第17話
世界情勢の説明回。
◇聖王歴1339年風ノ月10ノ日
北方大陸は最南端、海沿いに作られた大きな町がある。古くは300年前、第三次人魔大戦期に建設された前線基地。その要塞を元にした町が此処、臨海都市コートフォール。
南と西の海に面した区画を除いた全周を、10メートルを超える外壁で半円状に囲っているのが特徴的な町だ。その城壁は一部が既に風化しているが、それでも無骨な威容を見る者に感じさせるであろう。
当時は万を超える魔軍の侵攻にも耐えた城壁だ。見た目の威圧も伴って、内に居る者には安心感を与えるのだろう。だから、と言うべきか。白きカモメが舞う港は朝も早くから、屈強な海の男達が威勢よく道を行く。出入りの業者も少なくはなく、魚市などは既に盛り上がりを見せていた。
「ぎ、銀貨10枚っ!?」
そんな海港の片隅に建てられた、船着き場で悲鳴にも似た声が上がる。この場に似つかわしくない声を上げるのは、栗毛の上で猫科の耳を躍らせている少女。
後ろに逸らせた両耳と、釣り上がったグリーンアイで正面に立つ大男を睨み付ける。ミュシャ・ルシャと言う少女は、以前の相場を知るが故に吹っ掛けられたと感じている訳だ。
「おう、プエルテまで一人5枚だ。こっちも商売なんでな、負けらんねぇぞ」
しかし相対する大男は、愛らしい容姿の少女が怒った所で怯えるような質ではない。客商売など柄ではないと言う粗雑な態度で、告げる言葉は何一つとして譲らぬもの。
ぐぬぬと歯噛みしている少女と、その後ろでぼんやりとしている少年。二人の客を面倒そうな瞳で見てから、手元の雑誌に目を落とす。嫌なら帰れと、男は言外に告げていた。
(こ、こんにゃろぅ。私とヒビキの見た目が見た目だから、舐め腐ってるわよね。これなら、リアムの奴を無理矢理にでも引っ張って来るべきだったわ)
モデルとしても通用するような体形とは言え、ミュシャは17歳の少女である。平均的な成人男性より背は低い。連れのヒビキに至っては、小学校低学年の児童にも見え兼ねない身長だ。
どちらも舐められることはあっても、怯えさせることなど出来ない容姿。更にミュシャは亜人と言う差別される側の身体的特徴を有し、ヒビキに至っては老若男女を問わず惑わす程に美しいのだ。或いは身の危険すら感じる程に、誰が血迷ってもおかしくはない二人組が今の彼らである。
とは言え犯罪方向での心配は無用であろう。北方大陸は町の外の危険性と相反するように、町の中の治安は整っていたのだ。コートフォールがそんな町だからこそ、リアムは到着して直ぐに姿を消したのだろう。別れ際に船の窓口の場所だけ伝えて、彼の高額賞金首は雑踏の中へと。
それには一般人は犯罪者と同行するべきではない、と言う彼なりの思いやりでもあった。ミュシャにもその意図が分かってはいたが、こうした場所ではあの強面は役に立っただろうにと若干後悔する。せめて船賃、集っとくべきだったとも。
「亜人だからって、舐めないでしょね。相場くらい知ってるわよ! 前は銀貨2枚だったじゃないっ!」
激するように口を開くミュシャの言葉は、2年も前であれば妥当な話。銀貨2枚でさえも、当時は高騰していると言われていたのだ。その倍以上など、彼女からすれば冗談では済まぬ話だろう。
舐めているのかと、そう考えるのも当然のこと。北は中央よりマシとは言え、同じ聖王国と呼ばれる国の一部。民の全員が亜人差別をするような者ではなくとも、逆に全員が差別をしない者達でもない。故にこの不当な金額は、亜人だからと足元を見られていると感じた訳である。
「舐めてねぇよ。亜人だろうが人間だろうが、ガキだろうが大人だろうが変わらず一人に付き銀貨5枚だ。……ここ数年、西行きの便は高騰し続けてんだ。こっちも迷惑してんだよ」
そんな少女の言葉を受けて、相対していた漁師服の大男は嘆息を漏らす。面倒だと言う意思もそこには垣間見えたが、同時に本当に困っているとも思えたからミュシャも僅かに冷静になる。
