オリエンテーション2日目
すみません。15禁と残酷描写追加です。
気分を害してしまう表現があります。
フィクションではありますが、後味悪く気持ちを悪くさせてしまう可能性もありますので
読まずに飛ばしてください。
いつもの日課の所為か、私は6時に目が覚めてしまった。
他のみんなはまだ起きていない。肌触りがあまり良くない毛布だとみんなで文句を言っていたが、今ではしっかり包まって眠っている。
山だからだろうか? ほんのり外気が寒い。
私はみんなを起こさないようにテントからこっそりと外へ出た。
外はすでに明るく、しんとして静かだ。
1人だけ起きているのがちょっと嬉しくて、ほくそ笑んでしまう。木々の間のテントを縫うようにあるいて水場へ向った。
混む前に洗顔と歯磨きをする為。じっくり歯磨きしてゆっくり洗顔したい。朝の日課であるランニングが出来ないのは残念だけど、1人離れるのは団体行動として良くないもんね。
キャンプ場広場の水場に着くと、のんびり歯を磨いて顔を洗う。水が冷たくて気持ちいい。
タオルで顔を拭いていると、砂利を踏む音が聞こえた。
誰か起きてきたかな? 私は挨拶をするべく振り返ると、見知らぬ人がいた。
一瞬、タオルを握り締める。
黒いパーカーにジーンズ姿。キャンプ場の人? どう見ても中学生でも女の人でもない。中肉中背の男だ。ゆっくりとこちらへ歩いてくる。
男の砂利を踏みしめる音が酷く落ち着かない。顔色を伺おうにも目深に被ったフードで表情がよく見えなかった。
「おはようございます」
先制攻撃でもするような気分で声を掛けてみる。が、口の端をあげるだけで何も私に返さない。
これは危険な場面なの?
たかが町近くのキャンプ場だよ? 私は洗面用具を見捨て、その場を去るよう歩いた。すると男も私の進む方向へ向きを変える。
なんで? 軽く振り返ると、まだこちらを見ているようだ。良く見ると黒い手袋にジョギングシューズを履いている。
なぜ黒い手袋をしているの?
これって危険なのかしら、私の勘違いじゃないよね? それとも森のくまさんみたいに私に何か用なのかな。軽く走ってみると、相手も走り始めた。
「あの、私に何か用ですか? それともたまたまこちらに用事があるんですか?」
走りながら語りかけるが、返事はない。テントの方へ向かおうとするが、行かせない様に詰めて来る。いけないかも……どんどん人気のない方向へ行かされてない? 私に何用だ、本当に。
焦るな、落ち着かなきゃ。
とりあえず、全力で走る。キャンプ場から駐車場、町へと向かう道路。道路は数百メートル毎蛇行している。最初の折り返し地点で振り返れば、50mは離せた。でも問題は終わってない。男が私を見続けているからだ。絶対諦めてないのが分かる。
本当に何目的なのよ!
想像がつくのは、猥褻目的。
中学1年生のつるぺただぞ、マニアか!
次に誘拐目的。
これは下調べしてお金持ちから狙うだろう。
監禁目的。
これは一番考えたくないな、私にはする事があるんだから。
その上をいく、更に恐いのは猟奇目的。
考えていたら、相手がガードレールを乗り越え、曲がり角を使わずにショートカットして私の前に躍り出た。
「ひゃひゃひゃひゃ……」
嫌な笑いに鳥肌が立つ。
私は踵を返し、降りてきた道を登った。今度はショートカットしにくいはず、だって滑るように降りてきたのだから。
上り坂を全力で走る。まだ大丈夫、死ぬほど苦しくない。でも息が上がっている。
負けない。負けたくない。景色が、周りがにじみ始める。
いけない、涙だ。
私泣き始めてる。走ることに体力を向けなければならないのに、どうして涙が出るのよ。手で涙を拭いながら、私は走った。
駐車場に着き、少し安堵した所で衝撃を受ける。
「いたっ」
段差で転んでしまった。
こんなところでどうして……。しびれるような痛みを無視して立ち上がると、嫌な気配を背に感じる。頭だけ振り返ったら、後ろにヤツがいた。息が荒い、が……にやけた口は余裕そうだ。
青く光る偏光サングラスに、私の顔が見える。追いつかれたんだ。
私は、負けたの?
体が竦んで動かない私を突き飛ばし、アスファルトに押し付けられる。
痛い……。
痛みで固まっていると、どすんと私の腰の上に乗り、左腕を無理やり背中に回された。
これではいけない!
抵抗しようと残った片腕を前に伸ばすも力ずくで背に回される。そして私の両親指を揃えて握り締めた。何か、固定された!?
