別所百花
二年生になって愛梨ちゃんとクラスが別れてしまった。なので、最近は土曜や日曜に遊んだりすることが多い。学校では、廊下で会ったら少し話をするくらい。
私は1組で彼女は5組なので、それもなかなか機会がないけど。
ただ、気になる点といったら、廊下で出会う彼女はいつも1人だ。私も似たような状況なので、それはなんとも言えないけどクラスではどうなんだろう?
ちなみに遥ちゃんと水原くんは2組で、南里さんは3組、和田くんと地場くんは4組だ。
……氷室くんは5組で愛梨ちゃんと一緒のクラス。あまり近寄りたくないけれど、彼に聞くべきなんだろうか。
カラオケでの一件以来、きちんと話した事はない。
江里口くんから、出来る限り和田くんと氷室くんには近づかないように、と注意を受けている身としては避けたいんだよね。
何しろ預言者&魔法使い様からのありがたい忠告だから……。5組で他に話せる人はいないだろうか?
お昼休みにクラスを覗きに行くと、ちょうど別所さんが廊下に出ていた。
1年生の時に同じクラスだった人だ。あまり話した事が無いけど、いけるかな? 全ては愛梨ちゃんの為と勇気を振り絞って声をかけた。
「別所さん」
軽く声を掛けたけど、こちらを一瞥して歩き始める。
無視? じゃない、きっと親しくないから自分じゃないと思ったんだ。そう、だよね?
彼女に近寄り声を掛けると、少し驚かれた。
「えっ、伊賀崎さん、何?」
そんなに驚かなくても……。でもそうだよね、親しくない元クラスメイトだもんね、怪訝になるよね。
「ごめんなさい、ちょっと聞きたい事があって、……少しだけいいかな?」
不審にならないよう笑顔で聞いてみる。
突然だからだろうか、何かうろたえられた。目も右往左往している。別所さん、何か用事があったのかな?
「ちょっと……お手洗いに行ってからでいい?」
「それはもちろん!」
あちゃー、廊下でそれは言い難かったよね、ごめん邪魔して。
「じゃあここで待ってるね」
「……え、ええ」
5組はトイレが側なので彼女を見送り、その場で大人しく待った。
待って、待って、待ち続けた。
……なかなか別所さんが戻らない。でも、そういうのって時間を気にしてないって装わないと失礼だよね、だからのんびり窓の外を眺める。
でも少し遅くない? いやいや、女の子は身嗜みや色々あるから時間がかかるもの。お昼休みのトイレは化粧室という名の通りに代わっているんだ、きっと。
「………………」
まだ来ない。待ち続けるのは寂しいなぁ。
私を待ち続けていた明智くんを思い出し、改めて彼のすごさが分かった。それにしても1人廊下で立っていると、人からジロジロ見られているみたい。
違うクラスの人が5組の廊下にいるから、なぜ? という感じだろう。
1組からほんの少しの距離なのに、なんだろうこのアウェー感は。特別5組の廊下というわけじゃないのに居心地が悪いから不思議だ。出直した方がよかったかも。
それにトイレを待たせてもらうって、ちょっと無神経だったかな。愛梨ちゃんの為とはいえ、強引過ぎたか?
どうしよう、気まずい。今更後でとも言えないし……言伝を頼める人もいない。
居た堪れない気持ちを誤魔化すように窓の外へ集中していると、肩を叩かれた。
「あ、ごめんね。急がせちゃった……かな?」
別所さんが戻った、と振り返って固まる。
「何の用なの?」
そこには三人の女子がいました。
あれ? なんでだろう? 一応顔は笑顔にしているが、心の中では困惑していた。三人とも私を怪訝な表情で見ている。もしかして5組の前の廊下に不審者が! と思われたのかも。なので私の用件を伝えてみた。
「えっと、別所さんを待ってまして……」
「彼女に何の用なのって聞いてるの」
はい、分かりませんでした。
突然『何の用だ』と聞かれただけなので……。そう話せば『火に油を注ぐ』と思われるので、喋らないように口を閉じた。
良く分からないけれど、三人の様子から見るに怒ってらっしゃるようだ。でも怒られる理由がまるで分からない。
「何か、誤解されていませんか?」
「誤解も何も、百花……別所が泣いてたわよ」
「ええっ!?」
なぜに? トイレで泣いていたの? 意味が分からない。
「それって私の所為ですか?」
「当たり前じゃない」
三人に囲まれて、怒られる。正義は我にあり! って感じだ。女子トイレで泣いていたのなら、私も入ればよかった。
一先ず誤解を解かなければ。
「私は、少し聞きたい事があるけどいい? と話しただけですよ」
「嘘!」
即行で嘘判定! なぜに。
「あの……嘘を言ってどうするんですか」
「じゃあ何で彼女は泣いてるの? おかしいじゃない」
「ええ、おかしいです」
三人の向こうで、別所さんが泣きながら知らない女子に慰められている。
「別所さん! 別所さんも言ってよ、私は何もしていないって」
「!!」
私の声にビクついて、彼女はより肩を縮めてハンカチで目を覆う。な、なんでかな? その反応。まるで私がいじめの加害者のようだ。
「ほら、怯えているじゃない」
「謝りなさいよ。酷い事したんでしょ」
「百花ちゃん大丈夫?」
彼女らの反応で、廊下が騒然とする。人だかりも出来そうだ。やばい、これはやばいぞ。ただちょっと愛梨ちゃんの話を聞きたかっただけなのに、なぜこんな事に?
