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Re, DS  作者: SIOYAKI
第二章 迷わぬ者に悟りなし
PR
18/79

第18話

時系列的には第16話の続き。


 大きな城壁に囲まれているとは思えぬ程に、コートフォールと言う町は広い。中央にある大きな公園と時計塔を中心に、十字に走る大通り。


 通りの先には、東西北にそれぞれ大きな門が。通りを挟む形で、様々な建物が立ち並ぶこの町は近年になって改修されたが故に明確な形で区画が分かれている。


 南部は港区画。西部は軍事区画。東部は居住区画。北部が市場や歓楽街。それぞれの区画に繋がる大通りに沿う形で作られた、澄んだ水の流れる水路が町を彩っている。


 明けた場所に幾つも点在する噴水。そこから水が流れて、各地の水路を水が循環する。流れる水と共に淡く輝く青い光は、星の力を秘めた水の精霊力だ。

 噴水に取り付けられた精霊石から、水に溶け出す浄化の力。それがこの町、全土に満ちていた。


 暗い時には光源の代わりにもなる輝きは、城壁を抜けて侵入してくる魔物に対する機構の一つ。故に古代の遺跡程ではないが、町を歩くヒビキの体に相応の不快感を与えている。


「……人、多い、ね」


 けれどそれも、ヒビキ程になれば、我慢が出来なくはない程度。強大な魔物でもある少年は、多少の体調不良になど気にする素振りもなく周囲を興味深げに見やる。


 キョロキョロと視線を細かく移す姿は、まるで上京したばかりの田舎者。或いはなぜなに期と称される、幼少の子供の姿に例えた方が相応しいだろうか。そんな少年の姿に苦笑を漏らしながらも、共に歩く少女は律儀に対応する。


「ん、まあな。あんま良い理由じゃねぇんだけどな」


「?」


「この町の成り立ち、知ってるか?」


「?」


「だよな。元は魔王と戦う為の砦だったんだよ、ここ」


 金髪碧眼の少女は、己の纏う銀の鎧を軽く撫でながらに語る。この地の成り立ちと現状に、アンジュと言う少女の立場は無縁ではない。だからそう、思う所はあったのだ。


「何百年前だったか、最初は普通に要塞として作られてな。んで、その後は結構長い間使われてなかったんだけど、先代勇者の頃に北方に攻め込む必要が出来て急遽改修したのが大体20年前」


「先代勇者」


「そ、んで魔王討伐した後、折角補修した要塞をそのまま放置ってのも勿体無いってなってな。北方大陸開拓の拠点として、以後運用することになったんだよ」


 少女の口にした言葉を聞いて、ぼんやりと呟くヒビキ。視点の合わない光彩異色の瞳は、果たして何を映しているのか。気に留めることもなく、アンジュはその語りを続ける。


「っても魔王を倒したっても、この辺は魔物も強いのが残ってたからよ。当然開拓は上手く進まず、コートフォールも寂れ掛けてたらしいんだが…………大分前から、中央で政情不安が起きててな」


 魔王との戦いにおいて、要塞として作られたコートフォール。魔王の影を滅ぼした後、北方大陸の開拓拠点として運用されることとなった町。


 それだけならば、これ程に発展はしなかっただろう。何せ開拓土地ともなれば、安定などとは無縁となる。

 町を一歩でも出れば、全てが未開の場所である。何処に強力な魔物が潜んでいるのか、分かったものではないのだから。


 だがこの数年、中央の情勢は悪化を続けている。発端は16年前の第三魔王襲来か、或いは12年前の先王の死か、それとも――ともあれ現状、多くの民が不安を抱いているのは紛れもない事実。


 人々は縋れる希望を求めた。中央から離れ、西方に居を移す程の覚悟はない。それでも本国に居続けるのは不安が勝る。そんな多くの民にとって、この地の領主は希望と成れるだけの要素を備えていたのである。


