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Re, DS  作者: SIOYAKI
第二章 迷わぬ者に悟りなし
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第22話

襲撃。

◇聖王歴1339年風ノ月10ノ日


 太陽が中天を過ぎて暫く、日暮れも近付いてきた頃。コートフォールの町の南西、白く聳え立つ城壁の前に彼らは現れた。


 嘗ては要塞中枢部として、現在は庁舎として扱われているこの施設。そこに姿を見せたのは、年若い男と女の二人組。双方どちらも、纏う気配は剣呑なもの。


「誰だ。ここは民間人は、立ち入り禁止の場所だぞ」


 迷いなき足取りの二人組の前に守衛業務の騎士らが立ち、声を投げ掛け観察する。近付いて来た彼らは男女とも、整った容姿の人物だ。だが、どちらも共に近寄り難い空気を纏う。


 一人の男は、黒髪に白のメッシュが混じった狼の亜人。顔に大きな火傷痕を刻んだ、強面の青年。もう一人は、黒髪黒目の東洋人。上質な小袖の上から、和甲冑の一部を身に付けた若い女。


 凶悪な笑みを薄っすらと浮かべた男。冷たい双眸をした女。どちらも等しく不吉を感じさせ、騎士達の背には冷たい汗が流れ落ちた。


「いや、待て。あれは、東国の方々だ」


「部隊長?」


「少し下がれ。私が対応する」


 臨戦態勢を取りつつあった騎士達の背から、現場指揮官の静止が掛けられる。相応に経験を積んだ中年の男には、訪問者らに対する知識があった。


「東国六武衆の方ですね、本日はどのようなご用件でしょうか?」


 東国六武衆。東方大陸において、自他共に最強を認める武闘派集団。一騎当千の英雄だけが所属を許される、この世界の上澄み達。


 彼らは先頃、この北方大陸に親書を持って訪れていた。書の内容までは一介の騎士に過ぎない男は知らないが、後日また来ると言う話があったことだけは知っていたのだ。


 だからこそ、とも言えるだろう。彼は本能で不吉を感じながらも、理性でそれを抑えてしまった。


「……ああ、そうだな。先ずは以前の話の結果がどうなったのか、聞いておこうか」


「そ、それは、本国に問い合わせを行っておりますので、もう暫くお待ちくださいとしか」


「はっ、随分な話だ。前の会談は、先月だった筈なんだがなぁ」


「水ノ月30ノ日。書状を持って訪れたのは、70日も前だろう。それなのにお前達北方は、まだ我々に待てと言うのか?」


 嗤いながら口を開いた男、リアムの言葉に騎士は焦る。続く女の指摘を受けて頭を下げながら、彼は胸中で内務の者らを罵った。


 そんなに待たせれば、苦情の一つも来るのは妥当だ。寧ろ今日まで待ってくれたのがありがたいくらいだろう、と。そんな的外れな考えを見透かして、六武の二人は冷たく嗤う。


「そ、その、私では判断出来ない話になりますので。直ぐに確認するよう上に問い合わせますので、何卒お待ち頂きますようお願い出来ませんでしょうか」


「はっ」


「ふんっ」


 言われた彼らは、鼻で笑う。知っているのだ。親書を持って交渉に当たったのは、この場の二人だけではないが故。四席が西へ、三席が南へ、二席が中央へ。


 その際に中央の外交官は、彼らの懸念と提案を嘲笑い眼前で親書を破り裂いたと言う。無論その場でケジメは付けたが、それ故に東と中央の関係は悪化していた。