事情が違う。状況が違う。そう言われれば、確かに心当たりはあった。中央の政情不安。だがそれは、ここ数年で始まった話ではない。もう12年は続く玉座の空位。それが直接に関係しているとは思えないが、と心中で浮かべつつ探るように少女は問いを投げた。
「中央の情勢不安が原因ってこと? 今更になって他国の介入とか人口の流出で、物価が高騰してるとでも言うの? それにしたって、5枚はボリ過ぎじゃない?」
「勘弁してくれよ。一介の船乗りに言われても、政治や経済のことなんて分かんねぇよ。元々西行きの便は、二重に関税掛かる所為で高かったんだ。なのに西方は毎年ジリジリ値上げしてくるし、ここ数年は本国の連中の方がもっと冗談みてぇな額を吹っ掛けてきてやがる。……北方領土も聖王国所属なのによ。どうして王国に入国税なんざ、払わねぇといけねぇんだ」
少し言葉の圧を弱めた少女の言葉に、大男はその強面に反するような情けない表情となる。思わず愚痴が零れたのは、彼自身ここ数年の物価高騰には悩まされていたからだろうか。
ミュシャは静かに思考を進める。国を跨ぐ以上は、入国の税や関税自体はおかしくはない話。とは言え、二年で運賃が倍になる程の増税と言うのは異常な話だ。ましてやここ、コートフォールの領主が誰かを思えば更におかしい話。
「異常な増税って、領主が私腹を肥やしているって言うの? それか、所詮は武辺者って舐められてる? でも、コートフォールの現領主は雷将クリスよね。相当の大物でしょ?」
コートフォールの領主は、かつて勇者と共に旅をした聖騎士クリストフ・フュジ・イベールだ。魔王を倒して帰国した後、王より軍の頂点である三将軍の一人に任命された現代を生きる英傑。16年前にも聖王国の首都を襲撃した大魔女撃退に貢献しており、今尚市民や軍部の支持が篤い人物だ。
当然、中央も西もその武力と武名を無視は出来ない。ロスの反逆により刀将が裁かれ、王室警護の為に空将が半ば軟禁されている今、彼が武力を頼りに動けば止められる者はどちらの国にもいないのだから。
「うちの領主様が、私腹を肥やす訳がねぇだろ。ただ、舐められてるってのはあるかもなぁ。ほら、ロスの反逆で刀将を裁いたのはうちのご領主様だろ? それで色んな方面から、嫌がらせを受けてるって噂はあるんだよ」
「失脚してる、って噂もあったっけ? まあ、そもそも唯一自由に動ける筈の軍のトップが、北部みたいな辺境に押し込められてるのも変な話ではあるわね」
「辺境で悪かったな。ともあれ、んな訳でだ。こっちも生活が掛かってるからな。これ以上に安くなんか出来ねぇんだよ」
現在、王国軍は半ば機能を停止していると言う。三将軍の内、刀将が国に反旗を翻したとされるのが12年前。同年に起きた当代聖王、英断王の毒殺。王党政府は唯一残った王室である姫の警護の為と言う名目で、三将軍最強であった空将を軍から引き抜いた。
結果として残った雷将は、しかし軍中枢がある中央から離れた場所を領地と封じられている現状。三将軍を任命出来るのが聖王だけと言う事情もあり、玉座が空位のままでは軍部の頂点も空位のまま。現在は三将軍の直下にある六師団長が、軍の維持に奔走していると言う状況である。
(公的には、魔物への守りとして雷将を北に置いているんだったわよね。実際は、噂通りの嫌がらせか失脚か、或いは別の意図があるのか。政府や貴族院に弱みを握られてる、ってのも有り得る? ともあれ、中央も西も、北を軽視し始めてるってのはあるかもね。何せ、12年。幾らでも動けたであろう雷将は、沈黙を続けているんだもの。……それと、東の動向はまだ表沙汰にはなってないみたいね)
男との会話から、ミュシャはある程度現状に当たりを付ける。政治については専門外ではあるが故、決め打ちするのは不味いだろう。だが、それでも雷将の権威失墜が原因の一つなのは間違いがないと思えた。