「中央で暮らすのは不安。けど国外に出ても当てがない。そんな連中が、北に流れ込んで来てるって訳さ。丁度、その時期に領主の交代もあったからよ。新領主のネームバリューもデカかったかもな」


「新、領、主?」


「クリストフ・ヒュジ・イベール」


 国は荒れた。大陸を生きるのは不安である。そんな人々は、一人の英雄に縋ったのだ。その名を雷将クリストフ・ヒュジ・イベール子爵。


 20年前、この地に召喚された勇者と共に世界を旅した一人の聖騎士。勇者の最初の仲間にして、今では聖王国の軍部を率いる将の一人と成った英傑だ。


「先代勇者と共に旅をして、始まりの魔王を討伐した英雄の一人。んで、王国軍を統べる三将軍の一人でもある雷将。現代に生きる英雄の一角さ」


 目を丸くして驚くヒビキに、アンジュは何故だか少し自慢気にその名を口にする。彼女にとって雷将クリスは、複雑な想いを抱かせる存在ではある。それでも敬意の念を抱いていることは、紛れもない事実であったのだから。


「と、着いたな」


「おみ、せ」


「夜間は酒場やってる軽食屋だけど、そこそこの味をかなり安く提供してる。この辺じゃおすすめだぜ」


 淡い青の輝きを放つ道を進んで、大通りから少し離れた場所に辿り着く。石作の家屋が並ぶ中、一回りだけ大きな建物。革紐で吊るされた板作りの扉の上には、酒場を思わせる粗雑な看板が一つ。


 全体的に簡素であり、風通しも余り良く無さそうな店。清潔感こそ感じられるが、これが現代ならば入り難いと感じるだろう。そんな店構えを親指で差しながら、アンジュはヒビキに向かって口を開く。


「んじゃ、とっとと入ろ――」


「ど、した、の、アンジュ?」


 その言葉の途中で、急に少女が真顔になって動きを止めた。何かを見詰めて動かなくなったアンジュの姿に、小首を傾げてからヒビキもその視線を追い掛ける。其処には、何とも言い難い光景が広がっていた。


「お、げぇぇぇぇぇぇ」


 端的に言えば、見るに堪えない汚い光景。着流しを纏った壮年の男が、路地の片隅に蹲っている。淡く輝く水路を上から漏らした汚物で汚染しながら、酸っぱい臭いを振り撒くその男。


 見た目はしゃんとしていれば、金髪碧眼の美丈夫であろうに。寝ぐせだらけのざんばら髪に、手入れされていない無精髭が台無しとしている。そんな男の姿を視界に入れて、アンジュは死んだ魚のような目となった。


「だい、じょう、ぶ?」


 周囲を汚し続ける男の姿に、ヒビキが近寄り問い掛ける。ゆっくりとその背を擦るのは、素の性格が故にであるか。ぼんやりとしてはいるままだが、基本的には善良なのだろう。


 暫くそうして擦っていれば、少しは落ち着いたのか男が顔を上げて少年の瞳を見る。何となく、ヒビキはその顔に覚えがあった。自分ではない、聖剣に宿った記録が確かに反応する。だが、誰であろうか。今の彼には、分かりそうになかった。


「ありがとう、ね。優しい少年。おじさんは、大丈夫よ。迎え酒があれば、まだ頑張れるから」


「迎え、酒?」


「なのにさ、おじさんには、ダメだってさ。昼間は、ちゃんと働きなさい、ってさ。……世の中、不条理だよね」


 そんなヒビキの胸中を知ってか知らずか、如何にも駄目男な発言をする着流し男。年の頃は三十も後半、間もなく四十でやることか。アンジュの表情は、更に死んだ。


「うっぷ」


「よし、よし」


「あ、ありがとね。でも、力強くない? おじさん、背中痛いんだけど」


「あれ、間違え、た?」


 よしよしと擦るその手の威力は、何時しか力加減を間違えたのか強力に。悲鳴を上げる男の青い着流しは、うっすら赤く染まっていた。


 やっちゃったかなと、首を傾げて手元を見下ろすヒビキ。ひぃひぃと情けない声を上げている泥酔男。そんな二人を死んだ目で見ていたアンジュは、深く息を吐くとドスの効いた声で言葉を投げた。