 北方政府がどれだけ真っ当に対応しようと、そのトップは中央の一貴族。中央政府の決定には逆らえないのだから、幾ら待とうと良い返答など来る訳がない。


 そう。既に交渉は決裂しているのだ。


「あー、悪ぃな、少しからかったんだ。こっちも随分待たされたからよ」


「そ、そうですか。は、はは……」


 だからそう、北がどういう対応をしようと東の行動は変わらない。現場の者らの不幸を憐れみながらも、振るうその手は迷わぬだろう。


 彼らの王は、選択したのだ。故にこれは、宣戦布告だ。


「んで、だ。こっちの要件としては――」


「――取り合えず、お前は死んでおけ」


「は?」


 リアムの語りを遮って、黒髪の女が動く。腰に下げた刃を抜刀。その銀閃が踊ると同時に、騎士の意識は永遠に断ち切られたのであった。


「え?」


「ぶ、部隊長?」


 背後に控えていた部下たちが騒めく。刀を抜く速度が余りにも早過ぎて、認識した時には既に納刀を終えていたから。


 部隊長の首が地面に落ちて転がる、その瞬間まで兵らは誰も反応すらも出来ずに居た。その瞬間に至っても、現状を理解出来はしなかったのだ。


「……おい、気絶させる程度で済ませりゃ良かったろうが」


「ふん、どうせ最後は殺すんだ。早いか遅いかの違いだろうに。貴様とて、中央の奴ばらは嫌いだろう?」


「ちっ、俺が嫌ってるのは聖教の糞野郎共と貴族の塵どもだ。下の真っ当な連中は、なるべくなら死なねぇ方が良い。……だから、まぁ、なんだ。テメェらは寝とけ」


「が――っ!?」


 呆れた視線で語るリアムに、冷たい言葉を返す女。命を奪ったばかりとは到底思えぬ、軽いやり取りをしながらリアムが動く。


 大地を蹴って拳を振るう。その動作に反応出来なかった騎士らは、城壁に叩き付けられて意識を刈り取られる。


 其処まで展開が進んで漸く、遠目に見ていた他の騎士らは反応出来た。


「て、敵襲ぅぅぅぅぅぅぅぅぅっっっっっ!!」


「そうか、だが殺す」


 警笛の音が鳴る。叫び声が上がる。緊迫した空気の中で、慌ただしく姿を現す北の騎士たち。門を開けて次から次へと姿を見せる王国軍人を、女の振るう刃が襲う。


 踊るように歩を進め、花のように命を散らす。女の容姿と剣の腕前も相まって、美しいとさえ感じさせる地獄絵図。鎧の隙間から断ち切られて、次から次へと犠牲は増えた。


「あ゛あ゛っ! 話聞いてねぇのか、姫乃っ!!」


「聞いているとも、その上で無視した。加減など、手間だ。気を悪くするなら、分かっているな。東国流で決めるとしよう」


 女に僅か遅れながらも、リアムが集団の中に切り込み両手を振るう。女の舞に比べれば荒々しい殴打は、しかし見た目以上の慈悲に満ちた物である。


 顎や首筋を狙った打撃は、弱所に気を通すことで意識だけを刈り取る為のもの。気絶した者や立てなくなった者ならば、女が狙うことはない。


 仕留めろとは、命じられていないのだ。ならばなるべく、咎のない者は殺さない。それが男の流儀である。


「強い方が、弱い方に従う! それが東国流。席次は俺の方が上だろう!」


「お前と死闘をした経験はないな」


 荒々しい男が意識を奪い、美しい女が死を齎す。そんな異質な光景を作り上げながら、男女は言葉を投げ付け合う。


 力こそが正義。それこそが東国の流儀であり、六武衆の席次は強さの順序だと男は語る。そこに女も異論はないが、しかし自身が劣っていると言う自認もなかった。


