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第63話 チケットは三枚

「え、三人分……?」


映画館のカウンターで、涼太は思わず聞き返した。


彼と彼女、それに——

係員が指さしたのは、彼の右肩。


小さな蟻が一匹、肩の上を歩いていた。

「同行扱いになりますので」と、無表情な対応。


涼太は思わず肩の上の蟻を払おうとした。


すると周囲の視線が突き刺さる。

「おいおい、まさか払わないつもりかよ?」

「共生の意識が低すぎるな」

無言の空気圧が全身を押し潰す。


涼太は笑ってごまかすように財布を開き、三人分を支払った。


「まぁ……たかが千円ちょっとだし」


彼女・美優は、少し困ったような顔でうなずいた。


 


映画の内容は、蟻と人が友情を築く心温まるストーリーだった。

客席はほぼ満席。

あちこちの席で、人々は蟻と肩を寄せ合い、スクリーンを眺めている。


涼太は正直、内容がほとんど頭に入ってこなかった。


さっきの“払おうとして肩を覗き込んだ”仕草が、ずっと頭に残っていたからだ。


 


帰り道。


「ねぇ」と美優が言った。


「さっき、ちょっと躊躇してたよね?」


「え?」


「チケットのとき。…“払いたくなさそう”だった」


 


涼太は言葉に詰まった。


「いや、そういうわけじゃ……。ただ、虫一匹にまで料金がかかるなんて、思ってなかったし」


「“虫一匹”って言い方が、もう感覚ズレてるよ」


「ズレてる?」


「私さ、涼太は共生にちゃんと向き合ってる人だと思ってた。

でも今日、なんか冷めちゃった。」


 


歩道の片隅。

一匹の蟻が、人の流れから外れてぽつんと立っていた。


涼太は無言で見つめた。

その向こうで、美優は「じゃあ」と言って、静かに去っていった。


 


その夜。


SNSにはこう書かれていた。


> 【悲報】肩蟻料金を「渋った」男、彼女に捨てられる。

“思いやりのない人とは、もう歩けない”——




「俺は、ただ……驚いただけなんだ」


誰に向けた言葉かも分からぬまま、

涼太は一人、布団の上で天井を見つめていた。


 


翌日から、涼太の肩には、もう蟻は乗っていなかった。


それが意味するものが、

この社会では、最も残酷な烙印だった。

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