第64話 Anthem(アンセム)
舞台は、郊外のショッピングモールに設けられた特設ステージ。
そこに立っていたのは、六匹の蟻だった。
人間ではない。本物の蟻だ。
ステージ中央に設置された“可視拡大型モニタ”が、彼らの姿を数十倍に拡大して映し出している。
ユニット名は「A6(エーシックス)」。
国公認の“共生芸能プロジェクト”として立ち上がった、史上初の蟻によるアイドルグループだった。
---
音楽が流れ始める。
軽快なエレクトロポップのリズム。
スクリーンには、6匹の蟻が「ダンス」しているように映る。
正確には、うねるように歩き、止まり、交差し、回り込む──ただそれだけの動きだ。
だが、観客は熱狂していた。
> 「動きがかわいい〜!」
「このターン、フォーメーション神じゃない?」
「4番の子、今日キレてる!」
ペンライトを振る者、涙ぐむ者、タトゥーを入れている者までいた。
一方で、モールの隅でそれを観察していた青年・志賀は、ずっと首をかしげていた。
「……いや、全然音と合ってないよな?」
何曲か披露されたあと、会場では“応援メッセージ”の抽選読み上げが行われた。
ステージ上のスクリーンに「心をつなぐ共生のリズム」という文字が浮かび、 次の曲が始まる。
観客は総立ちだ。
だが、志賀の目には、それはただの“行列”にしか見えなかった。
蟻たちは音楽に合わせてなどおらず、それぞれが異なる方向に進み、何の脈絡もなく立ち止まり、時に衝突し、また引き返していく。
まるで何も感じていないように見えた。
志賀は思わず隣の女性に尋ねた。
「……あれって、ダンスに見えるんですか?」
彼女は目を丸くした。
「え、何言ってるの? ちゃんと感じ取らないと、失礼だよ?」
その晩、SNSでは“神公演”と絶賛されていた。
「個々の動きに意志があった」
「4番が3番のラインを越えた意味、深い」
「A6は今日も“人間を超えていた”」
しかし、志賀にはそれが「意味を読み込もうとする側の錯覚」にしか思えなかった。
「……俺がおかしいのか?」
数日後、テレビで特集が組まれた。
司会者が言った。
> 「彼らは、誰よりも人間らしいのかもしれませんね」
その言葉に、志賀はついにテレビを消した。
彼の頭には、ただあの映像が焼きついていた。
音に合わない六匹の蟻。
ただ、動いているだけの、何の意図もない運動。
でもそれを信じる者たちは確かにいた。
彼らは泣き、祈り、蟻たちに人生を投影していた。
——なぜか?
志賀は思った。
> 「“理解できない動き”こそ、人は一番“意味”を求めるのかもしれない。」