そんな思考を続ける少女の背後で、白髪の少年は眠そうに大きく欠伸をする。微睡むことで思考能力が落ちている彼が、少女と男の会話の内容を理解出来る筈がないのは当然のことであり、早々に飽きてしまうのもまた当然のことでもあった。
「まあ、安上りに済ませてぇなら、シャリティエでも経由すれば少しはマシになるんだがな」
「亜人の私に、亜人差別が酷い中央に行けって?」
「だから勧めてねぇんだろ。本国の亜人差別は、年々酷くなってるからよ」
二重関税が発生している北方だからこそ、直接西方に向かう便は高くなる。敢えて中央を経由することで関税逃れをすることは可能であり、故に中央北部の港町を経由する船の方が便は多い。
そこにも何らかの意図を感じることは出来るが、敢えて突っ込まずにミュシャは別の理由を口にする。それはミュシャの生まれに関わる問題。人ならざる部位を有する、亜人への強い差別である。
聖王国内で影響力を減らしている王国軍。内部分裂が起きている貴族院。内政よりも権勢維持に注力している王党政府。それら勢力に代わって、中央で今最も大きな影響力を有しているのが聖教だ。
世界各地に布教をしていて、総人口の三割以上を信徒と抱える世界最大の勢力。聖教会とはそういう規模の組織であり、特に国教と定められている聖王国では国民の八割が聖教徒である。
基本的には善良な者達であり、嘗て政権と結び付いて犯してしまった過ちから政教の分離を徹底している者らではある。その為に国と言う目線で見れば、悪影響はそれ程でもない。だが、問題となるのは亜人を悪と明言する教えがあると言う点だ。
教徒の中には、亜人を殺害することを救済と捉える一派も居るのだ。その教えが亜人差別の一役を担っているのは疑いようもなく、特に聖教の影響が強い中央は亜人にとっては最も過ごし難い国であった。
幸いなのは、亜人は浄化せねばと言う論調が主流となっているのが今は中央のみと言う点であろうか。西方や北方にも聖教の影響は強くあるが、統治者の気質か環境の影響か、熱狂的な信者と言うのは少ない。大抵は記念日に祈る程度の、安い宗教観の者ばかりだ。
この船乗りもその例に漏れず、敬虔な信者には眉を顰められそうな程度の聖教徒だ。亜人を見ても、生きるのが大変そうだなと思うだけ。そんな男だからこそ、自分に文句を言われても困ると肩を竦めて告げるのだった。
「んな訳で、値下げは無理だ。船に乗って西に行きたきゃ、きっちり銀貨10枚用意してきな」
「はぁ、仕方ない、か。分かった。分かったわよ。……因みに物価高ってことは、船賃以外も上がってたりする?」
「そりゃぁ、なぁ。酒も食い物も、倍とまでは言わねぇけど、3割増しくらいにはなってるよ」
「うげぇ。勘弁して欲しいわね。まるで戦時中じゃない」
「……戦時中、か。笑えねぇ話だよ、全く。何が笑えねぇって、武力衝突が起きてないだけで実質内戦状態って感じの空気が、国のいたるところで流れてるって所だわな」
聖王国は荒れに荒れている。王軍は半ば機能停止。政府は私服を肥やし、貴族院は次代の王の選定で二つに割れている。
先王の娘であり、第一王位継承者のエリーゼ姫。五大貴族の一角であり、第三王位継承者のモラン公爵。聖王の選定権を有する五大貴族は、筆頭であるロスが欠け、親モラン公派と反モラン公派に分かれていた。
一角が欠けた五大貴族が二つに分かれれば、王位継承の話は進まない。本来彼らを掣肘出来る軍が機能停止をしている以上、対話で纏まらない大貴族同士の対立は私兵を用いた大規模な武力衝突に発展するだろうと言うのが今の一般論だ。
現状ではまだ破綻していない。だが、この十年以上、改善の目途は全く立っていないのだ。年々生活環境は悪化を続けて、このままでは不味いと市井の誰もが感じていた。
「内戦、ね。中央は今が下限じゃない。内戦が起きなくても、西方南部が動く可能性は結構あるわよね」
「あー、連合の成立考えりゃ、そうなるか。下手したら、西方分裂もあり得るか? 全く、嫌な話だぜ」
