か関係があるのか? だって彼は高校教師になりますしね。
「会いたいと聞いていたのに、困ってますね」
本音を見透かされてたので、ドキッと緊張する。見透かしているのなら、察して帰ってもらえませんかね。是非ともお願いしたい。
「あ、はっはは……」
笑おう。笑って円滑な会話に切り替え事情を知ってもらえれば、必ずやきっと理解してくれるはず! 一生懸命頑張って伝えれば、きっと報われる、と信じたい。
「あのですね」
「まだ学校だろうから、後で話しますか」
「え」
説明の途中で区切られた。
明智新吾はふむ、と考えながら背を向けて歩き始める。無視された気分になるのはなぜでしょうか。色々抱えている身としては、ここで一気に片付け終わらせたいんですが。
「いつ、ど……」
声を発し、途中で思いとどまる。高校までこの問題を引き続き持っていって、私の恋愛の防壁にする方がいい気がしないかな? ううん、そうした方がいい。うん、それがいい! 余計な問題を抱え込まない為の保険にさせてもらいましょう。
問題というのは、別所さんに氷室くんの事で誤解された話です。
そう思ったら、声を掛けたのを後悔した。このまま立ち去ってくれれば、入学式の時のようにフェードアウトしてもう会わないかもしれません。彼は少し離れているし、学校は騒がしいので、聞こえてないといいな。
「いつ、どこでか…そうですね」
明智新吾が振り返った。
そりゃそうですよね、振り返りますよね。声が聞こえるようにそれなりの声で呼び止めましたから。
考え込む彼を見て、約一年半後の高校では駄目でしょうか? と問いかけたい。その時は教師と生徒という間柄ですから、外で会うなんて鼻で笑って一喝してくださってオッケーですよ? どんと来いです。むしろそう来て欲しいと……どうか切にお願いします。
「次に会った時にしましょう」
「おおう!」
やった! 避ければ一生会わずに済む……は無理だけど高校まで逃げ切ってみせる! 先生の教師生活の為にも極度に係わらないよう頑張りますから、安心して私に任せてくださいね。意気込みを兼ねて元気一杯に返事をする。
「はい、またいつか!」
まるで遠い約束のように答えた。
なぁんだ、アポイント無しの急な出会いは案外難しい事ではなかった。この場を乗り切った事を喜び、自分の運の良さに感謝する。なかなか見捨てたもんじゃなかったよ、私の運。
手を大きく振って、早く帰れと念じれば、気になる一言が。
「あなたにも、そのうち分かりますよ」
「え? 何が?」
私の質問を華麗に無視して、明智新吾は退場していった。謎の言葉を残して……。何が分かるんだろう? 意味不明すぎて分からない。考えていると、背中を叩かれた。
「あの人が例の王子様ね? 素敵じゃない!」
「え、や、その」
「もしかして、大人なの? やだ」
「会えてよかったな」
「おめでとう」
「フェンス越しの恋人って何かの映画で見たことあるようなシーンだよね!」
「ドラマじゃない?」
「おい、伊賀崎の大事な出会いだぜ、茶化すなよ」
「えっと」
一難さってまた一難。明智新吾の次はクラスメイトだった。先程まで静かだったので、忘れていました。静かだったのはどうやらみんな、息を殺して私達を見守ってくれていたようです。
それにしても好意的な意見ばかり。掃除をせずに会話していた事、会う約束をしていた事などは、公私の区別を付けるべきだと注意されるべきなのに。
「あ、チャイムだ」
校舎から掃除終了のチャイムが流れる。今日はほぼ掃除がはかどらなかった。明日は早めに行って頑張ろう。少しだが集めた葉を箕に移し、ゴミ捨て場へと向かう。その間も会話は続いていた。
「でも時間や場所を決めずに行っちゃうなんて、どうしてかしら」
「素敵じゃない。次会えた時って」
「学校が終わるのを校門で待つんじゃね?」
「そうだと思う」
「このまえ大人が見ていたテレビじゃ、花束を持ってたっけ」
「それ古くね?」
「花を貰ってもねぇ、持ち運び大変よ」
「車で待っているんじゃないかな……」
「佐原、あったまいいな! きっとそれだな」
「どんな車だろう? 今日はドライブ? いいな」
校門前に車で待っている予定なんだ、先生のイメージって……。でもそれは、いかんでしょう。下校時に知らない人の車に乗るなんざ、危険極まりない。
自分の理想である憧れの王子様とやらがいきなり迎えに来ても、疑ってかかるべきだ。美味しい話には裏がある。相手のメリット・デメリットを考えて、自分の身を守るようにしないと、大変な目に遭っちゃうよ?