「陛下の命だ。六武衆同士の殺し合いは禁じられている」


「其処はあの方の悪癖だな。武鋼殿が一席であった頃は、同胞殺しも常だったと聞く」


 犠牲の数が数十を超え、取り囲む騎士達の動きも鈍重になる中。門を潜って中庭に入り込んだ二人は、自然と互いに背を合わせて話を続ける。


「陛下の方針が不満か、姫乃」


「何、私も炎王陛下の命には従うとも。だから、平和的に決めよう。狩の腕を競おうではないか、リアム」


「あ゛? それの何処が平和的だよ。しかも、テメェに有利過ぎんだろ、そりゃ。やるなら互いに、条件を詰めてだな……ちっ、来やがったか」


 襲撃から、まだ僅か数分。それだけで大量の被害が出ている現状に、怯え慄いていた騎士達。彼らの動きが、変わった。


 期待や信頼に満ちた感情。この人ならば、と言う周囲の意思を受けながら出て来たのは、騎士甲冑を着た年若い女である。


「お前達っ! 其処で何をしているっ!!」


 周囲の騎士らと同じ材質の甲冑に、金と銀の飾りをあしらった鎧。レイピアを左手に抜いて構えた、金髪碧眼の美女。その姿に、リアムは笑って言葉を投げた。


「よう、北方領主の秘書官様よ。それとも、討魔師団の師団長様とでも呼んだ方が良いか、シャルロット・ブラン=シュヴァリエ殿」


「東国六武衆、リアム・ファミーユと公方姫乃だったな。一体これは何の心算だ?」


 中央は聖王国が保有する戦力たる騎士団。それは三人の将軍の下、六つの師団に分かれている。東守・西守・南守・北守・王守・討魔。


 雷将の指揮下である北方大陸において、主力となっているのが彼女の率いる討魔師団。故に、北を荒らせば先ず彼女が姿を見せるのは当然のこと。


 A級の冒険者に比肩、或いは超えるともされる王国の師団長。その中でも武闘派とされる、雷将の二番弟子。楽しめそうだとリアムは唇を舐め、ニヤリと笑った。


「見て分かんねぇのか? 俺たちは――」


 そうして、シャルロットの問いに答えようとする。そんな意外と律儀な男の語りに先んじて、和装の女が動き出す。


――外功実行・以って我は心威を示す――


「あ゛あ゛っ!? 姫乃、テメェっ!!」


 口上の途中で遮られ、更には意図する所を読み取って、リアムが背に居る女へ荒い罵声を飛ばす。罵倒を受けた女は愉し気に笑うと、刀を納め両の手で地蔵根本印を組んだ。


 流し目と共に呪を紡ぐ彼女の顔を見たならば、その意図は同胞たるリアムには確かに伝わっていたことだろう。開始の合図など、我々には不要だろうと。


――神鬼助持、菩提不退、有求皆従、業道永除――


 姿勢を正して直立したまま、姫乃と呼ばれた女は闘気を練り上げ内にて高める。体の内より溢れ出した心の芯に染まった闘気は、外界に満ちた大気と交わり変質させる。


 性質は外功。己の内を変革するのではなく、世界の法を望んだ形に歪めるもの。法則は実行。空想を現実に貶めるのではなく、既にあるものを想像へと近付けると言う形質。


「ちぃぃぃぃぃぃっっ!!」


 最早何を言っても、背後の女は止まらぬだろう。そして姫乃の芯が齎す結果は、とてつもなく悪辣だ。それを知るが故に、リアムは大地を蹴って動き出す。


 眼前で構えたシャルロットへ対して、ではない。彼女から距離を取りながらも、悪漢を逃がさぬ為に戦場に立つ勇士達。その意思を尊ぶが故に、先ず彼らから刈り取るのだと男は駆けた。