「……おい、何やってんだ。アンタ」


「え、あ、アーちゃん!?」


「今日は朝から仕事だって言ってたよなぁ。だから昨日も、飲み過ぎるなって言ったよなぁ。一体誰だったか? 大丈夫制御してるって言った奴は? 私の目には、二日酔いになった挙句、仕事をサボってやがる駄目親父の姿しか映ってねぇんだがなぁっ!」


 首を傾げているヒビキの前で、ゲシゲシと背を蹴り付けられている男。漏れちゃう漏れちゃうと繰り返す男の姿に、少女の眉間に出来た皺も深くなる。地面を転がる壮年男性の姿は余りにも、余りにも情けなさ過ぎた。


「こ、これには、海よりも浅く山よりも低い訳が」


「???」


「つまり大した理由はねぇと! ていうか随分余裕だなぁ、駄目親父!!」


「痛い! 痛い! 上から出る! 胃袋の中身出ちゃう!?」


「いいからとっとと仕事行け! アンタ、路地裏で酔ってちゃ駄目な人間だろ! 自分の立場、もっと考えろや!?」


 まるで駄目な親父を足蹴にした後、一息入れてからアンジュは思いっ切りに蹴り飛ばす。

 ゴロゴロと地面を転がった駄目男は、ふらふらと立ち上がると怒鳴り声を背に歩き去って行くのであった。


「ったく、駄目親父が」


「知り、合、い?」


「身内だよ。残念なことにな」


 その背を見詰めて、アンジュは深く嘆息する。余りに情けなく、身内と語るも恥ずかしい男。なまじ少し前に雷将の自慢話をしていたからこそ、返ってそれが恥ずかしくなる。


 何せあの酔っ払いこそが、英雄と呼ばれた男であるのだから。彼があんな様になった理由を知ってはいるし、其処に複雑な情を抱いてはいる。

 だが、それにしても、もう少し何とかならないものか。アンジュはそんな風に、思ってしまうのだ。


「全く、あんなに飲むから。しっかし、汚したままには出来ねぇよなぁ。少し待ってろ、掃除道具借りて来る」


「んーん。任せ、て」


 男の姿が消えるまで見送ったアンジュは、その後始末の為に動こうとする。そんな彼女を止めたヒビキは、その手で悪竜の権能を行使する。


 彼が扱う魔術と言うものは、基本的にマイナス面にしか効果を発揮しない物である。だが解釈の仕方次第では、それをプラスの方面へと応用することが出来るものなのだ。


発動(Exit)


 小さく呟いた少年の声に応えて、暗い影のような光が彼の足元より伸びる。その黒が触れた瞬間、周囲を汚していた吐しゃ物が解けるように崩れていく。


 汚物は細かく分断分解されて、目に見えない程の小ささとなった後には水路の中へ消えていく。発した瘴気の黒が暫く水路を汚染するが、その黒もやがては精霊力の中へと消えた。


 そんな光景に、アンジュは目を丸くして驚く。それなりの実力と経験を有していると自負するアンジュでさえ、これ程に見事な魔術行使を見たのは初めてだったのだ。


「魔術、か? 凄ぇな、術名も省略してんのか。詳しくはねぇけど、かなりの高等技術だろ。それ」


「え、へん」


 そのことを素直に伝えて褒めるアンジュに、ヒビキは少し胸を張る。無表情のままだが、左右に振れる尾が幻視出来そうな雰囲気を纏う少年。そんな彼に苦笑しながら、それでも感謝の念を抱いたアンジュは、ヒビキに対して口を開く。