きちんとお話して、そこらへんの認識をちゃんとしてあげなきゃ危なくないかな? この子達。
ゴミを捨てて掃除用具を片付ける。教室に戻る頃にはみんなの話題が映画の話になっていたので、少しホッとした。例の彼に会ったなんぞ、広めて欲しくない。次の授業の準備をすべく、席に着く。
「とうとう伊賀崎さんが王子様に会ったよ!」
ゴツンと机に頭をぶつけたのは、ギャグかもしれない。それと同時に夢かどうか確認したかったからかも。
「あのねぇ」
私が顔を上げると、教室内が拍手で沸きあがる。
「おめでとう!」
「良かったな」
「やったね!」
「すごい!」
口々にお祝いを述べてくれるのだが、素直に受け取れないので申し訳ない。
「恥かしいから勘弁して……」
私の声は拍手の音で消え去り、誰の耳にも届かない様。チラリと江里口くんを見ると一緒に拍手をしている。本当の事情を知っているのではないかと問い詰めに行きたい。困っているのを楽しんでないかな?
疑いの目で見れば、彼は拍手を止めて指先を胸に押し当て首を傾げる。
それはまるで『僕を選ぶ?』とでも聞いているようだ。
「………」
躊躇していると扉が開き、理科の先生が入ってくる。
「さあ授業を始めるわよ、全員席につきなさい!」
柔和な顔立ちで態度がめちゃくちゃ厳しい先生なので、みんな急いで席に着く。シンとなった教室に私は安堵しつつ、今日これからのスケジュールを考える。やる事は決まっているのだ。まずは愛梨ちゃんへの謝罪及び宇留間さんの話を聞く事、次に要への相談。
次が、これが一番難しい。江里口くんへの体験学習可能かどうかと世界についての話。あ、営業日の話も聞きたい。帰りのHRが終わったら、聞きに行こう。
そう思っていたのに、江里口くんは忙しい模様。HRが終わり振り向くと、もう教室にいませんでした。一言だけと思っていたのですが残念、明日に一縷の望みを掛けよう。
「さてと、愛梨ちゃんはどこかな」
昨日は悪い事をしちゃったから絶対に謝らなくては。いきなり話を中断して突然帰るって失礼だった。驚いただろうな……良かったら彼女の笑顔を見て安心したい。
急いで5組へ向かう為に大股で歩き、人にぶつからない様に避けていけば、気になる話が耳に入った。
「知ってる? 校門に車が止まってるんですって」
体がビクリと反応する。
「それがどうかしたの?」
「高そうな車で、運転しているのってすっごいイケメンらしいよ」
「本当!? 見に行こうよ!」
「うん」
背筋に汗が流れた。足が進むことを忘れて完全に止まってしまう。すごいイケメンが校門にいる? 車でお迎えに? それは誰?
