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恋愛ゲーム、ですよね?  作者: 雪屋なぎ
中学生 編
15/503

頼元愛梨 2

 宿泊オリエンテーション2日目朝。

 眠そうで面倒くさそうな加々良先生を探すのに、少し時間が掛かった。起床時間の6時半を大幅に無視して、7時までテントで寝ていたからだ。6時半から7時まで身支度の準備では無かったのですか?


「んで、二人して何?」


 先生が眠そうな目を隠そうとせず、ぼりぼりと体を掻きながらテントから顔をだす。すると、明智くんが先陣を切ってくれた。


「駐車場に……人が倒れています」

「他の宿泊客?」


 いいえ、変態です! と言えず、私は黙ってしまう。そんな私の代わりに明智くんが再度対応してくれた。


「判断がつきません」

「怪我でもしてんの? 血が出てるとか」

「……多少の打撲があります」

「転んだんじゃねぇの?」

「今、江里口くんと氷室くんが側についています」


 埒の明かない問答に我慢できなくなり、とうとう口を出してしまった。守ってもらうばかりじゃだめだ、私も喋らなければ。でも明智くんの後ろからという、ちょっと情けないかなぁ、この立ち位置。


「あー。じゃあ保健医連れてくか……」


 仕方がないと言わんばかりにテントから出てきた。欠伸をしながら背を伸ばす先生を見て、違う先生を頼った方が良かったのでは? と思ってしまう。


「あと、側に不審なビデオカメラが落ちていました」


 明智くんがそう告げた途端、先生がすぐに歩き始めました。


「伊賀崎、保健医呼んできてくれ。明智、どこだ?」


 驚きました、突然スタスタと歩き出すのですから。こちらです、と明智くんと歩いていく。二人とも競歩ばりに早い。ぼんやり二人を見送っていると、言われた事を思い出す。


「保健の先生探さなきゃ」


 女性の先生のテントは……いや、もう外に出ているかな? テントの合間をキョロキョロしていたら、大きな声で呼び止められました。


「伊賀崎さん!」

「長谷川さん」

「もうどこにいたのよ! 頼元さんが大変だったんだから」


 振り返ると学級委員の長谷川さんが。注意されてしまった。


「ごめんなさい」

「今、吉松先生が見てくれてるわ、あっち側の先生のテントよ」

「教えてくれてありがとう、長谷川さん」

「突然震えて泣き始めたんだから、驚いたわよ。同じ班のあなたもいないし、喧嘩でもしたの?」

「違うよ、してないよ」

「そうかしら」


 まだ怒りが収まらない長谷川さんへもう一度謝ってからテントに向かう。少し歩くと目印のように保健室の張り紙があるテントを見つけた。そっと中を覗くと、先生と愛梨ちゃんがいた。


「すみません、伊賀崎ですが」

「か、花音ちゃん? 大丈夫? 大丈夫?」


 目を真っ赤にさせて泣いていた愛梨ちゃんが私にすがってきた。私よりも愛梨ちゃんが心配なくらい震えて泣いている。彼女の対応に困っていた先生がホッとした。


「伊賀崎さん? 見つかって良かったわ。散歩してたんでしょ? 自由時間ではないんだから、歩き回ってはダメよ」


 先生にいたずらっ子を軽く怒るような困った顔をされる。諭す様に怒られてしまった。なんだか胸がモヤモヤするけど我慢する。


「すみません。……あと加々良先生が駐車場で呼んでいます。生徒じゃないんですが、倒れている人がいて」

「あら、そうなの? じゃあ先生はちょっと行って来るわね。頼元さんが落ち着くまでここにいていいから」

「ありがとうございます」


 私がテントに入ると先生はリュックを抱えて出て行ってしまった。先生の姿が見えなくなるまで見送ってから、愛梨ちゃんの顔を見る。


「ごめんね、心配かけて」


 先に彼女へ謝った。愛梨ちゃんはまだ震えている。ぼそりと呟かれたが、よく聞こえない。聞き返すけど、躊躇するような声でぼそぼそと口篭る。


「何か……でしょ?」

「愛梨ちゃん?」


 彼女が顔を上げると、目からぽろぽろと大粒の涙を流しながら私を見つめた。落ち着かせるように背を擦る。すると深呼吸して、はっきりと聞かれた。


「どうしたの? なぁに? 愛梨ちゃん」

「何かされたんでしょ?」

「え」

「私、知ってるの、花音ちゃん……」


 ドキッとした。知ってるって……何を? 動揺してしまう。


「最近不審者情報が多いの、一日3件は異常だわ」


 不審者情報? 回覧板で教えてくれるやつかな?