「身内の尻拭いをして貰った礼だ。今日は好きなだけ奢ってやるよ」


 親指で店内を指差しながら、そう口にしたアンジュにヒビキは何度も頷く。表情が一切変わらなくとも、何とも分かりやすい少年であった。




 そうして二人は店内に入り、少女が店員へと適当に幾つか食事を注文する。昼間は人も少ない隠れ家的な店だからか、然程待つこともなくテーブルに料理が並んだ。


 多種多様な具材を使ったキッシュやオーソドックスなガレット、魚のムニエルやポトフにラタトゥイユなど。次から次へと並べられる食材は、ヒビキの腹の中へと直ぐ様消えていく。


 パクパクとまるでリスを思わせるように口袋を作りながら、食べる手を止めない少年。最初は余裕を見せていたアンジュも、暫くもすれば呆れたような疲れたような表情に。


 放置すれば皿ごと食べてしまうヒビキを適宜窘めながら、ボロボロと口から零す彼の顔を布巾を使って拭いながら、思った以上に疲れるものだと少女は嘆息する。気付けば一時間程、机は積み重なった食器の山で溢れていた。


「見た目に反して、随分食うな。お前」


「けぷ。アンジュ、は、あんま、り、食べて、ない、ね」


「元々、小食気味なんだよ。そうでなくても、見てるだけで腹一杯になってくるってのもあるけどな」


 見た目に反して大食漢なのもあるが、常識がないと言うのが疲れる主な原因か。ナイフやフォークの使い方すら知らない少年に、一々教えるのが大変だったのだ。


 面倒ならば放っておけば良いのに、その度に静止の言葉を挟んで正しい手順を教え込むのは本人の気質が故か或いは育ちの良さが理由であるか。ともあれ、この少女も随分と苦労人気質なのだろう。


 ヒビキの口元に付いた食べ滓を布で拭ってから、アンジュは席に着いて紅茶を飲む。優雅な所作で傾けながら、思うは保護者はまだかと言う願望。早く来いと胸中に抱いた願いが届いたのか、扉代わりの板が大きな音を立てて揺れた。


「みーつーけーたーっっっ!!」


 大声と共に、店の入り口より中へと立ち入る猫耳少女。ずざざざざと土煙が昇る程の勢いで、駆け込んで来た少女はヒビキ達のテーブルへと。


 栗毛の上に二つ並ぶ耳を細かく動かしながら、ミュシャ・ルシャはヒビキの肩に手を置いてその顔を見る。ぼんやりとした視線のまま、ヒビキは少女を見詰め返す。


「傷はない!? 怖くなかった!? やらかしてないよね!?」


「だ、い、じょう、ぶ」


 少年の反応を聞いてから、その体中を無遠慮に触る。傷はないかやらかした跡はないか、と。

 一瞬掌を彩る赤に硬直するが、ヒビキと同席者の落ち着いた様子に、喫緊の問題はなさそうだと安堵の息を深く漏らした。


「おーおー、ようやっと保護者の登場か」


「……貴女がヒビキを保護してくれたのね。いやー、お姉さん助かったわ」


 対面の席に座るアンジュの漏らした言葉に、一瞬鋭い視線を向けたミュシャ。僅か見定めるような視線を向けた後で、表情を笑顔に変えて彼女は伝える。少年の様子と相手の姿に、大きな問題は一先ず無さそうだと判断して。


「別に、大したことはしてねぇよ。迷子の子供を放置してたら、寝覚めが悪いってだけさ」


「だとしても、すっごい助かったのは事実にゃん。ありがとね」


「おう」


 悪い人ではなさそうだと判断してから、素直に感謝の言葉を伝えるミュシャ。その言葉を受けて何処か恥ずかしそうに、顔を背けながらアンジュは不器用に答えを返す。


 不幸中の幸い。良い人に助けられたようで良かったと、安堵するミュシャは机を占拠している皿の山を見る。そうして、満足そうに曖気を吐いているヒビキを見る。そんな少女の額には、小さな汗が浮かんでいた。


