好きな人
放課後、一緒に帰ると約束をした幼馴染と待ち合わせの為、靴箱のすぐ外で立っていた。ぼんやりと、帰宅する人や部活へ向かう人を眺めて待つ。なかなか要が出てこないので、HRが長引いているのかなと座り込んだ。
今日は待ってばかりだ。本でも持ってくるべきだった、暇だ。そろそろ秋が深まるので、日差しが暖かいかも。待つのが夏じゃなくて良かったな。
雨が止んで傘が荷物と化しているけど、雨の中よりはマシか。
「もしかして、待ち伏せかしら」
聞き覚えのある声に顔を上げれば、5組の女子だった。彼女は確か……別所さんを慰めていて、私を睨んでいたな。
「人を待ってるの」
相手をするのも面倒なので、顔を見ないで話す。
「あなたねぇ、いい加減にしたらどうなの?」
何をいい加減にするんだろう。彼女の中では、私は別所さんをいじめる酷い人間に見えるのかな? あの場で氷室くんが違うと話してくれたのに。
「こっそり氷室くんに近づこうとして、別所さんに悪いと思わないの?」
誰がいつ、どこでこっそり待ち伏せしたんだか。どうやら私を、うっとおしいライバル役にしたいらしい。
「それに、氷室くんと別所さんはまだ来ないわよ」
ふふん、と訳知り顔で話す。別に2人の動向なんて、全く何一つ気にもならないのですが……。
「違うわよ。幼馴染を待っているの」
「本当かしら?」
しつこく側にいる彼女を見て、辟易する。どうしようか……あ、そうだ。ちょっと案を思いついたので、実行してみよう。
「それに、私には好きな人がいるから」
「誰よ、それ」
聞くんだ、好きな人。普通親しい仲じゃないと聞かないよね? 興味津々な彼女を見ると、げんなりしてしまう。しょうがないのでヒントを上げてみた。
「氷室くんで無いことは確かね」
「本当に? 適当な事を言って誤魔化してない?」
ツンとしているのに、まだ食い下がる。
「転校していった人でしょ?」
「違います」
速攻で答える。明智くんとの噂は思ったより根が深いかも。彼の誠意の為にも、誤解を解いていかなければ。
「なら教えなさいよ」
なぜあなたに教えないといけないのよ、しかも偉そうに。かなりイラッとしたが、それを抑えて教える。
「あなたの知らない年上の人よ」
「どんな人?」
……厚顔無恥もここまでくると、見事かもしれない。予想よりも貪欲な態度に、怒りよりも呆れてしまう。ここまで言うつもりはなかったけど、より真実味を持たせてくれるかもしれないと判断して、続きを口にした。
「頭が良くて、冷静でカッコいい人よ。私を助けてくれたの」
「嘘」
転びそうだった私を助けたから、嘘じゃない。好きな人かどうかは微妙だけれど、まぁ理想に近いといえば近いかもしれない……顔だけは。
ま、見目も性格も良い人が目の前に現れるなんて、現実にそんな都合の良い展開は皆無に等しい。
「そんな人とどこで会ったの?」
「入学式」
うん、これも嘘じゃない。
「学校の先生なの?」
これははっきり伝えておかないと、大変な事になるな。だからすぐに答えた。
「違うわ。誰かのお兄さんみたい」
「?」
これだけ言えば、十分かな? 後は口を閉ざした。
名前も知らない5組の女子が、たくさん質問をしてきたけど薄く笑って流す。恐らくだけど、スピーカー的な存在に見えるので、明日には広まるだろう。具体的な人物像を話すつもりはなかったけれど、しょうがない。より想像しやすくなったと思うし、入学式にあんな助け方をされたのだ。誰かの記憶に残っている可能性があれば、すぐに話があがるだろう。
この学校に明智新吾はいないので、彼にバレる事はない。
うん、いい感じ。
氷室くんが好きかもしれない、という話が5組から消えれば万歳だ。ついでに明智くんとの誤解も解けるオイシイ一石二鳥作戦。
ここにはいない明智新吾をスケープゴートにするなんて……私にしては良い思いつきをした。いい案だと私を褒めてあげたい。
「花音」
ちょうどいい所で要が出てきた。
「それじゃ、これで」
楚々と5組の女子から離れて、幼馴染のところへ移動する。
「あれ、いいの? 話の途中じゃ」
「友達じゃないから」
振り返りもせずに歩く。
「こっち見てるよ?」
「気にしないの」
早く愛梨ちゃんの話がしたいので、私は要を急がせた。それに、追いかけられて話の続きを所望されたら大変だからね。
校門を出ると、要へ早速問いただす。
「何か分かった?愛梨ちゃんのこと」
「花音の方が同じ学年だろ? 何か分かったんじゃないの?」
お、さすがサポートキャラ、何か見抜いてる。
「もしかしたら、何かクラスメイトに誤解されているってくらいかな?」
「それって恋の?」
やはり何か掴んできたな、さすが要!
「うん、横恋慕していると思われてるみたい」
「あれ? そう?」
違うのかな? 要が唸りながら考えてる。
「俺の聞いた話じゃ、男の方が言い寄ってるって」
「なんですと?」
氷室くんが愛梨ちゃんにちょっかいを出しているの? それは聞き捨てならないぞ。
「愛梨ちゃんは男の人が苦手なんだよ、酷い」
「だよねぇ」
頷くお隣さんに、どこまで何を知っているか聞きたくなった。全部知られていたら、どこで仕入れてきた情報なのかちょっと恐い。
「なんで苦手か知っているの?」
「なんで?」
質問に質問で返すか!