「毎日ネットで調べてるの……住んでいる場所に変な人がいないか」

「大丈夫だよ、私は」


 そんな情報サイトがあるのか……今度私も見てみよう。安心させる為に言ったのだが、彼女は頭を振って否定する。


「花音ちゃんの手、怪我してるし痕がついてるもの」


 私の手首を壊れ物を触るように、触った。確かに、少し傷やあざがある。私は覚悟を決めて少し笑った。


「ちょっとやられちゃった。でも大丈夫だったよ、愛梨ちゃんが助けてくれたんだよ、ありがとう」


 愛梨ちゃんは泣きながら私の手を擦る。


「う、う……花音ちゃんのタオルが落ちてたから、おかしいと思ったの」

「うん」

「だって散歩するなら、片付けるもん。嫌な胸騒ぎがして……でも騒いだら傷になるから」

「うん」

「私、騒がれて、みんなに知られて……友達いなくなって……いなくなって……逃げなきゃいけなくなって」

「うん」

「助けに行けなくてごめんなさい、おびえてごめんなさい、明智くんに洩らしてごめんなさいぃ……」

「違う、違うよ、愛梨ちゃん」


 思いつめた表情の彼女を抱きしめて、背を擦る。あの男と違う人肌にホッとした。


「あのね、明智くん達が来てくれなかったら……私、あのまま家に連れて行かれてたよ」

「っ!」


 愛梨ちゃんの息を飲む声がする。


「そうなったら、……もう会えないかもしれなかったんだよ?」

「う、うう、うううう」


 愛梨ちゃんの肩が震えて嗚咽が漏れた。


「ありがとう愛梨ちゃん、今ここで愛梨ちゃんと話せてすごく嬉しい」

「花音、ちゃん」


 愛梨ちゃんの壁は、過去に嫌な事があったからなんだ。ぽつりぽつりと泣きながら、昔あったことを話してくれた。

 小学生の時に不審者から体中触られた事。

 同級生に見られて、たくさんの人を呼ばれた事。

 警察や医者、先生、カウンセリングといろんな人に会わされ、何度も同じ話をした事。

 数週間後の学校では、腫れ物扱いと、汚い物扱いされた事。

 友人がみんな離れて行った事。

 近所でも噂になって母親の心が折れてしまった事。

 今は祖母のうちで、母親の旧姓を名乗っている事。

 聞いている間、ずっと彼女の背中を擦っていた。彼女が少しでも楽になるように。小学生の時にこんな思いをしていたなんて、辛すぎる。そして私を醜聞に曝させない為に、ここで1人耐えてたんだ。自分と同じ思いをさせない為に。

 私達は泣き続けた。泣いて、泣いて、私が覚えているのはここまでになる。周りが暗転していったから。

 次に目を開けると、自宅のベッドだった。


「あれ?」


 もしかして、夢? 時間は……朝の6時? ベッドの側に置いてある目覚まし時計を見つめる。違和感を拭えないまま、ストレッチを始めるが何かおかしい。体が痛い。柔軟をもっとした方がいいのかな?

