第81話 ふるさと納蟻
──かつて“人間の町”と呼ばれていたこの場所は、今では“蟻の町”と呼ばれている。
県庁所在地である神越市は、人口減少と高齢化に悩む典型的な地方都市だった。
かつては温泉と焼き物で名を馳せたが、今では蟻のコロニーを保護・誘致する政策によって生き延びている。
町の広報課に勤める山田真理は、「フェロモン環境調整官」という肩書を持つ。
毎朝出勤すると、彼女は巣の湿度と温度、フェロモンの拡散具合を確認し、「蟻様にご不便のない町づくり」を行うのが日課だ。
全国のコロニーが自治体登録され、「蟻のふるさと納税制度」が始まって数年。
人間からの“蟻向け納税”によって、蟻のコロニーは新たな設備を得られるようになった。
高性能な女王室の建設
餌搬送の無人システム整備
外敵(人間含む)の侵入防止技術
当然、自治体はどれだけ多くの蟻に選ばれるかに必死になる。
テレビでは「納蟻額ランキング」が報道され、
上位には「東京蟻環区」「名古屋ノドヒコ区」「神越巣内町」などが名を連ねる。
山田は、市長から「今年こそ納蟻額を1位に」と言われ、苦笑する。
かつて「ふるさとに貢献するのは人間だったはず」と、彼女はふと思いかけるが──その思考はすぐにも打ち消される。
彼ら(蟻)はもう人間より上の“納税者”なのだ。
今や町のポスターには、
「この町を選んでくれて、ありがとう、蟻様」
「あなたの巣が、私たちの誇りです」
「納蟻でつながる、未来のまちづくり」
といった標語が並ぶ。
町長の年始の挨拶もこうだ。
「本年も、女王様のご健勝と、コロニーの繁栄を心よりお祈り申し上げます」
山田はある日、小学校の校門に貼られた作文掲示を見て、言葉を失った。
『わたしは、おおきくなったら、コロニーにすみたいです。ごみもはこぶし、えさもつくります。だって、にんげんは、えいようがくてきに、むだがおおいからです。』
町おこしが、いつの間にか“人間の価値を下げること”になっていた。
山田はふと足を止め、足元の蟻の列を見る。
その瞬間、彼女は本能的に──「あ、ごめん」と、踏みかけた足を引いた。
でももう、その行為に彼女自身が疑問を抱かなくなっていることに気づいた。
町の発展のために、何を差し出せるか。
いつの間にか、それは“誰のための町か”を問わなくなった社会の中で、
誰もが無意識に「土に還る覚悟」を持つようになっていった。
ふるさとは今、巣と呼ばれている。