「まさか、明智新吾……なの?」
ゾッとした。
後で分かるといっていたのは、会う約束をしなかったのは、外で待っているという意味だったの? 待つといわず、人前でいきなり攻勢に出るのは止めてほしい。
私は愛梨ちゃんへの謝罪を明日へと変更し、逃げようと決心する。予定通りに問題は高校まで持っていくんだ、そして叶わぬ恋に焦がれる女の子を演じてみせる。他の子が疑わないようにね。
「裏門から逃げ……いや、帰ろう」
昨日の戸惑う愛梨ちゃんを思うと胸が苦しいが、明智新吾と距離を置きたかった。学校で応援されたり、祝福されたりするのは嫌だ。中学校生活では、フェードアウトしてくれますように。そう祈りつつ、靴箱へ向かう。
「愛梨ちゃん!」
そこには彼女がいた。周りに例の5組の女子もいるけど。
「花音ちゃん、昨日は大丈夫だった?」
少し彼女達から離れて、こちらに来てくれる。それがちょっと嬉しい。
「昨日はごめんなさい。ちょっと色々考え事をしてて……」
「ううん、いいの。花音ちゃんが元気なら、私は嬉しいから」
「私も愛梨ちゃんが元気なら、すごく嬉しい」
「本当? ふふふ」
「えへへ」
手を繋いで、笑いあう。
「ねえ、頼元さん、そろそろ行こうよ」
「ごめんなさい」
あ、図々しい情報屋気取りの子だ…って失礼かな? でもかなりぐいぐい聞いてくる子だから、心の中でだけそう呼ぼう。だって、彼女の目は、私を邪魔な目で見ているからだ。氷室くんの誤解は解けたはず、なら何が気に入らないのだろう。
「花音ちゃんも一緒に帰らない?」
愛梨ちゃんが誘ってくれているが、後ろの5組勢は遠慮して欲しそうにこちらを見ている。なんだか気に入らないぞ? でも今回は引こう。何しろ、私は彼女の携帯番号を持っているのだ。後で電話しよう。
「ごめんね、少し用事があるんだ」
「……そう、ですか。わかりました」
寂しそうに微笑まれた。ごめんね、愛梨ちゃん。今度は途中まで一緒に帰ろうね!
「夜に電話してもいい?」
こっそり耳打ちすれば、頷いてくれた。
「どうしたの? 何を話したの? 内緒話?」
来た、ぐいぐい来たぞ。根掘り葉掘りもっと来るぞ。
「え、それは」
答えに困りそうな彼女の代わりに答える。
「また今度一緒に帰ろうねって言ったの、ね、愛梨ちゃん」
「え? そ、そうです」
「本当かしら? 私達の悪口を言ってたんじゃないの?」
大丈夫かな? この人たちと一緒に帰るの。彼女が心配になってきた。
「悪口なんて無いよ? どうしてそう思うの?」
出来れば波風を立たせずに、穏便に帰るのを見送りたい。
「伊賀崎さんは5組じゃないから」
「え」
「5組は5組同士で仲良くなるから、1組の人は邪魔しないでほしいの」
来年はどうするんでしょうか? 気になる所です。
「そんな、友達なのに?」
「私達が友達になるから。頼元さんはもう大丈夫よ、さ、行きましょう」
それぞれの女子が愛梨ちゃんを囲み、連れて行く。やんわりと背を押しているが、ちょっと恐い。
「花音ちゃん、またね」
「うん、愛梨ちゃんも気をつけて」
「騙されちゃだめよ、頼元さんしっかりして? 氷室くんもがっかりするわ」
その氷室くんと私は1年生の時クラスメイトだったのですが……。思春期特有の仲間意識だろうか? 夜に電話してみて、愛梨ちゃんが大丈夫そうなら見過ごすけど、そうでないなら何か考えないといけないわね。
考えてみて苦笑する。何かってなんだ。私1人じゃ何も出来ないくせに、何を言ってんだか。自嘲的に笑うと靴を履き替えた。
行き先は裏門。少し遠回りになるけれど、走ればそう問題はない。学生カバンを持って走るのはキツイが、重りつきランニングと考えればいい鍛錬になるかもね。
裏門まで歩き、息を整える。今日は眼鏡を使わない。荷物がある状態で走ると、眼鏡がずり落ちてしまう時に戻しにくいからだ。壊れたら、もう修理も同じものもくれない気がするから裸眼で帰る。
「1…2…3…4…5」
数を呟きながら呼吸を整え、裏門を出ると走り出した。眼鏡をかけないとお守りが温かくなる、でも学校の近くなのでまだ安全だ。ここには痴漢変態は寄ってこない。問題は人がまばらになり、車の通りが寂しくなるとよく出没する事だ。どうして集まるんだろう。