 もっとゆっくりと入念に。

 そして長袖のシャツとハーフパンツに着替えて玄関に向かった。ふわふわとした体の感覚に、これは夢かな? と再度疑う。

 靴を履き、玄関の扉を開くといつものように要がいた。


「おはよう」


 声を掛けたら、こちらを見るなりぎょっとする。


「花音、お前寝てなくていいの?」

「え?」


 とぼとぼと歩いて道路に出る。


「お前、丸1日間寝てたんだぜ?」

「……え?」


 戸惑っていると、溜息をついた要が私の腕を掴み、玄関へ戻そうとする。引っ張られて痛みが走り、反射的に身じろぎしてしまった。私の声で手を離した要は何も言わず、うちの玄関の扉を開く。

 気分を害しちゃったかな? だって痛かったんだもん。


「あ、ごめん。要、今のは……」

「いいっていいって、俺が格好良くなってきてるから、側で見てびっくりしたんだろ?」

「へ」


 小学生が何を言っているんだ。思考が大人よりなので、子供に恋心は抱けないぞ、私は。間の抜けた声に彼が不満そうに眉を顰めた。


「違うのかよ」

「なんかちょっと痛めてて」


 袖を捲ると、腕が紫色に変色していた。


「うわっ、何これ……これ……これは?」


 急いで玄関に入ると、シャツを脱ぎ捨てた。


「ちょっ、花音!」


 要が怒るが、下にタンクトップを着ているので気にしない。玄関に備え付けられている鏡を覗くと、両腕に紫色のあざがあった。そこで思い出す。

 あの出来事を。夢ではなかった。本当にあったんだ。


「要……私、1日寝てたんだよね」

「……あ、ああ」


 振り返って彼を見ると、視線を逸らしている。


「オリエンテーションに行ってから、今日は何日目?」

「いや、3日目だよ」


 私、早退したの?


「何か、あったか分かる?」

「……よくわかんないけど、すっごい変質者が逮捕されたらしいね。速報でやってた」


 心臓が大きく鼓動したような気がする。どうやって帰ってきたんだろう、私。


「花音が行ったキャンプ場を狩場にしてたって、だから途中で帰ってきたんだろ?」

「え……あ」

「ほらほら、一先ず服を着る」


 要が脱いだ服を拾って私の背に回る。


「袖に手を通して、な、ほら、部屋に行こう? 久しぶりに熱が出たから、体がまいってんだよ。今は休んどけって」


 その上、靴を脱がしてくれて、部屋まで誘導された。

 私をベッドへ寝させると毛布をかけられる。


「要、その事件……」

「気になるなら教えてやる、でも今は横になれ。飲み物や食べれそうなもん持ってきてやっから」

「うん……」


 少しして小さなおにぎり三個と苺とスポーツドリンクを持ってきてくれた。お盆をベッドに乗せたが、これはうちのじゃない。わざわざ家に戻って用意してくれたんだ。いい子過ぎて頭を撫でたくなる。以前そんな事をしたら、全力で怒られたから出来なくなったけど。

 上半身だけ起こして、ありがたく頂く。食欲があるので、お腹が空いていたみたい。


「こっちが梅でこっちがおかか、こっちが鮭な」


 ラップに包まれた可愛いおにぎりを見て、炊き込みご飯のおにぎりを思い出した。あれはどうなったのかな? 部屋にバッグがあるけれど、潰れ具合から空だと分かる。お母さんが荷物を片付けたのかもしれない。ならば、食べられたか処分されたか。出来れば美味しかったので、食べてくれてたら嬉しい。


「少ないけど、食えるもんだけ食っとけ」


 おにぎりを食べる間、要が情報を教えてくれた。どうやらあの男は常習犯だったらしい。不審者として通報された後、警察による職務質問で挙動不審な対応を取り、駐車場にあった犯人の車を調べた所、大量のSDカードが見つかったそうだ。もちろん、そのSDカードには被害者女性の酷い映像が……。それで御用になったと。現在家宅捜索中で、更に余罪がありそうだとも。


「そっか、ありがとう、要」


 改めて考えると、最低最悪の男だった。私を飼うといったあの男を思い出し、寒気がする。被害者女性が多すぎて、いまだ人数が数え切れていないのも酷い。

 考え込んでいると、飴玉を握らされた。


「……」

「今日くらい休んでもいいんじゃない? 元気出せよ」


 彼は食べ終えたご飯のゴミや器を盆に載せると、おやすみと部屋を出て行った。閉められた扉を見ていたが、体を倒して横になる。思い出したくない出来事を思い出し、私はベッドを抜け出す。


「お風呂、入りたい」


 体に、首筋にあの臭いが染み付いている気がして、気持ち悪い。

 部屋を出ると浴室へ向かった。



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