プロローグ
私のーー蒔田理央の推しはレオン様だけど、他にも忘れられないキャラがいた。
「これは、怪物になる運命を背負った少女が、それでも人として幸せになろうとする物語。でしょ……」
思わずそう呟いてしまうくらいには、私はもう一人の登場人物に感情移入していた。
銀髪赤眼の少女、テア。
レオン様ルートのラスボスであり、このゲームでいちばん救いのない女の子だ。
幼い頃に実験動物にされて、廃棄されて。
やっと生き延びたと思ったら、今度は奴隷。
……それでも生きていたのに。
「何度見ても、ひどいよ……」
しかもこの子、別に好きで世界を滅ぼそうとしたわけじゃない。ただ、もう耐えられなかっただけだ。
――それだけなのに。
それなのに、救済ルートはない。
どのルートを通っても、テアは最後に倒される。
私はベッドの上でゲーム機を握りしめたまま、画面の向こうの彼女を見つめた。
『実験動物にされて廃棄されて、やっと生き延びたのに……っ。奴隷にされて、殺し屋にされて、そんな私の気持ちなんて、あんたたちにはわかんないよ!』
悲鳴みたいな叫び。
胸が痛む。何度聞いても慣れない。
画面の中のテアは涙を流しながら笑った。
『眠りましょう。そして全て忘れましょう。辛かったことも、生きていた意味なんてなかったことも……全部』
次の瞬間、彼女の身体から赤黒い光が溢れた。
銀色の髪は禍々しい黒へと染まり、背には蝶のような羽が生える。
ラストバトル開始。
わかっている。
この先はもう決まっている。ヒロインのディアーヌの言葉も届かない。レオン様の剣が彼女を倒して、全部終わる。
「……ほんと、やだ」
私は小さく息を吐いた。
レオン様は好きだ。
隻腕という不幸を背負いながらも、卑屈にならず、自分の誇りを失わずに立ち続けるあの人が好きだった。だからレオン様ルートも好きだ。
でも、それでも。
「ラスボスが完全な悪ならよかったのに……」
なんでよりにもよって、この子が倒されなきゃいけないんだろう。
結末は知っている。
それでも私はエンディングまで見届けた。
世界は救われ、ディアーヌとレオン様は結ばれる。
そして数年後、二人の間に生まれた娘に“テア”と名付けて物語は終わる。
「いや、そこは救ってあげてよ……!」
思わずゲーム機を抱えたまま呻いた。
いや、わかるよ?
わかるけどさ。想いは受け継がれました的な綺麗な締め方なのも。
でもそうじゃない。私が見たいのは、テアちゃん本人が幸せになる未来なのだ。
しばらくぼんやりしてから、私は時刻を見て飛び起きた。
「やばっ!」
徹夜してしまった。
仕事の時間が迫っている。
慌てて支度を済ませ、安物のバッグを掴む。出かける前に、部屋の隅に飾ってある両親の遺影へ目を向けた。
「行ってくるね、お父さん、お母さん」
返事はない。
当たり前だ。
私はアパートの扉を開け、外に出た。
二階の古びた鉄階段を、欠伸を噛み殺しながら降りていく。
カン、カン、カン、と安っぽい音が響く。
眠い。
でも働かなきゃいけない。生きるってそういうことだ。
「ふぁ……」
大きな欠伸をしながら、最後の数段に足をかけた、そのとき。
「あ……」
踏み外した。
世界がぐるりと反転する。
身体が宙に浮いて、次の瞬間、後頭部に激しい衝撃が走った。
痛い、と思ったときにはもう遅かった。
視界が暗く沈んでいく。
最後に脳裏をよぎったのは、ゲームの中で泣いていた銀髪の少女の顔だった。
――せめてあの子が、幸せになれたならよかったのに。
――もし、やり直せるなら――
そこで、私の意識は途切れた。