「何か知ってそうな気がしたから」
彼の目をジッと見る。でも何も見抜けない。ああ、江里口くんの力が欲しいよ。今、要が何を考えているか教えてっ! ……って啓示が降りて来るわけないけど。
「俺が声を掛けたら、怯えてたから」
声を掛けたんかい!
……私のいない所で遥ちゃんにも声を掛けてたりも? いや、私の知り合い全員に話しかけてそうだ。サポートキャラの習性なのかもしれない。だとしたら、みんなごめんね……私の所為で。
「どうしたの? 花音。落ち込んで」
「いや、別に」
ちょっと自己都合で。
「でもそうなら、氷室くんにも聞かないといけなくなりそうだよね」
憂鬱になりそう。
「後さ、少し気になった話があるんだけど」
「なになに?」
彼の話に意味のないものはないので、促す。
「氷室の彼女、別所さんって、中学に入ってから性格が変わったって噂」
要って男は敬称無しで、女には敬称有りなんだ。さすがバレンタインで袋一杯のチョコを貰う男! そしてお返しが大変な男!
「そうなの?」
1年生の時の記憶を思いだそうとするけど、なかなか浮かばない。そりゃそうだよね、明智くんと江里口くんとの親交しか深めてなかったからね!
愛梨ちゃんや遥ちゃんと頻繁に遊ぶようになったのも、あの眼鏡を手に入れてからだから、どんだけ寂しい青春を過ごしていたのかブルーになる。
それでも、別所さんは特別目立つ人でもなかった。
彼女を思い出しても、顔は普通に可愛いと思うし肌の色は白い。髪の毛は黒のショートで、いつも俯いていたような気がする。
記憶に残るような行動もしていないし、大きな声を上げる事も無かった。
「元クラスメイトとして憶えているのは、大人しい内気な女子って感じ?」
私の印象を告げると、要は手をブンブン振る。
「それがさ、小学校じゃ違ったらしいんだ」
「違うって、どんな小学生だったの?」
「あだ名がゴリラで、かなりはっきりものを言う子だったらしいんだ」
ゴリラ!? 何があって女の子にそんなあだ名を付けられたんだろう。逆に少し聞きたくなってしまった。誰か教えてくれないだろうか?
「掃除をサボる男子を箒で追い掛け回し、唸って叩きまわる姿から、ゴリラって命名されたって」
……ちょ、調査に洩れがないねぇ、さ、さすが要? でも誰に聞いたんだろう……同級生は知らなさそうだけど。
ま…まぁ、別所さんのイメージではないな、ゴリラは。中学デビューかしら? 今は儚げなかすみ草なイメージなんだけどな。
「思春期に入って大人しくなったんじゃないの? 好きな人が出来たとか」
「うーん、そうかなぁ」
氷室くんと同じクラスだったので、一目惚れして変わったとか? 今日見た別所さんの彼を見る目は、あれは恋する女子の目に見えた。というより、彼が全ての中心だという溺れた目だ。
羨ましいな、そんなに盲目に人を好きになれて。
私には無理だ。絶対に。
「でも困った」
「また?」
いけない、つい口にしてしまった。要がこちらを覗くように見る。
「いや、その今日愛梨ちゃんの家に行くから」
「何が困るの?」
どう誤魔化そう。
「上手くフォローできそうにない」
「なんで?」
えーっと、えーっと……そうだ。
「いじめで休みかと思ったら、恋愛のこじれで休みだと、どう収めたらいいか分からない」
「ああ、そうだよね」
よし、納得してくれたかな? よーし、このまま押し通そう。
「別所さんに氷室くんとの誤解を解くにしても、愛梨ちゃんには厳しいかもね」
上手く話をする彼女を想像できない。きっと困った顔で固まっている。本当に心配になってきた。近くでフォローできたらいいのに。
要には誤魔化したけど、実際に困ったのは氷室くんの扱いだ。
彼が本当に愛梨ちゃんに近寄っているのなら、注意したい。でも私には預言者からの接近禁止忠告がある。
これ以上彼のゲームを色濃くしたくないので、出来れば接触せずに問題を解決したい。どうするのが最善な手か…。やはり頼るしかないのかな、江里口くんに。
うーん、どうしよう。もっと何か手はないかな。
「氷室くんは別所さんと付き合っているなら、気をつけるべきなのにね」
「後さ、氷室って色んな女性に声を掛け捲っているから軽そうだけど、剣道で全国に行ってるんだろ? スゴイよな」
そうなの? 全く知らなかった。
彼に興味も何もなかったので知らない。剣道アピールは激しいなと思っていたけど、本当に頑張っていたんだ。少し見直してしまう。
「全国か……」
うん、きっと前世の記憶が悪かったからであって、彼本人は悪くないのだ。私も考えを改めないとね。今度は普通に接しよう……じゃない、接近禁止命令があった。それに別所さんにまた誤解されちゃったらたまったもんじゃない。
女子を敵に回してはいけません。噂だけで私が危険な目に遭うのは、勘弁して欲しい。
それにしても中学校でこんなに気を遣うことになるなんて……気楽に過ごせるはずの場所だったのになんでこうなったんだろう。盛大な溜息をつくと、要が心配してくる。
「俺ももう少し調べてみるから、元気出して」
「ごめん、本当にごめん」
お隣さんを振り回す私が、今は一番悪い。1人で解決できない、それが最高に悔しい。