「やめて、助けて!」
声に出して助けを請う。
キャンプ場の広場と駐車場の間には常緑樹が等間隔で並んでいる。偶然でも誰か駐車場に来なければ、キャンプ場から見えにくい。もっと早く騒げば良かった……。
全員起きても会話や生活音で、遠くの私の声なんか気付かれない。遅すぎる自分の対応を呪いたくなる。自分の足に過信した事も。毎日走っているから逃げ切れるなんて、どうかしてた。
「数分で終わる、それとも騒いでみんなに見られるか?」
何を言っているんだ、こいつは。嬉しそうな声に吐き気がする。
紐のようなものを私の指や手首に巻きつけながら、男が囁く。
「俺はどっちでもいいけどね」
「中学1年生相手に何言ってるのよ!」
子供だとアピールするように学年を言うが、別になんとも思ってない。むしろ逆に楽しそうだ。
「いいのか? 裸にひん剥かれて転がってる姿を人に見られても」
腰の上から重さが無くなったかと思ったら、いきなり体をひっくり返された。
「黙ってれば、終わった後開放してやるよ」
そしてまた私の腰の上に乗っかる。
どんと乗られたので、背に回された腕が痛い。腕が背にあるので、胸が仰け反る格好になった。
こんな男の前でそんな体勢なのが嫌で堪らない。
そんな私を見つめながら、ポケットからデジタルビデオカメラを取り出す。
記録しようというの? 口止めの為?
「やられて黙っているか、やられて公表するか選べって事?」
せめての抵抗とばかりに睨むと名前を呼ばれた。
「へえー、伊賀崎頑張るー」
胸に張ってある名札を見て、ジャージのチャックを掴む。
「冗談じゃないわ、私の人生はあんたの為にあるんじゃないのよ!」
必死に体を動かしてがんばってみる。けれど、チャックを下ろすのを止めない。上半身を動かそうとするも、意味がなかった。
アスファルトに乗った肘の痛みが増す。
でも無抵抗なんて嫌だ。こんな奴に貶められたくない。
「助けて! 変態よ! 変態! 変態!」
大きな声を出そうとしているのだけれど、予想より出せていない気がする。胸を仰け反らせているから?
「いいねぇ、恐怖に震える声……そそるよ、伊賀崎……名前は何かなぁ?」
怖気が全身を襲う、そろそろ誰か気が付いて……。私の心でも読んだように男が嘲笑う。
「可哀想に。走って離れたから、みんなに気付いてもらえない」
シャツに手をかけてきた。もうダメ。顔を背けて目を瞑る。唇をかみ締め、体を固くして耐えようとした。
「だめだめ、視線はこっちにね」
顎を掴まれて、正面を向かせられる。触れた手が気持ち悪い。
「唇噛んだんだ、赤くなって……口紅したようで色っぽくなったよ……」
カメラを顔に近づけてきた。
「いいねぇ、なんか艶がある。これは当たりだ」
男の息が荒くなっていく。
顔に息が掛かると、臭かった。食い入るように体を近づけてくるが、離れて欲しい。こんな事件が私に起きるなんて、なんでなんで……。
「うっ……」
そういえば、私って運が無いんだった。いつもそう。また、そうなんだ。諦めかけて、心が沈みそうになる。
「うわ、その目! 最高、もう少し髪が長かったら、色気倍増だったのに残念」
なんだその上から目線は。男の言葉で、私は怒りに燃える。
危ない、諦めるところだった。
「お前のやる事なす事、ほくろから輪郭から何かの癖まで全部覚えてやる」
「へぇ」
「私はお前を絶対許さない、捕まえられるなら私の人生を犠牲にしてもいい」
呪うように睨むと、男の手が止まった。そして圧し掛かっていた体を退ける。立ち上がる男に驚きながらも上半身を起こす。びびってくれたのかな? 体を動かしても男はこちらをジッと見ているだけだ。不審に思いながらも片足を立てて立ち上がる。すると腕を掴まれた。
「ありがとう、立ってくれて。起こすの面倒だと思ってたんだ」
まさか場所移動? キャンプ場では人の声が聞こえてきているから、もっと見えない場所へでも行こうと言うの? 力いっぱい離れようとしても、所詮は大人と子供。後ろから両腕を掴まれ、逃げられない。
「どこへ行こうというの!」
「うち」
「……え」
なんて言ったの……この人。
「お前を飼ってやるよ、大人になっていく姿は最高だろうなぁ」
腕を引き寄せられると、首筋をべっとりと舐められる。
「いやぁあああああああ!!」
恐怖で真っ白になった瞬間、突き飛ばされるように体が倒れた。その男の上に。服も臭い。ゾッとしたが、すぐに片腕を強引に引っ張られた。