――我、六道輪廻を巡る者。クシティ・ガルバの名の下に、汝ら衆生を解き放つ者――


 闘気を高め、己の心に抱いた芯と混ぜ合わせ、人間の領域を超えんとする。その技術に本来、詠唱と言うものは必要ない。これは必要なものではなく枷である。


 出る杭は打たれると言う言葉があるように、人は逸脱した者を嫌い憎む。それは集合無意識もまた同じく、故に人類総意は人間から神に成ろうとする者に対して干渉する。


 与えられた器を此処に、其は末法の世にて衆生を救う慈悲深き者。されど女の芯なる望みは異なる故に、其は歪で悍ましき形に変わる。


「くっ! 問答すら、する気がないかっ!!」


 問答への答えさえ出さぬまま、騎士達を襲い始めたリアム。その慌てた様子に何か違和を感じるも、捨て置けはせぬとシャルロットが駆ける。


 雷翔一閃・四歩。雷を纏って走り出した女の速度は、一瞬で超音速の領域へと到達する。


 アンジェの三歩が音の半分だったのだから、倍率で考えれば音速。だがアンジェとは素の実力が異なるが故に、シャルロットの技はその程度では留まらない。


 マッハ2。音速の二倍と言う速さ。そこから繰り出される刺突を、リアムは紙一重で躱していた。


――未だ道半ばにあれど、十王が真理を此処に示さん。色に満ちた苦界より、空と成るを救いと知れ――


「うざってぇなぁっ! 死にたくなけりゃぁ、邪魔すんじゃねぇぇぇっ!!」


「一体、何をっ!? 邪魔をするなと言われて、放置出来ると思うかっ!!」


 雷光を纏った一閃の後、続く刃が二度三度。それら全てを軽々と躱しながらも、リアムは忌々しいと舌打ちする。


 実力としては及第点。この女は耐えられる。だが、だからこそ今は邪魔だ。真面に戦えば負けはなくとも、片手間に相手取るには厄介故に。


――罪深き者らよ、自ら(コウベ)を垂れよ。我が身を裂いて、(ハラワタ)を捧げよ。我は、お前たちを裁きたいのだ――


 疾風迅雷の動きで絶え間なく続く攻撃。それを的確に躱しながら、反撃として胴に向かって蹴りを打ち込む。片手間のそれは防がれて、女は僅か後退するだけ。


 跳躍直後に姿勢を正して、再び雷光と化して襲い来るシャルロット。このままならば数手程で直撃を受けると断じたリアムは、向き直って構えを取る。


 対峙する両者の一瞬の硬直。その瞬間に、姫乃の心威は完成した。


――心威・解放――


「衆生を救えや――袈裟地蔵」


 姫乃の闘気に満ちた力場が周囲に展開される。一瞬、色が変わる世界。変化はそれだけ。それだけで十分だった。


「あ、え?」


 言葉を発したのは、果たして誰であったのか。気付けばシャルロットは大地に膝を付き、己の腹を抑えていた。じくじくとした痛みと共に、抑える指の隙間から血が溢れ出す。


「何で、私?」


 一体何をされたのか、下手人は闘気の失せたリアムではない。膝を付いた女を見下し嗤う姫乃は、元凶ではあれど直接の原因ではない。


 朦朧とする意識の中で、血に濡れたレイピアを見て曖昧な記憶を思い出す。刺したのは己だ。何故だか急に、生きていることに耐えられなくなって自傷したのだと。


「辛いだろう、立っているのが。苦しいだろう、息をするのが。恐ろしいだろう、生きているのが。生存に必要な行為の全てが、罪深いと感じるだろう。――ならば、疾く死ね」


 女が嗤う。女が嗤う。女が全てを見下し嗤う。その笑みと共に、溢れ出すは再びの衝動。


 呼吸をするのが心苦しくて、瞬きするのさえも罪深いことに感じられて、震える左手が自傷を求める。それを右手で必死に抑えながら、シャルロットは周囲を見た。


「私、は……皆は、どうして……?」


「私の裁きに耐えるか、不快だな。だが、それも時間の問題だ。貴様は耐えられる程度の力はあれど、跳ね除けられる程に強くはない」


 皆が、死んでいた。軍に属する誰も彼もが、詫びるように跪いて頭を地に伏せている。その両手に自ら取り出した腸を掲げて、どうかこれで許して欲しいと希うように死んでいた。


「首を垂れて這い蹲れ。自ら腹を裂いて中身を差し出せ。無様に哭いて詫びるが良い。それが夜摩の裁定だ」


 カチカチと震える左手。これを抑える右手を緩めた瞬間に、己も彼らと同じ末路を辿るのだろう。そう悟り、必死で抗うシャルロット。そんな彼女と、この場に居ない面々と、気絶した数十の騎士達。彼らを残して、討魔師団は壊滅した。


 この場に居る殆どの部下が死んだのだと理解したシャルロットには、しかし慟哭さえも許されない。そんなことをしてしまえば、その瞬間にも自決してしまうと分かっていたから。