「んで、申し訳ない話なのだけど。お姉さんたち、ちょーっと懐が寂しくて」


 高級店ではないが、それでもこれだけ食べれば結構な金額になるだろう。半分でも払えと言われると、首が回らなくなるのがミュシャの懐事情だ。


 やっぱりリアムに集っておくべきだった。或いは賞金首として、ギルドに突き出すべきだったか。そんな風に真面目に考えている少女に対し、アンジュは気にするなと片手を振る。


「飯代か? ヒビキには借りも一つあるし、こっちで払うさ。このくらい気にすんな。何なら、アンタも何か頼むか? ここまでくりゃ、一人前増えた所で今更だしな」


「ほんと!? じゃ、お言葉に甘えて! 店員さーん。メニューの高いやつ、上から順に三つくらい持ってきてぇっ!」


「……いや、別に良いけど、図太いなアンタ」


 料金請求がないと分かるや否や、態度を一変させるミュシャ。奢りならと兎に角高い物を選ぶ図太い少女に、思わずアンジュは半眼になって突っ込んだ。


 実際稼いでいるから問題ないし、ヒビキよりは手間が掛からない以上は些細なことだ。そうは思えど初対面でこの態度を取れるのは、ある意味強さと言うしかない。見習いたくはない物だが。


「いやー、いやー、ほんっと助かったわ。正直、懐が結構寒くて。あ、私は、ミュシャ・ルシャ。貴女は?」


「アンジュだ。アンジュ=レランパーゴ」


「けぷ。僕、ヒビキ」


『知ってる』


 臆することなく席に着き、店員が運んで来た如何にも高そうな料理に手を付けながら、名乗り始める猫人ミュシャ。名乗られたのなら名乗り返すかと、アンジュはそんな彼女に合わせる。釣られるように名乗ったヒビキに揃って言葉を返してから、アンジュは案ずるようにミュシャに問い掛けた。


「懐寒いって、大丈夫か。宿代とかよ?」


「んー、一週間分くらいの生活費はあるんだけど。諸事情でちょっと、お金を貯める必要があって。船賃が足りないのよねぇ」


「船」


「……踏み込んだこと聞くがよ。金策の、当てとかあるのか?」


「え? 取り合えず、冒険者ギルドで仕事探す気だけど」


「ギルド」


「…………ミュシャ、だったか。あんた、ギルドのランクは?」


「Fランクだけど? 身分証としてしか、使ってこなかったから」


 次から次へと続く質問に、ミュシャは首を傾げながら言葉を返す。ヒビキへの対応から、悪い人ではないと判断している。故に隠すことはないが、それでも何故と。


 食事を進めながらも少し不審に思い始めたミュシャ。そんな彼女の視線を受けながら、どうしたものかと腕を組んで悩んでいるアンジュ。二人の掛け合いに首を傾げていたヒビキは、小さな手でミュシャの服の裾を引いた。


「僕、は?」


「ヒビキはまだ、持ってないわよ。この後、ギルドに申請しに行こうね。お姉ちゃんと同じ、Fランクならすぐ成れるわ」


「ん。僕、もうすぐ、Fランク、だって」


 冒険者ギルドは登録料さえ支払えば、誰でもFランクには成れる。犯罪歴の申告漏れやギルドへ多大な不利益を与えれば資格の剥奪もあり得るが、基本的には犯罪者でもFランクには成れるのだ。