会話の内容が内容故に、自然と互いに声を潜めて、ミュシャは船乗りと今後の情勢を語らう。
先から置き去りにされてぼんやりとしていた少年は、ふと窓から外を見る。見たこともない透明な蝶が、ふわりふわりと飛んでいた。
「……あ、ちょう、ちょ」
蝶や風船のような空を浮かぶ物に、子どもが惹かれるのは当然の流れ。本来ならば押し留めるべき立場の保護者は、今後の予定を立てる為の情報収集に忙しい。となれば、これもまた当然の結果であろう。
ふらふらと窓に近付いた少年は、そのまま開いていた窓から外に出た。そうして誰にも気付かれることなく、水晶の羽を持つ蝶を追い掛けて行ったのだった。
「因みに旧王朝派の情報とか、流れて来てたりする?」
「流石に西方南部は遠いからな。こっちにまで話は来てねぇよ。……ただまぁ、北部の若獅子の話は最近よく聞くな」
「若獅子?」
「何だ、知らねぇのかよ。あの長ったらしい名前の社長さんだよ、ノルテ・レーヴェ社の」
「あー、ディエゴ・マテオ・カイ・ノルテ・レーヴェね。前に、先生が注目してたわ。カイは水の精霊王に連なる氏族の証だって」
「氏族ってのはよー分からんが、ディエゴ社長の実家が水の精霊王様を称える土着信仰の名家らしいってのは聞いたことがあるな。んで、その社長さんがかなり凄いらしいぜ」
「凄い? 曖昧な言い方ね」
「実際、そうとしか言えねぇのさ。西方北部で、ノルテ・レーヴェに逆らえる奴は居ないって話だ。どころか噂じゃ、南部の旧王朝派も大分切り崩されてるらしい。あと数年もありゃ、西方全土を掌握してんじゃねぇかって噂だよ」
迷子の発生に気付かぬまま、話を進めるミュシャは思う。西方大陸の歴史は中々に複雑怪奇な経過を辿っている。設立は聖王国に150年以上遅れる形で、当時の反聖王派が海を渡り作った国だ。
西方中央に出来た国家はしかし、50年とせずに分裂し小国家群へ。群雄割拠の末に六大国と呼ばれる国家群が成立し、聖王歴220年に起きた魔王の影の出現から成る魔物災害の拡大に、対抗する為に六大国は連合国家と化した。
だが魔王の撃退後、287年には連合国と中央との間で戦争が勃発。連合加盟国全てが首都を制圧されると言う事態に。
しかし当時の聖王が病没したことで王国軍が撤退、これで平和になるかと思えば敗北の責を求める市民と貴族派で内乱に発展。
市民軍に敗北した旧指導者層は西方南部に逃げ、市民層を主体とした西方商業国が西方北部に建国。
一先ずそれで安定したかと思えば、その50年後にまた戦争。相手は西方南部に逃げた旧六大国残党。戦力を半端に残していた彼らが聖教の支援を頼りに、精霊信仰を色濃く残した北部を異端と断じての宗教戦争の勃発だ。
南北での戦争は最終的に共倒れとなって、長い無政府状態に。そんな中で頭角を現した商人達同士の互助会であった商業ギルドを中核に、西方北部に第二商業国が建国されたのが聖王歴380年のこと。
対して2年は遅れること、西方南部にて六大国の血筋を名乗る者達が小国を幾つか建国。北部に対抗するため、小国家連合を形成。信仰の異なる二大勢力による睨み合い、冷戦時代の始まりとなる。
それで安定したかと思えば、聖王歴395年には当時の聖王から絶大な庇護を受けていた聖教が再び西方に介入。精霊信仰を禁じられた西方北部は蚕食されて内部分裂。逆に西方南部は、聖教の支援を全面的に受け入れて肥大化。西方統一も夢ではないと盲信した者らの手で、各地で様々な小競り合いが発生する状況に。
しかし、聖王歴399年。聖王の代替わりと共に聖教の影響力も薄れ、結果として聖教の支援に頼り切っていた南部は弱体化。
南北双方が損害だけを被った事態に、西方全土の中央に対する反感を高めつつも、戦争をする余裕がないからと言う理由で平和な時代が到来する。
そうして平和になりつつも、南北の対立が深刻化した西方諸国。だが聖王歴457年から480年までの23年間で、三度も侵略戦争を仕掛けてきた当時の聖王国を前に協調を余技なくされる。