「他者の罪悪感を肥大化させ、自害に追い込む。何度見ても糞みてぇな芯だな、おい」


「ふん。一定以上の実力者相手には、牽制にしかならん心威だ。私自身、不格好だとは分かっているよ」


「……そういう意味じゃねぇんだけどな」


 やる気を失くして苦言を漏らすリアムは、地獄絵図を前にあっさりと割り切る。既に終わったことを蒸し返してまで、事の正否を問う程の善人ではなかったから。


 勇気のある兵士は嫌いではない。王の命もあるが故、極力生かして残そうとするがその程度。死んだら死んだでそれだけだ。仲間割れを起こしてまで、守るような義理はない。


「何が言いたいか分からんが、ともかくこれで狩猟は私の勝ちだな」


「わーったよ、今回はテメェの流儀に合わせる。とは言え、だ。目的を履き違えんなよ」


「無論だとも、私とて陛下に失望されるのは恐ろしい。ある程度は生かして残す。その為に、規模は敢えて制限したさ」


 姫乃の心威、袈裟地蔵は自決を強制する力。抵抗するには、姫乃に準ずる力を持つ必要がある。そしてその影響範囲は最大で、この町全土を覆ってしまえる程。


 大量虐殺という点においては、六武でも並ぶ者が居ない力。本気で発動していれば、民間人は全滅していたことだろう。そうであるが故、これでも彼女なりに配慮をしていた訳である。


「貴女達は、一体……」


 零れ落ちそうになる臓腑を抑え付けながら、見上げたシャルロットが問い掛ける。その言葉の後に続くのは、一体如何なる文言であったのか。問われた女は、見下し嗤いながら告げる。


「東国六武衆第六席、公方姫乃」


「あ? ……東国六武衆第五席、リアム・ファミーユ」


 告げたのは、その異名。既に知られたそれを、敢えて名乗ってから続ける。これより続く宣言は、東国六武衆の総意であると示すが為に。


「此処に、我々は宣言する。これは、宣戦布告だ」


 天下布武、彼らの王はそれを望んだ。故に彼らは、此処に来た。全てを奪い、踏み躙り、世界を王へと捧げる為に此処に来たのだ。


「宣、戦? 戦、争を、東は望んでいると言う、のっ」


「ああ、そうともそうだとも! だから死ね、疾く死ね、ここで死ね! その屍を無様に晒し、皆須らく塵と成れ!」


 絶対の安全圏から、他者を一方的に虐げ殺したい。修羅の中でも稀な類の歪んだ願いを抱く女は、その衝動を満たさんと此処に刃を振るう。


 その願望とは相反する、鋭く美しい斬撃。傍らの男にもう止める意思はなく、ならばシャルロットの首は此処に落ちるだろう。


 そうなるのが当然の流れで、しかしそうはならずに終わる。


「ほう」


「へぇ」


 それは、音を遥か後方へと置き去りにした一迅。音速の二倍というシャルロットの速度をも超えた、音速の三倍以上の一閃が姫乃の剣を弾いてみせる。


 自決に耐える女を左手に抱いて、右手には抜き身の刀を握り締め、現れたのは壮年の男。よれた和装に、古ぼけた刀。無精髭に寝ぐせだらけのざんばら髪、緊張感の欠ける表情で戦場には不釣り合いなその姿。されど彼こそ、この北方政府が有する最大戦力。


「イベール、子爵」


「……いつも通り、先生呼びでも良いのよ。シャルちゃん」


 聖王国が三将軍が一人、雷将クリストフ・フュジ・イベール。嘗て勇者と共に世界を旅して、魔王の影を討った大英雄。そんな男の腕に抱かれて、若き師団長は詫びるように目を伏せた。


「けど、良かった。今回は間に合ったみたいね」


「……クリス先生、申し訳、ございません」


「気にしないで良い、とは言えないけど。六武が相手じゃ、仕方がないことさ。今は自分の体を大事に、ね。全身に闘気を満たして、君なら出来るよ」


 後方へと跳躍して距離を取り、抱えたシャルロットを地面に下ろす。自決の心威に抗えるように助言して、上手く対処出来ている様子に安堵し髪を軽く撫でる。


 そうしてから立ち上がり、東国六武衆の二人に向かって向き合うクリストフ。へらへらとした表情のまま、しかし視線だけは僅か鋭く。そんな男の姿に、襲撃者らは相反する表情を浮かべた。


