5 メルデの村で 1
川に沿って下ること1時間。遠目に人里が見えた。家は藁葺き屋根のように見える。村の周辺は木材を縦にして並べた柵で囲われており、中の様子はわからない。
「さすがに柵を飛び越えるのはまずいか。入り口を探そう」
見られると困るのでここからは徒歩だ。腕から降りて地に足を付けると、てくてくと歩を進める。
村だから小さい、と思ったらそんなことは無かった。ええ、村の入り口に到達するまでたっぷり1時間歩きましたよ。子供の歩幅だから、時間がかかるよね。
「とりあえずここに魔石を埋めよう」
こんなの持って村に入るのも怪しすぎる。どのみち換金できないだろうし、埋めて隠しておこう。村の外にある木の根元に穴を空け、そこに魔石とワイバーンの生肉を隠す。そして上から土を被せ、木の根元にバツ印をつけた。
「さて、村に入りたいけど……」
――人に会うのちょっと怖いな。
村の唯一の入り口であろう、木の門戸は閉じられている。外から声をかけるしかなさそうだ。ぱっと見私は無害な少女なのだし大丈夫だろう。無理なら街までの道を教えてもらう。とりあえず目的は夜露を凌ぐことだ。
「すいませーーーーん」
私はあらん限りの大声をあげた。誰か気づいてくれることを期待しよう。
「誰だ? 子供だと?」
小さく扉が開き、その隙間から村人が私を見つける。そして顔だけ出し、周りを見て他に人がいないことを確認していた。
よ、よし、話しかけるぞ!
「あ、あの、一晩でいいんです。どうか寝る場所をお借りできないでしょうか」
私は断られたらどうしよう、などと考えながら小さな声で尋ねた。
「……どこから来た?」
「え……。すいません、遠くから逃げて来ました」
「訳ありか。ちょっとそこで待っていろ」
若いにーちゃんは一旦門戸を閉じた。多分村の偉い人にお伺いを立てに行くのだろう。
どうか追い返されませんように!
実際にはほんの少しの時間だったかもしれない。
でも若いにーちゃんが戻って来るまでの時間がとても長く感じられた。
「嬢ちゃん、入っていいぞ」
「あ、ありがとうございます」
私は深々と頭を下げ、小走りで中へと入る。村の中は想像通りの村だった。
畑を耕す人の声、子供たちの笑い声、鶏の鳴き声。
牧歌的でのどかな村、というのが第一印象だね。いいところだ。
「この子かい? まだ年端もいかない女の子じゃないか」
小太りの人の良さそうなおばさんだ。見た感じ30代くらいだと思う。私をとても心配そうな目で慈しむように見ている。
「でも変だろ。逃げて来たわりには服は綺麗だ。そりゃ多少は汚れているけど。お前まさか盗賊団から逃げて来たわけじゃないよな?」
鋭い質問に私はドキリとした。
な、なんて答えよう?
一瞬言葉を選ぶ。
全部はさすがに言えない。
「売られた後です。ずっと向こうの建物から逃げてきたの」
私はバカ正直に自分の来た、だいたいの位置を指差した。
「あんなとこに建物なんかあったか?」
「どうだかね。とにかく疲れたろ。私はマエルってんだ」
「あ、私はテアって言います。あの、一晩だけでいいんです。馬小屋でもいいので泊めてください」
頭を深々と下げお願いする。ここに長くいる必要はない。とにかく一晩泊めてもらい、街への道を教えてもらおう。
「一晩はいいけど、あんた行くあてでもあるのかい? 街までは歩くと大人でも1日かかる。テアちゃんだともっとかかるだろう。森には魔物だっている。悪いことは言わない、ここでしばらく暮らしな 。どうしても街に行きたいなら、行商人が来た時に頼んでやるからさ」
なんていい人なんだろう。
見返りもなく、こんな私を助けてくれるなんて。
少しだけ胸の奥が温かくなった。
「ありがとうございます」
うーん、気は進まないがそのうちこっそり村を出よう。あまり厄介になるのも悪いし。何よりレオン様にお会いしなければならないのだから。
それでもこの場は深々と頭を下げるべきだ。せっかくの好意だからね。
「今日は疲れただろ? 寝床もちゃんと用意してあげるから付いてきな」
「はい、ありがとうございます」
「お腹は空いてないかい?」
「今は大丈夫です」
ワイバーンのお肉たらふく食べたので。しかしこの人、なかなかの世話焼きおばさんかもしんない。でも嫌いじゃないな、そういう人。無償で人に優しくできる人は凄いと思う。私の、牧田莉緒の優しさには必ず打算があったから。
だから――
こういう優しさが、少しだけ怖い。