昨日の痴漢から得た情報で、その人たちに少し近づいて詳しく話をしたかった。私の勘違いでなければ、痴漢変態は強制的にやらされているに違いない。けど家族と要に逃げると約束したので、情報収集を諦めている。
穏便な痴漢変態だとしても、危険な事に変わりないし、油断して自らピンチに陥りたくない。私は要の腕力にさえ勝てない非力な人間だから。
もう家族を悲しませたくない。自分を守り、安心させなきゃ。
残念な気持ちで曲がり角を進む。
「おっとっと」
人影に驚いて足を止めると、溜息をつかれた。なんだなんだ、その態度は。ムッとなって顔を見上げれば納得した。そう思われても仕方ない。
「こんにちは、伊賀崎さん」
隠れて避けると心の底から誓ったのに、その人が目の前にいた。
「車で校門にいたんじゃないんですか?」
「何故車で学校の入り口にいなければならないのですか」
「あれ? そうなの?」
「当たり前です」
「そうなんですか……で、ここには何故?」
「いらっしゃい。不思議な仕組みに」
「仕組み?」
明智新吾は不機嫌そうに眉を引くつかせている。これはかなりのお怒りモードだ。主人公が赤点取ったときの態度と一緒。何に対して怒っているのかな? 出来れば私を巻き込まないで欲しいです。
「ひとまず歩きましょう」
「え、なんで」
「立ち話よりも、歩きながら簡潔に済ませたいからです」
「そうですか」
彼がさっさと歩き始めた。私を置いて歩いていくので、急いで追いかける。男と女であると同時に年齢の差もあるから、足のコンパスが比例していなくて大変です。私に気遣いを向ける事無く思いのスピードで歩く様は、もうなんと言ってよいのやら。
「あの、どちらへ?」
追いかけて聞くも、適当らしいです。
「何を言いたいんですか?」
恐る恐る聞けば、黙った。怪しすぎる。
「あなたは周りを良く見ていないんですね」
「目は良いですよ? 両目2.0です」
「そういう意味ではありません」
「もしかして、空気を読めてないとでも!?」
「違います」
これにはホッとした。空気読めていないは、他人から指摘されるには辛すぎる。では何を言いたいのだろう?
授業では親切丁寧に教えていたのに、今日はどうも厳しい。
「実は昨日、あなたを見ました」
「え」
「何度もです」
「ええ?」
「今日に至っては、朝の登校時と掃除時間に、です」
何度も私を? 私は明智新吾を認識しなかった。身長が高く、顔も整っている彼を見逃すなんて、難しいですよ。遠くから見たのではないでしょうか?
「あまりに頻繁に会うので、今日は確かめに来ました」
「昨日の今日でですか?」
「はい。学校の清掃時間に偶然遭遇したのが決め手です」
「はぁ」
まるで会いに来たような事を言っていたのは、嘘か。でもどこで噂を拾ったんだろう。
「なので実験を試みました」
「実験ですか……」
「ええ」
どんな実験を行ったのだろう。
「その、経過はいかがでしょうか?」
「最悪です」
思いの結果が出なかったのか、頭に手をあてて顔を顰める。
「ご愁傷様です」
ご機嫌を宥めるように言ってみるが、効果はなさそうだ。
「そこです、そこに立っていました」
彼は振り返ると、ぶつかりそうになった曲がり角を指差す。
「あなたは何故、このルートを選択したんですか」
「選択って」
「いつもの下校ルートからは、大幅に離れていると思いますが……今日に限ってこちらを選んだ。何故ですか?」
私の肩を掴み、ジッと目を見られる。そんなに顔を近づけなくても見えますし、答えますから離れてくださいよ。肩も痛いので手を緩めて欲しい。
「校門に車が止まっていると聞いて、偶には裏門から帰ろうと思っただけ」
「車ぐらいで道を変更するんですか?」
「人だかりが出来てると通るのが面倒だと思ったのよ」
「ふむ」
やっと肩から手を離して、顔を上げてくれた。明智新吾は顔のパーツが整っているので、目には毒過ぎる。頬が熱くなるのは自然現象である、絶対に。