「ふん、間に合った、か」


「は、そいつは随分と判断が早いんじゃねぇかぁっ!」


 片や面倒そうだと、嘆息を漏らすは公方姫乃。修羅にありながら、命懸けの戦闘は好まないと言う珍しい気質を有した女。彼女にとって、現状は最悪に近い次悪だ。


 雷将クリスは英雄級の実力者。前線を退いて久しく、武器も防具も全盛期とは程遠い。それでも英雄の領域に居るのだ。戦うとなれば、当然命の危険は伴うだろう。だから相手になどしたくない。


「折角の機会だ! 俺にやらせて貰うぜぇ、姫乃っ!」


「……私の流儀に従うと言って、舌の根も乾かぬ内にか。まあ、好きにしろ。強者との一騎打ちは、私の趣味じゃない」


「合わねぇなぁっ! だが、組む相手としちゃ悪くねぇっ!」


 対して愉し気に嗤うのが、リアム・ファミーユと言う男。修羅の生まれではないと言うのに、六武の誰もが認める修羅に相応しき気質の人物。


 敬愛する王の第一の臣下と成りたい。そう願うからこそ、彼にとって強者の存在は諸手を上げて受け入れるべき対象だ。故に彼にとって、現状は最善に近い次善である。


 六武の男女は、互いに趣味と話が合わない。けれどだからこそ、互いの希望が噛み合うのだ。故にパートナーとしては及第点以上。互いにそうと再認しながら、両者は真逆の位置へと踏み出した。


「東国の人は、これだから。戦闘狂なのも、程々にして欲しいよ」


「平然と防ぎながら、抜かしやがるなぁぁぁっ! それでこそぉっ!!」


 一瞬の攻防。獣の如く踏み込み荒々しく繰り出されたリアムの攻撃を、クリスは羽のような動きで躱す。

 拳が纏う衝撃に流されるようにふわりと浮かんで、それに合わせるように大地を蹴って後方へと。


 柳の枝を思わせるような体裁きも時折含めて、怒涛の攻勢を乗り切り苦笑を漏らす。緩んだ表情は変わらずに、だからこそリアムは笑みを更に深める。


 戦うに値する価値はある、と言葉にせずとも伝わっていた。


「あー、やだやだ。怖いなー。けど、まぁ、しょうがない。ここまでやられちゃ、おじさんも黙ってはいられないから。偶には頑張るとしようかね」


 躱され流される度に、早く鋭くなる獣の牙。狼の猛攻を受け続け、遂にはその爪が鋼に届く。鋭い爪を刀の峰で受け止めて、雷将は静かに目を細めた。


「賢者様や武鋼殿には恩があるし、君みたいな奴も嫌いじゃない。けど、悪いね――斬って捨てるぞ、リアム・ファミーユ」


「はっ! やってみせろやぁっ! 雷将クリスゥゥゥゥゥゥゥゥッッッ!!」


 互いに言葉を投げ掛けて、弾かれたように後方へと跳躍して距離を取る。姿勢を低く、飛び掛かろうとする獣の如く構えるリアム。対するクリスは、腰の鞘に刀を納めて抜刀術の構えを取る。


 睨み合うは、共に英雄の領域に在る男達。現代に生きる伝説の聖騎士、雷将クリストフ・フュジ・イベール。東で最強と称される武闘派集団の一人、凶狼リアム・ファミーユ。


 人類の中でも最上位に位置する実力者達の戦いは、こうして火蓋が切って落とされたのだった。






【旧版との相違点⑥】

北方にリアムが居るので、政府との交渉役が姫乃だけではなくなった。

結果、六武衆分裂の切っ掛けになった姫乃の裏工作が不可能に。第四章の流れも旧版とは違う形になります。


【TIPS】

因みに良いタイミングで乱入してきた雷将ですが、この場に着いたのは少し前。

リアムが兵を気絶させてるのを見てやばいと感じた彼は、庁舎内の人員を気絶させて回っていました。なので北方側の人間は結構、生き残っています。

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― 新着の感想 ―
え?戦犯じゃないの姫乃さん? 分裂しないとハードルが高いぞ。
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