結果、中央嫌いと言う点では一致しつつも、南北で国体が大きく異なる。そんな現在の西方商業者連合が成立したと言う訳だ。
「西方商業者連合が、その国体を変える? 連合国家が、独裁国家になる?」
「そこまでは分からんがね。社長さんがやり手ってのは確からしい。西方北部は今一番安定してるって話だし、そのまま若獅子が西方纏めてくれりゃ御の字だな。俺らの生活も、大分マシになるだろ」
「船賃もマシになるかにゃん」
「なるんじゃね。今の関税の殆どは、旧王朝派から中央への嫌がらせだって噂も聞くしよ」
「中央に直接じゃなくて、その下っ端の北部に吹っ掛ける辺り情けないわね」
「だな。本当、迷惑な話だ」
その成立上、西方は北部と南部で大きく色が違っている。民間が強い力を持ち、企業が国の政府よりも強い西方北部。
北部一帯を一企業であるノルテ・レーヴェ社が支配出来ているのも、そんな背景があるからこそと言えるであろう。
商取引を重視し、合理性を尊ぶ者の多い西方北部だ。その影響力が南部も飲み干したのならば、南部に今も残る六大国の旧王朝派は影響力を失うこととなる。
血筋による継承がないが故に、中央を単なる脅威と捉えるのが西方北部である。対して今も当時の恨みを抱いているのが、南部指導者層だ。
そんな彼らが一層されるとなれば、自然と北方大陸への圧力も減るだろう。そうした考えが、北方では主流であった。
「そんな訳で、船賃は暫く高いままだ。若獅子社長の飛躍を願って、稼ぎながら待つのを勧めるぜ」
「むー、余り時間ないっぽいんだけど。中央のリスクを考えると、自分たちで稼ぐしかない、か。おじさん、ありがと」
とは言え、それで改善されるのは何年先の話になるか。見通しが立たない中央の安定に比べればマシであろうが、それでも一年二年の話では済まぬだろう。
なるべく早く北方大陸を離れなければならないミュシャにとって、今は関係のない話でしかない。故に今考えるべきは、如何にして船賃を稼ぐかと言う点だ。
「けど、稼ぐ、と言っても仕事がなぁ。やっぱリアムの奴に、集っとくべきだったわね。アイツの賞金、一割、二割、三割、五割、いや全額欲しかった。……ま、今更言ってもだし。取り合えず冒険者ギルドに行くべきかな」
あの賞金首も気が利かない奴だ、と内心で八つ当たりしながらミュシャは思考する。差別の酷い中央と比べればマシとは言え、北方でも仕事の数は少ない物だ。
飛び込みで雇ってくれるような場所に心当たりがある訳でもなく、となれば仕事を得るのに必要となるのは仲介業者。冒険者ギルドで、そうした依頼を探すしかない。
「ヒビキの身分証を用意する為にも、結局ギルドに行かないとだし。あー、これなら先生と居た頃に、少しはランク上げとくべきだったなー」
冒険者ギルドは、一般的な依頼や企業間の仲介なども行っている。金さえ払えば誰でも最低のFランク資格を得られ、それが身分証明の変わりにもなるのだ。
とは言え、Fランクの資格では大した仕事も回って来ない。最低限の信用が必要な仕事はせめてEランクか、Dランクはないと受けられない。ミュシャはFランクの資格しか持たぬ故、稼ぎも大して見込めなかった。
故に昇格と言う手間を挟まねばならず、どうしても時間は掛かってしまうだろう。まあ、仕方がない話だ。そう内心で割り切りを付けたミュシャは、待たせていた相手の下へと歩み寄ろうとして――
「ヒビキ、お待たせ! ……て、あれ? ヒビキ?」
そこで漸く、其処に誰も居ないことに気が付いた。
「何でぇっ!? あの子何処行ったのぉぉぉぉっっ!?」
驚愕に叫ぶミュシャの声は、しかし迷子となった少年には届かない。拳一つで星を割るボケ少年と言う核地雷が、町中を自走しているという最悪に等しい状況。顔を真っ青に染めたミュシャは、大慌てでヒビキを探しに向かうのだった。
この後、迷子になったヒビキがアンジュに拾われる第16話に続く。