 故に証明書代わりに登録している人は多く、ミュシャも今後の為にヒビキに取得させる予定であった。

 だから視線を合わせた少年にその旨を伝えて、聞いた少年は無表情ながらも何処か嬉しそうにアンジュに伝える。


 そんな何処か微笑ましい報告を聞いたアンジュは、しかし苦虫を嚙み潰したような表情で舌打ちするのであった。


「あー、っち、そうかよ」


『?』


「大したことじゃ、いや、あんたらにとっちゃ大したことか。気を落とさねぇで、聞いてくれよ」


 そうしてから、彼女は口にする。現状の北方の冒険者ギルドが抱える、ヒビキ達にとっては逆風となるその問題を。


「今現在、ギルドじゃEランとFラン向けの依頼が不足してる。誰でも出来るような仕事は特に需要過多でな、新参にゃありつけねぇ状況だ」


「ちょっ!? それほんとっ!?」


「本当だよ。元々人口増加の煽りを食らって、低ランク向けの依頼自体が少なくなってたってのもあるんだがよ。一番の理由は、こないだの異常現象さ」


「……あ」


「?」


「んだ? 何か知ってんのか?」


「いや、えっと、あはははは」


「……まあ、良いけどよ。続けるぜ。あのやべぇ雨の日、轟音と共に森が消し飛んだだろ? んで、その直ぐ後に森が意味不明な感じで謎に再生。それ以前にも、森に見かけねぇ魔物が出てたとか、あの罠師が死に掛けたって話もあったからよ。今、ギルドから緊急事態宣言が発令されてんだわ」


 ギルドの依頼不足。その原因となる異常気象に心当たりがあるミュシャは、一瞬青い顔をして黙り込む。


 対してその元凶たる少年は、分かってないのか首を傾げるだけである。そんな二人の仕草を不思議に思いながらも、アンジュは彼らに説明を続けた。


「原因究明か、周囲の安全が確認されるまで、Eランク以下の冒険者は都市外の依頼や業務の受諾を禁止。CとDも長期間の依頼は禁止って布告がされててよ。薬草摘みみたいな初心者向けの依頼も出来ねぇから、低ランク冒険者が軒並み都市内の仕事に流れてんだわ。だから仲介所は、どこも人手過多だぜ」


「ま、マジかぁ」


「船。乗れな、い?」


「どころか、宿代や食費すらも厳しいわ」


「どう、しよう?」


「あ、あはは、ほんっと、どうしようかしら。これ」


 登録料を払うだけで得られるFランク。冒険者ギルドから、一定の信頼を得られたと言う証であるEランク。属に低ランクと称されるこれら冒険者達は、現在人手過多となっている。


 中堅冒険者と称されるCとDランクの面々も、好んで都市外に出る者は少ない現状。雇い主の側も当然、選り好みをしてくるのだ。


 となれば種族単位で不利な亜人のミュシャと、登録もまだのヒビキが仕事にあり付ける可能性は極めて低い。状況は余りに悪かった。


 そんな事実を知り、頭を悩ませるミュシャ。良く分かっていないヒビキ。彼らのことを捨て置けないお人好しの少女は、暫く悩んでから更なる問いを投げ掛けた。


「……あー、ヒビキは魔術が使えんだよな。体動かすのは得意か?」


「僕、得意?」


「ま、まあ身体能力は凄いし、得意と言っても良いとは思うわ」


「僕、得意!」


 アンジュと言う少女は、戦士としては一端の実力があると自負している。そんな彼女の目から見て、ヒビキと言う少年は底の知れない存在だ。


 少女と見紛う愛らしい容姿に、当たり前のことすら出来ない世間知らず。しかし魔術の使い手としては、一流以上の実力者。足運びなどは素人同然だが、術者としてはある程度動ければ十分だろう。


 故に動けるかと問い掛けて、首を傾げたヒビキはミュシャに問う。魔王の身体能力を思い出して答えるミュシャの言葉を聞いて、ヒビキは少し嬉しそうに胸を張った。


「なら、そうだな。俺が推薦してやろうか?」


「推、薦?」


「アンジュって名持ち? レランパーゴって西方っぽい感じだから、もしかしたらとは思ってたけど」


「おう。半分くらいは、七光りだろうけどな。これでも、ギルドランクはBだ」


 そんなやり取りを見て、少し怪しいが十分かとアンジュは判断する。そうしてから提案を口にしたアンジュに、ミュシャは驚く。名前の響きから察してはいたが、名持ちの冒険者であったかと。