「ったた」
臭いから離れる事ができて嬉しいけど、片腕で全体重を吊り上げられたので痛い。
「くっ、いってぇな……一体何が……」
「えい」
体を起こした男の頭部に薪が振り下ろされる。ゴッ、とかなり良い音が。男は頭を抱えてのた打ち回った。
「念の為に肩をはずす?」
氷室くんが楽しそうに物騒な事を口にする。
「待って……中学生が……そこまで、したら、変に、勘繰られるよ」
苦しそうに息を吐きながら答えたのは江里口くんだ。こんな状況だけど、ついツッコミをしてしまう。それこそ中学生の考えじゃないぞ。
「大丈夫か? 伊賀崎」
体を起こしてくれたのは、明智くんだった。
すぐに腕の縄を解いてくれた。
自由になった手は血が巡ってきたのか、ポカポカする。
「でも明智すっげー足早いな! しかも上段回し蹴りなんて映画みたいだった」
興奮気味に氷室くんが頷く。
私は感謝を伝えようと口を開けたが、出たのは嗚咽だった。
涙が、溢れ出てきて止まらない。
「あ、あり、が、とぉ……おっおっ……」
氷室くんはおたおたしながら男を足蹴にした。
蹴っ飛ばしてうつぶせにさせた後、肩を踏んでいるのだ。江里口くんは私に背を向けると、男の頭に手のひらを乗せてた。何か呟いているようだけど、聞こえない。
涙をジャージの袖で拭うと、明智くんが首筋をタオルで拭いてくれた。……これは一番嬉しかった。出来れば石鹸で、消毒液で、拭いたい、痕跡を消したい。あの感触は最悪で気持ち悪かったから。
「ロープで拘束するか?」
「いや、大丈夫」
明智くんが私を縛っていたビニール紐を見せるけど、江里口くんが笑って首を振った。いや、大丈夫じゃないよ……大人だし、反撃してきたら怖いよ?
「じゃあ警察呼ぶか」
氷室くんの言葉にびくっとしてしまう。すると、江里口くんが立ち上がって私に言い含めるように喋った。目を真っ直ぐに見られる。
「いいね、伊賀崎さん。忘れるんだ。この男とは何も無かった、いいね?」
でも、と口篭る。が、江里口くんは大丈夫大丈夫と肩をポンポン叩く。
「氷室、ビデオカメラを渡せ」
「ちぇ……見てたか」
ちょっと、自分のものにしようとしてたの!? 男が落としたビデオカメラを懐に入れていた氷室くんに驚いた。
私のデータが入っているんだけど……。そんな不安を見抜いたように、彼が私の側に来る。
「大丈夫だ」
明智くんはビデオカメラのモニターを私にも見えるように持ち替えた。慣れた手つきで操作をすると、再生された。
データは私の映像のみのようだ。
「すまない。これは火にくべよう。伊賀崎が持っていろ」
明智くんはSDカードを取り出し、折ると私に手渡した。見たぐらいで謝らなくてもいいのに、逆に助けてもらった……感謝しきれない。
「携帯発見!」
氷室くんが嬉しそうに男のポケットから携帯を取り出した。
「じゃあ警察に連絡取ろう」
「ロックが掛かっているんじゃないのか?」
明智くんの指摘に氷室くんは笑いながら、携帯を起動させる。
「通報はロックが掛かっていても出来るのさ」
「いや、氷室。電話は待て」
電話を掛けようとする彼を江里口くんが止めた。
「明智くん、伊賀崎さんと一緒に先生を呼びに行ってくれる?」
「?」
私が首を傾げると、彼はにっこりと笑った。
「人が倒れてる、と伝えてね」
底知れぬ何かを感じたけれど、それを表現できる言葉がない。明智くんは何かを察して頷くと、私の肩を叩いた。
「行くぞ」
「あ、うん」
私はジャージのチャックを閉めると、明智くんの後を追う。すぐに追いつき、一緒に歩く。
その時、思い出した。
健康診断の時、明智くんは歩くスピードが早かった。なのに、この前送ってくれた帰り道や今、ゆっくりと歩いてくれている。
気を遣われているんだ。
その優しさに、また涙が出そうになる。
「実は、最初に気が付いたのは頼元さんなんだ」
「え」
「伊賀崎のタオルを抱いてあたふたしていた」
頼元さんにも迷惑を……。
「ちょうど俺が起きて、助けてと」
「そうだったんだ」
「急いで江里口と氷室を起こして探したんだけど、遅くなった。ごめん」
私は首を振った。
「家に連れて行かれる所だったんだ、助かったよ、本当に」
「頼元さんにも言った方がいい、何か思い詰めていた」
「もちろん」
再度出そうになる涙を、もう一度袖で押さえ込んだ。