「はいはい、どうしたの?」
その時、聞きたくない声が近づいて来た。氷室くんだ。どうしてこんな時に……って彼のクラスの前だから、いるのは当たり前か。
「百花ちゃんどうしたの?」
『百花』は別所さんの名前だ。彼が下の名前を呼ぶとは、親しいんだ。ほほーっと見ていると彼女を宥めていた女子が、私を指差して答える。
「そこにいる女子がいじめたのよ」
「え」
いじめは決定なんですか? そこで氷室くんと目が合う。
「伊賀崎さんじゃん。いじめって、どんな?」
ここで反論しても、攻撃が増すばかりなので静かに様子を伺う。いざとなったら大人に介入してもらおう。いじめの証拠はないんだから……大丈夫だよね?
「別所さん、教えて。どんな酷い事を言われたの? されたの?」
みんなが彼女を優しく見守る。
「あ……ごめ……わたし……」
目が真っ赤に腫れ上がり、口が嗚咽でまともに開かない。
「辛かったよね、大変だったよね、もう大丈夫よ」
なんだろう、この場面は。
何かが出来上がっている様に感じられる。どう動くのが最善なのか……。最悪の場合、私がハブられていじめられるくらいか。
あーあ、日常がやっと落ち着いたら、次はこれ。何度も思うけど、どうやらこの世界は私に対して厳しいようだ。みんなの視線が痛い。私は人をいじめる暇なんかないぞ? やるべき事が多すぎて手が回らないんだから。
口に出して言える内容じゃないのが、悲しい。
「違うんじゃないかな、伊賀崎さんが悪いんじゃなくて、何かつらい事を思い出したんだよね」
氷室くんが優しく、泣いている彼女の頭を撫でる。
「あ、ああ……っ」
別所さんの目から大粒の涙が更に流れていく。
「大丈夫、もう大丈夫だから。俺が守ってやるよ」
氷室くんはそう言うと、縋りつく彼女の背を軽く叩く。
私は黙ってその様子を眺めていた。遠い窓越しに見るように。
「ほら、元2組ってさ、嫌な目にあった事があるから、思い出しちゃっただけさ」
あの事件を臭わすように氷室くんが話す。みんなを諭すように、仕方がないと苦笑しながら。そして私に向ける視線が、違うものに変質した。哀れみが混じる、可哀想な目で。
「大丈夫! 俺強いから、みんな頼ってね! そして剣道部を宜しく」
氷室くんが大きく手を広げて、次期部長だよ~とおちゃらける。先程の奇妙な空気が変わり、明るくなった。そして私を囲んでいた三人の女子が、そっと引いていく。
「別所さんさ、ちょっと感情的になっちゃっただけだから」
氷室くんが離れると、彼女が心細そうに両手を胸の前で握り締める。もしかして、別所さんは彼の事がすきなのかな? 彼女の反応を気にせず、氷室くんがこちらへ来た。
「伊賀崎さ、どうしたの?」
「……少し聞きたい事があっただけなんだ」
まだ回りが注目しているので、緊張してしまう。あと、あまり近づかないで欲しい。別所さんに誤解されて、更に嫌われる要素が増えるのは避けたいから。
「何を?」
え、ここで氷室くんが聞くの?
悩んだ末に出た言葉は、目的とは違うものになった。
「あ、愛梨ちゃんが見当たらないから、休みかどうか」
「なぁんだ、そんな事なら別所さんじゃなくても良かったじゃん」
まぁ、そうなるとそうですよね。
「たまたま廊下にいたのが別所さんだったから……元クラスメイトだし話しやすいかなと」
ああ、何の為に5組に来たんだろう。どうでもいい情報(別所さんが好きな人)を手に入れるために来たんじゃないのに。
「だよねー」
氷室くんが明るく笑う。
「彼女最近になって情緒不安定みたいでさ、許してやってよ」
「そんな、許すとか許さないとか……」
強い視線を感じて、そっと目を向ければ案の定、別所さんがこちらをジッと見ている。
ひぃいいい! ただジッと見ているだけなので、睨んではいないんだけど、なんだか恐い。こちらを観察しているようだ。
違う、違うぞ、私は氷室くんに好意は無いぞ?
「じゃ、私はクラスに戻るよ」
「愛梨ちゃんは風邪で休みだよ」
「ありがとう、ごめんね、お騒がせして」
「また遊びに来てね~」
いや、遠慮します。畳み掛けるように話を打ち切り、急いで1組に戻るべく足を速めた。が、数歩歩くと、先程の三人が私を待っている。
「ちょっと」
やっぱり声を掛けられた。厄介事しか感じられないのに、話を聞かないといけないみたい。
「百花と氷室くんの、邪魔しないで」
やはり忠告でした。もう勘違いは勘弁してください。
「彼氏が転校したからって、近づかないでよね」
転校と言ったら、明智くんしかいない。
またですか……そんなに有名だったの? 私と明智くん。登下校を一緒にしていただけなのに。私は溜息をつくと、5組に来た本音を喋った。
「愛梨ちゃん最近元気が無かったから、どうしたのかなって来ただけです」
「愛梨?」
誰のことと言わんばかりの対応だ。クラスメイトの名前を知らないの?
「頼元さんの事です」
「ああ、彼女ね」
苗字を言えば、納得してくれた。名前で気が付かないものなのかしら?
「彼女も氷室くん狙ってるから、止めてあげてね」
ありえない事を止めるよう言われても困る。言葉に詰まっていると、三人は自分の教室へ戻って行った。これがショックで休んだのかな? 愛梨ちゃん。
うーんと考えながら、廊下を歩く。
あ! しまった。明智くんとの誤解が……でも彼女達に弁明しても意味が無いかもしれない。まぁ本人が帰国したら、謝ろう。多分帰ってこないような気がするけど。
「はぁ……」
大きく溜息をつく。最近溜息をつく回数が増えた気がする。いけないなぁ、幸せを逃しているようだ。付き合ってる、付き合ってないは本人に聞いてくれ。誤解を解くのが、もう面倒くさいです。