「ねぇ、ミュシャ。どう、いう、意味?」


「名持ちって言うのは、AランクとBランクに属する冒険者を指す言葉よ。かなり敷居が高くて、名持ちの冒険者は貴族と同等の扱いを受けるとか」


「貴族扱いって言っても、一番下の騎士爵と同程度の扱いだけどな」


 西方が作った冒険者ギルドは、高位冒険者を優遇し支援している。現時点で4人しかいないAランク冒険者と、世界全土でも50に満たぬであろうBランクの冒険者。


 彼らに対する援助は手厚く、高ランク冒険者は生半可な領地持ちの貴族よりも財政面では余裕が持てるのだ。そんな高ランクの証明こそ、ギルドより与えられた異名である。


「んで、推薦って言うのは、名持ちの冒険者が他の冒険者の後ろ盾になること。この人は実力があって、信用が出来ますよってギルドに対して保証するのよ」


「名持ちの冒険者の保証があれば、Dランクまでは無条件で昇格出来る。昇格した側がやらかせば、保証した側にもペナルティがあるけどな」


 そんな高ランク冒険者に与えられた権利の一つが、推薦と言う制度。ギルドの側としても、優秀で信頼のおける人材が入るのならば有難い話でもあるのだ。


 とは言え、推薦された側がやらかせば、推薦者の問題となる。それもあって滅多に使われることのない制度であり、アンジュとしても余り行いたい事ではない。


 だが現状を思えば、これが一番マシな解決策であろう。養うような行為は健全ではないし、それ程の義理もない。とは言え知って見捨てると言うのは、余りに気分が悪くなる話であるから。


「現状、都市内で仕事をするなら、伝手がなけりゃ、最低でもEランクは必要だからな。お前らは悪い奴らじゃなさそうだし、余計なお世話とかじゃなければ、推薦くらいはくれてやるよ。DになるかEになるかは、実際にどの程度動けるかを見てからになるがな」


「ほんっと助かるけど、どうしてそこまで?」


「アンジュ、良い、人」


「んな、善意だけが理由じゃねぇよ。聖人でもねぇんだ」


 ミュシャにしてみれば、実に都合の良い話。素直に喜んでいるヒビキが純粋だからこそ、裏があるのではと自分が考えなければならない。そう気負った猫耳少女に対し、面倒そうな態度で何処か恥ずかしそうにアンジュは言うのだ。


「北方出の冒険者は余裕があれば、同じく北方出の冒険者を手助けすること。そいつが北の常識なんでね。だからこいつは、以前に私が別の冒険者から受けた分の恩返しさ。お前らが私の助けを恩に感じるなら、今度はその内お前らがその分別の誰かを助けてやりゃぁ良い」


 魔王が封じられている大陸。他の地よりも、魔物の危険が大きい場所。そんな極限の場所だからこそ、冒険者達は助け合って生きていかねばならない。


 それこそが北方冒険者ギルドの流儀であり、アンジュが教わって来たことだ。故にこそ、彼女は助けてこう口にする。お前たちも何れ、誰かを助けられるように成れば良いのだと。


 何処か恥ずかしそうに頬を赤く染めながら、それでも自慢げに胸を張ってそう口にしたのだった。






【北方領主の爵位が低い理由】

辺境伯を置く程の土地ではない、と言う理由もあるがより大きな原因は異なっている。


元々、聖騎士クリスはイベール伯爵家の出身。ただし、軍属になった時に家から勘当されている。

魔王討伐への貢献を評価され、子爵位を王から授与された際に実家と和解。イベール伯爵家の分家、イベール子爵家当主となった。


その後の功績もあって昇爵も検討されたが、実家との兼ね合いもあってクリス自身が固辞。

そうこうしている内に、ロス家虐殺が発生。第二王位継承者であるアンジュの助命を訴えた際に、貴族院から出された条件が北方への転封だったので爵位が変わらないままになったと言うのが実情。

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